薪となった不死   作:洗剤@ハーメルン

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アルトリウス

 荒々しく、本能と騎士の経験から放たれる嵐のような剣捌き。それを、アストラは一度殺された経験から必死に防ぎ、避け続けていた。

 反撃をするには間に割り込む速度も斬撃を弾いて隙をつくる腕力も技術も足りず、生き延びることが精いっぱいだ。

 既に、早くもアストラは姿勢が、構える剣がブレてきている。人外をも超えた深淵の剣を凌ぐ、全身が悲鳴を上げているのだ。

 

「■■■■■■ッ!!」

 

 右腕のみで横に薙がれる凶刃が、アストラを問答無用で堤防の下――橋の袂の川原へと弾き飛ばした。

 

 空中で踏ん張ることなどできない彼はせめて叩き付けられぬようにと、剣を振って地へと突き刺し、そこを視点として地面を抉りながらも着地することに成功する。

 

 舞い上がった砂塵の中を抜けた先はススキの生い茂る広いスペース。背後にある川と、左十数メートル先にかかる大橋の存在を除けば、戦いやすいといえるだろう。だが、このような地形は能力で劣っているアストラには好ましくない。

 草の中でアストラが構えをとった瞬間、濃霧の中から蒼黒い衣を翻して迫るアルトリウス。

 躊躇いもなく、容赦もなく振るわれる一閃。それは鎧をハリボテであるかのように粉砕し、その下の肉を弾き飛ばし、骨を粉末に化す一撃。

 

 だがその一撃を、アストラは全身を使って放つ斬撃をもって受け止める。

 

 アルトリウスの腕力がいかに強かろうとも、空中では満足な一撃を放つことはできない。だが、彼が爆発的な速力をもっていたのには変わりはなく、受け止めれはしたが地に足が沈み、手甲が砕けた。

 

「■■■■■■■■!!」

 

 しばしの拮抗。その隙をついてアストラはアルトリウスの剣を左に払い、剣の柄の先でその顔を殴りつけた。

 

 目つぶしのような、強烈な一撃。密着していたといってもそれは怯ませるには十二分な威力を持つはずだ。

 だが、無双の騎士アルトリウスは怯まない。不屈の精神を汚染されても腐らせたわけではない彼の目が、怨敵を見る目でアストラを捉えた。

 そして、振るわれる"左腕"。力任せに体を捻った勢いを乗せたその一撃は、密着状態であったアストラを更に川に向かって弾き飛ばす。

 

 宙を舞う彼の視線の先。川の中ではエサを放られた鯉のように触手がうごめき、アストラの落下を今か今かと待ちわびる。

 

 落ちるわけにはいかない。アストラは剣を横に――川と平行に地面に振るう。

 剣先三十センチほどが地へと食い込み、アストラの体がを急ブレーキをかけられたような衝撃が襲った。

 

 剣は抜け、アストラへの運動エネルギーはゼロにはならなかったが、その勢いをかなり弱めて彼は草の上を転がるだけ。

 

 落すつもりだったのが落とせなかったのが頭にきたのか、アルトリウスは叫喚の声を上げた。そして、堤防からアストラへと、一気に駆け出す。

 目の前の"怨敵"へと注意が向き、無防備な背中。そこへ、空気を焼き斬る混沌の刃が振われた。

 

 

 

 

 アルトリウスが現れ、アストラが迎撃に向かった戦場。ライダーとセイバーが大海魔の迎撃にあたるもその戦いには、大きな変化が表れていた。

 アーチャーの乗る光る船が上空に現れ、そこから四本の宝具が大海魔に打ち出された。だが、それもキャスターを討つまでには至らず、アーチャーはなぜか攻撃を止めたのである。その場の全員がアーチャーに注目する中、現れたのは自衛隊のF15戦闘機だ。しかしそれも、現れたかと思えば即座に一機が大海魔によって撃墜され、もう一機は待機してたのか疑いたくなるようなタイミングでバーサーカーに乗っ取られたのだ。

 そして始まる、金の船と黒く染まったF15戦闘機による物理法則を無視したドッグファイト。セイバーは大海魔を相手しながらバーサーカーに注意を向け、ライダーは巻き添えを避けるために高度を下げたために大海魔の攻撃が熾烈を極めることとなった。

 その戦場を眼前にした川原でも、ある動きがあった。

 

「――――下がれ、アインツベルン」

 

