薪となった不死   作:洗剤@ハーメルン

30 / 36
同日午後九時半に加筆。展開は変わらないので一度読んだ方は大丈夫です


不死と蛇と

 黒い燐光に朱が混じる。

 アルトリウスの"一本"の左腕は弾け飛び、宙を舞って地に落ちた。その手が握っていた白色の剣が、軽い音を立てて転がる。

 

「■■■■!!」

 

 背から生えていた小さな腕が成長し、白骨(はくこつ)の剣を握っていたのだ。

 そして、返す太刀を弾き返したのは、岩のように硬質化した元の左腕。少々間合いが空いた瞬間にも、その再生は行われる。切り落とした部分から更に腕が生え、掌から飛び出す骨の剣を振ってくるのだ。

 再生力が凄まじいというのは、腕部に限った話ではない。胴を裂こうが肩を砕こうが、たちどころに異形化を伴う回復を見せるのだ。そのくせに頭部への攻撃は卓越した身体能力で防がれ、仕留めるに至ることはない。

 襲い来る相手にアストラは左手を向けた。浮かぶ『呪術の炎』へとソウルが注ぎ込まれる。

 術の発動キーとして指を打ち鳴らせば、前方に軽自動車なら飲み込んでしまうような巨大な烈火が出現した。

 炎はアルトリウスの全身を包み込み、その熱は彼の目や肺を容赦なく焼きつくす。

 だが、それで止まることなど有り得ない。炎の中から飛び出す煤けた黒を、待っていたとばかりに大剣の一撃で砕き抜いた。振りぬかれた剣先は容赦なく腹部を抉り取り、内臓を破壊する。

 それでも深淵の獣は怯まない。痛覚など、とうの昔に無くなっているのだ。

 同時に備わった強靱性を武器に、炎の中から全身が現れた。

 

「■■■■■■!」

 

 焼けただれ身体は既に回復を始めている。身を動かすことになんの死傷もなく、ピンク色の腕は跳ね上がった。

 間合いがあるというのにこの動作。何をしようとしているかは明白だ。

 アストラが飛び退いた直後、前方の空間が深淵で埋め尽くされる。荒れ狂う渦は周囲の物を好き放題に削り取ると、アルトリウスの腕へと吸い込まれて消えた。

 それを目にし、獣の目が歪む。

 

「■■■■■■■■!!」

 

 再度の咆哮。ビリビリという震動がコンクリートすら揺らし、黒い余波が飛散する。それと同時に、彼が手にしたのは剣と盾であった。

 左には大剣を。右には大盾を。伝承に残りしかつての姿のような武具を、深淵によって形作らせたのだ。

 間違いない。理性が消えようが、その本能で深淵の使い方を学んでいたのだ。そして、ついに魔力で作る剣のように、その形状を留めることに成功した。心なしか、その佇まいまでもが"剣の構え"に近くなっている。彼は、真に深淵の徒と化したのだろう。

 恐ろしい声で、アルトリウスが吠えた気がした。だが、そんなものは耳にも入らない。

 回し蹴りをするような回転しながら、全体重を乗せて剣を振るう。至極単純なその攻撃が、人智を超えた速度で繰り出されたのだ。

 膂力は人間などとは、ソウルをいかに持とうとも比べ物にならない。受けた大剣ごとアストラは壁面に叩きつけられた。

 だが、それは大したダメージにならない。剣圧によってしびれた手に鞭を打つように、既に眼前まで迫る敵へと大剣を逆袈裟に振り上げた。

 カウンター気味になるはずのそれをアルトリウスは宙に躱した。そして天井を踏みしめ、直下へと牙を向く。

 振り上げた剣も上を向いている。だが、同じリーチの獲物と盾を持った相手に相打ち覚悟で挑むわけにいかない。このまま打ち合えば負けるだろう。なにせ、相手はあのアルトリウスだ、それもかつての動きを取り戻した。しかし白霊を呼ぶことだけは意地が阻止した、このアルトリウスだけは、自分の手で殺してやりたいのだ。

 アストラは真横へ転がるように飛び退きながら、左手の火に渾身のソウルを注ぎ込む。

 

 発動する奇跡は――。

 

 追撃。ゼロ距離まで接近していたアルトリウスなど居ないように。剣も向けずに地面に叩きつけた呪術の炎。それに応じ、地下駐車場に業火の渦が現れた。

 クラーナより授かった原初の呪術の名残であり、かつて不死の古竜を殺した炎の残滓。

 圧縮された渦が顕現したのは僅か数秒。しかし、その僅かな間の内に車の骨すら燃やし、コンクリートは黄褐色に変色した上にひび割れる。

 至近にいたアルトリウスもさすがに無事では済まぬはず。そう思った矢先、近くで影が揺らめいた。

 

