あと改行のしかたを変えてみたり。見にくくなってたら言ってください
久々過ぎて変な文になってるかも
真っ暗だった意識に、予兆も無く肉体の感覚が生まれた。
続くのは体への圧迫感。どうやら、何かが乗っているらしい。身動きはできそうだ。
アストラが目を開くと、灰色の雲が浮かぶ冬の空が見えた。視線を降ろせば、胸の上にはヒビの入った『アルトリウスの大剣』が鞘に収まるような自然さで横になっていた。
コンクリートの瓦礫の下に入り込んでいた左手を抜き、立ち上がって周囲を見回してみれば、瓦礫の果てに赤いランプや黄色いテープが見えた。人々のざわめきも聞こえる。
何があったのだろうか。そう思いながら周囲の建物を記憶の中にあるものと照らし合わせた時、自分がどこにいるのかを理解した。
自分はランサーと戦っていた場所にあった建物があった場所を越え、少々奥にある水のある場所――市民プールの敷地内にいるのだ。
攻撃による被害はプールの後ろで止まっており、切嗣もそこはしっかりと考えて何かしらの――おそらくは水を使った防御策を丁寧に施していたらしい。この攻撃による死亡者は、多くて十数人といったところか。
きっと、ランサーの潜伏先が判明してからずっとこの方法を考えていたのだろう。
やっと、現状に思考が追い付いてきた。
鐘の塔から病み村まで真っ逆さま落ちたような衝撃。竜の火炎を超える圧倒的な熱量。それを受けたと思った瞬間には、自分はその魔力の奔流に取り込まれていた。それは自分だけでなくランサーも、奥の建物も呑み込んだことだろう。
そして圧倒的な光線は自分の背後から――つまりはアイリスフィールやセイバーのいる方向から放たれた。彼としても信じたくないが、恐らく放ったのはセイバーであろう。
しかし、彼女が味方の背を突き刺すような真似をするとは到底思えない。その一方で、自分は不死者であり、それを知って自分をわざと巻き込んだ可能性もあるのだ。それが「巻き込むのが戦略」なのか「消滅させれば復活しない」と思ってやったのかは分からないが。
不安は絶えないが状況を把握できてきたアストラは既に東の空に陽が昇り始めているのを確認し、ボロボロになってしまった『上級騎士の鎧』から『ダークスーツ』に着替えた。
ここまで破損しては使い物にならないだろう。直すのにも、自分が杖を持ってその場で直せる破損を超えている。兜と同様に、数日かけて直してやらねばならないだろう。しかし、城壁とまで行かずとも相当の堅牢さを誇っていた鎧をここまで壊すとは、あの光の破壊力が窺えたものである。
腰を上げ、その異常な丈夫さからほとんど損傷のなかった『アルトリウスの大剣』に修復の魔術をかけた。その瞬間、針で刺されたような痛みが走り、反射的にこめかみを抑えた。
消滅したような状態からの蘇生と、神経を使う魔術の行使。更にはランサーとの戦闘も相まって、アストラは今にも眠ってしまいそうなほどしていた。疲労状態での魔術の行使は、体にも精神にも相応の負担を強いる。
その疲労を解消するために『エスト瓶』を少量飲んだアストラは、中身が半分を切ったそれを見て一抹の不安を覚えた。早く、元の世界に戻らねば。それか、補充できる者を見つけなければならない。
集まりつつある人から身を隠すためにも、少しでも休める場所に行くためにも、アストラは傷む体に鞭を打って『姿隠し』の魔術をもって姿を消した。
思い浮かぶその一か所を目指して、重い足を動かすのだ。落ち着けばどうしてこうなったのかについて、もっといい想像ができるかもしれないと思いながら。
大丈夫だと思える場所――教会に辿りついたアストラは外界と神の家を分ける大扉を開けた途端、香って来た血のにおいに眉をひそめた。ここは、神の家の中であるはずだ。
暗い、月明かりが照らす聖堂の中。整然と並ぶ会衆席のその先、主祭壇の前に言峰綺礼らしき神父服の男がこちらに背を向けて跪いていた。どうやら、扉が開けられてアストラが入って来たことにも気づいていないらしい。アストラは何が起こったのか問いただすためにも彼へと歩を進める。
半分ほどまで距離を詰めたところで、アストラはあることに気づいて歩を止めた。祭壇に跪いている言峰が死を悼む神の言葉を唱えていることだけではない。その右後ろの長椅子の影から力なく投げ出された、血だまりに沈む誰かの足が見えるのだ。
その足が穿いているズボンは、言峰の身に着ける神父服と同じ色をしていた。
「――――アストラか」
音もなく振り返りながら立ち上がった言峰の目は血のように赤く腫れ、頬には涙の痕があった。その目には、どこか行き場のない殺意が秘められている。
神父は殺されたのか、とアストラは視線を奥に向けながら問うた。
「ああ。胸と頭部に銃弾が三発。
おそらく、衛宮切嗣だろう」
言峰はその目にそぐわぬ淡々とした様子で返した。
切嗣が殺した事についての驚愕を押し殺し、悲しかったか、とアストラは再び問う。
「…………いや、また悲しくはなかった」
ただ悔しかった。
自分の手で■■たかった。できることなら、■■■■■■■■を与えたかった。
なぜ、とアストラは更に問う。
「私は」
自分の自殺を止めるため、自殺した妻。その時と同じように思った。
「――――自分の手で殺したかった。
できることなら、もだえ苦しむ姿を見たかった」
そう嘆く言峰の表情は本当に悔しそうで、彼の歪みが鮮明に表れていた。
「妻が死んだとき、私は気づいたはずだったのだ!
