今日も鴉天狗が絡んできます【完結】   作:秋月月日

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第三報 三羽の妖怪

 最近、畑に襲来する鴉が増えた気がする。

 いや、別にあのバカのような鴉天狗が多いという訳ではなく、純粋な鳥類、云わばカラスが最近やけに多く出現しているという意味なのだけれど。

 一応は両手の罠とか猟銃とかを駆使して追い払ってはいるのだが、奴らはそれでも懲りずにこの畑にやってくる。作物を荒らし、人間たちを襲い、糞尿をあちらこちらにまき散らし。とりあえずまぁ、すっっっっっっごく迷惑なワケだ。

 そんな訳で、我らが案山子さんこと『彼』から清く正しい鴉天狗へ一言。

 

「部下の責任は上司の責任だろ?」

 

「わー! わー! 問答無用で猟銃突きつけるのやめてくださーい!」

 

 ごりごりぃっ、と額に銃口を押し付けられ、鴉天狗こと射命丸文はドバーッと涙を流しながらわたわたと急いで宙に向かって飛翔した。というか、ギリギリ銃口が届かない場所に浮いていた。

 はぁぁー、と『彼』は溜め息を吐き、文に向けていた銃口を下に降ろす。やっぱり殺す気なんてないんですねーニヤニヤ、と文が笑いを我慢しながら言ったところ、『彼』は何のリアクションも無しに文に向かって引き金を引いた。

 ドパン! という銃声が鳴り響く。

 猟銃の弾丸は、文の頬を掠める形で空の彼方へと消えていった。

 

「チッ!」

 

「ぎゃぁあああああああああああっ! ち、血がっ、血が出てるぅっ!」

 

「掠り傷だろーが。そこまで大袈裟な傷じゃねーっつーの」

 

「お、女の子の顔面目掛けて銃弾ぶっ放すなんて非常識ですよ!? 案山子の癖に常識も知らないのかアンタは!」

 

「は? それぐれー知ってっし、ざまぁ」

 

「んのっ……風で肉体吹き飛ばしますよ……ッ!?」

 

「はーい、二発目いってみよー」

 

「全部私が悪いんです! すんませんっしたーっ!」

 

 どこの運動部だお前は、と『彼』は心の中でツッコミを入れる。

 空中で土下座という幻想郷で最も器用であろう芸当を為し得ている文に、『彼』はとてもとても面倒くさそうに頭をガシガシと掻き乱す。

 そして懐から手のひらサイズの箱を取り出し、その中から一枚の絆創膏を取り出した。なんで案山子がそんな医療道具持ってんだ、というツッコミが聞こえてきたような気がするが、『彼』は完全にスルーする。

 『彼』は口を尖らせながら絆創膏を文に突き付け、

 

「…………ほら、これで傷塞げ」

 

「……………………………………ツンデレ?」

 

 ドパン! という本日二度目の銃声が鳴り響く。

 銃弾は文の頬の傷を寸分の狂いも無く掠め、空の彼方へと消えていった。

 

「ぎゃぁああああああああああああああああああっ!」

 

「チッ!」

 

「ムカつくたびに銃ぶっ放すのやめてもらえませんか!? というか痛い! 掠り傷を銃弾で深く抉り込むってアンタはどこぞのスナイパーか! 幻想郷でそんなスキル必要ないですよ!」

 

「あぁ? なに言ってんだよクソガラス。猟銃スキルが高けりゃなぁ、カラスとかスズメとかいろんな鳥類を撃ち落とせんだよ。俺の両手の紐にぶら下がってるコイツラみてーに」

 

「みすちー逃げてぇええええええええええっ! というか、それ貴方が撃ち殺した奴らだったんかい! 自分の手柄を曝け出すってもはや狩猟民族じゃないですかヤダー!」

 

「こーでもしねーとお前ら懲りずに畑襲いに来んだろーが!」

 

 ビキビキビキィ! と顔のあちこちに血管を浮き出させる『彼』の肩を文はポンポンと叩きつつ、「や、やだなぁ案山子さん。私たち鴉天狗はそんな野蛮なことしませんよぅ。ふ、ふゅ~」と露骨に怪しい態度で罪から逃れようとしていた。心成しか、口笛の音が擦れている。

 瞬間。

 『彼』は自分の両手の紐を駆使し、文の身体を完全無欠に拘束した。紐はかなり固く結ばれているのか、文の身体にかなり深く食い込んでいる。

 『彼』はごりごりぃっ、と銃口を文の頬に突き付けながら、にやりと一言。

 

「これでもー逃げらんねーよなぁ?」

 

「アンタ絶対に案山子じゃないでしょう! というか、痛い! 紐の癖にやけに高い強度で体に食い込んでくる! あっ、らめぇ!」

 

「変な声出すな! 俺がなんか疚しいことしてるみてーだろーが!」

 

