「どうしたのねお姉様?」
人の少ない夜中の図書館に無邪気な女の声が響いた。
声の主は声同様無邪気な表情の女で、図書館という静かで重厚な雰囲気の場所にはあまり似合っていない。
有体に言えば、馬鹿っぽく見えるのだ。
対して、少女が話しかけている相手はその限りではなかった。
ルイズよりもさらに小柄な、とても十代後半には見えない体躯だが、その少女の表情のない鉄面皮には深い知性が見え隠れしている。
図書館の閉鎖的なイメージとも非常にかみ合っていると言えるだろう。
無邪気な女の問いは無視される、と訊いた本人でさえそう思ったが、意外なことに無表情な少女は読んでいる本から顔を上げて答えた。
「ちょっと調べごと」
返ってきた回答は無邪気な女が望んでいたものではなかった。
彼女は「そんなに何を調べているのか?」と訊いたつもりだったのだ。
何をしているのかは訊いていない。
「見ればわかるのね。それより、何を調べてるのか訊いてるのね」
疑問に思うのも当然だった。
無表情な少女―――タバサが読んでいるのは炎の系統魔法に関するものばかりなのだ。
タバサは風のメイジであり、相性のいい水魔法を使うことはあっても対極に位置する炎魔法を使うことはない。
自分が使わないであろう魔法についてこうも真剣に調べている様は、なるほど不自然であった。
「この間侵入した黒ずくめの男の魔法について」
「黒ずくめ・・・?・・・・・・・・・ああ!思い出したのね!あの金髪の奴が追ってった!」
そう。
タバサが調べていたのは十六夜とギーシュの決闘後に突如現れ、フーケとの戦いの折にもいた謎の男の魔法であった。
彼が使っていたのは風魔法であったが、それだけではあの音速をも超えるような狂気じみた速度は説明できない。
そもそも十六夜と男の戦いは人間どころかメイジの能力のレベルを遥かに超えていた。
十六夜の場合は魔法の気配など露ほどももなかったが、魔法を使っていた以上男はメイジなのだろう。
「断言するのね。金髪の方は魔法なんて全く使ってなかったのね。でも黒ずくめの方は使ってたのね」
タバサはコクリと頷いて続きを促した。
「でも、お姉様達の言う『先住』でもなかったのね」
『先住』とはその名の通り「先に住んでいた者達」が使っていた魔法のことである。
メイジが使う系統魔法などが自分の精神力を使うのに対し、先住魔法は自然のエネルギーを使うと言われている。
使う種族はエルフなどが有名だが、人間のメイジは始祖ブリミルの教えに反するとして先住魔法を邪法として忌避している。
ちなみにこの無邪気な女―――シルフィードも先住魔法が使えるのだが、エルフではない。
もちろん、人間でもないが。
「でも、ただの系統魔法で可能なことじゃない」
「じゃあ、何だっていうのね」
「魔法、もしくは身体を改造している可能性が高い」
シルフィードの呑気な顔が驚愕に染まった。
原因を作ったタバサは相変わらず無表情を貫いている。
納得していたからだ。
それならあり得る、いやそれしかない、と。
「で、でも、あいつが使ってた風魔法に変なところはなかったのね」
「他の系統を扱っていたとしたら」
「?」
タバサの言葉にシルフィードは理解が追いつけないでいた。
仕方がないともいえる。
彼女は人間のメイジではないし、メイジであったとしてもこれだけのヒントでは理解できない者がほとんどだろう。
シルフィードが正直出来がいいとはいえない頭をひねり出した時、
「例えば、水魔法で血液の流れを速めて脳のリミッターを外す、とかな」
不遜な声音で放たれた言葉と共に図書館の扉が開かれた。
タバサは即座に立ち上がり、いきなり現れた闖入者に杖を向けて警戒するが、直後に杖を下した。
必要がないと判断したからだ。
ハルケギニアでは見慣れない服装に身を包み、金色の髪をカチューシャに似た何か(ヘッドホン)で留めた少年。
闖入者は十六夜だった。
「・・・どこから聞いていたの?」
「来たばかっりだ。そうだな・・・・・・そこの女が『どうしたのねお姉様?』って言っ
たところからだ」
「最初からじゃないのね!」
「ヤハハ、細けえことを気にするな。着替えを覗かれたわけでもあるまいし?」
「ふん。人間にそんなの見られたって気にしない――――って痛いのね!」
余計なことを言おうとしたシルフィードを杖で殴ったのはタバサだ。
シルフィードについて追及を覚悟するタバサ。
しかし、次に十六夜の口から発せられたのは予想の斜め上を行く言葉だった。
「へえ、じゃあいつでも見せてくれんだな。オーケー。今見せてくれ」
「?」
「何だ?さすがにあんたまでとは言わねえよ」
「そうじゃなくて、訊かないの?」
シルフィードを指さしてキョトンと首をかしげるタバサにある種の可愛らしさを感じつつ、十六夜は不敵に笑った。
「そこの女のことなら大体想像はつくしな。十中八九フーケの時にも連れてきてた竜だろ?いや、韻竜って奴か」
「ッ!どうしてわかったの?」
「ここの生徒にしては歳が合わないし、貴族の子供特有の変な自負も感じない。教師でもなさそうだしな。だったら、お前の使い魔が人間に化けることができる韻竜で、今は人間に化けていると考えた方が辻褄が合う」
「外から来た可能性も」
「ないな。他の時期なら兎も角、よりにもよって姫殿下が来て警備が強まっていた今日に限ってはありえない。韻竜でもここにいる全てのメイジに囲まれたらひとたまりもないだろうぜ」
タバサに反論の余地はなかった。
彼女も常人に比べてかなり頭が回る方だが、十六夜はさらにその上を行っているようだ。
これ以上問答を続けてもお互いに無益。
そう悟ったタバサは話題を変えることにした。
「何の用?」
「別になにも。家出中のお嬢様を探してたらたまたま面白い話をしているのが聞こえたんでね」
タバサが注意深く十六夜を見つめるが、彼が嘘を言っている様子は見受けられない。
それ以前に彼にはタバサやシルフィードをどうにかしようという気は全くないようだった。
見つめ合いに飽きたのか十六夜はタバサに背を向けて去って行く。
去り際に、明日出立するだのどうの言っていたが、タバサがそれを気に止めたかどうかはわからない。
ちなみに十六夜に技術を与えたらどうなるんでしょうか?身体能力だけでもはやバグキャラなのにさらに強化されたら・・・・・・・・・。うん。ガンダールヴになるべきではなかったかもしれない。十六夜君。