今日も鴉天狗が絡んできます【完結】   作:秋月月日

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第二報 清く正しい鴉天狗

「『清く正しい鴉天狗』なこの私、射命丸文(しゃめいまるあや)は、今日こそ貴方の本名を聞き出す為、わざわざこんなところまでやって来たわけですよ、案山子さん?」

 

「…………」

 

 くいっと竹筒の水を呷りながらの文の言葉に、『彼』はただ俯きがちに沈黙を返す。

 今更だが、『案山子さん』というのは『彼』のニックネームであり、決して本名などではない。案山子ごっこの名無しの権兵衛、というイメージを抱いている文が勝手にそんな名前で『彼』を呼んでいるに過ぎない。というか、案山子のことを案山子と呼ぶのは当たり前だ。

 『彼』は右手に巻かれていた紐を左手で外し、自由になった右手で文から竹筒を奪う。

 

「あっ」

 

「っつーか勝手に飲んでんじゃねーよ。これはあの人が俺にくれたモンだ。お前なんかに飲ませてたまっかよ」

 

「あやや? おにぎりのことはもういいんですか?」

 

「俺が言う前に完食してる奴のセリフか! いやマジでやめてくんね? そーやって人の供え物食うの、金輪際やめてもらってもいいでしょうかぁ?」

 

「だが断る!」

 

「テメェ鴉コノヤロウ」

 

「鴉じゃないです。清く正しい鴉天狗、射命丸文とは私のコト!」

 

「今ので百二十三回目だかんな、その自己紹介」

 

 ごきゅごきゅと水を喉に流し込み、『彼』はとても面倒くさそうに溜め息を吐く。

 相も変わらず無愛想な『彼』の態度が気に食わない文はぷくーっと拗ねた子供のように頬を膨らませ、シュバッと目にも止まらぬ速さで『彼』から竹筒を奪い取った。

 「ちょっ、オイ!」と『彼』が反射的に右手を伸ばすが、文は身軽な動きでひらりと躱し、

 

「ごきゅごきゅごきゅごきゅごきゅごきゅごきゅ!」

 

 俗に云う一気飲みで竹筒の中身を全て体内に流し込んだ。

 「――ぷはっ!」と口の端から漏れている水を手の甲で拭いながら気持ちよさそうに声を上げる文。その動作だけを見れば凄く美しいものなのだが、無断で全てのお供え物を完食された『彼』にとっては溜まったもんではなかった。一発ぐらいはぶん殴らないと気が済まないほどには、『彼』に十分なストレスを与えていた。

 故に、『彼』は左手の紐も外し、指の関節をパキポキと鳴らしながら、

 

「覚悟はできてんだろーな、クソ天狗……ッ!」

 

「あやぁ? ついにその棒の上から降りるんですか? 降りちゃう感じですか? うっわ、いっがーい。案山子ってそんな簡単に棒から降りていいもんだったんですねぇニヤニヤ」

 

「ぐっ……」

 

 うぷぷぷぷ、とガチで人を馬鹿にした(オモシロイ)顔を浮かべる文に、『彼』の頭の中からブチィ! となんかとんでもなくヤバめな音が響き渡る。

 だが、ここで文を殴る為だけに棒を降りるわけにはいかない。つまらないプライドだと言われるかもしれないが、『彼』が案山子である以上、この棒の上から動いてはいけないのだ。棒の上で畑を見守るという存在意義がある以上、『彼』はこの棒の上で案山子であり続けなければならない。

 もちろん、そんな『彼』の事情を文は重々承知している。これでも結構付き合いは長いので、文は『彼』の本名以外のことは結構知っているつもりだ。観察というか取材も毎日のようにしているから、それについての自信はかなりのもの。そんじゃそこらの新聞記者と一緒にしないでもらいたい!

