――― 布仏虚 ―――
織斑君は大丈夫なのでしょうか?
白式・ウルフヘジンの第二形態――白式・フェンリスヴォルフ。
ISのリミッターを外し、ISである白式とASであるウルフヘジンが一体となった本当の意味でのAIS。まさか白式がウルフヘジンを取り込むなんて……。
これはマズいですよ。リミッターが外れたISなんて、世界に激震が走ります。
そして何よりもバーサーカーシステムの狂化Aランクを発動して、あの高機動戦闘をかれこれ十分近くも続けています。
いくら白式・フェンリスヴォルフになって操縦者の生体再生能力も発現したとはいえ、織斑君の身体にどれだけの負担がかかることか……。
「Und, mach mich nicht lachen!!」
「お前が勝手に笑っているだけだろうがぁっ!!」
早く……早く終わってください。
そうじゃないと織斑君の身体が……。
「お待たせアンパ……じゃなかった、一夏君ーー! 新しい雪片弐型(改)よ!」
「ギグガッ!? バタ……じゃなかった、更識会長ナイス!」
「え、え? ……ちょっと待てぇっ!?」
あ、終わった。
スコールを学園内に搬入したお嬢様が、その足で装備格納庫から雪片弐型(改)を持ち出してきたようです。
雪片弐型(改)は容量が重いから
こんなこともあろうかと、雪片弐型(改)は常に何本か予備を用意してあります。
さて、それじゃあ医務室の手配と、京都に行っている織斑先生への報告をと…………織斑先生への報告?
え? もしかして私がしなきゃいけないんですか? サウザンド☆ウィンターを?
…………織斑先生への報告は織斑君にお願いしますか!
うん、それがいいですね。この作戦の立案者は織斑君ですし、最後まで責任取ってもらいましょう!
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――― 篠ノ之箒 ―――
修学旅行が終わって二週間。結局一夏は修学旅行に合流することはなかった。
いや、修学旅行に合流するどころか、
おかげで千冬さんはずっと不機嫌だし、クラスの皆も口数が少なくなっている。
私たちもいなくなった一夏の部屋に自然と集まることはあっても、特に何かすることもなくただ時間が過ぎ去るのを待っているだけだ。
一夏が失踪した原因の一つは白式・ウルフヘジンの第二形態――白式・フェンリスヴォルフ。
IS学園に残されたデータを解析してみると、この白式・フェンリスヴォルフがとんでもない機体だということがよくわかった。
何しろ
一夏が以前からリミッターの解除を企んでいたということを学園に戻ってから更識会長から聞いたけど、まさか本当にそんなことを実現するなんて……。
しかもリミッターを解除したのは白式のコアだけではなく、フェンリスヴォルフのコアもだ。むしろ白式のコアがフェンリスヴォルフを支配下に置いているらしい。
零落白夜がある上にリミッター解除された二つのコアを同時に扱えるなんて反則だろう。シールドエネルギー量に換算したら、おそらく5桁は優に越しているだろうな。
その他にも白騎士が持っていた操縦者の生体再生能力まで発現したので、高機動戦闘による操縦者への負担を解消出来ている。
白式・ウルフヘジンには空間範囲攻撃と持久力の欠如という弱点があったが、白式・フェンリスヴォルフにはそれがない。これでは白式・フェンリスヴォルフに持久戦を挑んでも勝ち目がないだろう。というか相討ちにも持ち込めない。
ISを含めた世界の全戦力を合わせたら何とか…………と言ったところか。むしろ白式・フェンリスヴォルフにはISじゃない通常戦力の方が相性が良いかもしれないな。
いくら一夏が世界から危険視されていなかったとはいえ、流石にここまでとんでもないものになるとマズい。これでは世界の混乱を避けるために一夏が失踪したのも仕方がないだろう。
姉さんからの知らせではどうやら一夏は姉さんと一緒にいるようなのだが、いったいこれからどうする気なのだろうか?