「――――――――――!!!」

 

 喉が焼け、声にもならぬ雄叫びと共に獣は現れた。全身は朱の混じるピンク色に焼き焦げているが、手足は健在。唯一その大盾が半分ほどの体積になっているのが、防御に用いた証拠であろう。

 周囲を襲った火炎の、主たる部分である正面からの奔流を防いだのだ。

 盾をアストラに叩きつけ、その勢いを加速させるように地を蹴りつける。剣を間に挟みはしたが、一撃で浮かされていた以上抵抗はできない。

 アルトリウスの膂力は劣化した壁を大きくへこませるだけでは飽き足らず、再度の垂直方向への加速によって地上へと無理矢理に押し出された。

 

 地上へ飛び出し、宙を舞ったアストラは瞬時に察知する。腕を組みながら、こちらを見据える男の姿とその殺気を。

 

 同時に、数種類の剣(つるぎ)が矢のように投射された。

 それに対し、二人は敵同士であるのを忘れたかのように、互いを蹴り飛ばすことにより身動きの取れぬ宙から逃れる。

 寸のところで心の臓を穿ったであろう歪な剣。言い知れぬ嫌悪感を放つそれを尻目に、弾かれた二人は、鏡合わせのようにコンクリートの上を滑る着地で向き直った。二人の間、市民会館を背に悠然と構える男へと。

 

「不死の男。アストラよ。人の楽しみを奪うというのは、度し難いや、盗人猛々しいなどという言葉で済まぬというのは分かっているのだろうな」

 

 ひどく腹立たしそうに、限りない憤怒を含んだ声が響く。

 黄金の鎧。金糸の如き髪。赤玉の目を持つ蛇のようなその眼光。紛うことなくアーチャー。

 次ぐように、更なる数の砲門が開かれた。それぞれが交差しあうように両者へと首をもたげ、不遜な態度の元に掃射される。

 迫るは十数本。槍、剣、斧、鎌。節操も吟味もない宝具の雨。周囲の地面を所狭しと埋め尽くす"見えない血痕"。

 瞬きも刹那の逡巡も許されぬ。アストラはかつて無いほど素早くタリスマンを手に具現化させると、それと同時に唱えていたスペルを発動した。

 『フォース』。矢返しの奇跡。発動も、その影響も一瞬であるそれですら、飛来する宝具の群れを全て弾き返してしまった。二秒も存在せぬ防御ですら防げてしまう、そんな恐ろしい速さで剣が飛来しているのだ。

 跳ね返され、乱回転をする武具は巻き戻るような軌道で市民会館へと着弾した。だが、言峰や切嗣の心配などしている暇はない。

 横目でアルトリウスの居た場所を盗み見ても、宝具の着弾が煙幕のようなものを作っているため状況はわからない。気配はあっても、声がしないのは確かだ。

 

「我を前に狂獣の心配か? 哀れなものだ。かつては高名な者であったのだろうが、あの身体では崩れて塵となるのも時間の問題よ」

 

 金色の王は滑稽だと嗤い、獰猛に歯を見せた。

 

「精々我を興じさせてみるがいい! 気が変われば那由他の自刎を持って手打ちにしてやろう!!」

 

 更に開かれる黄金の門。弾き返そうとも、アーチャーが自身の正面からでも飛ばさぬ限り当たる筈などありはしない。――どうにかして近づかねば。

 今度はゆっくりと宝具が装填された。その隙を逃さぬため、素早く二つの白いサインに同時に触れる。

 同時に現れる、全ての者に見える白い魔法陣。それを目に止め、砲撃の動きが止まった。

 相手は完全にこちらを舐めきっている。ならば、隙のあるうちに仕留めるのが最善だ。

 

「こちらで言う第二魔法か。面白い。中々の芸だ」

 

 宝具に通ずる空間を開けたまま静観するアーチャーの目の前で、二人の白霊がゆったりとその姿を表した。

 一人は体格良い、黄金の鎧に身を包んだ男。もう一人は、華奢な男か女かも分からぬ者。『聖騎士』と『月光』という英雄と神の身に着けていた装いに身を包んだ、また別の不死の英雄たち。

