薪となった不死   作:洗剤@ハーメルン

13 / 36
何か違和感が。感想くれるとうれしいです


聖杯問答 part2

「貴様、この種の酒を飲んだことがあると申すか? この金ピカの知り合いか、おぬしは?」

 

 アストラの発言を聞いたライダーの口が開かれる。

 その表情には探るような笑みが表れており、どうやら征服王である彼すら飲んだ経験がないのに関わらず、飲んだことがあるという彼の正体が気になったのだろう。

 

「この酒は神代の酒だ、飲める時代は限られている。だが、我はこのような雑種に覚えはない」

 

 が、アーチャーはそう言い切り、酒を煽る。

 

 神代という言葉の意味が分からないアストラであったが、アストラが思っている以上に貴重な酒なのだとは理解した。アーチャーが自分にも振舞うため、少し古いぐらいの彼にとっては価値の小さい代物だと勘違いしたのである。

 

 知っている理由を話してもいいのか迷ったアストラは、セイバーに視線を移す。しかし――

 

「彼は異世界の神代の時代から来たそうだ。不慮の事態で私の召喚に巻き込まれてしまった」

 

 アストラの視線が向けられる前に人の身の上話を口にするセイバーに、意外と遠慮とデリカシーがない人なのだと理解した。

 

「ほう、それでか…………」

 

 そして意外にも、セイバーの言葉に真っ先に反応したのは、酒も入って機嫌の良いアーチャーであった。

 

「それで? 何か分かったのか金ぴか?」

 

「貴様に教えてやる義理などない。これは我の娯楽だ、邪魔はさせんぞ」

 

 ライダーが問うも、アーチャーはそれを鼻で笑う。

 

 どうして強い者は総じて妙な性格をしているのか、とその内の一人でもあるアストラが思った。

 

「話が逸れているぞ、雑種。ここは真の王を問うという目的で開いた酒宴ではなかったのか?」

 

「しかしなあ、まだ夜は長い。そう急かんでもいいだろう。それに、こやつ(アストラ)が異世界から来たのであれば、その所持物もまた同様。お主も持っていないのではないか?」

 

 どういう意図からか話を本筋に戻そうとしたアーチャーだが、ライダーはニヤニヤと笑みを浮かべながらそれを渋る言動を見せた。

 その目には「あいつの持ち物を、俺は狙っているぞ」という意思がしっかりと込められているが。

 

「世界の宝物はひとつ残らずその起源を我が蔵に遡る。別世界の宝物となれば、劣化品ですら我が蔵に存在しない…………」

 

 白々しい様子が一目で分かるアーチャーの言葉に、アストラは背筋に冷たい物を感じた。

 

「だからこそ、この世界に入ったのならばその宝物は我が蔵に入るべきだ。最も、取るに足らぬ有象無象だった場合はしかるべき罰を与えるがな」

 

 何とも理不尽極まりない物言いだが、この手の者は異論を言われても『俺がルール』なので意味がない。出来る事と言えば、黙らせるか逃げるかだ。

 とりあえず渡す気が無い事だけはハッキリとする必要があるため、それだけは伝えたアストラだった。

 

「余は征服し、それを我が物とする。それか臣下として迎え入れる。ただそれだけよ!」

 

 屈服させる気満々の暴君を絵に描いたようなアーチャーと、強引なスカウトと言ってもいいライダー。

 彼らの傲慢さに心底呆れたアストラだが、これは自分の収集癖が原因かと頭を悩ませた。

 

「まあ、何にせよ。ここは酒の席だ、誰も奪いはせん。…………そこでだ、一つだけでいいから見せてくれんか? ゆっくり見たいのだ」

 

「ライダー。貴君は敵に手の内を明かせと言うのか」

 

 どこまで欲しいんだ、と言いたくなるぐらいの事を言うライダーに、眉を顰めたセイバーが食って掛かる。

 ライダーの気持ちは純粋な好奇心から来るものだとすぐに察せるが、それでも彼女は許せないのだろう。なんせ、命を取り合う敵である。

 

 だが、アストラとしては特殊な効果を持つ物を見せなければいいだけの話であり、王が酒の席で申し出たということもあって躊躇う理由はない。

 なので、彼は別に構わない、と言うと、『アストラの直剣』を右手に出した。

 

「おお、これが————」

 

「雑種が。貴様などが見てもその価値は分からんだろう。どれ、見せてみるがいい」

 

