薪となった不死   作:洗剤@ハーメルン

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天命

 互いの仇敵を前にしながらも、二人は万全と言える状態ではなかった。

 セイバーはマスターの魔力の消費と、多少の負傷に疲労。アストラも魔力供給の点以外は同様に思える。だが、明確な差が二人にあるのだ。

 彼女は戦い方を心得ている。一対一の正面からの戦いを。だが、ロードランの日々といえばある程度の手段を選ばぬ戦法を取るのが当たり前だったのだ。それが世界を渡る闇霊や白霊の。どこかの太陽の騎士や、この鎧の持ち主のような者は至って稀である。

 相手は言ってしまえばそのタイプだ。戦闘の経験ならば負けてはいないのだが、その内容が全く違う。隙あらば器用さを生かしてボウガンで打つというのは常套手段であった。

 だが、真摯な願いと高潔な精神。それを持って立ちふさがったセイバーの礼に報いるために、出来る限り正々堂々としようと思ったのが間違いであったのだろう。慣れないことをしようとしたというやつだ。

 アストラの受けた傷は、そこから流れ落ちる血は、セイバーのそれよりも幾分か多かった。

 特に右脇腹をかすめた一撃が、彼の皮膚だけでなく肉を引き裂いている。失血による命の問題よりも、筋肉を抉られたことによる動きの支障の方が問題だろう。

 

「戦えますか?」

 

 亡者化の兆候と合わせて自己分析をしていた意識に、彼女の声が降ってきた。きっと相対していた時もその察しの良さで分かっていたのだろう。

 問題ない。そうアストラは答えた。

 それは虚勢ではない。その指に嵌めたものは『貴い犠牲の指輪』。もし死すことがあっても指輪の壊れる一回は即座に蘇生できる。アストラの持つ莫大なソウルは、すでに『犠牲の指輪』ではその生命を賄えない。

 だが、過信するなかれ。指輪が身体から離れればその効果は発動しない上、蘇生の際の負担は通常の死より大きいのだ。心の擦り切れつつある不死には諸刃の剣。なるべくならば避けたい手段であったが、この局面では寝てなどいられない。

 面前に立つのは唸り声をあげる獣と化した、アルトリウス。確認できるだけでも腕と爪の肥大化。背から生える、未発達な腕のようなもの。数も形もその位置もちぐはぐな指がそう見せているのだ。

 バーサーカーはセイバーのみに目を向け、彼女もまた同様。ならば、こちらはこちらで相手を下す他はない。

 アルトリウスの口に当たる部分から、地の底から響くような呻きが漏れる。直後、その目がアストラをギョロリと見た。

 理性のない、飢えだけを満たさんとする獣の目は、彼の中の人間性をハッキリと捉えた。

 

「■■■■■■!!」

 

 歓喜の咆哮が響く。それは追い続けた獲物をやっと見つけたというよりも、ご馳走を見つけた時のそれであった。

 コンクリートが弾け、砕けた。それは一箇所ではなく同時に二箇所。影は二つ。

 アストラとアルトリウスは、中央で交差した。金属を打ったような響音と同時に、天井に"着地"する。

 

 止まった姿はその一瞬であった。

 

 凄まじい早さで連続する槍とナニカの衝突音。それに混じり、獣の爪や穂先の雷(いかずち)が周囲を暴力的に傷つける。鉄筋コンクリートの柱はその腹は異形の腕で砕かれ、天井や壁は長槍から発される雷によって焼き抉られた。

 大槍の纏う雷でアルトリウスは確かにダメージを受けている。だが、寄られるわけには行かないというのが、狭い場内を縦横無尽に駆け抜けてくる相手に対して少々厳しいところがある。彼の動きはセイバーのように、剣術といったものではない。

 アストラは、迷うこと無く『深淵の大剣』を手にとった。あの聖剣が失われた以上、これで応戦するのが筋だと思ったのだ。その上、それを除いても使用を考慮に入れるほどの強力な魔力がこの剣にはある。

 薙ぎ払うように振るう。雷鳴と共に周囲を吹き飛ばすほどの、雷を最大限に放出させた大槍。その槍の間合いと範囲を超えた攻撃に、アルトリウスは大きく躱すのを余儀なくされた。