とんでもないことになったから混乱して思わず失踪してしまった気持ちはわかるが、それでもせめて私たちには直接説明してほしかった。
私たちは皆、お前のことを心配しているんだ。
「だから早く帰ってこいって、一夏」
『嫌だ! 千冬姉さん怒っているだろ!?』
失踪しても電話は普通に通じるんだけどなー。
ま、一夏が失踪した最大の理由は、サウザンド☆ウィンターなんてものが衆目の目に晒されたせいで千冬さんが怒ると思ったからだろう。
流石に情報規制が敷かれているため、一般ニュースでサウザンド☆ウィンターが放映されるなんてことはなかったが、それでもIS学園やIS委員会、それに各国上層部には知られてしまっている。
そりゃ千冬さんも激怒するだろうよ。一夏が逃げるのも仕方がない。
ちなみに失踪する前の言い訳はラヴギターロッドとやらを姉さんに届けるため、だったらしい。
千冬さん以外に扱えないはずのラヴギターロッドをエムが扱えたことから、リミッターが最初からつけられていないラヴギターロッドに何らかの不具合が起きたと思われるので、危険だと考えたのは仕方がないことだろう。
現に更識会長たちも黙認という形で一夏を見送った。
結局、帰ってこなかったけどな。
そして今も一夏がどこにいるかは一夏自身の口からは決して語られないし、姉さんに匿ってもらっているらしいことも口には出さないんだが……。
「怒っていることは怒っているが、それはお前が全然帰ってこないからだ。一夏が帰ってくれば機嫌もきっとよくなる。
それに一夏。千冬さんはお前へのお土産に、京都の刀剣屋でお前が欲しがっていた日本刀を買ってくれたんだぞ。打刀と脇差の二本セット。前に一夏が観賞用でもいいから日本刀が欲しいと言っていたんだってな。
だから早く見に帰って来い。千冬さんの好意を無下にする気か?」
『だから嫌だ! じゃあ何で俺のサイズに合った白装束も一緒に買ってあるんだよ!?』
「な、何で知ってる!?」
『やっぱりそうなんだな!? それどう考えても観賞用の日本刀じゃないだろ!』
ち、違うから! 日本刀は決して切腹用のためなんかじゃないから!
千冬さんが濡れた畳で巻いた青竹を斬る練習をしているのは、別に介錯の練習のためにしているわけじゃないから!
……でも本当に帰ってきてくれよ。千冬さんの機嫌が最悪なせいでクラスの皆が脅えているんだ。
千冬さん担当の授業の時なんか酷いんだぞ。誰も一言もしゃべらないんだからな。山田先生も縮こまっちゃっているし、もうクラスの雰囲気がドンヨリしているんだよ。
だから私たちの精神衛生上にも早めに帰ってきて欲しいんだが……。
「大丈夫だ。最近千冬さんは忙しそうだぞ。だから帰ってきてもそのせいで一夏に何かする暇はないかもしれない。
何でもひっきりなしに外から千冬さん目的の客が来るみたいで、しかもそれが外国のお偉いさんだから拒否出来ないとか……」
『あ、それ俺だわ。
IS委員会や日本政府とかに“千冬姉さん宥めてくれるなら
「お前なのかよ」
『でも今の今までどこからも良い返事が来ていないんだよ。
ってことは千冬姉さんは絶対まだ怒っているはずだろ?』
「……サウザンド☆ウィンターなんてアイディアを出した一夏が悪いんだろうに」
『俺は悪くない! あんなものを持ち出してきたエムって奴が全部悪いんだ!』
……ここまで取り乱す一夏なんて初めてだ。
そんなに千冬さんが怖いのか?
わからないでもないがな。確かに報告書を見て、記録映像を見た後の千冬さんは怖かった。
すぐさま私たちに付近に一夏が隠れていないか捜索してこいって言われたとき、私たちに向けられた殺意ではないとわかっていても本気で死ぬかと思った。もう数日経っていたのに……。
それに最近千冬さんに訪れている客も、来た時は意気軒昂に応接室に入っていくのに、帰るときには真っ青な顔して部屋から出てくるんだよ。
しかし一夏が失踪したというのにIS委員会や日本政府とかが全然騒いでいないのはおかしいと思っていたが、一夏の方から連絡を取っていたのか。
でもこれじゃあ失踪というよりもまるで家出だ。一夏もそんな子供染みたことをするところもあるんだなぁ……。
『くっ、報酬が足りないのか? こうなったらフェンリスヴォルフ分のコアを出すことも考えて……』
「落ち着け。わかったから少し落ち着け。それは流石にマズいだろ」
『死ぬよかマシだ!
