薪となった不死   作:洗剤@ハーメルン

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冬木の城にて

 床が砕け、窓ガラスはことごとく散った、アルトリウスによる一方的な暴力の余韻が残る廊下。上あごから上を失ったアストラはガラスの上に仰向けに倒れ、磨かれた床の上に赤い小池を作っていた。

 その姿を見下ろすアルトリウスの目――――そこに当たる兜の穴からは、ぽたりぽたりと深淵が流れ落ち、アストラへと頬を伝って滴り落ちる。

 

「■■■■■■■■■■■■■■!」

 

 アルトリウスは大きく吠えると、アストラの喉を掴んで引っ張り上げた。

 

 持ち上げられたアストラは力なく手足を垂らし、背筋と腹筋からは完全に力が抜けている。

 

 頭部を破壊され、絶命した不死人の蘇生は死に方の中でも時間のかかる部類で、心の臓を貫かれた時よりも死んでいる時間は長い。彼が目覚めるには、まだまだ時間がかかるのだ。

 

 その時、死してなおその手に握る『アルトリウスの大剣』がそれを気にも留めていなかったアルトリウスの太ももに触れ、じゅうと高温で焼けるような音が出た。

 

「――■■■■■■ッ!!」

 

 シフの魂の高潔さが表れた、強力な神聖を秘める剣。その力は深淵に穢れたアルトリウスにとって天敵のようなものであったようで、触れただけで彼の体が穢れた鎧を通して焼けた。

 同時にアルトリウスはその剣から何かを感じたらしく、アストラから手を放し、頭を押さえて悲鳴を上げる。

 

「■■■ッ! ■■■■■■■■■ァァァ!!」

 

 床に砕け落ちたガラスを震わせるほどの声を絞り出し、『アルトリウスの大剣』から逃げるように深淵歩きは駆け出した。

 瓦礫を蹴飛ばし、壁にぶつかる。だがそれでも、彼は高潔なシフの魂から逃げるように走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 セイバーは走る。アサシンが消え、重症のバーサーカーが離脱した中庭から出てすぐにアイリスフィールを安全な部屋に留まらせ、城の中をアストラを探しに走っていた。

 セイバーはライダーの固有結界に巻き込まれ、一時的にこの城から消えていた。だが、消える瞬間に城の破壊音とバーサーカーのような雄叫びが聞こえ、アストラが交戦したと分かったのだ。

 そして、固有結界から脱してアストラが来るのを待っても、彼の姿は現れず獣の声だけが響いたのだ。アストラが殺されたかもしれない、そうセイバーは彼の身を案じる。

 

「アストラ……!」

 

 ついにセイバーは戦闘が起こり、荒れ果てた廊下に到着した。そして、瓦礫の間から伸びる、アストラの『上級騎士の足甲』を纏った足を見つけると声を上げ、足を速める。

 バーサーカーらしき影は見当たらず、アストラの足は蝋で固めたように動かない。

 

 彼は世界を救う途中でこちらに来た。つまり、彼が死ねば一つの世界が――――

 

 その考えがセイバーの脳裏をよぎる。

 

「アストラ!!」

 

 鬼気迫った様子で、セイバーは瓦礫の影を覗き込んだ。

 

 

 

 

 

 そっちは大丈夫だったのか?開口一番、アストラはそう聞いた。

 セイバーに覗きこまれる寸前になんとか目覚めた彼は状況を瞬時に理解し、何でもないように振舞う。

 不死という事を知られるわけにはいかない。特に、味方には。アストラはそう考えて、行動を装う。

 

「よかった、怪我はありませんか?」

 

 セイバーはほっと胸をなで下ろしてそう言いながら、アストラの体を見る。

 鎧には血が付いているが蘇生したアストラに怪我がないため、返り血だとでも判断したのだろう。

 

「交戦していた敵は?」

 

 見ての通りだ、とアストラは答える。

 

