薪となった不死   作:洗剤@ハーメルン

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こういう回を作らなきゃいけないっていうのが自分の力不足の証です(´・ω・`)


未遠川においての各々

 上空では金と黒が螺旋を描き、川の中央では巨大な黒へと紫電が落ち、青が持つ透明の剣と白銀が振り下ろされていた。

 

 

 キリがない。伸びてきた触手を切り払い、その再生を見てセイバーは思う。

 大海魔の再生力は凄まじく、森で出会った小さい海魔とは比べ物にもならない早さで再生する。きっと、それを超えた攻撃を加えるか、キャスターを殺すまで再生は止まらないだろう。

 

「何故許可をくれないのです……!」

 

 群がる数本の触手を車輪のように回転しながら切り払った時、思わずそう言葉が漏れた。その言葉を放つ元の意志はセイバーとマスターとをつなぐ『繋がり』を通り、マスターである切嗣へと聞こえる。

 セイバーには宝具の威力ごと段階で『対城宝具』にあたる、『約束された勝利の剣』がある。この宝具は集束・圧縮された所有者の魔力でつくった斬撃を飛ばし、射線上のモノを光の斬撃とそれに続く膨大な熱で破壊するというものだ。『聖剣』ということもあり、対化物の宝具としては最上級の代物だ。

 また、この際の対城は「城を"吹き飛ばす"」という意味であるため、使えば大海魔程度は塵芥どころか消滅するだろう。威力が強すぎるという問題があるが、それはたいしたことではない。切嗣は、きちんと対処法を考えているはずだ。

 だが、それを使う事を彼が許さない理由を、セイバーは直感的に察している。彼女の聖剣は無慈悲なほどに強力だが、使用する魔力の量が平均的な宝具が安く思えるほど多いのだ。それは、世界を塗り替える魔術である『固有結界』にも匹敵し、易々と使っていいものではない。

 そして、こちらにはアストラという未知の戦力がいる。切嗣はアストラが先ほどアルトリウスとの戦闘を始めたとはいえ、もう少し彼らの決着を――こちらへの参戦を待ってもいいと思っているのだろう。なんせ、ここで宝具を使わなければ、セイバーは後の戦闘に大きな余裕を持てるからだ。セイバーは戦闘の多くを『魔力放出スキル』に頼っているため、魔力の低下は弱体化を意味するのである。

 彼女が一度近づき大海魔の巨体を切りつけた時、予兆もなしにピタリとその動きがとまった。

 

「何だ?」

 

 それを隙と見て水の上を跳躍したセイバーは大海魔から大きく距離をとり、手に持つ剣を握り直した。

 セイバーとライダーには何が起こったか分からない。そんな状況で、『繋がり』を通して言葉が聞こえた。

 

――――僕はキャスターのマスターは仕留めた。あとはキャスターの魔導書だ、どうしようか。

 

 初めてとも言える、切嗣との『繋がり』による独り言のような意志疎通。

 だが、彼はきっとこちらも動きを止めたのを見て事務的に、必要だと感じて伝えただけなのだろう。だから、多くの言葉はかけないほうがいい。そう思い、セイバーはただ「了解です」と口の中で呟いた。

 

「セイバー、一度引け」

 

 ライダーの大声が頭上から降り、セイバーは空を仰ぎ見る。

 そこには無数の追撃の手が止んだ戦車が静止しており、やっと声をかけれたのだという事を意味していた。

 

「いいか、余が固有結界で一度こやつを現世から隔離する。その隙に、坊主どもと作戦を練っておれ」

 

 自分は切り札を隠しながら、共闘する者は切り札をもって時間稼ぎをする。セイバーは心臓を抉られるような罪悪感を感じた。言いたい。私は『対城宝具』を持っているのだと。

 だが、それはその存在を隠そうと、この戦争に勝とうとしているマスターへの裏切りである。どちらを取ろうとも、彼女は断腸の念を持ってしまうのだ。

 しかし、返答に窮するわけにはいかない。セイバーは決めた答えを口にしようと腹に力を込め――

 

 その時、竜の咆哮が河川敷を貫いた。

 

「何っ!?」

 

 ライダーの戦車の横を通り過ぎるほどの低空を、その戦車に備え付けられた刃ほどの大剣を持った白い影が通る。

 人型の竜に翼が生え、長い尾を手に入れたそれは動きを止めた大海魔へと接近し、その巨体に数メートル以上の傷を与える。それを再び動き出した大海魔の触手の群が追うのだが、竜の吐く淡い緑の炎がそれを消し炭へと変えられる。

 真空波を生み出す斬撃と、緑の炎。斬撃は確実に再生されているが、炎に焼かれた部分の再生が斬撃よりも数秒遅い。数秒あれば、キャスターを露出させられるかもしれない。そうなれば、大海魔の心臓になっているであろう魔力炉である宝具――『螺湮城教本』を破壊できる。

 

「ライダー!」

 

「おうよ!!」

 

 その光景を同様に目にしていた彼もできると思ったらしく、その手綱で神牛を叩いた。

 

 

 

 

「まったく、まさかライダーまで共闘するとは。しかも、なんだあの霊体は……」

 

 ランサーの五感を共有し、まるでその場に立っているような錯覚をケイネスは覚えた。

 当初はアイリスフィールを暗殺できればと思っていたのだが、ライダーとアストラがいる以上はランサーが二人に襲われる可能性を考慮して不可能に。また、このような場面で戦闘行動をとれば、監督役からペナルティを課される可能性もある。

