「「逃がす!?」」
静かな森に女子2人の声が響いた。
もちろん、ルイズとキュルケが声を大きくしたのは理由がある。
「ああ。逃がす」
「あんた、何言ってるかわかってんの!?」
十六夜がせっかく捕まえたフーケを逃がそうというのだ。
ここでみすみす逃がしたら、今までの行動も水の泡である。
そう考えたルイズが声を荒げるのも自然なことだろう。
「誰に言ってんだ、御チビ様。わかってるからこそ言ってるに決まってんだろ」
「っ!ふざけないで!」
当人であるフーケですらも状況を飲み込めず、呆然としている。
「まあ、落ち着けよ。ちゃんと理由はある」
「・・・言ってみなさい」
十六夜はいつも通りの笑いを浮かべながら、フーケを指す。
「こいつの盗みの対象、知ってるか?」
「貴族でしょ。それが何?」
「そう、貴族だ。それも金をたらふく溜めた奴ばかり。どうせ汚い手段で得た金を非正規の手段で奪っても誰も困らない。強いて言うなら、調査に駆り出される兵くらいだぜ」
十六夜は幼いころに施設や養父を転々としてきた。
その中には汚職にまみれた政治家など、ザラにいたため、その手のタイプの権力者については普通より詳しい。
十六夜が調べたところ、フーケの盗難にあった者は、ほとんどそういう貴族ばかりだったのだ。(何パーセントか普通の貴族もいたが)
「で、最たる理由といえば」
全員が見つめる中、十六夜はこう、宣言した。
「そうした方が面白いからだ!」
「「「はあ?」」」
タバサを除く三人の声がそろった。
「考えてもみろよ。こいつの盗みは俺から見ても驚くほどスマートだった。これほどの腕を持つ奴を投獄してしまうのはあまりにも惜しい」
「でも、そいつは学院から『破壊の杖』を盗んだのよ!」
「確かにそうだが、あれは学院が持っていたところで意味があるもんじゃない」
「どういうことよ?」
「あれは俺が元いた世界の武器だからな」
聞いていたキュルケが、タバサが驚きに目を丸くする。
キュルケが呆然とした口調で言う。
「元の世界ってどういうこと?」
「ああ。言ってなかったな。俺は異世界から御チビ様に召喚されたらしい」
「い、異世界って」
「まあ、その話はどうでもいい。で、だ。フーケを逃がすが異存はないな?」
「「あるわよ!!」」
よく叫ぶ日である。
* * * * * *
「で、結局逃がしたと?」
そう言ったオスマンの声には怒りを通り越して諦観がにじみ出ていた。
十六夜を御することは不可能だと思い知ったらしい。
ここにいるのは十六夜とオスマンだけであるため、それを察することができた者はいなかったが。
「まあな」
特に感慨も込めずに十六夜は答えた。
オスマンは大きく溜息をつき、
「『破壊の杖』が返ってきたからいいようなものの、本来ならお主も牢獄行きじゃ」
「ヤハハ、たかだか軍隊に俺が捕まるかよ」
「確かにそうじゃろうな。お主ならトリステインの全軍を差し向けても逃げ延びるじゃろう」
逃げるどころか、全滅させてしまいそうな気がするが、オスマンはそう思考できるほど十六夜を知らなかった。
「ところで、その『破壊の杖』はどこで手に入れたんだよ、ジジイ」
「学院長と言え。・・・・・・あれは私の命の恩人から預かったモノじゃ」
この言葉を皮切りにオスマンはとつとつと語り始めた。
「三十年前、森を散策していた私は、ワイバーンに襲われた。そこを救ってくれたのが、あの『破壊の杖』の持ち主じゃ。彼は、もう一本の『破壊の杖』で、ワイバーンを吹き飛ばすと、ばったりと倒れおった。怪我をしていたのじゃ。私は彼を学院に運び込み、手厚く看病した。しかし、看病の甲斐なく・・・・・・」
辺りが静まり返る。
沈黙は数秒の間続いたが、やがてオスマンが再び口を開いた。