 槍をソウルの粒子と化し、代わりに大剣を具現化させる。

 黒ずんだ銀のような、神聖さを侵された色の剣(つるぎ)。その黒は深淵の闇であり、柄を握る者の人間性に歓喜するように黒と白の混じった光が剣を包む。

 

「■■■■■■!」

 

 それは俺の剣だ。そう叫んでいるかのように、アルトリウスだったものは哮り立つ。

 同時に、腕に生み出されるは白い骨。手から以上成長を遂げたそれは骨子を形作り、それを埋めるように深淵が満たされた。

 闇の剣(つるぎ)。最適な名はそれであろう。

 

「■■■■■■■■!!!」

 

 狂気の怒号を上げる獣を、『深淵の大剣』を持って向かい打った。

 

 

 

 煤けた灰色のキャンパスに、コマ送りのように血痕は増え続ける。常人の目には、音速を超えた一閃を繰り出せる者達の戦いなど目に追えるものではない。

 至近で繰り広げられる人智を超えた闘争に対し、こちらの二人は無関心そのものであった。セイバーは目の前のランスロットを見つめ、ランスロットはセイバーを睨みつけた。

 姿は宝具である霧で確かに見えずとも、その正体は確実だ。相対した時の佇まいが、つま先から頭頂部にかけて彼なのだ。

 握る柄が籠手を変形させるかとわんほど手に力が入る。だが、すぐに無駄な力は抜けた。

 臣下が狂うほど自身を恨んでいるという絶望と恐怖に揺らいだ瞳は、瞬きの間に落ち着いた色をを取り戻す。指先は未だに震える。だが、戦えないほどではないし、戦わないわけにはいかない。

 今のランスロットは狂気に堕ち、それに駆られる獣だ。ならば、迎え撃つほかは無い。

 私を恨む理由は、生前の延長だろう。ならば、私も当時のように彼に接する態度は毅然とするべきだ。

 

「ランスロットォ!!」

 

 問いかけよう、そう思い開いた口から耳を突き刺すような声が飛び出した。発した自身が、一瞬これが自分の声なのかと疑うようなものだった。

 ランスロットの不義に怒りに心を震わせているわけではない。セイバーは王として彼を狂気に落としてしまった自身の至らなさに声を荒らげたのだ。

 だが、前に立ち塞がった以上は容赦などしない。聖杯を手に入れることで故国を、臣下を救うと決めたのだ。そのためならば、『裏切りの騎士』の汚名を着せてしまった彼を斬ることを躊躇ってはいられない。そうしてはいけないのだ。

 

「Arrrrthurrrrrrrr!」

 

 狂気の騎士は応えるように剣(つるぎ)を抜いた。彼を纏っていた霧が、狼煙のように浮かんで消える。

 不鮮明にしか見えなかった彼の全貌が、セイバーの瞳に映しだされた。

 

「なっ……!?」

 

 鎧を突き破り飛び出す、鹿の角のような歪な骨。それにまとわりつく、食べ残しのように中途半端な黒い肉。そして、セイバーがかつて目にしていた彼の兜はその姿を消し、顔の右半分の骨が針山になったような成長をしていた。

 『湖の騎士』と呼ばれた末、一人の女性を愛したばかりに『裏切りの騎士』となった彼への仕打ちがこれか。

 彼をこうしてしまったのは自分だと、臓腑をかき回されるような悔恨の念に襲われた。だが、それ以上に今の彼は一刻も早く殺してやらねばならないという思いが、それに勝るこことなった。

 手の震えは消え、嵐の直前の海のような静かな怒りが湧いてきた。

 

「Arthurrrr!!」

 

 仕掛けたのは、ランスロットだった。

 理性を失っているとは思えない、武術的な鋭い踏み込み。そこからの逆袈裟斬りを、セイバーはー弾くように受けた。弾かれた剣は、それを予見していたかのような鋭角的な切り返しを見せる。

 顔の上半分を消すような一閃を状態を逸らして躱す。今度はセイバーが剣を振りながら踏み込んだ。わずかに近い彼女の間合いに入れぬことには、不利で片付かない剣技の差がある。