白式とフェンリスヴォルフのコアを分離させるためには、一度コアを初期化しないといけないけど、こうなったからには仕方がないっ……!』
駄目だ。完璧に千冬さんに対して脅えている。
こうなった一夏は全力で逃げに徹するからなぁ。
あまり騒ぎ立て過ぎると本当に行方不明になるかもしれないから、千冬さんとの仲を取り持つにしろどこまで取り持てばいいかの匙加減が難しい。
とはいえ一夏が学生としての身分を忘れているわけがないので、留年になってしまうまでの長期的な家出はしないだろう。
これで留年でもしようものなら、千冬さんの不機嫌さが天元突破するだろうからな。その辺は一夏だってわかっているだろう。
だから何もしなくても、きっと後二週間ほどで帰ってくるとは思う。
だけど私たちとしては不機嫌な千冬さんを二週間もそのまま放置しておくのは心臓に悪いので、何とかして一夏に帰ってきて欲しいんだよ。
そのためには何とかして一夏を宥めすかさないと…………いや、決して一夏を生贄に捧げようと思っているわけではないぞ。
二人の仲を取り持とうとする最大の理由は、やはりあの仲が良かった姉弟がいつまでもケンカしているという事態に幼馴染として心が痛めているからだ、ウン。
「ところで一夏。さっき話に出たエムって人はどうなったんだ?」
『? 千冬姉さんから聞いていないのか?』
「彼女について千冬さんに聞けと言うのか?」
『……ああ、そうだな。俺が悪かった。
でも俺もそんなに知らないぞ。知ってるのはスコールやオータムと一緒に捕まって、IS委員会とICPOとで取り調べを受けていることぐらいだ。
それと念のために行ったDNA検査の詳しい結果はまだ出ていないらしい』
「……そうか。もし本当に血が繋がっていたらどうするんだ?」
『知らぬ存ぜぬ。纏めて心底どうでもいい。
例え本当に血がつながっていたとしても、彼女は家族じゃない』
「やっぱりそうなのか。まぁ、一夏らしいな」
『俺にとっての家族とは血の繋がった人間のことではなく、一緒に生活を営んでいる人間のことだ。だから千冬姉さんはもちろんだけど箒のことも家族だと思っているぞ。
だからその点からするとエムは家族じゃない。そんな奴がどうなろうと知ったことじゃない。
そもそも何で襲い掛かってきた奴の心情を、被害者であるコッチが慮ってやらなきゃならんのさ』
……そうか、私は家族か。それは嬉しいけど、相変わらずシビアだな。
それにシビアはシビアなんだけど、普段のシビアさよりは違う感じがするぞ? もしかして……、
「サウザンド☆ウィンターを生み出す一因となったことについて一言」
『お、俺が悪いってのか……? 俺は……俺は悪くねえぞ、だって
こんなことになるなんて知らなかった! 誰も教えてくんなかっただろっ! 俺は悪くねぇっ! 俺は悪くねぇっ!』
「まだ随分と余裕があるようだな、一夏?
腹を切るとまではいかんが、断髪して千冬さんの前に出たらどうだ? そうすれば少しは情状酌量の余地をがあると考えてくれるかもしれんぞ?」
『ゴメン、見捨てないでお願い。
頼むから箒からも千冬姉さん宥めてくれよ』
これはかなりの罪悪感抱いているなぁ。その罪悪感から目を逸らすために、余計にエムに対して辛辣になっているんだろう。
まぁ、罪悪感を抱いていなかったとしても取る行動は変わらなかっただろうが、それでも適当な慰めや同情の言葉ぐらいは口にするはずだ。口に出すだけならタダだし。
だがそんなこともしないということは、一夏的にかなり余裕がなくなっている証拠だ。
「でもなぁ……今回の件については難しいぞ。いくら千冬さんに可愛がられている私だとしても、流石に出来ることと出来ないことがある。
何しろサウザンド☆ウィンターを作った張本人である姉さんも千冬さんから逃げてるからな。姉さんは私が電話をかけても出てくれないから、姉さんを通じて千冬さんを宥めるというのも出来ないし……」
『それならラウラなら……ラウラならきっと何とかしてくれる』
「ラウラ? ……アイツは死んだよ」
『何ぃっ!? いったい何があった!?