「私は、彼が使った一本を彼の墓に埋め、もう一本を『破壊の杖』と名付け、宝物庫にしまい込んだ。恩人の形見としてな・・・・・・」
また、静まり返る。
今度は十六夜が口を開いた。
「やっぱりか」
「やっぱりとは?」
「予想してたんだよ。『破壊の杖』とやらが盗み出されたと聞いた時辺りからな」
なんでもないように告げる十六夜。
しかし、もはやそれは頭がいいで片付けられる領域を超えていた。
「破壊なんて名前が付けられるほどの威力を秘めた杖がこの戦争寸前の御時世で徴収されないわけがない。子供しかいない学院に置いとくなんてもってのほかだ。なら、『破壊の杖』は学院長あたりの私物で、かつ使い道が難しいものと判断するべきだ」
十六夜はどうでもよさげに続けた。
「加えて、俺が見た『破壊の杖』が安置してあった場所はどう見ても杖一本を置くには広すぎる。杖以外の形状をいていると考えるのが妥当だろう」
十六夜の顔はどうしようもなくつまらないものに見えた。
「さらに、異世界から召喚された俺の存在。他にも召喚された奴がいたとしてもおかしくない。それが物でも」
そこで十六夜はいったん言葉を切った。
オスマンは半ば以上呆れながら、
「たったそれだけの情報で推察したのかね?」
「他にもいくつか判断材料はあったが、おおむねそんなところだ。それでも、いくつかの可能性の一つでしかなかったんだがな」
この結論は十六夜にとってあまり歓迎できるものではなかった。
彼は有体に言うなら、もっと意外性のある結末を期待していたのだ。
わざわざ異世界まで来たのに、順当な結論に至ってしまう。
それは自称快楽主義者にはつまらないと感じさせてしまう。
「その様子だと、元の世界に帰りたいってわけじゃないようじゃな」
「向うの世界よりはマシだと思える程度には楽しんでるからな。それに、俺はまだ十分といえるほどこの世界を楽しんでねえ」
* * * * * *
今はフリッグの舞踏会。
貴族の子女たちが優雅に踊ったり、会話に華を咲かせている。
そんな中、バルコニーでただ星を眺め続ける影があった。
「お前さん、混ざってこなくていいのかよ?」
鍔をかちゃかちゃいわせながらデルフリンガーが言った。
「祭りとか宴会は嫌いじゃないが、ああいう社交界みたいなのは興味ねえ。それに、今はそういう気分でもないしな」
「そういうもんかい」
それきり会話は終わる。
十六夜の胸中にあったのは、ほんのわずかな失望だった。
異世界とはいえあったのは元の世界と同じ人間の社会。
魔法には心躍ったが慣れてしまえばどうということもない。
やっと現れた自分と並びうる相手も戦わずに逃げてしまう。
結局、自分が最もファンタジーなのは変わらない。
異世界は彼が期待したほどでもなかったのだ。
人間は感動がないと死んでしまう。
彼の今は亡き義母の言葉であり、彼を構成する要素の一つともいえる信条だ。
この世界も感動がないわけではないだろう。
いや、世界中をまわれば、数多も存在するはずだ。
しかし、彼はこういう感情を禁じ得なかったのだ。
十六夜がそろそろルイズの部屋に戻るかと考え始めた時、誰かがバルコニーに出てきた。
「どうした、御チビ様?ダンスにでも誘ってくれるのか?」
ふざけた調子で言う十六夜にルイズは顔を真っ赤にして閉口する。
予想を若干外した反応に十六夜は興を乗せる。
「マジでそのつもりだったのか」
「う、うるさいわね!今日はあんた、頑張ったからご褒美よ、ご褒美!」
「ヤハハ。それは光栄の限りだ」
十六夜は慇懃に一礼して、
「それでは行きましょうか、ミス」
「う、うん」
ルイズの手を取って歩いて行った。
ちなみに黒ウサギ登場アンケートはまだまだ募集中です。