 巨大な鉄槌と黄金の錫杖。どちらもが『グラント』と『暗月の錫杖』という、高名であり無類の強力な神秘を秘めた武具だ。

 白霊はそれぞれの特性を瞬時に理解し、戦術を立てた。"月光"は口の中でスペルを唱え始め、聖騎士は背に盾を背負ったままかけ出した。

 それに応じるように、黄金の砲門から閃光が伸びる。

 試すように放たれたのは、それぞれに剣が一本。だが、互いの距離が近すぎて『フォース』で返せはしない。

 アストラは大剣をもって叩き落とし、"月光"は読んでいたかのようにそれを躱した。

 一方で、"聖騎士"も、待っていたかのようにそれを大鎚をもって打ち返した。

 驚愕に目を見開きながら、アーチャーが跳躍をもって回避する。

 その隙を逃しはしない。アストラは大剣を手に大きく回りこむように駆け出し、"聖騎士"は直線をジグザグに割って迫った。

 

「嘗めるなよ!!」

 

 開いた砲門は三十以上。だが幸いにも、その眼光は足を止めた"聖騎士"のみを射抜いている。

 アストラは変わらずアーチャーへと迫り、"月光"は不動のままに詠唱を続ける。

 怒り心頭の男の頭上から、再度の剣の豪雨が降り注いだ。

 "聖騎士"は頭上に両手でもって『グラント』を掲げ。落ち着いた様子でソウルを流し込んだ。まるで鉄塊は喜ぶように、教会の鐘のような音と共に『フォース』よりも更に大きい白色の衝撃波の半球を発生させた。

 明らかに球の形を取る時間は長く、三十を超える宝具の豪雨を音もなく反射する。

 打ったように宝具は軌道を遡り、黄金に輝く空間の中に吸い込まれた。既に装填されていた次弾へとそれぞれが直撃し、黄金の爆炎か周囲を埋め尽くす。

 

 その煙幕に隠れるように、アストラがアーチャーに側方から襲いかかった。

 

 狙うはその首級。鎧は一目見るだけで強力だと分かるシロモノだ。ならば、鎧が無く、即死に至る部分を狙うのは道理であろう。

 接近の間に、僅かに人間性を大剣へと送る。 

 それだけで大剣は水を含んだように鋭さを増し、放たれる重圧も別物のように増した。まるで吸い込まれるように注いだ以上の人間性を持って行かれはしたが、これならば一太刀でやれる。

 鎧が砕け軽くなったことにより、自身の速度は増している。アストラは落ち着いた、されど重い踏み込みと共に右肩越しに振り上げた大剣を一閃する。

 タイミングとしても文句のつけようのない完璧なもの。だが、僅かに視界に入っただけであろうに、アーチャーを覆うように巨大な円盾が展開されていた。宝具の展開速度が、予想以上に素早い。

 アストラの手に響く、凄まじく固いものを砕いた感触。盾自体は難なくと言っていい突破をしたが、次の瞬間に襲われたのは後方への衝撃波だ。

 魔術が組み込まれた盾か。そう頭で理解しながらも、後方へ強制的に吹き飛ばされる。

 

「避けてみせろ」

 

 続くようにこちらを一斉に射抜かんとする、数本の宝具。アストラは強化された大剣を頼りに、飛来する全てを叩き落とす。

 連続する金属音。全てたたき落とした瞬間に、ひどい痺れが手を襲った。正面から叩き落とすのは、数本が限界なのだ。

 しかし、今は攻撃の手を緩められない。再度駆け出せば、後方から"聖騎士"が走ってくる気配もした。

 二の太刀は、切り抜けるように。再度展開される数枚の盾を叩くだけに留めるための。速度を優先した切り抜け。

 連続するそれは銅鑼を打つような激しい音を立てるのみで、アーチャーの防御を崩せはしない。

 だが、その防御の体勢を揺らがせぬ状況に、"聖騎士"が追いついた。

 白光を帯びた鉄塊に更なるソウルを注ぎ込み、まるで金属を削るような異音を響かせる。耳障りな怪音だが、轟音の連続がアーチャーに届かせていないだろう。

 白教の宝具たる"グラント"が、アストラを遥かに凌駕する渾身の力を持って振り下ろされる。

 飛び上がってからの、何もかもを砕かんとする打ち下ろし。

 怪音をかき消すように響いたのは、盾を苦もなく砕く快音。"聖騎士"がその兜の下で、ニヤリと口角を歪めた気がした。

 再度顕現する"グラント"の真髄。整列する盾は内部から四方に向かって砕け散り、爆薬を炸裂させたように鐘音が響き渡る。だが、アーチャーの姿は見えない。地へと拘束するための発動なのだ。