もしかして千冬姉さんに余計なことを言ったのか!?』
「そういえば話は変わるんだが、千冬さんは今日明日の土日でドイツに出張に行ってるから」
『……あ、そういうわけね。そういえば確かハルフォーフさんは自分で絵を描くことにチャレンジし始めたって聞いた覚えがあるな。
あーあ、遂にハルフォーフさんも終わりか。無茶しやがって……』
ハルフォーフさんは千冬さんが隠れた同好の士とでも勘違いしたのだろうか?
ラウラも可哀想にな。
千冬さんが喜ぶと思って、千冬さん本人にハルフォーフさんの描いた絵を見せてしまったばかりにあんなことになるなんて……。
後で医務室に何か差し入れでもしてやるか。
それと絵の元データが残っているなら貰って一夏に送ってやろう。ついでに姉さんにも送っておくとするかな。
しかしやはり私たちでは千冬さんを宥めるのは無理だな。
ラウラは既にリタイヤ。そして簪とセシリア、鈴たちは千冬さんに怖気づいてしまって駄目。シャルロットは頑張ってはいるが、やはり千冬さんの心を動かすまではいっていない。
残るのは私一人なのだが、いくらなんでも無理なものは無理だ。そもそも可愛がられていると言っても、相撲部屋的な可愛がりが半分と言ったところだしな。
そういうわけで一夏。残念ながら私たちではお前の力にはなれない。
惚れた男の最初で最大のピンチのようだから、出来ることなら力になってやりたいと私たち皆が思っているのだが、それでも無理なものは無理だ。
だから諦めて私たちの精神衛生上のためにも、さっさと帰って来て千冬さんの怒りを受け止め『先生! そろそろ昼食の用意をしませんか?』…………おい? 誰だ、その女? 何故一夏の後ろから姉さんじゃない女の声がする?
聞いたことのない声だ。それに先生? 随分と親しそ…………いや、もしかしたら一夏以外の人間に呼びかけているのかもしれない。早計は禁物だ。
『ああ、もうそんな時間か』
『はい、今日は何を作るんですか?』
駄目だクロだった。
それに今日“は”ってことは、それ以前にもその女と一緒に食事の準備をしたということだな?
……そういえば一夏が姉さんのところにいると知ったのは、十日ほど前の姉さんからのメールでだったな。
それからは姉さんが千冬さんから逃げているせいで連絡が取れていなかったし、一夏自身が自分の居場所については口を濁していたから確認はしていなかった。
しかし考えてみれば、一夏が姉さんのところから別の場所に移ったというのもあり得るな。人間嫌いな姉さんが私たち以外を傍に置くとは思えないし。
つまり一夏は私たちの元から逃げて、私たちの知らない他の女のところへ行ったということ……か?
……。
…………。
………………ふーん、そうなんだ?
『それではキッチンで待ってます』
『わかった。もうちょっと待っててくれ。
――それで箒。千冬姉さ…………箒? 何か雰囲気怖くないか?』
「私は何も言っていない」
『え? でもだって「私は何も言っていない」……お、おう?』
「ところで今の女は誰なんだ? 私の知らない女のようだが……?」
『え? ……あ、ああ。箒は知らないかな。俺は結構前からメールのやり取りしてた子なんだけど、クロエ・クロニクルって名前の子だ。
…………あー、俺は今クロエが世話になっている人に世話になっていてな。世話になっているお礼代わりにクロエに料理を教えているんだよ』
「ふーん、そうなんだ?」
『最初は焦げ炭だったりゲル状のナニカのような物体を生み出していたけど、最近はかなり良くなってきたよ。
まぁ、それでもセシリアよりは教え易かったけどな』
「比較対象が悪すぎる」
ふーん、結構前からメールでのやり取りをしてたのか。
私たち六人を放っておいて知らない女とねぇ…………へー、そうなんだ?