「こちらはライダーがアサシンを仕留めました。バーサーカーには残念ながら、逃げられました」

 

 セイバーはそう言いながらアストラに手を差し伸べるが、彼は必要ないと苦笑いしながら立ち上がった。

 そして、取りあえず切嗣とアイリスフィールに現状を伝えて行動を考えよう、とセイバーの肩を叩き、床の文字を案内にして歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 報告を前にしたアストラは、自室にて自分の持ち物を確認していた。

 

 切断された『紋章の盾』と破壊された兜だが、魔法に費やせるアストラの精神力の余裕はあまりない。そして一度思案したアストラは盾を直すと、アルトリウスの攻撃力を耐えられそうにない兜は被らないことに決める。

 不意打ちなどを防ぐために被った方がいいのだろうが、楔石の原盤を使った強化を施してあるにも関わらず、アルトリウスの攻撃はそれを上回ってアストラを絶命させた。ならば、視界や首の動きを確保するため、外した方が良いと考えたのだ。

 

 確認を済ませると『アルトリウスの大剣』を背負い、盾は持たずに切嗣たちのいる一室へと足を進めた。

 

 切嗣は柔軟に思考を変える対応ができ、原因は彼にあるがそれでも世話になったとアストラは感じている。だが、それと同時に彼はその尋常ならざる目や戦場を手馴れた様子で動きまわる様子から、殺しを所業とする者だとも分かっていのだ。

 つまり、アストラが重荷に、もしくは障害になると思われれば利用するだけ利用し、処分する気でもあるのだろう。

 

 そうなれば自分はどういう行動にでるのか。そう考えている内に、アストラは皆が待つ部屋の前へと辿り着いてしまった。

 

 報告といっても自分が死んだことを話すわけにはいかないアストラはどういう嘘を吐こうか、と偽の戦闘の一部始終を脳裏に描きながらドアを開けた。

 

「遅かったですね」

 

 迎え入れた舞弥は大きく広げた地図を最小限にたたみ始めており、この城からの撤収の準備を進めていた。

 その場にはアイリスフィールも、ダークスーツに着替えたセイバーもおり、皮肉ではなく言葉通りアストラが遅かったようだ。

 

 アストラは軽く頭を下げると、こちらの情報から聞くか、と問う。

 

「ええ、頼むわ」

 

 アイリスフィールに促され、アストラは口を開いた。

 

 セイバーの話を聞く限り、そちらの戦闘開始よりも少々遅くこちらの世界の敵と遭遇。そして、予想以上の腕力を持つ彼を退け、戦闘の疲労がある程度取れるまで寝ていたらセイバーが来たと告げる。

 

「予想以上って?」

 

 アルトリウスは左腕が脱臼したように垂れ下がっていたが、その残った右腕の腕力だけで両手で持った剣を押し切られた。と、アストラは答える。

 

 それを聞いたアイリスフィールは。

 

「セイバー、貴女はどう思う?」

 

「私は――」

 

 問われたセイバーは、気難しい顔で意見を述べる。

 

「こちらに来たという事は、アストラと私のように何か所縁があるということです。アストラ、敵の真名を看破するためにも、敵の正体に心当たりはありませんか?」

 

 そのセイバーの言葉に、アストラは彼女の目をちらりと見たが、暫しの沈黙の後に説明をを始めた。

 

 深淵歩きアルトリウス。太陽の光の王グウィンの直属の騎士――四騎士の一人であり、アルトリウスを女性名にするとアルトリアとなる。また、その武器はセイバーの話からすれば彼女の剣と同質の物である。

 つまり、アルトリウスは別世界のアルトリアと言える存在かもしれない、と。

 

「私…………」

 

 セイバーは何とも言えない神妙な面持ちになり、アイリスフィールは気まずそうな表情を。舞弥は、無言で何かを考え始めたようだ。

 