理想的な父に恵まれようとも、全てを受け入れる女に愛されようとも、子ができようとも。なぜ自分がこんなにも幸福を感じないのかが!!」
長椅子を蹴り飛ばし、その不条理さに対する不満をぶつけながら言峰は言う。
生まれつきの、先天的な欠如を抱えた――いわゆるサイコパスに分類されるであろう男は、誰よりも神の教えを尊びそれに基づいた倫理観を持っている。こちらの世界の神は、人間をどう思っているのだろうか。妻でさえ、父でさえ殺したいと思った男をつくった神は。
そう考え、ある考えが浮かんだアストラはそれを口にした。殺したいというのはお前にとっては愛なのではないだろうか、と。
「さあな」
そう言って一言ではぐらかし、言峰は言った。
「だが、どのような献身であろうと、聖女であろうと私の欠陥を変えることはできなかった。
無意味にしたくないとは思ったが、結局はそうだったのだ。あの女にはそれだけで十分だ」
当てつけのようで、どこか向けようのない何かを抱きながら言峰は言った。
アストラもこの話題は嫌いなのだと理解し、具体的にこれからどうするか聞いた。
「アーチャーから裏切りを直接的ではないが誘われていた。が、やはり奴の欲望にまみれた生き方は、少々気に喰わん」
答えを求め、苦悩を取り払いたいであろうにこの言葉である。やはり、抱える歪みはどうであれ、彼は根っからの聖職者なのであろう。
言峰はどうするかアストラは喜々としながら耳を傾けていると、信じられない言葉を聞いた。
「――だから私と手を組め、アストラ」
言峰はアストラの返答を待たず、矢継ぎ早に言葉を述べ始める。
「衛宮切嗣に問わねばならぬ事がある。
やつも同じ、私と同じ者のはずだ。ならばなぜ奴はああも聖杯を求める?」
父の遺体に目もくれず、言峰はそうアストラに語る。
「私と同じなら問い続けるだけで、願いなど無いはずだ! だが、奴はその答えを得、願いを得たのだ!!」
そうに違いないとは言わず、言峰は断言してみせた。
それは完全に根拠があるわけでなく、彼の願いによる部分も大きいだろう。きっと彼は幸せが手に入らずとも、仲間がほしいのだ。
アストラは昨晩の――裏切りにも思える攻撃を思い出し、自分の目的についても考えた。
神によって利用されていた。それは納得できずとも、理解した。だが、火を継ぐにしろ継がないにしろ、アストラは元の世界に帰らねばならないのだ。切嗣は聖杯戦争が終われば帰ることができると言った。
そして言峰の言葉でアストラはあることに気づいた。自分は、切嗣の願いを知らないのだと。ならば、やることは決まった。
アストラは言峰に、本当に切嗣に近づきたいのかと確認のように聞く。
「当然だ。
だが――――」
もう自分にはサーヴァントがいない。そう言った。
そういえばアサシンはライダーの宝具で消滅したのだった。ならば、サーヴァントへの対抗手段がなくなった言峰は、できるならこのまま教会に居るかこの街を出た方がいいだろう。言峰単体の実力としても、絵画守り程度なのだ。サーヴァント相手には戦えない。下手をすれば、父のように殺される可能性がある。
だからこそ、言峰はこう言った。
「衛宮切嗣に私は問いたい。手を貸してくれ」
自分も悩むことがあるのだが、と思った。だが、アーチャーも彼を導こうとしていたらしい上、このままだと言峰は殺される危険もある。セイバーたちと敵対することも問題といえば問題だが、後ろから撃ってきた以上はそこまで味方につきたいとも思わない。それは裏切りかと言われれば、先の戦闘の攻撃は裏切りではないか。
そのことについても、言峰なら知っているかもしれない。
先ほどの戦闘でランサーを消滅させた宝具、誰のものか知っているか。そうアストラは聞いた。
「ここに来たからには、知っているものと思っていたが……」
言峰はある意味納得したような表情を浮かべてから言葉をつづけた。
「あれはセイバーの宝具だ。使い魔を通してお前を見ていてな。セイバーがお前を後ろから――恐らく令呪による命令だろうがしっかりと撃っていたぞ」
言峰が嘘を吐くようには思えない。もっとも、言峰のそれは監視していたということであるのだが、それには目を瞑ろう。