しかもクロエのことを名前で呼び捨てにしているんだ?
一夏は親しい人間じゃないと名前で呼んだりはしない。セシリアや簪を最初は名字で呼んでいたように。
だから一夏がクロエのことを名前で呼んでいるってことは、随分とクロエと親しいみたいじゃないか。
……ふーん?
「……話は戻すが、私としても不機嫌な千冬さんは怖いから、宥められるものなら宥めたいとは思っている。
しかしあの千冬さんを宥めるのは並大抵なことじゃないぞ」
『わかってるけど、それでも頼めるのは箒しかいないんだよ。無理でもいいからとにかくチャレンジしてみてくれ。
帰ったらデートでも何でもするから……』
「ム…………まぁ、一応やってはみるが、結果はあまり期待はするなよ」
『わかってる! ありがとう、箒!』
「それではもう切るぞ。クロエさんとやらが待っているみたいだし、私もそろそろ昼食を取るからな」
『ん? ……あ、ああ。わかった。
あ、それと今沖縄にいるんだけど、お土産は何がいいか考えておいてくれ。明日か明後日ぐらいにはまた電話するから』
「沖縄って……随分とまた遠くまで逃げたものだな。
わかった。考えておく。それじゃあ」
『ああ、それじゃ』
沖縄にまで逃げるとは、そこまで千冬さんが怖いのか?
普段はブリュンヒルデとかは関係ないような扱いをしているが、何だかんだ言って一夏も結局千冬さんを絶対視しているよなぁ。
……ま、それはそれとして、と…………あ、もしもしシャルロットか?
篠ノ之だ。以前シャルロットが言っていた申し出を受けることにする…………ああ、確かに急な話だが決めたんだ。鈴には私からも話す。というか皆に今あったことを話す。……ああ、ラウラの寝ている医務室で落ち合おう。
…………フゥ。
ウン、アレだよな。もうこれ以上、一夏の周りの女を増やすわけにはいかないよなぁ?
――― クロエ・クロニクル ―――
「沖縄そばうめぇ」
「本州のそばやうどんとは違うよねー」
「製法的には中華めんと同じらしいけど、和風だしで食べるからラーメンとも違うからねぇ。
……クロエ、無理しないでフォーク使っていいぞ。それと啜らずに食べなくても平気だから」
も、申し訳ありません。
どうにもまだ箸にも啜って食べるのにも慣れていなくて……。
「うーん、美味しいんだけどちょっと物足りないかなー」
「大丈夫。他にサーターアンダーギー買ってあるから後でおやつに食べよう」
「おお、気が利くねぇ、いっくん。
いやー、いっくんが来てからますます食生活が豊かになったよ。くーちゃんもいっくんがいなくなるまでに、出来るだけいっくんから料理を教わってね」
「はい! もちろんです!
……でも先生はいつお帰りになるのですか?」
「「………………」」
い、一瞬で空気が重く!?
変なこと言って申し訳ありませんでした!
「……サウザンド☆ウィンターのアイディアを出したのはいっくんだよね?」
「いやいや、俺が出したアイディアはあくまで魔法少女型ISであって、決して千冬姉さんにそれを着せるなんてことは考えていなかったから」
「…………でもそのせいでエムちゃんがサウザンド☆ウィンターになったのは間違っていないよね?」
「いやいやいやいや、ラヴギターロッドを誰にも扱えないからって理由で篠ノ之神社に置きっぱなしにしたのは
「………………ISコアをプレゼントしてあげたよね?」
「“ISショック”の真相バラすよ」
「それはいったい何のことかなぁ?」
「それと元々は箒に紅椿じゃなくて魔法少女型ISを渡そうとしていたこともバラす。確か“IS少女プリティ☆モッピー”だったっけか?」
「フ、フフフ……」
「ハハハ……」
「お、お二人ともケンカは……」
こ、怖い。お二人とも顔には笑みを浮かべていますけど、纏っている空気が一触即発の危険域に達しています。
こういう場合はどうしたらいいのでしょう? 私ではお二人を止めることが出来ません。
「……よし、わかった。建設的な話をしよう、いっくん。
どうせ私たちが責任の押し付け合いをしても、結局は二人ともちーちゃんに怒られることには変わりないんだから、ちーちゃんの怒りを鎮めるためにまず協力し合おう」
「確かにここで仲間割れしていても意味ないね。
さっきの箒との電話で、箒に千冬姉さんを宥めるのを頼んだけど……って、箒と言えばいきなり話は変わるけど、クロエのことは箒に何て説明するの?」
「? くーちゃんのこと?」
あら? 空気が弛緩してホッとしたのも束の間、私のことで何かあるのですか?