「実質してるんですよ!? 貴方今、絶世の美少女を紐で雁字搦めに縛ってるんですからね!? やめてっ、これ以上は! 私に酷いコトするつもりなんでしょ? エロ同人みたいに!」

 

「…………(チャキッ)」

 

「だから引き金ぇえええええええええええええっ!」

 

 全身を縛られているせいで翼だけしか動かせない文の肩をぎゅぅぅぅっと掴みつつ、『彼』は片手で猟銃を文の頬に更に食い込ませる。最初はただ単純に逃げられないようにという理由で拘束したわけなのだが、必死にもがいている文を見ていると、なんかこう、嗜虐心を燻る何かが胸の中から沸き起こってきている。

 その正体がつかめない『彼』は頬を朱くして凄く恍惚とした表情を浮かべつつ、引き金に人差し指を添える。

 

「もっと虐めてやんよ、クソガラス……ッ!」

 

「サディストとして目覚めちゃいましたぁあああああああああああっ! この案山子、鳥類を虐めることに一種の快感覚えちゃってますゥゥゥゥ! いやぁあああああああああああああっ!」

 

「ほれ、キラキラキラー」

 

「罠が眩しい! 夜なのに! ちょっ、やめっ……」

 

「ほれ、ぐいぐいぐいー」

 

「っ、んぁああっ! ちょっ、案山子さんストップ! 紐が身体に食い込んで画的にも年齢制限的にもヤバいことになってます! ひぁっ、んぅぅぅ!」

 

「……………………飽きた。もーイイや」

 

「せめて紐解けやクソ案山子ぃぃぃぃぃぃ!」

 

 全身紐だらけの文の必死に叫びを耳を塞いでやり過ごしつつ、今日も『彼』は鴉天狗に絡まれる。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁー……今日も酷い目に遭っちゃいましたよチクショー……」

 

 幻想郷のとある八目鰻屋にて。

 射命丸文はカウンターの上でだらしなく項垂れながら、疲れ切った表情で文句と愚痴と魂を同時に吐き出していた。彼女はここの常連客なのか、店主とみられる少女は文を見て「あはは……」と苦笑を浮かべている。

 背中に巨大な翼を持ち、髪の色は夕焼け色。活発な印象を与える明るい表情の顔立ちで、身に纏っているのは旅館の女将が愛用していそうな頭巾と和服。

 ミスティア=ローレライ。

 焼き鳥を幻想郷から撲滅するために八目鰻屋を開業した、夜雀の妖怪だ。因みに、屋台の売り上げとしては藤原妹紅(ふじわらのもこう)の焼き鳥屋と頂点争いをするレベル。

 八目鰻を網の上でひっくり返しながら、ミスティアは『たれ射命丸』状態の文に声をかける。

 

「射命丸さん。またあの案山子のところに行ってきたの? 随分と粘るねぇ」

 

「私は案山子さんの秘密を解明すると決めていますからね。あの人が全ての秘密を曝け出すまで、私はあの人に絡むのをやめることはありません」

 

「あはは……随分とご執心だねぇ。はい、焼き八目と焼酎」

 

「どうもー」

 

 コト、と目の前に置かれた名物料理に思わず涎が零れてくるが、文は手の甲でそれを拭いながらまずはくいっと焼酎を呷る。

 そして焼き八目鰻の串を掴み、「はむっ」と口を大きく開けて上半分を食い千切った。

 瞬間。

 八目鰻の芳醇な香りと秘伝のタレによるハーモニーが口内に拡がり、何とも言えない満足感を胸の奥から引き出してきた。

 そんなわけで、清く正しい鴉天狗からみすちーに一言。

 

「みすちー、ぐっじょぶ!」

 

「えっへん!」

 

 満面の笑みでサムズアップする文に、ミスティアは意外と大きい胸を張りながらワザとらしく声を出す。

 八目鰻を食べ、焼酎を飲み、八目鰻を食べ、焼酎を飲む。ミスティアとの会話を楽しみながらそんな連鎖を続けていくと、何が起こるかは火を見るよりも明らかだ。というか、妖怪とか人間とか関係なく、誰もが陥ってしまうレッドゾーン。

 つまるところ。 

 射命丸文ちゃんは酔っぱらってしまいました。

 

「あの方はいつもああなんれすよ……私がせっかく遊びに行ってあげてるのに、いつもいつもやさぐれた対応しかしてこなくて……ひっく」

 

「そ、そうなんだー。…………既に三回目だけどね、その話」

 

「私の気持ちも考えろってんれすよねぇ! って、みすちー、ちゃんと聞いてますぅぅ?」

 

「しゃ、射命丸さぁん? そろそろお酒はやめた方がいいんじゃないかなぁ?」

 

「まだまだこれかられすよぉ! みすちー、もう一ぴゃい!」

 

「もうっ、それ以上は体に障るよ射命丸さぁん!」

 