 フンス、とそこそこ整った胸を張りながらドヤ顔を浮かべる文にジト目を向けながら、『彼』はガサゴソと自分が着ているぼろい着物の懐を漁りだした。『彼』の行動が読めない文は、「んー?」と興味深そうな顔で『彼』の行動を観察する。

 直後、『彼』は猟銃を取り出した。

 

「いやいやいやいやいやいやいやいやっ! 何でそんな狭いとこに猟銃なんか収納されてんですか! おかしいっ、おかしすぎますよ常識シカトですよ摩訶不思議な事件ですよぉ!」

 

「摩訶不思議な奴らしか住んでねー幻想郷だから、こんぐらいセーフだろ。四次元ポ〇ットから秘密道具が取り出された感覚で大丈夫だろ」

 

「にしては随分と凶悪なものをお持ちの様で! それってアレですよね、空とか飛んでる鳥類を打ち落とすための秘密道具ですよね!? つまり私の天敵! こ、孔明の罠かぁーっ!」

 

「誰が孔明だ誰が」

 

 ぎゃぁああああああっ! と頭を抱えてぎゃんぎゃん喚く文に本日最大の溜め息を吐き、『彼』はジャコン、と猟銃の銃口を文の鼻先に突き付けた。

 

「そんじゃ、一発目ぇー」

 

「一発目!? まさかあと何発か撃たれちゃう感じですか!? ちょっ、待って待って待ってください案山子さん! 流石の私でも顔面弾かれちゃったら死にますよ!?」

 

「大丈夫だろ。どうせ弾けてもすぐ治んだし」

 

「私をどこぞの不死身共と一緒にしないでください! チィ! やっぱり案山子は鴉の天敵ということか! なんてジレンマ!」

 

「…………それが最期の言葉で問題ねーな?」

 

「あっれぇ!? 案山子さん意地でも私を殺したい感じですかぁ!?」

 

「殺したいほど好きって言うだろ?」

 

「そんな好意は受け取れない! というか、一ミリも思ってないことを無愛想に言わんといてください! マジで文ちゃん泣きますよ!?」

 

 うわーん! と両手を上げて喚き叫んで怯える文に毒気を抜かれ、『彼』は「チッ!」という舌打ちの直後、渋々といった感じで猟銃を懐にしまい込んだ。一体どういう理屈なのか、猟銃は綺麗さっぱり『彼』の懐に収納されていた。質量とか大きさとか形状とか、いろんな理をガン無視した『彼』の所業に、文は露骨に頬を引き攣らせる。

 「案山子さんは今日もつれない態度でした……っと」とりあえず命の危機を脱した文は『文花帖』と書かれたメモ帳にすらすらすらーっと筆で滑らかに書き込んでいく。彼女の命よりも大事なネタ帳だということを前に聞かされたことがあるが、今書き込まれたものから言って、どうせ他のも見る価値も無いガラクタばかりなのだろう。博麗の巫女の裸を目撃! とか、八雲紫(やくもゆかり)のパンチラが遂にお披露目! とかいう感じの。……というか、この二つは前に記事にされてたんだっけ。

 棒の上に胡坐を組んで気怠そうに頬杖を突く『彼』に文は「きらりんっ☆」とわざわざ口に出しながらウィンクをし、

 

「と、いうわけで、今から案山子さんの自己紹介ッターイム! へいっ、拍手拍手ぅ!」

 

「………………………………はい?」

 

「あやや? ノリが悪いですよ案山子さん。もうちょっとぱぁーっといきましょうよ、ぱぁーっと。せっかくの自己紹介タイムなのにぃ」

 

「いやいや、自己紹介タイムって何だよ。なんで俺がこんなトコでお前相手に自己紹介をせにゃならんのだ」

 

「新聞のネタになるからです」

 

「迷いねーなお前!」

 

 キリリ、と表情を引き締める文のせいで『彼』のストレスゲージがフルスロットルしていた。

 唐笠の下で般若のように顔を歪ませる『彼』に気づいているのかいないのか、文は筆の尻の部分で自分の額をコツコツと叩きながら『文花帖』をぱらぱらと捲っている。時折「うーん」と唸るような声を漏らしている辺り、結構真剣な探し物のようだ。

 イライライライライラァ! と『彼』の顔にちょうど十五個目の青筋が浮かんだ瞬間、「あった! これですこれです」と文が子供のような無邪気なスマイルを浮かべてきた。

 怪訝な表情を浮かべる『彼』に文はずいっと顔を近づけ、

 