「ああ、さっきの箒との電話中にクロエに話しかけられてさ。クロエの声が聞こえたみたいで誰だって聞かれたんだよ。
俺が今世話になっている人に世話になっている人って茶を濁しておいたけど……」
「“世話になっている人に世話になっている人”ってわかりにくっ!
別に普通に私の娘だって説明してもよかったのに。そりゃ折を見て箒ちゃんには私から説明しようと思っていたけどさ」
「
「あり? ……あー、そう言われたらそうかな?」
「他にもクロエが持っているIS、黒鍵の説明だってあるだろうし、そろそろクロエのことをどう紹介するか考えておいた方がいいんじゃないか…………黒鍵だ。そうだ、黒鍵があったんだ!
クロエ! 千冬姉さんの怒りを鎮めるために協力してくれ!」
「わ、私ですか!?」
私のISである黒鍵が出来るのことといえば、対象の人間に幻覚を見せることぐらいですけど、それでいったいどうするのですか?
「やりようはいくらでもある! 確か就寝時に使えばコチラが指定したな夢を見せられることも出来るんだよな?
だったら例えば俺たちを折檻する夢を飽きるほど見させて、それから謝りに行けば千冬姉さんの性格からするともうウンザリしてそれほど怒られないはずだ!」
「なるほど! 他にも行き過ぎた折檻でウッカリいっくんを殺しちゃう夢を見せてもいいかもね! そうすればちーちゃんもあまり酷いことはしてこないはず!」
「え? 何で俺が殺されるの?」
「くーちゃん! 私たちの命運はくーちゃんにかかっているんだよ!
だから悪いんだけど力を貸してね!」
えっ? そ、それはもちろん束様と先生が言われるのでしたらご協力いたしますが…………よ、よいのでしょうか。そんなことして?
話に聞いている織斑千冬さんの性格でしたら、そんなことしたと知られたらますます激怒されるのではないかと思うのですが?
「でも黒鍵で夢を見せると言っても、現実空間でならある程度の距離まで近づかなきゃ駄目だよ。
ちーちゃんだったら少なくとも半径100m以内に近寄ったら察知されちゃうだろうけど、その点はどうしようか?」
「箒の力を借りよう。箒経由でアルコール度数の高い酒を飲ませる。
ちょうど今度の千冬姉さんの誕生日のプレゼント用にアルコール度数65%のビール、“アルマゲドン”を手に入れておいたんだ」
「それ明らかにビールじゃないでしょ?」
「製法的にはビールだからビールなの。飲んだことはないからわからないけど、何でもアルコール度数65%にしては飲みやすいらしいよ。
まぁ、流石にIS学園の寮部屋に保管出来るわけないから、篠ノ之神社で預かってもらっているんだ。それを飲ませよう。
普段はアルコール度数が10%未満の日本のビールばっかり飲んでいるのに、そんな慣れていないビールを飲んだらいくら千冬姉さんでもその日の夜ぐらいはグッスリ寝るだろう」
それってアルコール中毒になってしまうのでは?
こ、これは止めた方がよいのでしょうか?
何だか束様も先生も焦り過ぎているような気がします。織斑千冬さんの怒りを鎮める事だけを考えすぎていて、他のことには気が回っていません。
そんなことでは逆に良からぬ結果になってしまうのではないでしょうか?
「イケる!」
「これなら助かるかも!」
だけどお二人ともあまりにも必死過ぎて私には何も言えません。
お許しください。束様、先生。私ではお二人を止められないみたいです。
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「泣き叫べ愚弟! 今宵、ここに神はいない!」
「アイエエエエ!?」
「ちーちゃん!? ちーちゃんナンデ!?」
来たるべき決行日。
箒様から千冬さんにお酒を飲ませて酔い潰したとの連絡を受けて、私の黒鍵で千冬さんに夢を見せようと夜のIS学園に忍び込んだところ、待ち受けていた千冬さんに出くわしてしまいました。
アルコール度数65%のビールを1リットル以上飲んだと聞いていたのにケロッとしているなんて、どんな化け物なのですか、千冬さんという方は!?