 ならば、安全に追加の令呪を手に入れ、それをもって敵を排除した方がよい。また討伐の際に彼らの騎士道を利用すれば、アストラからランサーの槍を取り戻すこともできるかもしれないと思っていたのだ。

 だが、実際にはアルトリウスとバーサーカーの乱入や、アーチャーの飛行宝具などのイレギュラーでそれどころではなくなった。こうなれば――――

 

「この私が、好機を待つしかないとは」

 

 苦々しい表情でそう口にしたケイネスは作業をしていたソラウに指示を出し、潜伏中の廃墟の要塞化を主導するのであった。

 

 

 

 

 サーヴァントたちが大海魔と戦い、またはそれ同士で空中戦を行う戦場。そことは別に、二人のマスターが屋上にて戦闘を行った。

 戦ったのは、アーチャーのマスター遠逆時臣と、バーサーカー兼アルトリウスのマスター間桐雁夜であった。場所は少し離れたビルの屋上。それを監視する者は、すでにサーヴァントを失ったはずの言峰綺礼である。

 

「時臣ィ!!」

 

 時臣が間桐家へと養子に出した桜という少女について、養子に出されたその後を知る雁夜は憤慨する。

 一方的に、一般人の観点・立場からものを言う間桐雁夜。それを、魔術師の観点から否定する遠坂時臣。前者からすれば後者は「父親失格」であり、後者から見れば前者は「魔術師失格」である。

 その会話が遠すぎて聞き取れない言峰綺礼であったが、二人の様子を観察することはできていた。

 だがしかし、当初彼は静観するばかりで、二人の戦闘に介入しようとはしない。彼は、遠坂と協力関係にある。言峰綺礼が「元代行者」としての戦闘能力を用い間桐雁夜と戦闘した場合、彼を数秒で屠る実力が綺礼にはある。

 それでも介入を行わないのは、雁夜がどのような行動をとるか"気になった"のである。それも、ただの好奇心ではなく、私情を仕事に挟まない言峰綺礼が従ってしまうほどの大きなものだ。

 

 だが、綺礼は静観を決め込みながらも悩んでいた。アストラに言われたことは、「本性の悩みは乗り越えられる」ということ。そして、知らされた自分の本性は、聖職者として耐え難いものだった。そこで「ありえない」と否定しつつも「間違っている」と思えなかったのは、自分はそれを少なからず自覚していたことだろう。

 妻が死んだときの記憶を、自分は歪めていた。それを、あの時に思い出した。自分は、妻の死自体を悲しんではいなかった。「自分で殺せないのは残念だ」とひどく残念がった、悔しがって悲しくなったのだ。

 

「私は……」

 

 戦闘もそっちのけで、綺礼は苦悩した。

 アーチャーは自分の本能に従えと、アストラが来たその翌日に言った。だが、それは堕落だ。彼の言葉に身をゆだねて"自由"になっても、それは"苦悩からの解放"であるが今までの人生の"敗北"である。

 生まれ変わると考えれば聞こえが良いが、それは妻が自分の代わりに自殺したということを無価値にならずとも堕落した者になれば"無意味"にしてしまうのではないか。自殺という、彼の宗教においての最大の禁忌を止めた――彼だけは生かしたいという気持ちがあったのかもしれないが――彼女は言峰綺礼の堕落を止めたのだ。

 その際に抱いた「自分で殺せないのは残念だ」という感情の動機については死を"無価値"にしないように考えないようにしているが、できることなら"無意味"にもしたくない。これは価値観を入れたうえでも変わらない自分の気持ちだ。

 

「父に――」

 

  父に話そうか。いや、彼は敬虔な信徒だ。きっと、息子である私がこのようなおぞましい者だと知られれば、どのような行動に出るか分からない。父は自分のことを、敬虔な神の使徒だと思っているに違いないから。

 アストラに話されて以来、そう思ってきた。最悪の場合に打ち明ける対象といえば、肉親。恐らく愛せないであろう娘は今信頼できる教会に預けている上にまだそんな歳でもないため、当然のことながら父しかいまい。だが打ち明けずとも、彼にもう一度問えば自分の道を決められるかもしれない、衛宮切嗣に問えばより詳しく分かるかもしれない。

 

 視界の隅で、フードの男がビルの屋上から落下した。だが、そこに行く気にはなれない。

 

 時臣師は自分がここに来ていることを知らない。何せ自分はサーヴァントを失い、教会にいるはずだからだ。携帯を時臣師が持っていれば一報を入れて、戦闘に躊躇いなく協力していたがこれでよかった。

 きっと、自分はあの哀れな男の苦しむ姿が見たいために、きっと急所を外すだろう。きっと治療してしまうだろう。

 

「私は、どうすれば……」

 

 ついに綺礼はその場に背を向けて、教会への帰路を歩み始めた。

 

 

 

 

 

 同様に、路地裏に落ちた上に左半身が『深淵』によって醜く変形した雁夜も、苦しみ、そしてもがき続けてた。彼の場合は精神的な痛みを持つ言峰とは違い、深淵と体内の蟲によって内臓をすりつぶされて焼かれるような痛みでだ。

 

「と……ギ……■■■」

 

 だが、彼は止まらない。すでに余命一ヶ月となっていた彼にとっては、これほどのことなどすでに無意味に等しい。

 彼は肥大化した左腕で地面を押して立ち上がると、まるで死徒に血を吸われた成れの果てのような足取りで裏路地を後にした。向かう先は、蟲蔵。そこにはきっと、自分の渇きを癒す魔力があると信じて。


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