 ランサーがその黄槍を向けるその先には、地面と同位置に開く黒い孔。その縁では術式のような文字列が回転しており、召喚の類の術式だと理解できた。

 そして、身構えた二人の前に孔から現れたのは、白い影。アストラの同位体とも言うべき、霊体と化した不死の英雄である。

 霊体――――魂のみとならなけらば拡散した世界には渡れない。それは彼らにとっては常識である。だが、その光景はこちらの世界の人間にとっては異常な光景だった。

 

「魂の物質化……!?」

 

 アインツベルンの悲願、第三魔法の『魂の物質化』。それを目の前の得体のしれない者が、当然のように成し遂げているのだ。

 魔術の知識をもったホムンクルスは見抜ける範囲で見抜けた、白い霊体に驚愕した。

 一方の、その一生を終えて英雄の座と呼ばれる場所に到達した英雄は。

 

「貴様……」

 

 二人の霊体。一人は侍が使っていたような『東国の鎧』に身を包み、腰には一本の刀を差している。それはいい。だが、もう一体の霊体が彼の警戒心を煽ったのだ。

 身に着けているのは腰巻だけで、手に持つ武器は血管のように朱色が走る無骨な塊『古竜の大剣』――灰の湖に座す石の古竜の尾から出た剣である。

 

 神の時代が始まるきっかけとなった『最初の火』の出現、それより前から存在していた古竜たち。その末裔である石の古竜から生まれた剣ということだけあって、その威力は"一定条件"をクリアすればローガンの『ソウルの結晶槍』を優に越える。――もっとも、狂ってしまったローガンよりも、正気の不死の英雄が使う方が威力が高いのだが。

 

 そして、霊体は石の古竜のほんの一部を削り出した拳ほどの『竜体石』を取り出すと、何かを食べるような自然さでそれを呑み込んだ。

 それは体内に入った途端にソウルへと姿を変え、霊体へと溶け込む。同時に、体の変化が始まった。瑞々しい滑らかな肌から、石でもなく鉄のようでもない堅い鱗をもった竜の似姿へと変わる。

 

 竜という存在に近づこうとする人間と、それに答える古竜との誓約である『古竜への道』と呼ばれる誓約。それと誓約を結び、絆を深められれば人を超えた超越者となれるのだ。

 この霊体はそれを目的とし、それを果たしたのだろう。

 既に彼の体は人型の竜――竜人と言ってもいいものになっている。その姿も頭部と胸部は甲殻のように固いものが覆っており、口にはずらりとライオンよりも鋭い牙が並ぶその形姿。食物連鎖の上位に存在していたということが分かる。

 

 ギョロリ、と竜人の顔にはめ込まれた珠のような質感の眼が、アイリスフィールの姿を捉えた。

 

 戦場にいるマスターである自分を見られたというより、アイリスフィールとして観られたといえる視線。そのする不気味さに息をすることを忘れ、その眼を覗き込むように見返してしまう。

 だが、見返した途端に竜人は私から目を逸らすと、胸を膨らませて一度鳴いた。竜の咆哮としか思えないその遠吠えであったが、それには確かに歓喜の色が混ざりこんでいた。

 

「私を知ってるの?」

 

 だが、そう絞り出した声には何も答えず、竜人はその背の翼をはためかせて大海魔へと飛翔した。

 そしてそれを確認したもう一人の刀の霊体は、迷う事なくアストラとアルトリウスの戦場へと駆けた。

 

 ランサーは彼らを敵ではない、と走り去る東国の霊体の背を見て判断し、浅い息を吐いた。

 その、十秒足らずの僅かな間。その後に、大海魔の絶叫が河川敷に響き渡った。

 

 先ほど飛び立った竜人が、大海魔の胴体の上部を半分に切ったレモンのように切り落としたのだ。

 その力を発揮したのは、同胞に使われることによって神秘を開放した『古竜の大剣』。その一振りは巨大な神秘の刃を作りだし、大海魔の巨体の一部を"切り落とす"ことを容易とした。

 本来は両手持ちで敬意を示さなくては力を発揮しないそれも、竜と同質の存在となった者が使う事により片手でその力を発揮している。現に、竜人の霊体はその背の翼で濃霧の中を泳ぎながら、すれ違いざまに大海魔の解体を始めているのだ。

 技量も関係ない、ただの大味な一振り。だが、それも圧倒的な腕力があるのならば、技量が無くとも恐ろしい物である。それに、大きいだけの肉をぶつ切りにするのに必要な技術といえば、それの抵抗を躱すことくらいだ。

 だが、その触手の群れも竜人が左手に持った『飛竜の剣』により、彼に触れる前にばらばらになって地に落ちている。

 不死の英雄が対化物、対神に秀でた存在のため、効率よくダメージを与えられてるというのは、彼の素性とこの世界の法則を知っていないと分かり様のないことだが。

 