 それを受取ろうとしたライダーの手を掻い潜り、アーチャーの手が伸びた。

 ついにという所で掠め取られたライダーは、不満を表情に出す。が、それにアーチャーは人の悪い笑みで答えると、自らが握る異界の剣に視線を向けた。

 

「神の祝福か……」

 

 マスターも含めた他の面々が見守る中、アーチャーは鑑定を続ける。

 

 アストラのお気に入りの武器と言ってもいい『アストラの直剣』はロードランにおいては大した武器ではないが、何度かに分けて大量の光る楔石とソウルによって強化がされている。伝説の武器には劣るだろうが、引けを取らないものとなっているはずだ。

 もっとも、強化する以前は強くなる敵について行けず、『ロングソード』ばかりを使っていた時期があるアストラであったが。

 

「終わったぞ」

 

 数分の沈黙の後、アーチャーはそう言うと、アストラに剣を渡した。

 てっきり投げられるかと思っていた彼は、意外そうな表情を浮かべる。

 

「ライダー、お前がアストラに出させたようなものだからな。褒美だ、どんな物かは教えてやる」

 

「……お前にしちゃあ、やけに気前がいいな。で、どんな物だったんだ?」

 

 酒で喉を潤わせると、アーチャーは口を開いた。

 セイバーはこの剣が本命では無いと知っているためか、思っているためか、口を開きはしない。

 

「これには祝福が施されている、少々足りんが宝具にも匹敵するほどのモノがな。効果は使い手の力量によって効き目の変わる、『神聖』の概念とでも言うべきか。それに加え、これには別の神の力と強い魂そのものが加わっている。そこいらの醜い化物どもには、これは天敵だろうな」

 

 アーチャーがそう言うとライダーは感嘆の声をもらしたが、セイバーは何やら不満げな顔をして口を開いた。

 

「アストラ。魂と聞こえましたが、それは人から奪ったのですか?」

 

 静かな怒りを含んだ言葉だった。

 それに気づいていないわけでもないアストラだが、ソウルを使っただけだ、と的を得ない答えを返す。

 

「真面目に答えてください。貴方の言うソウルとは魂ではないのですか? 城で悪魔のソウルを込めた武器と言っていましたが、貴方は人の魂を使って武器を鍛えるのですか!?」

 

 徐々に語調を荒げるセイバーにアストラは落ち着くように言うと、酒を飲んでから口を開いた。

 

 自分の世界でソウルとは生命の源であり、それはどんな生き物でも量に差はあるが所有しているという事。そして、自分のいた場所では様々な応用が利くソウルが通貨として使われるほどの最前線であり、その入手先も化け物であったり悪意のある人間であると言った。

 

 静かに、なだめるように。

 

 それに、自分が使わなくともソウルを求める化け物は腐るほどおり、放っておいても末路は同じだと述べる。

 

 セイバーの目を見る眼差しは真っ直ぐに。

 

「ですが――――!!」

 

 なおも騎士道からか死者の尊厳を思って声を上げるセイバーに。

 

 そうでもしなければ自分は英雄にはなれなかった、と言った。

 

 彼女の言葉を遮るために自然と声が大きくなったのか、かなりの大声で言ったために虚空に声が反響する。

 その一言で、セイバーは思い出した。アストラは英雄となるには器用貧乏と言ってもいい戦士であり、彼はそれを経験によって身についた勘と技術に戦法。そして、有り余る武具で補って戦っていると。

 

 ライダー――イスカンダルは最高神の血をひき、暗示をもらい、齢三十にして熱病によってこの世を去るまで最前線で自らも最強の兵として戦いながら無敗であった。アーチャー――ギルガメッシュは2/3が神であり、どんな者よりも力が優れていた。

 一方、セイバー――アルトリアも選定の剣を魔法使いマーリンがいたとはいえたまたま抜いてしまい、そこから彼女は王となった。アストラもまた、ある日突然『ダークリング』が体に現れ、不死の英雄候補の一人となった。

 セイバーは剣の才と無限に使えると言ってもいい魔力放出があるにも関わらず、剣術では臣下の一部に敵わない。もちろん一騎当千の力はあるのだが、聖剣と鞘に頼ってた部分も大きいのだ。現に、彼女は武器を失う事により、その命を落としている。

 

 セイバーはそう考えてしまい、一転して口を閉ざしてしまった。

 

「――――決めたぞ、アストラ。貴様の財は全て我に献上させてやる」

 

 タイミングを見計らったようなタイミングでアーチャーは宣言する。

 

 それを是とせぬアストラは、受け取った剣を仕舞う事でそれに沈黙を持って答えた。

 

