体内の火を鎮静化させ、剣が貫いているものを足で押し、剣を引き抜く。体内のソウルの現象というより、頭の先からつま先まで全身に焼けた鉄を埋め込まれたような痛みで呼吸のリズムが乱れそうになる。
それを、胸に力をいれてなんとか抑え込む。
東国の霊体は胸部の負傷が致命傷となったのか、自身の形を維持できずにゆっくりと空気の中へ溶け始めている。
アストラはもう一人の霊体も気にはなったが、それよりも大事なのは目の前のアルトリウスだ。
「…………■■」
胸を貫かれても、かすかではあるが生きている。
さらに、深淵がその胸の傷を埋め始めていることから、深淵がアルトリウスに不死を与えたらしい。
しかしそれも、神代の種族である彼の体には合わないらしく、死にもせずに再生と崩壊を繰り返している。だが、放っておけば深淵がその抵抗を塗りつぶし、再び立ち上がるのは明白だ。
これ以上、理性のない化物となる屈辱を長引かせるわけにはいかない。
アストラは肩で息をしながら、聖剣を天に掲げた。
「■、■■■……」
何かを口にしようとするアルトリウスの口から、吐血のように深淵が吐き出される。
眼を細めながら、アストラは再生を終えようとするアルトリウスの頭部へと、剣を振りおろし。
「君は……?」
寸のところでその刃を止めた。
聞こえたのは、今にも死にそうなかすれ声。それが目の前の騎士のものだと理解するのには、しばしの時間を要した。
「――――そうだったのか」
一方のアルトリウスも何かに気づいたらしく、後悔を形にしたような言葉を放つ。
「人間よ。君が私を止めたのか?」
そして、再の問いかけにアストラは我に変り、そうだ、と剣を降ろして答えた。
アルトリウスは刺された胸を押さえ、次に自分の左腕に目をやった。すでに、その手も治りかけているらしく、指先が動き始めている。
彼は息を止めていたように、深く息を吸った。
「だが、私は死ぬべきだ。深淵のような闇には耐えられない。また、獣となってしまう」
そして、二度咳込んで、血を吐いた。
「私は人間ではないからな……」
諦めるような言葉と、何かを思い出すような眼差し。それにアストラが食いついた。いったいどういう意味なのかと。
暫しの、アルトリウスは記憶を遡った。そして、何やら言うべきかどうか思案した後、口を開いた。
「時代が変わるということか……」
そうつぶやくと、彼は本題に入る。
「君は人間性――その強大なソウルを、その正体は何だと思っていた? それに似たものに、触れたことはないか?」
再び獣と化すまで時間が無いのがわかっているようで、アストラの前にその答えをぶら下げる。彼の呼吸は既に正常に戻りつつあり、それがアストラにも彼が四騎士のアルトリウス
でいられる時間の終わりを告げていた。
きっと、アルトリウスは不死人が亡者になるような、自分が消える感覚を抱いているだろう。
「ソウル。これは近い。だが、その中により近いものがある」
だがそれでも、彼はアストラの疑問に答えようとしていた。
なぜかは分からない。だが、答える理由があるのだろう。
「人間性は、四つ目の『王のソウル』だ。君達は昔の、古竜との戦いにも参加していたんだよ」
龍の霊体の咆哮が、河川敷に浅く響いた。
「君達は強かった。そして、百年も寿命がない代わりに増えるのが早かった。そして、彼らも我々と同じように『最初の火』が消えるのを知っていたんだ」
だが、それは『太陽の光の王グウィン』が薪になることで回避された、とアストラは反論しようとして止める。聞き始めたのは自分であり、きっとアルトリウスはこの件を知らないのではないかと思ったのだ。
反論しようとしたのは、アルトリウスが話そうとしていることを聞きたくない、彼は聞いておいてそう思ってしまったからだ。なんせ、アルトリウスの言い方はまるで―――――。
「そう、彼らが見出したソウルは、『闇のソウル』だったんだ。世を照らす最初の火が消え、『光の時代』が終われば世界は闇に包まれる
そうなれば、我が王は力を失う。だから、王は人間を恐れた。火はいずれ消えるという、世界の理を恐れた」
神の時代を続かせるために薪になったグウィン。不死の英雄はそれを使命として追うのが正しいのか、火を継がずに闇の時代を到来させるのが正しいのか。
『不死人の使命』が薪になることなら、不死の原因となる突然の呪いは『王のソウル』が濃く出た隔世遺伝のようなものなのか。それとも、神々が選んだ生贄なのか。
となれば、王が火を継いだ後に人間を導いた彼の息子たちは――――
その時、遠くで大海魔が大きな叫びを上げ、体内のキャスターもろともその魔力を吐き出しながら消滅した。
