12/16 17:37
最後あたりに加筆しました
「マダム達にはここを新しい拠点としてもらいます」
そう言う女性――舞弥が運転する車から、セイバー、アイリスフィール、そしてアストラが降りた。
「へー、これが日本の家屋なのね」
「確かに、欧州の家屋とは大きく異なりますね。少々荒れているようですが、大丈夫なのですか?」
「ええ、問題はありません。前もって最低限の整備はしてあります」
日本の家屋を珍しがる二人に対し、淡々と説明をする舞弥。
そして、一度ここで一泊したことがあるために、どういう巡り合せなのか、と思わず笑みを浮かべたアストラであった。
その後、魔術関連の事を二人が話し始めたのでアストラは抜け出すことにした。アストラは自分の使う魔術はしっかりと理解しているが、こちらの世界の魔術となると異国の言葉のように聞こえるほどだからだ。
また、先日の元気な少女に会うために隣の平屋に行ったが、少女は出かけているそうなのでアストラは『銀の硬貨』渡してくれ、と頼んでその場も後にすることになった。
ちなみに、銀貨を渡された彼らは英語が分からず、アストラの感謝を述べる言葉は通じていなかったが。
聖杯戦争は人通りのある場所や昼間の戦闘は原則厳禁。ということらしいので、ダークレイスも切嗣のようなマスターが白昼堂々とした戦闘を押しとどめると考えたのだ。
また、街を焼き払うか、賞品である聖杯を破壊すれば戦争が終わるとアストラは気づいたのだが、後者はまだしも前者を実行する気は彼にはない。なら、暇をつぶすために他の参加者でも見に行こう、とまずは既にリタイアしたアサシンのマスターがいるという教会に足を運んだ。寝ているというのは気が引けたのだ。
ちなみに、アサシンの元マスターが教会にいるという情報は、アイリスフィールからである。
教会の場所は近くにいる一般人に場所を聞いたのだ。すると、それぐらいなら理解してくれるらしく、アイリスフィールやセイバーが理解してくれるように自分の言語は一般的なものであると理解した。
教会の門を潜り、ダークスーツを着たアストラが中に入る。
誰一人として人のいない教会内は外の冬の空気とはまた違った、石のようにひんやりとした空気が満ちており、彼の肌をじわりと撫でた。
一般的な聖職者よりも遥かに信仰深いアストラであるが、それでもここには信仰深いの者がいるのだろうと確信するほどよく手入れされた教会に感心した。太陽戦士は並外れた信仰心が無いと『雷の大槍』が使えないため、総じて信仰深くなるのである。
「何か?」
扉が開いた音を聞きつけたのか、奥より老齢の男が奥より出でてアストラに問う。
言語は理解できなかったが、何を言っているかが彼には予想できた。
修道服と思しきものを着ている辺りは聖職者であり、服とは別の紫の帯を首からかけていることから、高位の者であるという事が窺い知れた。
異郷の地にある異教の礼拝施設が珍しく、つい足を運んでしまった。といったようなことをアストラは言う。
「…………そうですか。さて、それが本題ですかな?」
どうやら彼はアストラが聖杯戦争の参加者と気づいていたようで、若干トゲを含ませた言葉を発する。
今度はアストラが分かるように英語で言った。
アストラは今のは真実だったが、と困った顔をすると、ここの清掃はあなたがやっているのか、と問いかける。
暫しの沈黙の後、聖職者は口を開く。
「基本的には私の息子が行っています。ご存知の通り、あやつは既に脱落して聖堂教会の庇護を受けていますので、ここから出ることができずに暇を持て余していますのでな」
そう言う彼の言葉を聞き、少々思案した後、彼と話がしたい、とアストラは持ちかける。
「彼は教会の庇護を受けている、と言ったはずです。彼はここから出ることも、外部の人間と接触することも、戦争が終わるまではできません」
これは困った。そう思ったアストラは、足元に視線を移す。すると、彼の視界のみに数々のメッセージが映り込む。
『殺せ』
『愉悦部本拠地』
『嘘つき神父』
『背後に注意』
わけの分からない物も含めてそれらを読んだアストラは、それはあなたの信じる神に誓って言えるのか、と問いかけた。
それを聞いた神父の動きが硬くなる。
細いその目に浮かんだ色は、動揺だ。
畳み掛けるように、アサシンは脱落していなかったな、とその隙を攻める目で言う。
「…………本当の要求は?」
やっと口を開いた神父は、神妙な面持ちでそう言った。
それに対し、アストラは個人としては虚偽などどうでもよく、暇つぶしがてらに話したいだけだ、と言い、仲間にはここに行くことは伝えていない、と白々しい様子で付け加えた。