 それを見たアーチャーはフッと鼻を鳴らすと、聖杯問答だったな、と忘れていたように口にする。

 

「おお、そうだったな。だがまず、アーチャーよ。アストラがなぜセイバーに味方するのか、それを聞かねばなるまい」

 

 それは暗に「彼女の聖杯に託す望みに惹かれたのか?」ということだろう。

 だが、アストラはセイバーの聖杯を使ってまでも叶えたい望みを知らず、更には生活面の支援と太陽の戦士、しいては俗に言われる『白』としての仕事病みたいなものだ。

 もしアストラが『青』や『赤』、もしくはその他であればどうなっていただろうか。

 

 都にも角にも、アストラはこちらでの生活面の補償と癖からだ、と『白』のことはぼかしつつも簡潔に答えた。

 

「生活費のう……。まあ、その癖が主な理由なのだろうが、金銭的な問題があるのを聞くとどこか虚しくなるわい。それに、間違って召喚したなら責任を取るのは当然であろう」

 

「アストラ! それは本当ですか!?」

 

「おいおい、知らなかったのか? こいつは滑稽だ」

 

 苦い顔をするライダー、ここに居ぬ男に激昂するセイバー、それを(わら)うアーチャー。

 

 反応の個性が強すぎて言葉に詰まるアストラであった。

 それに、セイバーは暗月の女騎士のようなタイプだというのは騎士王という名からでも察せることだが、少なくともそれに関しては沸点の低さが見た目相応だと彼は感じた。

 もっとも、「異世界からこちらに来た」という彼が原因で、そのような秩序的な事をセイバーが気にかけているのだが。その点では、彼女の行動は正しいだろう。

 

「ですが、それに乗る貴方も貴方です! お前のせいなのだからそれくらいは当然だ、とでも言ったらどうですか!? 情けない!!」

 

 セイバーは本当にアノールロンドの彼女ととても気が合いそうだ、とアストラは改めて感想を抱く。

 

 そして、別に死んでも蘇生することから死を恐れるという事を半ば忘れてしまっている彼は、召喚されるのはよくあるので色々と慣れているため問題はない、と言った。

 

 彼が恐れているのは人間性を失って亡者となり、ソウルを失って理性を失って本当の亡者となる事である。

 

「慣れているだとかそういう問題ではありません。誇りは無いんですか!?」

 

 セイバーがそう言うも、アストラは騎士でもなんでもない。不死院に収容された後は、ただの不死の英雄だ。それ以前の経歴など、知る人もいない。

 

 

 嫌な思い出を思い起こしてしまったアストラは、自分は騎士の鎧を着ているだけと答えると、誇り高い騎士は蘇生する化物なんかじゃないだろう、と付け加えた。

 

「アストラ…………」

 

 セイバーが落胆した様子で名を呼ぶが、彼は見向きもせずに酒を煽る。そして、城内の見回りを口実に言葉を並べて中庭を離れた。

 

 面と向かって戦うのは慣れている彼ではあるが、マトモな事を話すというのは慣れてない。つまり、苦手なのである。

 なぜなら、ロードランには変人奇人がほとんどであり、一番マトモであった太陽の戦士も自分の理想を追い求める人物であった。聖杯戦争の英雄も奇人変人といえばそうなのだが、英雄という事もあって『多少』というレベルだ。

 

 オマケに、彼には長い長い不死院での生活と、そこに至るまでのロイドの騎士に追われる日々がある。もちろん罪人扱いであった不死人には懸賞金がかけられていたわけであり、それが彼を重度の人間不信とさせた。

 こちらがアストラの精神に与えた影響は、ロードランでの戦いと死の日々よりも大きいだろう。

 

 ある程度の信用ならできるようになったアストラであるが、本心をぶつけ合う会話を行うまでには回復してはいないようだ。

 

 

 

 

 アストラが去った後、その場には三人の王と二人の人間が残された。

 

「しかし、アストラの奴、急に様子がおかしくなりおったな」

 

 ライダーはアストラが去った方向を見つつ、口を開いた。

 

「我はあの眼を知っているぞ、追われ、騙され、命を狙われた者の眼だ。奴がそうなった理由も気になりはするが、酒がまずくなる。あのままここに居れば、叩き出していたところだ」

 

 アーチャーは不機嫌そうな顔でそう言うと、飲み直しといわんばかりに酒を自分の杯に注ぐ。

 セイバーはただ、アストラの去った方向を見つめるだけだった。

 

 

 そして、王だけの宴が始まった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。