 そしてまた、更に悪いことに彼は『深淵』という闇そのものに侵されて理性は無く、その<<深淵>>がこちらの世界のモノにどう影響するかは分からないと付け加えた。

 

「そっちの世界では深淵に侵されたら……どうなるの?」

 

 直接見たわけでは無いから詳しくは知らないが、とアストラは前置きをして説明を始める。

 過去に深淵に飲まれたとされる亡国<<ウーラシール>>の体は変形した異形のモノとなり、理性を無くして人を襲った。だが、それも<<深淵歩きアルトリウス>>によって深淵が封じられたことにより、消えたはずだと、アストラは困惑の色を浮かべる。

 

 あのアルトリウスはどう見ても深淵に飲まれており、左腕は垂れ下がり鎧は朽ちかけていた。<<深淵の魔物>>と契約したという伝承が本当ならば、魔物を屈服させるか封じるかしたはずである。

 <<深淵>>に侵されて理性を失ったその姿は、どう見てもそのような行為をした姿には見えないのだ。

 

「――――アストラ、貴方が私の剣に呼応して呼び寄せられたのなら……アルトリウスも同様というわけですよね?」

 

 突如、セイバーの表情に影が差した。

 

「まさか……そんな…………」

 

 悲しみと、悔しさに塗りつぶされた表情で自問自答するセイバーを見て、アストラはサーヴァントの正体に心当たりがあるのか、と数秒の間を置いてから問う。

 

「…………今回召喚された、アルトリウスを呼び寄せたバーサーカー。その正体に、心あたりがあります」

 

 アイリスフィールが息を飲む。

 

「湖の騎士、サー・ランスロット。私の部下、円卓の騎士"だった"男です」

 

 セイバーは悲痛な顔でそう言い切ると、バーサーカーの説明をアストラにしようと震える唇を動かした。

 

「バーサーカーのクラスに召喚されると、『狂化』という呪いのような物をかけられます。ただし、それは生前に狂気に飲まれた事と、召喚には本人の同意が必要です。つまり、ランスロットは望んでその身を――――」

 

 そこまで言ったセイバーは、思い切り歯を食いしばり、その場に座り込んでしまった。

 自分の部下。それも騎士が、狂気に身を落としたということへの怒りではなく、今そうさせてしまった自分の不甲斐なさを心底恨み、責め立てる表情。それはその事の顛末と、宴で何かあったという事を鮮明に語っていた。

 

 彼女にアストラはどういう言葉をかければ良いのか分からず、閉口してしまう。

 

「私は……! 私は王に成るべきではなかった!!」

 

 だが、セイバーが声を張り上げて言った一言にも、彼女の過去を知らないアストラの返せる言葉は少ない。だが、

 

 アストラは腰を落とし、セイバーの顔を見て言った。

 宴で何を言われたのかは知らないが、彼らは別の時代の英霊――王であるのだろう?ならば、その国の状態も、敵も、民の気持ちも違う。ならば、求めるモノも違ってくる。

 

「それは―――――」

 

 割り込むセイバーを目で制し、アストラは続ける。

 ああすればよかった、というのは後になって初めて言える言葉だ。全力で頭を捻り、手を尽くして、その結果滅んだのであれば、そういう運命だったという事だ。

 

 そう言うアストラの顔はまるで世界を旅し、年老いた者のようであった。

 

 そこまで言ったところで、アストラは。一人の戦士の言葉だから、あまり参考にするな。と言うと、気まずそう頭を掻き、立ち上がってしまう。

 

「滅ぶべくして……」

 

 ただその言葉を咀嚼するセイバーの脳裏には、選定の剣を抜いた日にマーリンに見せられた未来の光景が映し出されていた。

 自分の死よりも、人の笑顔を優先して王になること選んだ少女の頃の記憶を。




セイバー√っぽくなりそうで、そうなるつもりはないから本気で焦ったり
士郎早く来てください

12/10 15:20 ちょい修正

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