薪となった不死   作:洗剤@ハーメルン

21 / 36
今の長さは短いですか?
改行は見にくくないですか?

なにかあったら教えてください


対ランサー陣営

 河川敷から、その場に居合わせた面々は既に撤退を負えていた。サーヴァント同士マスター同士で戦っていた者もいるが、多くの者にとって大海魔との戦いというのはかなりの魔力や体力を消耗する戦いであった。もしそこにローガンがいたのならば、キャスター陣営以外の脱落者が出ていたかもしれないほどだ。

 さて、皆がそれぞれの拠点に、または魔力を回復できる場所へと戻り息をひそめているこの決戦後の夜。あるサーヴァントの陣営がランサー陣営の拠点へと向かっていた。言わずもがな、それはセイバー陣営である。

 セイバーの運転で、最小限にしか揺れない車。下は舗装された道路で元から振動は少ないのだが、その揺れは走っているのではなく滑っているのではないかと思えるほどのものとなっている。これも一重に、彼女のAランク相当の騎乗スキル――つまりは大概の乗り物は乗りこなせる能力――のおかげである。

 そして、車内はその外殻の立てる音と同じように、ある程度の音だけで静かなものであった。なぜなら、セイバーとアイリスフィールは先ほどから会話をしているのだが、アストラが河の戦い以降ずっと沈黙を貫いているからだ。それも、セイバーが先ほどから騎士とはなんなのかと聞かれ、アストラにも自分の意見の正否を問う言葉をかけているにも関わらずだ。流石のセイバーも、これは不思議に思ったらしい。

 体を休めているだけだと思っていたのだ。だが、バックミラー越しに見える彼の表情は、どこか思い悩んでいるように見える。きっとアストラは戦闘になればそれを振り切って戦うのだろうが、それは正常な人間とは言い難い。

 

「アストラ、何かありましたか?」

 

 先ほどまでの調子と同じように、あくまで気軽そうに話しかける。彼女なりに、話しやすくする心遣いだ。

アイリスフィールは急に話を切ったセイバーと沈んだ表情のアストラを見、察してくれたようでフロントガラスの先に目を移した。

 

 この乗り物の仕組みが気になった。そういった返答を、上の空な様子でアストラは返す。

 

 だが、そんな誤魔化しは、一国の王には通じない。

 

「話してください。もしかしたら、力になれるかもしれません」

 

 カーブを曲がり、軽い遠心力が車体にかかる。

 そして、赤信号で車が止まった。

 

 悩んでいる。ぽつりとアストラは言った。

 自分は『不死の英雄』でいいのかと、悩んでいる。

 

「『不死の英雄』ですか?」

 

 バックミラー越しに二人の視線が交差した。

 

 アストラは、隠すようで隠していなかったような自分の世界についてを、聞き流されるラジオのようなリズムで語る。

 古竜。始まりの火。三人の王。隠されていた四人目の王。その王が得た、他の王とは対になる無色の闇の力。そして、神の王に利用されて飼われる人の、闇の王。神に作り出された都合のいい不死の呪いと、それを利用する『不死の英雄』の話。

アルトリウスからは人間は神にいいように使われていると、信じがたい現実を突き付けられたのだ。これらはアストラが戦う理由であり、戦ってきた理由だ。それが、揺らぐ。

 

 語りながら、アストラはきっと死の王ニトを守るように闇霊として襲ってきた、聖騎士リロイは神の僕だったのだろうと苦笑した。言うなれば、薪を足しに来たと言ったところか。

 

「つまり、理由がなくなったということですか?」

 

 そうではなく、光の時代か闇の時代のどちらが正しいのか迷っている。そうアストラは言った。

 

 光の時代ならば、神に飼われていても彼らは生活を助けてくれる。薪のためにも飼い殺されはしないだろう。だが、闇の時代は、その先が見えない。人間が力を手に入れたところで、どうなるかが分からない。太陽を失った人間はどうやって暮らすというのだろうか、夜が続くだけでも飢餓が続いているというのに。

 

「…………難しいですね。飼われて生きるか、自由になって死ぬか」

 

 車の速度が、法定速度まで落ちる。セイバーはバックミラーの角度を変え、アストラの顔を見えないようにした。

 