 背後から、鈴のような声がした。同時に、アストラと"聖騎士"はその場を飛び退き離脱する。

 続いて襲いかかったのは、美しく巨大な一筋の光線。射線の周囲の物体全てを結晶へと変質化させながら、一点の曇りもない白色の魔力が空気を貫いて着弾した。

 賢者ビッグハットのローガンが術式化を成功した『白竜の息』。神と同列に立つ古竜の業。他(た)の結晶魔術よりも群を抜くはその威力。

 明らかに大きく避けたはずのアストラでさえ、皮膚と鎧に結晶の粒が付着しているのだ。

 その直撃を、未だ続く照射を見ても、"聖騎士"の目に宿る警戒の光は揺るがない。余波によって生まれる結晶たちで、周囲は雪原のようになりつつあるというのに。

 蛇口を締められたように魔術の照射が消え入った。その先は数メートルの大きさの結晶を中心に白い原が出来上がっている。アーチャーはこの中なのだろう、風に流れる粉末状の結晶に紛れるように金色が見えた。

 

 ――――そして、こちらを睨む紅い瞳も。

 

 次の瞬間、アストラは理解し構えを取った。

 砕け散る結晶。縦横無尽に伸び、迫り来るは数多の鎖。それらは振り払おうとする二人をあっという間に絡めとると、宙に貼り付けにするように引き絞られる。

 それと同時に、無数の剣の群れが後方へと飛来し、激しい着弾音を立てた。"月光"の気配が、この場から消える。

 

「我に手傷を負わせるとはな。許しがたいが、よい。貴様達は十分に我を楽しませた。

 平行世界にいる自身を呼び寄せる能力とは、中々に愉快であったぞ」

 

 黄金の鎧にヒビが入り、各所に裂傷とそれを覆う結晶。だが、まるで先ほどの怒りが消えたような態度を取るアーチャー。

 だが、その言葉の間に何の感慨も無く身動きの取れぬ"聖騎士"は貫かれた。

 泡のように消える姿にも、アーチャーは一瞥すらくれない。アストラを見やりつつ、手元に開いた黄金の空間へと手を入れた。

 

「不死というのは珍しくもない。神話伝承の化け物共にはよくいるものだ」

 

 つまり、と言葉を続けながら腕を引き出す。

 

「それに対する手段というのも、当然のように存在する」

 

 取り出されたのは、歪な形状をした鎌。

 その名を『ハルペー』と良い、不死による超常の回復を無効化する能力を持つ宝具。詳細など知らぬアストラであるが、明らかに自身(不死)を殺すためのそれに鎖から逃れんと身を捩らせた。

 

「無駄だ。貴様がそう少なくない神性を持つ以上、神を縛る『天の鎖』からは逃れられん」

 

 恍惚とした笑みを浮かべるアーチャーを見て、アストラは確信した。この男は勝利を確信している。剣を抜いただけであるのに、既に心の臓の間近へと切っ先が差し込まれているような気分だ。

 ならば、今鼻を明かせれば逆転も不可能ではない。

 先ほど気配の消えた"月光"。消えた感覚はない。戦闘の中で気付かなかった可能性もあるが、"自分の世界でアーチャーに勝っている"のなら――――。

 

「ほう、その目。まだ勝利を捨てぬか。

 だがそう焦ることもあるまい」

 

 見下ろすような位置に空間が開き、飛び出した剣が頭蓋を砕いた。

 暗転する視界。だが、それも即座に蘇生を果たした。指の上の、『犠牲の指輪』が砕け散る。

 

「あと三つ、か」

 

 九つの砲門が開き、それぞれの宝具が突き刺さる。

 

 針のような槍で腹に風穴が空いた。

 触れたものを凍らせる剣が心臓を凍らせた。

 斬ったものへ猛毒を流し込む短剣が肩を貫いた。

 岩から削り出したような斧に胸を抉られた。

 魔力でできた刀に首を飛ばされた。

 灼熱の息吹に臓腑を焼かれた。

 うねる細剣が体内で暴れまわった。

 駆け巡る雷に爪と眼球が弾けた。

 直剣が心臓を貫いた。

 

 連続して受けたそれらはアストラに九つの死を与えた。指輪も追いつかぬその連続した死は、最後の死の直後に三つ目の指輪を砕かせた

 

「これでゼロだ」

 