 しかし、その狙いは分かっていたとでも言うように、剣を握らぬ左手が唸りを上げた。

 ガゴン、というような鈍い音。セイバーは剣を引っ張られるような錯覚と共に驚愕を覚えた。

 ランスロットは、向かい来る剣の腹を殴ったのだ。

 円卓の騎士の中で最強と言われただけはある。猛者と言われる領域すら超越した英霊たちでも、彼より優れた武芸者など数えるほどしかいないだろう。

 セイバーの判断は早かった。彼女はランスロットが剣を振り下ろすその前に、更に内側に踏み込んだ。

 自由に剣を振れぬ距離。だが、セイバーの剣は足元だ。刃を滑らせ、足首を抉るくらいはできる。刃を返したその瞬間、ランスロットは飛びのいた。素早く戻した片手でセイバーを突き飛ばしながら。

 

「■■■■■■!!」

 

 重々しく着地したランスロット。天井が震えるほどの雄叫びに応えるように、深淵の気配が影を増す。

 聖剣でありながら、朋友の兄弟を斬り殺すことで魔剣へと堕ちた『アロンダイト』。その属性に共鳴するように、深淵が剣を中心に渦を巻く。数瞬の後、すぐにその奔流は黒水晶のように輝く刃の中に吸い込まれた。白銀に黒が混じった魔剣の輝きは、取り込んだ光を逃さぬ漆黒の奥へと吸い込まれたのだ。

 そして、続くように残ったランスロットの鎧にも深淵が取り込まれ始めた。

 剣の変化を見、それをただ静観するセイバーではない。

 

「はぁッ!!」

 

 電光石火の踏み込みから繰り出される一振り。その隙間に、ランスロットは剣を握らぬ腕を無言のうちに挟み込んだ。

 刃が腕を中程まで切り裂き、完全に切断する寸前。まるで痛覚など無いように、漆黒を握る右腕が乱暴に振られた。

 

「ぎァ……ッ……!」

 

 痛みの声を噛み殺した。

 切り裂かれたのは左腕。殺気を感じて寸のところで剣を引き、身を翻してはいた。

 だが、その斬り裂かれた位置は最悪と言ってもいい。剣を両手で右から薙いだところに、振り下ろされた右の剣。左半身側であったそれは、引き戻しかけていた左腕の肘に大きな裂傷を与えたのだ。

 肘の骨は関節ごと斬り砕かれ、肘から先を半ば断ち切られたと言ってもいい状態であった。二の腕にまで及ぶその切り口通り、脳髄をかき回すような激痛が思考を襲う。間接を成す骨が砕かれ、筋肉と皮膚を引き裂かれた痛みはこれほどなのかと。

 痛みで視界が白く霞むセイバーであったが、追撃の太刀はその片腕で無意識的に防ぐことができた。

 彼女の直感スキルは高い。地雷原を無傷で走り抜けられるほどの鋭い勘が、朦朧とする彼女にランスロットの攻撃を確かに伝えるのだ。

 

 『全て遠き理想郷(アヴァロン)』があったのならば。彼女はそう歯ぎしりをした。

 『全て遠き理想郷』。彼女の持つ聖剣の"鞘"。それがあれば傷がたちどころに回復するどころか、結界によって傷など負うことはないだろう。だが、その行方は生前に失って以来久しい。

 

 片腕が使えない。だが、それがどうしたことか。

 セイバーは絶え間なく襲い来る剣撃を下しながら、ランスロットの姿を見た。

 

「Arrthurrrrrrrrr!!」

 

 王の怠慢により誇りを失い。その怒りによって名誉を失い。深淵と呼ばれる瘴気に人としての尊厳を奪われた。

 彼の痛みを思えば、腕の一本や二本が何だというのか。

 体格と膂力で負け。剣の腕で負け。その上片腕を失った。しかし、どれほど勝ち目が無かろうとも、今の彼を倒す義務を投げ出す理由にはならない。

 

「ランスロットォォォォ!!」

 

 力の限りの叫び声を上げた。その行為自体に意味は無かった。だが、不思議と痛みを忘れられた。

 右手に、左手の力まで籠もったような錯覚がする。

 彼女にとっては救いとなった声であったが、その響きはひどく悲痛な色だ。

 使命感の元に振るわれる剣は、そんな気も知らぬように輝きを増し続けた。




八月が忙しかったので更新したのはまだ一月前の気分

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