今日も鴉天狗が絡んできます【完結】   作:秋月月日

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 二話連続投稿でーす。



第十報 動き出す幻想

 射命丸文は博麗神社内を駆け回っていた。

 姫海棠はたてと話している短い間に忽然と消えた案山子を見つけるために、射命丸文は立ち並ぶ屋台の中を駆け抜けていた。

 

「はぁっ! はぁっ! ……くそっ、どこにいっちゃったんですか、案山子さん……ッ!」

 

 歩くことができない案山子が、自分のチカラで移動したとは考えにくい。攫われたか自らついて行ったか、とにかく第三者が関わっているに違いないのだ。

 妖怪だけではなく人里の人間までもが集まっている境内を抜け、神社の裏側へと回る。ひっそりと暗い森に囲まれた神社の裏は、表とは一線を画しているかのようにどんよりとしていた。

 すると、上空から姫海棠はたてが舞い降りてきた。

 

「文! あの案山子見つかった!?」

 

「駄目です、どこを探しても姿がありません!」

 

「マジでヤバいわね、この状況……椛の千里眼でもまだ見つかってないみたいだし……くそっ。今回の宴会全てを台無しにしたいのか!」

 

 はたては悔しそうに顔を歪め、傍にあった木の幹を思い切りぶん殴った。

 今日行われている宴会の為にどれだけ多くの住人たちが力を尽くしたかを知っているはたては、今回の宴会の主役でもある案山子を連れ去った第三者に底知れぬ怒りを覚えてしまっている。宴会の最後に住人全員で案山子を囲い、落ち込んでいた案山子を元気づける。それが今回の宴会の目的でもあり、彼女たち幻想郷の住人が一週間ほどかけて頑張ることができた原動力でもあるのだ。

 だが、その原動力は、何者かに誘拐されてしまった。自ら進んでついて行ったのかもしれないが、彼をその気にさせるために誘惑したなにかがあったハズなのだ。彼は、射命丸文を信頼しているであろう案山子は、そう簡単に文の傍を離れたりはしない。

 怒り心頭なはたての傍で、文は静かに両手を握る。神に祈りを捧げるかのポーズで空に浮かぶ月を見上げながら、

 

「無事でいてください、案山子さん……ッ!」

 

 一粒の涙が、文の頬を伝っていた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 八雲紫に連れてこられたのは、博麗神社の奥の奥――神殿の下にある地下室だった。

 なんで幻想郷の象徴でもある博麗神社に地下室があるのかは分からないが、「ここなら色々とコソコソやれるのよ」と得意気に言う紫を見たら何も言えなくなってしまった。というか、お前こんなところ勝手に作るなよ。

 地下室の中は意外と広く、二十人程度ならば簡単に入ってこれそうなほど。一番奥に奇妙な祭壇があるところがなんとも言えない怪しさを醸し出している。

 怪訝な表情で眉間に皺を寄せる案山子。

 紫は扇子をパッと開き、

 

「ここなら誰かに聞かれることなく、ゆっくりとお話ができますわね」

 

「……話が違うと、思うんすけど」

 

「いやまぁ、最後にはちゃーんと会わせてあげますわよ? ……私の質問にしっかりと答えられたら、ね?」

 

「そういうことっすか……相変わらずあくどい」

 

「ありがとう。最高の褒め言葉ですわ」

 

 それでは、まず最初に――と紫は案山子を見定めるように目を細め、

 

「貴方の『今の』名前を教えていただいてもよろしいですか? ――全ての知識を司る神である、久延毘古さま?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「あー……やっぱり相変わらずドロッドロしてるわね、ここ」

 

「人様の職場に文句言うの止めてもらってもいいかなぁ!? ってか、そんなに嫌なら自分のチカラで飛んでいけばいいだろう!? わざわざあたいの船に乗る必要なくさぁ!」

 

「嫌よ。メンドクサイ」

 

「なんでこんなナマケモノが博麗の巫女なのさ!」

 

 現世と地獄を繋ぐ三途の川の中流付近、二人の少女のそんな漫才のような声が響き渡る。

 木製の船の中で寝転がっている紅白巫女の名は、博麗霊夢(はくれいれいむ)。幻想郷の管理を任されている博麗の巫女にして、妖怪退治を専門としている貧乏賽銭至上主義な少女だ。

 そして、そんな霊夢にツッコミを入れているのは、三途の川の先導をしている死神こと小野塚小町(おのづかこまち)。豊満な胸とか赤いツインテールとかが特徴の少女は櫂で船を進めながらも、エラそうに踏ん反り返っている霊夢にヒクヒクと頬を引き攣らせる。

 そんな二人の少女の傍には、白い三角頭巾に白い装束、という如何にもな格好をした少女が一人。船の隅の方で体育座りをして縮こまっている。美しい黒髪と人形のように整った顔が特徴のその少女は、青ざめた顔でゆっくりと口を開き――

 

「っぷ……おええええぇぇぇぇ……」

 

 ――三途の川に思いきり吐瀉物を撒き散らした。

 どう考えても船酔いとしか思えない症状の少女に、霊夢は思わず顔を顰める。小町は小町で「ぎゃぁあああああああッ! さ、三途の川を汚さないでーっ!」と超絶涙目で叫んでいるし、もはや何が何だか分からない状態と化していた。

 胃の中のものを全て吐き出した少女は未だに青ざめた顔で船の隅で再び体育座りをし、

 