「ほう? 箒が言っていたようにちゃんと束も来たのか。
ちょうどいい。これで役者は全員揃ったな」
「ち、違うんだよちーちゃん! 元はといえば魔法少女型ISなんてアイディアを出したのはいっくんだったんだよ!」
「裏切るのか
っていうか箒が言っていたようにって何だよ!? 箒は無事なんだろうな!?」
「安心しろ。私は箒に何もしていない。
さて、色々と言いたいことと聞きたいことはあるが……まずは愚弟、白式・フェンリスヴォルフを渡せ。
お仕置きの邪魔をされない他にも、一度IS委員会に提出して検査をしなければならないからな」
「こ、これを渡したら自衛手段がなくなっちゃうから……」
「安心しろ…………ああ、安心しろ、一夏。お前のことは私が守ってやるから。
昔から言っていることだろう。お前は私の大切な大切な弟だ。例えどんな相手であろうとも、お前は必ず守ってやる。
それに私がいないときは箒たちが守ってくれることになっているから、安心して白式・フェンリスヴォルフを渡せ」
「い、いやー……女の子に守られるのは、男の子としての矜持が許さないとい「束」「Jud!」う……って、何したの
え? …………はっ!? あ、ISが展開出来ない!? 俺を売る気か、
「フハハハハ、君はいい弟であったが、君の姉上が絶対なのだよォゥッ!?!?
…………ち、ちーちゃん? 何で私の頭をアイアンクローで持ち上げるのかな?」
「一夏にも言いたいことはあるが、何よりも言いたいことがあるのはお前にだ、束」
「……いっくん助けてっ!!」
「あ、白式・フェンリスヴォルフ渡しますね」
「私を売る気なの、いっくん!?」
「先に売ったのは
アッサリと先生が白式の待機状態である右腕に付けていたガントレットと、フェンリスヴォルフの待機状態である左腕に付けていた腕時計を千冬さんに投げて渡しました。
ど、どうしましょう? 私はどうすればいいのでしょうか?
束様の危機とあらば私が出来ることがあるなら何でもしますが、この状況では私に出来ることなんてありません。
「ウム、確かに白式・フェンリスヴォルフは受け取った。
一夏、お前にも言いたいことはあるが、まずは束とジックリ話をしたいのでな」
「ウンウン、そうだよね。魔法少女型ISを作ったのは
それじゃあ俺は箒たちに沖縄土産を渡してくるから。あ、千冬姉さんにもオリオンビール買ってきてるからね」
「待っていっくん! お姉ちゃんを見捨てないで!」
「ハハハ、束。こんな夜中に騒いだら、寮の生徒に迷惑になるぞ。アリーナを確保してあるから、そこでジックリ話し合おうじゃないか。
それでは一夏。私たちはアリーナに行くから――」
「ああ、頑張ってくれ!」
「――だからお前のことは箒たちに任せることにするよ」
「わかったっ! …………えっ?」
その言葉と同時に、先生の周りに七機のISが降り立ちました。
……あの、これはいったいどういうことなんでしょうか? 何だかもう展開についていけないのですが……。
「身体が動かない!? AIC、ラウラか!?
ってこれはどういうことなんだよ、箒!?」
「こうやって直接顔を見るのは久しぶりだなぁ、一夏」
「だいたい一カ月ぶりかしら? 会いたかったわよぉ」
「ええ、一日千秋の想いで一夏さんをお待ちしていましたわ」
「だけど一夏は別の女の子と仲良くやっていたみたいだけどねぇ」
「私たちの気も知らずに……なぁ?」
「ちょっとお話ししようか?」
「ゴメンね、一夏君。お姉さんもコッチに入ることにしたわ」
「待ってくれ! いったい何の話なんだ!?