「あとはあれが厄介か……」

 

 大海魔をすでに敵ではないと見なしたランサーの視線は、空中で機動戦を行うバーサーカーとアーチャーに注がれた。

 だが、彼にできることはない。槍の投擲をもってバーサーカーを撃墜しようにも、下手に手を出せばこちらに矛先が向く可能性が高い。それに、戦いに水を差せば、アーチャーすら敵に回る恐れがあるのだ。

 『破魔の紅薔薇』があれば別だっただろうが、今のランサーにできることは存在しなかった。元より彼の役目は露出したキャスターを槍で貫く事だが、それも必要無さそうになってきたからである。

 ランサーはただ、三人の英雄が大海魔を駆逐する様を、敵のマスターの身を案じながら見ているほかなかった。

 

 

 

 

 

「■■■■■■ッ!」

 

 アルトリウスは悲痛な叫びを上げながら剣を振り、真後ろを薙ぎ払う。

 その力任せの一撃を東国の霊体は剣で受けるように逸らし、二の太刀をもって彼の脇腹を切り裂き、その背の傷と同様に体内の深淵が煙のように噴出する。

 だが、東国の霊体は怯みもしないアルトリウスに頭部を掴まれ、アストラの真横に向かって投げつけられ、地を転がった。

 

 アストラはその隙を見て『エスト瓶』に満たされた炎――といってもソウルのようなもので実際の炎ではない、口にした者"のみ"を回復させる命の炎であるが――を中ほどまで飲み、その体力を回復させる。そして、ゆっくりと起き上がる東国の霊体に目をやった。

 

 耐斬撃に優れた『東国の防具』。これはアルトリウスの剣の前では意味をなさないだろう。だが、その手に持つ刀は別だ。

 『混沌の刃』。クラーグのソウルを使って打たれたその刀は、刀にしては破格の強度と最高の切れ味を誇る。だが、それと引き換えに何かを切れば、持ち主も蝕むという特性がある。

 

 現に、刀を握るその手からは、わずかであるがソウルが漏れ出していた。

 霊体のソウルは人の血肉のようなもの。それを失えば、世界の矛盾を正そうとする力に抗えずに元の世界へたたき返されるだろう。

 眼前のアルトリウスはというと、深淵がその傷をふさぐようですでに健在といった様子だが。

 

 霊体に長期戦は不可。自身も、二人がかりとはいえアルトリウス相手に長期戦は不可能。

 そう考え、アストラは手の中の『内なる大力』を発動させた。

 

 ソウルを燃やし、人間性を燃やし、その肉体を焼く炎が、アストラの中で燃え盛る。

 

 東国の霊体はそれを見て、『混沌の刃』に人間性を送り込む。

 内なる炎の勢いを増した刃がその鋭さを数段増し、その刃に浮かぶ班流紋が妖しい炎を帯びる。霊体の手のひらが、沸騰した鉄板に水を落としたような音を立てた。

 瞬間。河川敷の空気が二人の地を蹴る音で震え、その残響が消える間もなく二本の聖剣がぶつかる音を立てた。

 

 アルトリウスの元まで迫ったアストラの一撃は相手の剣を押し込み、その足をつける地を沈ませる。

 

 アルトリウスに生まれた隙。それに割り込むようにアストラの背後から一歩遅れた霊体の刀が、空いた左半身へと振るわれる。

 その刃は突如現れた黒い歪みに行く手を阻まれるが、それを越えて刃が鎧に食い込んだ。

 致命的な隙。それを見逃さぬアルトリウスは不動のままに深淵の塊による殴りつけを、まるで左腕を使ったかのような自然さで打ち込んだ。

 どうやら、アルトリウスは深淵の"使い方"に、慣れてきたらしい。

 

 アストラは鎧を砕かれて吹き飛ばされる霊体に目もくれず、さらなるソウルと人間性を火に注ぎ込み、一気に剣を押し込んだ。

 

 バランスを崩していたアルトリウスが尻もちをつく。

 

 アストラの保有するソウルや人間性は薪になるほどだ、これほどでは無くならない。

 だが、アストラの吐息には火の粉がまじり、目の奥では炎が彼を焼いている。これ以上続ければ、アストラが一度死ぬ方が早いだろう。

 

 アルトリウスの剣を弾き、流れるようにそのがら空きの胴体に向かって中段に剣を構える。刹那、それを阻もうと、深淵を纏った手刀がアストラの胸へと迫る。

 しかし、それよりも早く、アストラの持つ剣が、アルトリウスの胸の中心を突き刺した。

 




全然進まず驚愕中

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