「町に行ってみるか?ここからそう遠くないみたいだしな」
ああは言ったものの特に当てのない十六夜はとりあえず校門に立っていた。
町とは、トリステイン城下町のことである。
図書館で見た地図によると馬で三時間ほどみたいだが、十六夜の足なら30分もかからないだろう。
しかし、十六夜はその考えを否定する。
町の宿をとるほどのお金を持っていないし、このトリステイン魔法学校にはまだ用事があった。
第一、寝ようと思えばどこでも寝れるし、町に繰り出すのは活気のある昼間の方がいいとなんとなく思ったのだ。
「しょうがねえ。図書館に戻るか」
十六夜は寝床を図書室にすることを決めた。
「お、誰かいるじゃねえか」
十六夜が図書室に戻ると小柄な少女が黙々と本を読んでいた。
ルイズよりさらに小柄でメガネをかけている表情の乏しい少女。
十六夜にそっちの気はないが、その手の少女が好きな男にはストライクゾーンだろう。
十六夜は邪魔するのもなんなので、静かに横を通り過ぎようとした時、あちらから話しかけてきた。
「・・・・・・異質」
十六夜は少女の短い言葉の意味を正確に読み取り言う。
「へえ、俺がか?」
少女はコクリと頷いた。
「そりゃあ、異質だろうな。俺はこの世界の人間じゃねえから」
少女は眉をピクリと動かす。
初めて感情が垣間見えた気がした。
「異世界?」
「おう、お前も見てたんだろ?昼間、桃チビが俺を召喚したとこ」
十六夜は少女がルイズのクラスメイトであることに気付いていた。
というか、記憶力もずば抜けているので、あの場の全員の顔くらいは一瞬で覚えたのだ。
少女は信じられないという風に首を振った。
「信じられねえか?まあそんなことはどうでもいい。お前、名前は?」
「タバサ」
「オーケー、タバサ。お前は桃チビよりは面白そうだ」
十六夜はタバサを興味深そうに見つめる。
一目見て自分を異質だと感じたこの少女に興味を抱いたのだ。
せっかくの異世界だ。
興味の対象が多いことに越したことはない。
人間は感動がないと死んでしまうのだから。
タバサは無言で立ち上がり、出口に向かう。
「帰るのか?」
「就寝時間」
外はもう夜のとばりが落ちていた。
季節から考えて、九時はまわっているだろう。
十六夜はひらひらと手を振った。
「じゃあな」
扉が閉まるのを確認すると読書を始めた。
* * * * * *
翌朝になっても十六夜は帰ってこなかった。
メイジにとって使い魔が逃げ、さらに帰って来ないという状況は恥以外の何物でもなかった。
ルイズは朝っぱらからしかめっ面で教室の自分の席に座っていた。
しかし、逃げられたことだけが不機嫌の原因ではない。
「ルイズ、使い魔はどうしたんだよ!あの平民の!」
「まさか逃げられたのか?ゼロのルイズは平民でさえも嫌がったのか!」
というようなあからさまな中傷がずーっと聞こえるからである。
ルイズは我慢できず立ち上がり、文句を言おうとする。
が、言おうとしたところでミセス・シュヴルーズが教室に入ってきた。
ルイズは口を噤むしかなかった。
やがて授業が始まる。
この授業中教室で謎の爆発が起き、片付けが昼休みまでかかったのは別の話。
* * * * * *
あれから夜遅くまで本を読みふけっていた十六夜は昼前になって目を覚ました。
十六夜は体を起こして伸びをした。
とりあえず出口に向かい、外を確認する。
「もう昼間か。ちょっと根を詰めすぎた」
さすがに腹が減っていたので、辺りを散策し食堂を探す。
そして、やっと見つけた食堂の前に銀のトレイを持ったメイド服の少女を見かけた。
(なかなかだな、あのメイド服。アキバにある見せる用のコスプレメイド服と違って業務用らしい感じがまた別の良さを・・・・・・)
それはそれでいいものだと結論付け、一人で頷いていると少女が疑問符を浮かべ話しかけてきた。
「あの・・・私がどうかなさいました?」
「いや、綺麗だなって」
これだけなら口説き文句だったかもしれないが十六夜の言葉にはまだ続きがあった。
「目立つ方ではないが可愛らしく整った顔立ちをそばかすが引き立てていて、さらにそれらが醸し出す清純な雰囲気を清楚なエプロンドレスでまとめられたメイド服が絶妙な組み合わせで引き立て合っている。そして、そんな印象と相反するように豊かな女性的体つきが・・・・・・・・・」
「やめてください!恥ずかしいです!」
思わず十六夜の頭をはたいてしまうメイド少女。
これは叩いてもいい状況だった。
誰もがそう言うだろう。
少女はハッとして頭を下げる。
「す、すみません!」
「ヤハハ、気にすんな」
少女はおずおずと十六夜に質問をする。
「あの、あなた、もしかしてもしかしてミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう」
「ああ。逆廻十六夜だぜ」
噂はもう学校中に広がっているらしかった。
「変わったお名前ですね・・・・・・。私はシエスタっていいます」
少女は屈託のない笑顔で言った。
現代日本でこんな風に笑える者がどれだけいるだろうか。
「ところで、ここで飯を食っても問題ないか?」
食堂を指しながら言う。
「その割には元気そうですけど・・・・・・。でも、今は無理です。貴族の方々がお食事中ですから」
シエスタは少し考えて、
「こちらへいらしてください」
歩き出した。
少し歩いて着いたのは食堂の裏にある厨房だった。
「ちょっと待っててくださいね」
シエスタは小走りで厨房の奥に消えた。
十六夜は適当な椅子に座り、待つ。
しばらくするとシエスタが皿を抱えて戻って来た。
「貴族の方々にお出しする料理の余りモノで作ったシチューです。よかったら食べてください」
「じゃあ遠慮なく」
十六夜はスプーンを手に取るとシチューを一口すくって口に運んだ。
「うまいな。余りモノで作ったとは思えないぜ。作った奴の腕もなかなかだが、材料の質が高いんだろうな。だが、俺ならもう少し味付けを濃くしたぜ」
「そうですか?十分美味しいと思いますけど」
シエスタはシチューの味を思い出しながら答える。
「まあ好みの問題だ」
結局、十六夜は二杯もおかわりをした。
「何か手伝えることはないか?一飯の礼だ」
「なら、デザートを運ぶのを手伝ってくださいな」
「オーケー。お安い御用だ」
十六夜は笑みを作って答えた。
次回、やっとギーシュ戦やります!