「私が生まれた時代は、隣国が絶え間なく攻めてくる時代でした。私の国は土地もやせているので、人々は不安の中にいました。そんな時、私は王になりました」

 

 選定の剣というのがあってそれを抜きました、とセイバーは続ける。この話を、生前の話をどんな表情で言っているのかは、アストラは窺い知ることはできなかった。

 

「けど、私は民を救う王には――――人の心が分かる王にはなれなかった。選定の剣を抜いておきながら」

 

 心なしか、車の揺れが大きくなった。

 

「けどアストラ、こんな後悔をする選択だけはしないでください。やり直したいなどと、思ってしまうような結果にならないように」

 

 エンジンが唸り声を上げ、車が徐々に速くなる。

 

「私は」

 

 ハンドルが、セイバーのサーヴァントらしい握力に負けてバキリと音を立てる。

 

「私は――――」

 

 突如、セイバーは突然ブレーキを踏み、前に向かって大きな慣性がかかった。

 アストラもアイリスフィールも予期はしていた。しっかりと、座席に体を固定している怪我はない。

 それどころか、十字路の手前で止まった車の目の前を、高速道路を走っているかのような速さで走るタンクローリーが通ったことでほっとしたほどだ。

 

「切嗣が言ってた”援護”ってこれのことだったのね…………」

 

 アイリスフィールは胸を撫で下ろしながら呟いた。それと同時に、夜の一部を明るく照らす様な光と轟音が空を駆け廻った。

 おそらく、拠点に突っ込ませたのだろう。

 

 アストラは、先行するから後ろからついて来い。と言って車を降りる。セイバーはこれをとめず、速やかにアイリスフィールを下車させて傍に立った。

 三人の行く先では、天まで届くような火柱が暗闇の中で燃えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 位置を教えられていたランサーの拠点である廃病院に来てみれば、その建屋から車一台離れたぐらいの距離でタンクローリーが燃え盛り、その光を背に待ち構える影が一つ。

 

「これはお前たちの攻撃か。確かに有効であろうが、いささか無粋ではないか?」

 

 ランサー。たとえ武器が『必滅の黄薔薇』しかなくとも、その闘気は衰えることはない。むしろ、先ほどの攻撃のせいで猛っていると言ってもいい。

 

 あいさつのときはドアを叩くのだろう、とアストラは『アストラの直剣』。そして、『上級騎士』の防具を刹那の内にまといながら言う。

 『アルトリウスの大剣』では、威力があっても速さが足りない。

 

「我が主の城を吹き飛ばす勢いでぶつけておいてよく言う。だが、主の何重にも巡らせた結界を超えることはできなかったようだがな」

 

 その通り、結界が無かったらお前の主は死んでいたかもしれない。そうアストラはランサーを挑発する。お前じゃ間に合わないんだろう、と。

 足元に広がる砂利が、体重の移動でこすれ合った。

 

 その言葉に口角を釣り上げて笑ったランサーは槍を構え、アストラは無言のうちに剣を構えた。二人の間は数メートル。距離は無いものに等しい。

 

「さあ、何度貫いてでも我が槍を返してもらうぞ!」

 

 相手が言い切る前に、アストラが動いた。ランサーは速い。後手に回れば、前回の二の舞いだ。

 助走の勢いを乗せずに、左足を前、右足を後ろ。左手で盾を中段に構えながら、いつでも引けるような具合に右から斬りつける。その剣に、ランサーは槍穂先を地面に向けるように左で構え、その身で受け止めることで当然の如く対応をした。

 

「やはりあの剣は使わんか」

 

 そう言いながら、ランサーはアストラの左足を右足をもって掬いにくる。硬直すれば、次手がくる。アストラは一度後ろに跳んで下がらざるを得ない。そこへ伸ばした足で逆に大きく踏み込んだランサーは、突きを相手の首めがけて繰り出した。

 咄嗟に、アストラは左手から人間性――『ダークハンド』を手のひらに纏ってその穂先を一瞬止める。その隙を突いて、アストラは再び大きく下がった。

 ランサーの筋力は大したことはないのだが、なにより速いのだ。おまけに、短いがそれだけ取り回しのいい槍を自在に使ってくる。しかし、アストラも『人間性』について理解が深まってきたせいか、槍を防げる硬さの『ダークハンド』を一瞬だが咄嗟に出せた。これはアルトリウスの言葉が本当であったという裏付けになるが、それを考える余裕はない。