っていうか、もしかして俺を千冬姉さんに売ったのか、箒!? さっきの千冬姉さんを酔い潰したって連絡は嘘だったのか!?」
「……私をいつまでも待たせるお前が悪いんだ。もう我慢の限界なんだよ。
クロエのことは姉さんから聞いたからもう構わないが、どちらにしろこれ以上お前の周りに女を増やさせるわけにはいかないんだよ。お前だって七人もいれば充分過ぎるだろう?
さぁ、後は一夏の部屋に移動してから、皆で話し合おうじゃないか」
「やめて! 皆して輝きのない目で覗き込んで来ないで!」
……あ、ああ。どうしましょう?
束様が千冬さんに。そして先生が七機のISに連れ去られていきます。束様より千冬さんの方が強いと聞いていますし、先生は白式・フェンリスヴォルフを手放したので抵抗する手段がありません。
私はどうしたらいいのでしょうか?
「あのー、もしもし? あなたがクロエ・クロニクルさんですか?」
「えっ? ……は、はい」
「そうですかー、私はIS学園で教師をしている山田真耶と申します。篠ノ之さん経由で織斑君からあなたのことは聞いています
篠ノ之博士と織斑君はこれから忙しくなりますので、申し訳ありませんがしばらくこの寮に滞在してもらってもいいでしょうか。
あ、部屋はちゃんと用意してありますので……」
「そ、そんなことより束様と先生をっ……!」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよー」
「いや、しかし……」
「死にはしないでしょうから」
「それは全然大丈夫じゃないです!」
「アハハ、どっちにしろ助けることなんて出来ないから無理ですよー」
あ、あの? あなたの目が虚ろなのは気のせいですか、山田さん?
もしかして現実逃避していませんか?
……しかし私では何も出来ないのは事実。
戦闘向けではない黒鍵では千冬さんには敵いませんし、七機のISを相手にするのは無理です。
しかもどうやら私たちの味方だと思っていた箒様が実は内通者だったということは、箒様に話をした黒鍵の性能も知られているということ。
これでは私は何も出来ません。
ああ、お許しください。束様、先生。
私ではお二人を助けることが出来ません。
…………まぁ、何となくこんな結果になるんじゃないかと思ってはいましたけど。
「助けて千冬姉さん! どんな相手だろうと守ってくれるんじゃなかったのか!?」
「ハハハ、何を言っているんだ一夏? 男冥利に尽きるだろう?
私も妹がたくさん出来て嬉しい限りだ」
「助けて箒ちゃん! 尊敬しているお姉ちゃんがちーちゃんに殺されちゃう!」
「ハハハ、何を言っているんだ姉さん? 電話でよく昔みたいに千冬さんと仲良く遊びたいと言っていたじゃないか?
今日から私と一夏を通じて義理の姉妹になるんだから、存分に数年ぶりの親交を深めてくれ」
「「…………お願いだから誰か助けてぇぇぇーーーっっっ!!!」」
無理なものは無理なんですぅーーー!
これにて“AS オートマティック・ストラトス”は完結です。
この後、
クロエは束がマイルドになった影響を受けていますので、クロエ自身もマイルドになっています。というか地雷原にタップダンスしに突っ込んだ束と一夏をどう止めたらいいかわからなかっただけですが。
それとワールドパージを就寝時に使えば好きな夢を見せられるかどうかについてはオリジナルですのであしからず。
とりあえずこれでハッピーエンド……ハッピーエンド? ……ま、まぁ伏線はだいたい回収出来たかな?
皆様、拙作はいかがでしたでしょうか?
週一更新を約半年。長いようで短かったですが、お楽しみいただけたなら幸いです。
今までこの作品をご愛読いただき、誠にありがとうございました。お気に入り登録数が3000件を超えるなど、多くの読者様に評価して頂き光栄です。
次回作品はまだ決定していませんが、“小説家になろう”の方でオリジナル作品をと考えています。
“ハーメルン”でもオリジナル作品を書かれている方はいらっしゃいますが、やはりハーメルンは二次創作の方が専門のように思えますので。
それでは皆様、また読む機会がありましたら、拙作をどうかよろしくお願いします。
なお、“アルマゲドン”は実際に存在するビールです。
一度でいいから飲んでみてぇ。