「貴方が名乗れない理由は、貴方の製作者が原因だったハズです。でも、その製作者は既にこの世にはいない。つまり! 貴方は私に心置きなく名乗れるということです!」

 

「なんだそのトンデモ理論は。全部お前の願望じゃねーか」

 

「別に名前ぐらい教えてくれてもいいじゃないですかぁ! ケチ! カカシ! ぼろ雑巾! 不潔! 朽ち男! 貧乏野郎! 久延毘古! 自宅警備員! ヒキニート! コミュ障! レイジーボーイ! 張り付け獄門の刑! 幻想郷の大罪に」

 

「それ以上言ったらこの引き金マジで引くかんな」

 

「心の底からごめんなさい」

 

 ジャコン、と目にも止まらぬ速さで猟銃を額に突き付けられ、文は大量の冷や汗を流しながら謝罪する。本当にどういう原理で取り出しを行っているのかが甚だ疑問なのだが、あまりこういう不思議なことには首を突っ込まない方がいい。文は新聞記者という職業柄そんな不思議なことに関わることが多いから、そんな悟りを開いていたりする。

 だが、そんな不思議なことの中でも、この案山子の不思議だけはどうあっても解明したい。この案山子と初めて出会ったときにそう決心した以上、最後まで自分の意志を貫き通したい。清く正しい鴉天狗として、幻想を追い求める新聞記者として。

 「あやー……」と涙を流す文の額にゴリゴリと猟銃を押し付けつつ、『彼』は面倒くさそうに溜め息を吐く。

 

「っつーかお前、何でそんなに俺に絡んでくるわけ? ここが幻想郷である以上、俺みてーに喋る道具なんて大して珍しくないだろーに」

 

「そこに謎があるからです」

 

「登山家かテメェ」

 

「いや、だって気になるじゃないですか気になりますよね気になるでしょう! 喋る道具というから付喪神だと思ってみても、どうやら貴方は付喪神ではないようですし! それなら畑の神なのか? とか思ってみても、貴方がその可能性を根本から否定してくるし! 本当にもう、なんなんですか!?」

 

「いやそんな逆ギレされても……別に嘘は言ってねーし……」

 

「ほらまたそうやって言葉を濁す! 私は新聞記者として、貴方の謎を全部解明して見せるって決めたんです! 決めたったら決めたんです! 文句有りますか無いですよねという訳で自己紹介ターイム!」

 

「…………(カチャッ)」

 

「あやーっ!? 無言で引き金に指添えないでくださいぃーっ!」

 

 もうこのやり取り何度目だよ、と『彼』は頭を抱えて絶叫している文に凄く残念な視線を向ける。

 『彼』がこの清く正しい鴉天狗と出会ってからというもの、一日として静かな夜を送れていない。毎晩のようにこの鴉天狗は『彼』のところまで飛んで来て、毎回毎回「貴方の本名は何ですか?」と聞いてくるのだ。『彼』はその度に「知らん」やら「言う必要ねーし」やらという言葉で彼女に対応しているのだが、彼女はそれでも納得してくれず、今もこうして闇に染まった幻想郷で漫才を繰り広げるという間柄になってしまっている。本当に、どこで道を誤ってしまったんだろうか。

 喋る案山子がそんなに珍しいのか、それとも他に理由があるのか。基本的に畑の風景しか見たことが無い『彼』にはその真相が分からない。案山子は全てを知っている、という言い伝えがあるらしいが、それは別に全部の案山子に当てはまるわけではない。全てを知らない案山子だっているに決まっている。――そう、『彼』のように。

 『彼』は猟銃を文の額にごりごりごりごりぃっと押し付けながら、

 

(……まぁ、つまんねー日常よりは幾分マシなのかねぇ)

 

「わー! わー! 指に力込めちゃってる! 込めちゃってますよ案山子さん!」

 

「……辞世の句はそれで十分か?」

 

「もはや私を殺すことしか頭にないよこの案山子!」

 

 今日も鴉天狗に絡まれるのだ。

 




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 次回もお楽しみに!

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