 

「ほう。変わった防ぎ方をする」

 

 ランサーの視線の先は、アストラの手。その指を伝い、地面には血のしずくが落ちる。どうやら、未熟な『ダークハンド』では完全には防げなかったようだ。

 

 アストラは手の血を鎧で拭きとるが、そこからは血がまた溢れてくる。いったいどういうことか、そう考える間もなくランサーが動く。アストラは剣と手を使って十数合に対処し、今度は砂利を蹴りあげて顔に浴びせることで距離を取れた。

 何度か防いだこともあって、左手からは薬指と小指が消えていた。血は、より多く流れて砂利を染める。

 

 傷を一瞥。そして、その槍は不治の呪いか。そうアストラは眉を顰めて口にした。

 

「いかにも。一度、ホテルで貴様の心臓を抉った時には蘇生に打ち消されたみたいだがな」

 

 次の構えを読まれないためにか、体を軸に槍を振り回す。その隙を突いて、アストラは左手に『呪術の炎』を出現させた。

 その瞬間、ランサーが踏み込む。

 

「先ほどの砂利といい、抜け目がないな!」

 

 左を狙って振るわれる槍を剣で止め、足を軸に体を横に回してランサーへと左手を伸ばす。ランサーが舌打ちをするが、今度は彼が少し遅い。

フィンガースナップの音と共に、ランサーの目の前に抱えるほどの炎が出現。その熱気にやむを得ずランサーは後退した。

 『大発火』。指を鳴らすのは火打石のようなイメージを入れ、より火を起こさせやすくするためである。イザリスのクラーナはノーモーションで手から出せていたが、アストラにはそこまでの呪術の才能は無い。

 それでもランサーは至近距離での高熱に一瞬目を焼かれたらしく、目の周りの筋肉をこわばらせた。目は閉じていない。だが、攻める時を教えてくれた。

 

 アストラは刺されることを覚悟で、全速力でランサーへと駆ける。不意打ちのような一撃は一度しか通じないだろう、このチャンスしかない。ランサーも迎撃のため、両手で黄槍を構えてアストラを待つ。見えないからこそ、完全にカウンターを狙うのだ。

 だが、アストラは右手だけで剣を構え、左手を前に出した。その瞬間、ランサーの視界をさらに熱が埋め尽くす。単純に火炎を出す呪術、『火炎噴流』だ。しかし、『大発火』ならまだしも『火災噴流』ならば対魔力:Bというランサーなら無効化できる。

 肌に触れる寸前に炎はことごとく打ち消され、周囲に火の粉を撒き散らす。しかし、アストラは術の発動を止めない。視界を潰すことはできているのだ。

 カウンターのタイミングを外した槍が、アストラの横をすり抜けた。一方のアストラの剣は、ランサーの胸の中心へと滞りなく向かう。

 剣が、彼の胸の皮を貫いた。槍は、アストラの真横。

 剣が、彼の肉を裂いた。槍は、引き戻されようとしつつある。

 剣が、彼の骨を砕いた。

 

「――――主ッ!!」

 

 槍が消えるような速さで動き、ランサーの体がズレた。

 剣も槍も、何かを貫いた。

 ランサーもアストラも測ったようなタイミングで血を吐きだし、お互いに自分の状況を確認する。

 

 どうなっている。アストラは自分の肝臓と肺を抉るように貫く槍を見、相手の胸骨を貫きながらも最後には虚空を貫いた自分の剣を見た。

 

「令呪とでも言っておこうか。なに、騎士王を倒してからならじっくりと話ができる」

 

 槍を捻って引き抜いたランサーは、アストラの体を軽く押した。

 血がとめどなく流れ、小さな水たまりができはじめていたアストラは成す術もなく地面に転がる。その彼へと、巨大な水銀が近寄りつつあった。

 

「俺とてこんな真似は進まないが、主のためだ。恨んでくれてかまわない」

 

 水銀に包まれて意識が固定されるような錯覚を覚えはじめたとき、セイバーらしき声が耳に届いたような気がした。

 それと同時に、夜明けが来たような光が網膜と全身を焼いた。

 




しっかし、戦闘描写は苦手です。長くならない。そう頭を使うのが無理と言うかなんというか

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。