飛散した大海魔の魔力は龍の霊体とアストラ。そしてアルトリウスに吸収され、キャスターの魔力は別のところに吸い込まれた。
「――――にん……げン……!」
アルトリウスはアストラを突き飛ばし、彼の横に自身の大剣を投げた。
「それ■■って離れ■■れ」
アストラへと吸収されるはずだった魔力。その半分ほどを、アルトリウスの体にはソウルも魔力も足りないと嘆く『深淵』が横取りのように取り込んだのだ。大海魔の四分の一の魔力とはいえ、それは『深淵』が活性化するには十分。火に油を注ぐのと同様である。
活性化した『深淵』は劣化したアルトリウスの鎧を突き破り、何かを探すように四方に伸びた。それだけではなく、突き破った鎧をまるでダークレイスの鎧のように変えつつある。
暗銀色だった鎧は闇色に、青かった布地は再生と破壊を繰り返すアルトリウスの血で真っ赤に染まった。
「あ、あああああ■あ……!!」
今までとは打って変わり、悲痛な叫びをアルトリウスは上げる。
同時に、アストラは龍の霊体の消滅をアストラは感じた。恐らくバーサーカーが何かをしたのだろう。
だがそんなことよりも、こちらの方が重要だ。向こうはセイバーに任せればいい。
「――――や、闇ノ……!!」
『深淵』によって自我を失いつつあるアルトリウス。それによって真っ黒に濁ったその眼球が、アストラの中の『人間性』を睨みつけた。
『深淵』によってアルトリウスは正気を失い、思考を失う。『深淵』に侵されながらも、彼は未だ『深淵』と闘っているのだろう。『闇のソウル』――――『人間性』を持つ者を、『深淵』に与する『ダークレイス』だと思いながら。
正気を失おうとも戦う、伝承通りの不屈の意志にアストラは敬意を表した。その敬意に、獣となってしまったアルトリウスは絶対に、完全に殺してやらねばならないと誓った。
アルトリウスがなぜ自らの王の計画を『人間』に話すつもりになったのかは分からなかったが、もう聞き出すことは叶わないだろう。きっと、もう意識は戻らない。
アストラは思考を戦闘時のそれへと切り替え、足元に落ちている剣を拾って懐にしまう。隙だらけになる"出し入れ"の動作だが、このまま敵の剣を捨て置くよりはいい。
「■■■■■■■■■■!!」
そして、聖剣を構えたアストラへと跳びかからんとし―――
「あ■! アアああ■あ■■アァ!!」
アルトリウスはまるで強制されて肉親を殺したような、人間にできる最大の悲痛な叫びを上げながら見当違いの方向へと跳ぶ。そして、着地したコンクリートが再びの跳躍によって砕かれながら、アルトリウスをさらに遠くへと連れ去って行った。
バーサーカーに向けた『令呪』による命令が、アルトリウスに伝わったのだ。アストラはランサーとの戦いで一度"死んだ"ために切嗣とのあってないような『繋がり』は途切れたが、アルトリウスは"死んで"いなかった。そのため、未だにマスターと繋がりがあるのだ。
もっとも、バーサーカーのマスターはそれに魔力を絞られながら、アルトリウスの『深淵』がその『繋がり』から逆流していることだろう。もしかすれば、逆に元気になっているかもしれない。
アストラはアルトリウスが戻ってこないか数十秒待ったが、その様子はない。もう安全と判断し、我慢していた呼吸の乱れを抑えるという行為を止めた。
一気に汗が肌の上に滲み出し、肩は早鐘を打つ心臓のようなリズムで上下する。
取り逃したのは痛い。が、アルトリウスの『深淵の大剣』は手に入ったこと差し引いても、ある問題が浮上した。
問題の一つは、アルトリウスが『不死人』とはまた系統の違う不死へとなった事だ。見たところ"死"そのものが消え去っており、おそらくは肉体が朽ちるまで動き続けるだろう。だが、その能力と体が相殺し合っている以上、『深淵』の扱いに慣れたとしても対処法は目に見えている。
再生がままならないならば、心臓を抉るよりも脳髄を的確に貫くよりも、体を分割することが効果的だと推測される。動くのならば、"動けなく"してやればよいのだ。そうすれば、あとは『呪術の炎』でソウルごと焼くなり、時間をかけて『ダークハンド』で取り込むなりの始末のしようが生まれる。
もう一つは、アストラの中に"不死の使命"への疑念が生まれた事である。今の彼は今すぐ元の世界に戻ったとしても、迷わずに火を継ぐという行為をできる自信がなかった。継がなければ人類が滅ぶという事はないと、分かってしまったからだ。滅ぶのは神だ。
そして、彼が『不死』となって失ったものは、それになった原因を恨まずにはいれないほど価値があったものなのだ。
それは生贄のような『不死の使命』よりも尊く、貴重なものだった。
やっと原作から展開が変わりそう