「奥へ」
隠すのもアストラを消すのも無理と踏んだのか、神父はアストラを奥へと案内する。
そうして目的の部屋に辿り着くまで数十秒ほど時間があったのだが、その間にアストラが彼に心の底からの怒りを感じながら言った内容は「聖職者にして信じる神の礼拝堂で嘘を吐くとは何事か」といった物であった。
「綺礼、客人だ」
神父がノックすると、内側から若い男の声がした。そして、内側からドアが開き、カソックを着た若い男が姿を現した。
「では、私も同席させていただこう」
当然の条件を提案する神父にアストラは快く返答しようとした。しかし。
「――――いえ、父上。二人きり、で話をさせてください」
「綺礼、何を?!」
それを遮ったのは、意外にもその息子――言峰綺礼だった。
それにはアストラも面を喰らい、綺礼を見る。
そして、彼の目を見ると、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
カソック越しにでも分かる、鍛えられた体。利便性だけを考えていると見える、セットもされていない梳いただけの短髪。ここまでなら普通だ。
しかし、その目は濁り、混沌とした彼の内側がにじみ出ていたのだ。
珍しい。そう思ったアストラは、それはありがたい、と一言言うと、神父を押しのけて書室のような部屋に入り、後ろ手にドアを閉めた。
神父の声が聞こえたが、アストラは鍵を閉め、おかしな真似はしない、と申し訳ばかりに伝える。
「アストラ、といったか。私は言峰綺礼、アサシンの元マスターだ」
そう名乗られたので、アストラはソファに座ると簡単な自己紹介をした。それに続いて、神父を追い払ってくれた事を感謝する旨を適当に述べる。
「私としても聞きたいことがあったからだ。アストラ、お前はサーヴァントではない、それに匹敵する力を持った人間だな?」
向かいの机に座った綺礼の言葉に、アストラは是と答えると、こんなつまらない話をしたいのでは無いのだろう。ともったいぶって問い返す。
「では、お前は私が何を話したいと思っているのだ?」
その生きがいも何も無さそうな、生きているともいえない目のことを。とアストラは返答する。
「…………なぜ分かった?」
遠慮のない彼の言葉に、綺礼は少々渋ってから答えた。
それを聞いたアストラは、伊達に長く生きておらず、また奇人変人と接する機会は少なくない。と、言う。
「奇人変人か……」
何やら悩み始めた綺礼をジッと見たアストラは、最もどういう傾向に歪んでいるか分からないが、と付け加えた。
すると、綺礼は親切にもそれを説明してくれた。
「人が美しいと思う事を美しいと思えない。自分が捧げるに足る理念も目的もない、惹かれる物がないのだ」
アストラも何度か噂で聞いたことのある、その悩み。面白い者に出会えた、と彼は不敵な笑みを浮かべた。その顔を、オレンジの灯りが怪しく照らす。
それを目にした綺礼の眼が鋭くなる。馬鹿にされたと誤解したのだろう。
突如押しかけて自分を哂いに来たともなれば、誰でも頭にくる。
「何が可笑しい」
そして彼がそう口を開いたため、アストラは苦笑いしながらその類の破綻した者は伝聞でなら聞いたことがある、と答えた。
そう彼がそう言った途端に綺礼は椅子から立ち上がり、アストラへと迫る。
その行動には明確な焦りが滲み出ており、彼がどれほど追いつめられているのかが窺えた。
「教えてくれ。私と同じ、破綻した者はいったいどうなった? 何で満たされたのだ!?」
その凄まじい剣幕にアストラは驚き、彼もまたソファから立ち上がって綺礼を押しとどめる。
そして、焦っても答えは出ない、そう言った。
「何を——」
「何を遠回しに」そう言おうとした彼に、黙って落ち着くように求めると、再び椅子に座るように求めた。
彼はアストラを射殺す様な目で見ながら、渋々といった様子で単座のソファに座る。
その位置はアストラの座っていたソファの真横であり、彼が焦っているのがよく分かった。
ちなみに、綺礼が座るのは下座である。
彼が席に着くのを確認するとアストラはまず、お前の苦手な事は何だ、と問うた。
「言うなれば、独り酒だ」
理由は何だ、と追求する。
「それは……」
すると、えらく彼が口ごもるため、寂しいのかとアストラは重ねて問う。
彼としては当てずっぽうだったのだが、綺礼は図星を突かれたようで、大きく目を見開いた。
「ああ、そうだ。笑うか?」
自嘲気味に綺礼がそう言うも、アストラは賑やかな方が好きな者が大多数に決まっている、と言い、それを否定した。続けて、その寂しさも 同好の士――つまり、目的を見つけられない思考のつくりに問題があるだけじゃないのかと言った。