それより大事なのは、”令呪”とは何かだ。アストラは何も知らないのだ。
「令呪を知らないのか……」
アストラが問うと、言峰は同情するような表情を浮かべた。
これは、自陣営にいるというのにアインツベルンは情報開示を渋ったと思ったからである。
「少々掻い摘んで説明するが、令呪とは聖杯からマスターに三画ずつ与えられる強力な魔力の結晶だ。これは聖杯戦争への参加権であり、また己が命令をサーヴァントに強制的にきかせることができる力もある。
いかに本人が逆らおうとな」
三画ということは三回っきり?
「ああ。だが、それは再配布された場合を除く。監督役は今までの聖杯戦争での脱落者が使わずにいた、余った令呪を所有している。先のキャスターの討伐も討伐した者に令呪を一画与えるという交換条件があったからこそ成立した物だ。
いかにキャスターが魔術の秘匿――これはこちらのルールだが、それを守らないとはいえサーヴァントを相手できるのはサーヴァントしかいないからな。かといって、脱落を待つのでは被害が出過ぎる」
で、おそらく与えた後に監督役――璃正神父は殺されたと。
「そう考えるのが妥当だろう。それに、犯人が衛宮切嗣だとすれば妥当だろう。セイバーほどの対魔力では一画の令呪で言う事を聞かせるのは難しいからな」
つまり、切嗣の残りの令呪は二つか。で、お前はいくつ残ってるんだ?
「二画だ」
言峰の右手の甲には、勾玉のような形をした令呪が刻まれている。一回で書ける量で一画だとすればなるほど二画だ。
そういえば、監督役からの再配布というのはどうやるんだ?
アストラは切嗣にはあまり問う事をしなかったため、言峰には念入りに質問をしてみる。
すると、何やら視線を泳がせた後に口を開いた。
「……監督役は回収した令呪を腕に保持し、必要に応じて譲渡している」
だが監督役は殺された。その残ったいくつかの令呪を切嗣が持って行った可能性があるんじゃないか。魔力の結晶なら、命令として使う以外の用途でも使えるだろう?
「さあな。持って行ったとすれば厄介だ」
このはぐらかす様な言峰の答えにアストラは違和感を持った。預託令呪の存在を知っている言峰ならば、その重要な物の在処を確認しないはずがない。彼に限っては死に動揺して確認してないということはないだろうから。
「まさかお前が持っているのか?」おもむろにアストラは問うた。
ある種の疑心暗鬼がセイバーの不意打ちによってぶり返されてきているようだ。
「やはり、誤魔化せはしないか…」
言峰は伸ばしていた腕の袖に手を伸ばし、肘まで一気にまくり上げる。
そこには、まるで茨のように絡まり合う預託令呪の姿があった。その数は三画どころではなく、優に二桁はあるだろう。
「お前を信用しきったわけではないからな。衛宮切嗣の策謀でお前が動いている可能性もある」
そうもっともらしいことを言峰は言うと、一度振り返って父の死体に十字を切った。
嘘をつかなかったところは感心したが、疑われる身としては仕方ないとしても少々の不安を覚える。だが、アストラとて別世界から来たというのは隠しているわけで、そう非難する事もできないのだ。
「さて、次はこちらが質問する番だ」
アストラに向き直りながら言峰は口を開く。
「なぜお前は生きている? その死なない特性から死徒かと思っていたが、セイバー――アーサー王のエクスカリバーを受けて再生するなど並みの化物にできることではない。あの宝具でなくとも、ボロ屑同然になって再生など並みのことではない。
お前は何だ? 」
予想していた問いではあった。しかし、実際に答えるとなるとやはり躊躇いがある。とはいえ、そう化物呼ばわりしなくてもいいだろうに。
不死人だ。とアストラは答えた。その存在が何かとも問われることは確実なので、アストラは別世界から来た者であることや、不死たちに課せられた使命。自分の今までの――不死になってからの経歴を省略しながらも話した。
そこにはもちろん、自分の会った異常な者の話を交えながら。
「なるほど。通りでアーチャーが興味深そうに語って来たわけだ」
あの金色が?