 にゃははは! と真っ赤な顔で高らかに笑う文に困惑の表情を浮かべるミスティア。そろそろドクターストップならぬみすちーストップをかけた方がよいのだろうが、ストップに激昂した文がこの店を破壊してしまうおそれも無きにしも非ずなので、中々一歩踏み出せなかったりする。客商売って難しいな。

 とりあえず文にばれないように徳利に水を入れ、それを「焼酎でーす」と偽装して差し出すミスティアさん。後で詐欺だとか何とか言われるのは嫌なのだが、天下の鴉天狗を酔い潰したとあっちゃこの店の存続自体が怪しいものとなってくる。

 「やっぱり鬼殺しなんて飲ませなきゃよかったかなぁ?」酒豪として知られる鬼でも酔いつぶれる、という伝説を持つ酒を簡単に飲ませてしまった過去を悔やみ、ミスティアはカシカシと軽く頭を掻く。どこか遠くで二人の鬼が『私に飲ませろォーッ!』と叫んでいるような気がするが、きっと気のせいなので華麗にスルー。今のミスティアが気にするべきなのはどこにいるかも分からない鬼二人ではなく、目の前で尊厳とか鴉天狗としてのカリスマを口から垂れ流してらっしゃる射命丸文なのだ。

 「あやややっ! 案山子ひゃんのアホー!」「水なんだけどなぁ……」ついには水を飲んで酔い始めた文に軽い頭痛を覚えるミスティアさん。

 直後、そんな彼女に助け舟を出すかのように、一人の少女が現れた。

 

「うぃーっす。……って、やっぱりこんなトコにいたのね、このバカ……」

 

「あ、姫海棠さん。こんばんわー」

 

「はい、こんばんわー」

 

 ややウェーブの掛かった腰ほどまである栗色の髪を紫のリボンでツインテールにまとめていて、服は襟に紫のフリルが付いた短袖ブラウスに黒のスクエアタイに同色のハイソックス。ミニスカートは黒と紫の市松模様で、靴は紫色の高下駄風。そして背中には、文と同じ黒い翼が生えている。

 姫海棠(ひめかいどう)はたて。

 文の同僚&ライバルであり、文のプライベートを探っては文を弄り倒している性悪鴉天狗である。因みに、二年ほど前までは自宅警備員をしていました。

 はたては文の隣に腰を下ろし、「はぁぁ」と肩を竦める。

 

「椛が『あ、文さまがっ、文さまが帰ってこられないのですぅぅ!』って喚いてたから捜しに来たんだけど、やっぱりここで酔いつぶれてたんだ。しかも鴉天狗は酒に強いハズなのに、『鬼殺し』とか飲んでダウンしちゃってるし……ミスティア、アンタも少しは遠慮ぐらいしたらどう?」

 

「あ、あははは……こっちも商売だからねぇ。お客さんの望みは出来るだけ叶えたいんだよ」

 

「あ、そ。じゃあアタシ、焼き八目一つね。それと普通の焼酎でお願い。しれっと『鬼殺し』とか入れやがったら、この店吹き飛ばすから、そのつもりで」

 

「冗談にもならない脅しはやめてぇ!」

 

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるはたてに底知れない恐怖を味合わされながらも、ミスティアは言われた通りに普通の焼酎が入った御猪口を彼女の目の前に差し出した。

 はたては御猪口を手に取ってくいっと酒を呷り、「う~っ……やっぱり仕事終わりのこのいっぱいは最高っしょ!」と酒の味を心の底から味わうように歓喜の声を上げた。そんなはたてのリアクションに、ミスティアは純粋な笑顔を浮かべる。

 「はい、焼き八目一つ」「相変わらず美味しそうねー」そんな会話をしながら、はたては八目鰻を一口で平らげる。凄い喰いっぷりだと思うが、彼女は意外と大食いなので、これぐらいのことは朝飯前なのだ。

 八目鰻を食べて酒を飲む。という連鎖をそこそこのスピードでこなしていくはたてさん。やっぱりアルコールの強さがそこまで高くないのが原因か、文のように酔いつぶれることなくはたては黙々と食事を続けていく。

 そしてちょうど三十本目の焼き八目を食べ終わったところで、はたては「そういえばさぁ」と何かを思い出したように話を始めた。

 

「文がご執心の案山子、いるじゃん? あの人里近くの畑にいる奴」

 

「はい。先ほどもその案山子の話で盛り上がってたねぇ。……で、その案山子がどうかしたの?」

 

「いや、どうかしたのは案山子当人じゃないんだけどさぁ……」

 

 こくん、と可愛らしく首を傾げるミスティアにはたてはガシガシと頭を掻きながら、

 

「風の噂で聞いたんだけど。あの畑の持ち主――死んじゃったんだって」

 

 夏の始まりを知らせる生暖かい風が、文の髪を柔らかく撫でた。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!

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