「だからそれが問題なのだ」
分かりきったことをわざわざ綺礼が少々声を荒げるも、それは他人が解決できることでもない、とアストラは断言する。
そして、自分が気づいていながら気づいてないふりをしている自分本来の感性に従うも、自分の信じる正しい道に従うのを決めるのも、他人にはどうしようもないとも言う。
アストラが得た噂が正しければ、綺礼の倫理観は崩壊しており、生まれながらにして悪の倫理観を持つはずだ。しかし、彼は見たところ敬虔な聖職者であり、キチンとした道徳が身についているだろう。
ならば、確固とした意思があればそれすらも凌駕し、聖職者として生涯を遂げられるだろう、と。
「『感性に』、と言ったな。お前には、私の『感性』が、私も理解できていないそれが理解できているのだな?」
拳を握りしめ、落ち着きのない様子で綺礼が言う。
そろそろ教えてやらないと襲い掛かって来かねない。そう感じたアストラは、お前の感性はお前の信じる神の教えとは真逆だろう、と得た噂からの情報を彼に当てはめているために推量の形で答えた。
「馬鹿な! そんな事……!!」
が、彼はありえない、と言った様子で立ち上がり、怒りを露わにする。
神の教えに忠実な聖職者がそのような事を言われれば、誰からであろうと不快に思うだろう。その信仰が深ければ深いほど、生まれる不快感や怒りも大きくなる。
だが、こうなってはどうしても認めさせてやりたいアストラは「お前は悲しんだ時、何を思った? 本当にそれを正しく悲しんだのか?よく思い返せ」といったような事を言い、綺礼に自分が悲しんだ時の記憶を想起させた。
しばしの沈黙の後、顔を伏せていた綺礼が口を開いた。
「私は、確かに悲しんだ」
綺礼はアストラに向けているとは到底思えない言い方で、もう一度言う。
「私は、悲しんだ…………」
歯を食いしばり、まるで妻でも殺したような後悔に満ちた顔をした。
表情に浮かぶのが「悲しみ」ではなく「後悔」という点に目を付けたアストラだが、少々気の毒なので今回はここまでにしておこう。と、綺礼の身を案じる様子でそう述べる。
「ま、待ってくれ! 私は己を、一刻も早く知りたいのだ!」
途中で切り上げたせいか綺礼はさらに追い詰められた様子でアストラに詰め寄るが、彼はそれを止めた。
まずはここまでで分かった自分を理解できてからでないと、続きを教えてもその"自分"に流されて道を踏み外してしまう。と言った。
これは暗に「お前の本性は危険だ」と言っているようなものであるが、焦る綺礼がそれに気づく様子はない。
とはいえ、恐らくはアサシンからであろうナイフの投擲はキャスターへ放つ矢の軌道を変えさせ、子供たちが死ぬ原因となったのだ。それを命令したのは恐らく綺礼自身であり、本性に気づいているのではないかとアストラは当初疑っていた。
だが、彼は敬虔な神の信徒であり、子供を見殺しにするような真似をするとは思えない。つまり、アサシンの独断なのだろうとアストラ考えた。
そして、「また明日にこちらのマスターが自分を止めないのならば来て話をしてやる」とアストラが疑念を隠すように口にしたために、綺礼は何も疑問を抱かずに渋々と引き下がった。
アストラが教会を出て、何について話したのかと父――言峰璃正が問うのも振り切り、綺礼は一人祈りを奉げた。
事前に我々に存在を悟らせることなく、セイバー陣営に現れたアストラ。その正体はアサシンをもっても不明。彼らを尾行させて気づいたのは、アストラが"不死"の能力を持つということ。だが、綺礼はこの重大な事実を、一切他言していない。もしかすれば、長い時を生きた死徒ならば、自分のような人間を見た事あるのではないか。そう思ったのだ。
元代行者。言峰綺礼は、信徒としても教会の中では名高い。だが、自分のまだ分からぬ本性の正体も、彼の揺ぎ無い信仰心と同様の価値があるのである。
「神よ、我を許したまえ…………」
故に、彼は祈る。
すべてを知ればアストラは死徒として滅するつもりであるが、それはそれまで彼を野放しにするという事である。ましてや神の家に入りこまれ、生かして返すなど屈辱的なものだ。
綺礼は自分の未熟さを呪いながらも、ある考えが脳裏をよぎった。
彼と同じ陣営にいる男。彼は、アストラに説かれて自分の有り方を見いだせたのではないのかと。
それを知り、己の心からの望みを叶えるためにこの戦争に参加したのではないのかと。
「衛宮切嗣」
ぽつり、と祈りの最中にも関わらず、その男の名を言峰綺礼は口にした。
加筆したのは
アサシンが妨害の犯人ってことが重要だからです まる