『土くれ』の二つ名で呼ばれトリステイン中の貴族を恐怖に陥れているメイジの盗賊がいる。
土くれのフーケである。
フーケは腕利きの盗賊で今まで盗めなかったものはほとんどない。
そんなフーケは『錬金』の魔法をよく使い、貴族のかける『固定化』の魔法などものともしない。
正体不明で、性別すらわかっていない。
確実に言えるのはトライアングルクラスのメイジであるということと、犯行現場の壁に『秘蔵の○○、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』と、ふざけたサインを残していくこと。
そして、強力な魔法をかけられた高名なマジックアイテムが何より好きだということだけだった。
* * * * * *
地球ではありえない二つの月の元、フードを目深にかぶった影が佇んでいた。
いや、それだけではない。
暗視ができる者でも見つけることは困難だろうが、もう一つ影があった。
前者は女。
後者は男であることがシルエットからうかがえる。
女は足元から伝わってくる、壁の感触に舌打ちした。
「流石は魔法学院本塔の壁ね・・・・・・。物理衝撃が弱点?こんなに厚かったらちょっとやそっとの魔法じゃどうしようもないじゃないの!」
女は壁に立っていた。
日本の忍者さながらである。
「確かに『固定化』の魔法以外かかってないみたいだけど・・・・・・、これじゃ私のゴーレムの力でも壊せそうにないね」
彼女は影のような真っ黒い男に視線を向ける。
「あんた、何かいい案がある?」
「ないわけではない」
「役に立ったら報酬は弾むわよ?」
女はこの魔法学院にあるというマジックアイテムがどうしても欲しかった。
「・・・了解した。貴様のゴーレムの代案として三つほどある。一つ目、何らかの手段でここの職員に鍵を開けさせる」
「それは最終手段よ。危険すぎるもの」
「二つ目、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールに魔法を使わせる」
女は突飛な意見にフードの奥で目を丸くする。
「何故?」
「彼女の魔法は対象物を巻き込んで爆発を起こすのではなく、対象物そのものを爆発させる魔法。実習等からの裏付けはすでに完了している。あれなら壁を消し去れるはず」
「そんなの知らなかったわ。ただの無能だとばかり思ってた」
「三つ目・・・」
男は言いかけて黙った。
「何よ?まだあるんでしょう」
「・・・・・・ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔を利用する」
「あの使い魔に何かあるの?」
男はこくんと頷き、自らの腕をまくって女に見せた。
真っ赤に腫れた跡がある。
女は目に見えて驚いていた。
この男がこんな状態まで追いつめられるとは考えられなかったのだ。
「他に内蔵や肋骨の一部もかなりやられていた。外傷に至っては未だ腫れを隠せないほど」
男は簡潔に事の起こりを説明した
「信じられない!ヴァリエールの使い魔は何者だというの!?」
男は静かに首を振った。
「不明。少なくとも人間の力であの動きと破壊力は実現できない」
「まさか、スクウェアクラスのメイジだとでも言うの?」
「メイジではない。魔法を感知できなかった。それにスクウェア程度なら己の敵ではない」
「ありえないわ!」
「加えて、エルフや吸血鬼に見られる特徴も発見できなかった。己の縛りも攻略しつつある」
誰が考えても戦いになれば絶望的だということは明白だった。
女は大きく息を吸って落ち着きを取り戻し、
「・・・それで、敵に回った場合勝てるの?」
「現状では不可能。傷も癒えていない」
女は溜息をついた。
「それでも諦めるわけにはいかないね」
「ではどうする?」
「あんたの傷が癒えるまで待つよ。どのくらいかかる?」
「一週間。それだけあれば十分」
「なら、一週間後。作戦は私が考えてもいいわね?」
「己はただ動くだけ」
数秒後、そこには誰もいなかった。
十六夜とルイズがいる場所が表舞台ならば、今回は舞台裏です。すごい暗い感じですね。いや、そうでもないか。