「ああ。自分に貢ぐべき
そういえば酒の席でそういうことを言っていた、とすっかり忘れていたアストラは思い出した。
アーチャーは宴の時に酒を出した穴と未遠川での戦闘を見る限り、そこから何かを出す能力なのだろうか。恐らく金色のものを。しかし、それではアーチャー――弓兵ではない。
なんにせよ、警戒すべき相手という事には変わらない。あの王としてのカリスマも身に着けている鎧も尋常ではない物だ、注意しなければならないだろう。ジョーカー的な宝具を持っている可能性が高い。
「しかし、世界を救う不死の英雄とはな。英霊になればかなりの宝具を持てるのではないか?」
宝具。これもまた、強力な武器としか聞いていない物である。
「ああ……」
言峰は頭を押さえ、アストラに言った。
「こうなれば私は時臣師の元へ戻ることも、監督役を続けることも不可能だ。昼間のうちに移動するぞ」
聖杯戦争についての説明はその道すがらにしてやる。そう淡々と言葉を述べた言峰は、アストラに背を向けて璃正神父の遺体へと向かい会った。
「いつまでも放置しておくわけにもいくまい。先に外に出ていてくれ」
背を向けたまま、視線を足元に落としながら言峰は言う。
アストラは返答せず、無言のまま教会の外へと歩いた。親子が二人きりになった教会の外へと。
背後の言峰綺礼はアストラが外に出てもしばらくその場に立ち尽くしていたが、しばらくするとしゃがみ込んで口を開いた。
衛宮切嗣は潜伏先の暗い部屋の中で数種類のマーカーで情報が書き込まれた地図に向かいながら、状況の整理を開始した。
令呪を得たあと他の参加者へ令呪がわたるのを防ぐため、言峰璃正神父を殺害した。言峰綺礼が街を彷徨っているというのは、探らせていた使い魔から確認済みだった。
そして二画の令呪を使い、セイバーに。
「ランサーとその拠点を、威力を抑えた『約束された勝利の剣』をもって破壊しろ」
そう命じた。もちろん、舞弥に頼んで彼らが拠点を構えた直後から被害を拡散させる準備は何重にもしていたし、拠点の裏手の住民は戦闘が始まった直後に退避させておいた。
そこまで対策を講じながらアストラを巻き込んでしまったのはミスだ。彼ならうまく避けてくれると思っていたが、予想よりも遥かに宝具の最低出力が強すぎた。まあ、彼ならば巻き込んでも問題ないとは思っていたがね。
しかし、強すぎた威力のせいで結界がやぶれ、アストラを回収する暇もなくパニックが起こったのには参ったよ。セイバーからはパスを通して問い詰められ続けられるし、アイリも腹に据えかねているそうだ。当然だろう。
だが、あれが最善の手段であったというのは事実だ。ケイネスたちは礼装の多くを失っていたとはいえ健在。穴熊を決め込み始めた一流の魔術師の工房なんて、とても正攻法で壊せるものじゃない。もう二度と爆破なんて手段は通じないだろうし、遠隔操作したタンクローリーの突撃もランサーに防がれた。
となれば、一番リスクのない手段はあれしかない。アストラには気の毒だが彼は不死だ、囮としては十分。作戦を話しておくべきかは迷ったが、彼もきっとセイバーと同じで一騎打ちを望むだろう。
おまけに彼に使える令呪も無い。それで離反されるぐらいなら、その所持品ごと一緒に消滅してもらった方がこちらの特だ。アストラ生き延びて敵対した場合も、きっとセイバーが戻ってくるように訴えかけてくれるだろう。ありがたいことだ。
そして彼に付く味方はいなく、実力もセイバーよりは高くないそうだ。これなら――――。
ピタリと、地図の上をなぞっていた視線が一か所で止まった。
新都。そこにある冬木教会。脱落した、令呪を再配布する恐れのある言峰綺礼がいる場所だ。
いや、それはないだろう。言峰綺礼とアストラは面識がないどころか、アストラは教会についても知らないはずだ。
切嗣はハンバーガーを口にしながら、空になった紙袋をぐしゃりと手のひらの中で丸めた。
もしかすれば、と浮かんだ考えから浮かんだ予想図への対抗策を練りながら。