 小気持ちのよい笑みを浮かべながら、アーチャーが軽く柄握っていた手に力を込める。

 次の瞬間が予想できた。このような嗜虐的な人物など、不死の不死性を弄ぶ人間など腐るほど目にしきてきた。

 予想通り。振り下ろされた刃は胸ではなく、アストラの肩へ深々と突き刺さる。

 何時ぶりかの脳を焼き、視界が白くなるような鮮明な痛み。

 鎖骨と肋骨が板にノミを打ったように割れ砕け、肺へと僅かにめり込む灼熱。

 痛みが通常の武器とは別物であり、神の力であろう何かが不死者の脳の奥を引っ掻いた。

 脳が感じた。これは本当に、不死人を殺す力を持っているのだと。

 この苦痛を表に出すまい。奥歯が砕けんほど歯を食いしばり、悲鳴を噛み殺して言葉を放つ。

 逆に何かが麻痺でもしたのか、この状況にそぐわぬ程に落ち着いた声が出た。

 敗北する前に、勝利を捨てる者がどこにいるのかと。

 

「確かに、当然だ。だが、貴様は本当に生きて帰り、英雄たらんとすることを望んでいるのか? 生きて帰ったところでこの結末は変わらんのだろう」

 

 何もかもを見透かしたような語調。当たっている。火を継いだところで、最後には理性を失った燃えカスとなるのだ。

 それを考えると、正直迷っているとアストラは自嘲気味に話した。

 

「で、あろうな。我にかかれば、一目でこちらの人間との違いなどは分かるものよ。

 それだけでなく、どのような道を辿ってきたのかもな」

 

 まるで新たな玩具を見つけたように、英雄王は言葉を続けた。

 

「貴様の奥底にあるその力。紛うこと無きこの世の始まりを生んだ力であろうよ。

 神を地に引き摺り落とせる力に気付きながら、まだ神々の保身に付き合うか?」

 

 諭すような口調でアーチャーは言う。

 この男は、自身がそう変化するのを見たいのだ。そう分かってはいるが、その言葉は身に染み渡るような何かがあった。本当にひと目で自身の事情全てを推察し、事実と合致させているのだ。

 

「神の喰い物にされているのだろう?

 箱庭に押し込み、この世界の人間のように血が薄まり力を失うのを待っているのだ。

 綻びが生まれ増長する切掛が生まれれば神の啓示だと言い、自ら開きかけた出口を閉めさせようとする」

 

 何を躊躇う必要がある。そう告げながら、天の鎖の拘束は解かれた。

 突然のことに膝をつくアストラの前で、悠然と、そして寛大な様子で腕を組み直した。

 

「何。その力を万全にするため世界から光を消そうとも、所詮死ぬのは有象無象。

 真に生き残るべき者が残った人間が、その後に残るのだ」

 

 さあ、立ち上がり受け入れよ。そして、そのための願いを聖杯に掛けに行くがいい。

 そう告げるように市民会館への道を開けた途端、爛れた声が響き渡った。

 

「■■ァァァ■■ァ■!!」

 

 醜いが、されど闘志と理性に溢れた声。

 崩壊していく肉体から血肉と共に流れ出る『深淵』。その濃度が薄まることで、理性が戻ったのか。

 アルトリウスが猛禽類のような素早さで、背後からアーチャーへと飛びかかる。

 文字通り人間ならざる膂力を持つ腕が、その首目掛けて伸ばされた。

 

「貴様ッ!!!」

 

 慢心。油断。不意を突かれたアーチャーであるが、そこでただ組み付かれる男ではない。

 虚空から刀剣を取り出さんと、手を伸ばし――――。その動きがほんの一瞬だけ止まった。

 

「時臣!?」

 

 突如途絶える、マスターとの繋がり。それに気を取られ、僅かに遅れた反応。

 腕を人外の膂力で捕らえられ、身動きが取れぬように組み付かれた。

 

「小■き■よ!!」

 

 アルトリウスが、声を発した。

 ボロボロで、深淵の異形と化し、かつての騎士の理想のようなものから掛け離れた無残な姿。されどその瞳には、燃え盛る篝火のような感情が宿っていた。

 停止しかかっていた思考とは裏腹に、アストラは反射的に剣を握っていた。

 考えるよりも、機会があるなら敵を殺すのが先。そう在って、そう在らんとしてきたからこその、無意識の行動。

 強張るように、全身へと力が籠もる。大きく裂けた肩の傷から血が吹き出し、喉がちぎれんばかりに叫びに血が混じった。 

 アーチャーが何かを怒鳴るように口にする。

 だが、そんなものも、心の何処かから「そうしてはいけない」と訴える、この一瞬を止めてしまうような声も聞こえない。

 

 雄叫びと共に振り抜かれた大剣はその首へと食い込み、アルトリウスの胴体を刃先で深々と抉り、右から左へと一閃した。

 




金ぴかと時臣離脱。出番無くてすまんな。嫌いってわけじゃないよ、好きなキャラだし



2015/8/11 読み返して気になったので一部の描写改善

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。