「……何度も聞きますけど、なんであたし、地獄から連れ出されてるんですか……? せっかく新発売の同人誌の為に行列並んでたのに……」

 

「地獄をエンジョイしてんじゃないわよ、このバカ幽霊。そして私は何度も言ってるけど、アンタは成仏する前に会っておかなきゃいけない奴がいるの。――それは、自分でも分かってるでしょう?」

 

「それは、そうですけど……」

 

 少女が地獄から連れ出されたのは、今からほんの一時間ほど前のことだ。

 地獄の某所にある集会所で行われていた同人即売会に出席していた彼女は、行列に並んでいるところを地獄の管理者こと四季映姫ヤマザナドゥに捕縛され、てんやわんやの内にこうして船へと担ぎ込まれてしまったのだ。あの時の映姫さまの捕縛術はガチだった、と少女は顔を青褪めさせる。

 そしてこの博麗霊夢とか言う巫女娘に事情を聞かされてやむなくこうして動向を承諾したわけなのだが……正直言って未だにあの同人誌即売会が悔やまれる。次の即売会は一年後なので、再びぼーっとその時期を待ち続ける生活が始まるのかと思うと、なんかこう、凄く残念な気がしてならない。

 船の縁に顎を載せ、ぷくーっと頬を膨らませる。彼女の頭に浮かんでいるのは、買い損なった同人誌と――

 

「元気にしてますかねぇ、あの子は」

 

 ――自分が作った、一体の案山子。

 身体が弱くて友達がいなかった少女の、たった一人の友達。喋っても返事は返してくれなくて触っても温度なんてものは感じられなくて。だけど、少女にとっては大事な大事な友達だった、一体の案山子。

 少女のことをいつも見守ってくれていて、少女の子供のこともずっと見守ってくれていた。その子供もそのまた子供も――あの案山子はずっとずっと、少女の一族のことを見守ってくれていた。

 だから、案山子に会いなさい、と言われたとき、ちょっとだけ嬉しかった。

 ずっと話したかった案山子と、やっと喋れる。

 ずっと感じたかった案山子の温度に、やっと触れれる。

 ずっとずっと言いたかったお礼の言葉を、やっとのことで伝えられる。――それだけが、少女の心残りだということに、少女自身は気づいていない。

 かつて自分が生み出した命に全てを伝えるために連れ出された少女はガシガシと頭を掻き、

 

「……やっぱり一冊だけでも買いに戻っちゃダメですか?」

 

『いい加減に諦めろっつってんだよこの腐れ幽霊!』

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 紫の質問を受けての案山子の最初のリアクションは、動揺ではなく困惑だった。

 ??? と怪訝な表情を浮かべる案山子に、紫は呆れたような表情を浮かべる。

 

「……まさか、自分のことすら忘れてしまっている、という訳ではないでしょうね?」

 

「自分の、事……? あ、あなたが何を言ってるのか、俺自身が理解できてねーんですけど……?」

 

 冷や汗を流しながらもなんとか言葉を紡ぐ案山子。彼女の言葉が信じられないというか訳が分からない、といった様子の案山子に、紫の表情が一層険しくなる。

 

 

 久延毘古。

 

 

 それは、大国主の国造りの説話に登場する、一人の神様の名前だ。

 とある日、大国主のところに一人の小さな神様がやって来た。その神様はどれだけ尋ねても名を答えず、誰もがその神様の名前を知ることすらできていなかった。

 そんなある日、ヒキガエルの多邇具久が「この世界のことなら何でも知っている久延毘古なら、きっと知っているだろう」と言い、久延毘古を呼びだそうとした。

 だが、久延毘古は歩くことができなかった。

 仕方がないので大国主たちは自分たちから彼の元へと向かい、小さな神様の名前を聞き出すことにした。

 大国主たちが向かった先にいたのは、一体の案山子だった。

 そう。久延毘古の正体は、何の変哲もない普通の案山子だったのだ。むろん、彼が歩けないという話にもこれで納得がいく。

 わざわざ出向いてくれた大国主たちの誠意に応えるため、久延毘古は彼らが求めていた情報を授けた。

 

 ――その神は神産巣日神の子の少彦名神である――

 

 そんな伝承から、久延毘古は案山子を神格化したものだと言われるようになった。田の神、農業の神、山の神、という側面を持つ久延毘古の依代――それが、今でいう案山子だ。

 だが、考えるまでもないが、普通の案山子は自我を持たない。いくら依代と言っても、彼らはあくまでも創られた人形。動くこともなければ話すこともない。もちろん、猟銃なんて扱えるわけがない。

 ――しかし。

 

「私も最近までは忘れていましたの。自在に動く案山子がいる、というこの幻想郷の非常識(当たり前)を」

 

「そ、んなの……動く案山子ぐらい、この幻想郷ならいてもおかしくは……」

 

「いいえ、それは有り得ないことなのですわ」

 

 紫はピシッと遮るように言葉を並べ、

 

「通常、人形や無機物が動き出すという現象には、付喪神と呼ばれる神々のみが関係しています。彼らはものに宿ることによって存在意義を見出し、人々に非常識な現象を見せつけるの」

 

 そこで、紫は一瞬だけ言葉を止める。

 そして「だけど」と付け加え、

 

「案山子には、付喪神は憑依できない。元々山の神が憑依するための憑代ですから、下位的な存在である彼らでは、憑依しようにも憑依できなかったのですわ。――しかし、その常識にも勿論落とし穴がある」

 

「落とし、穴……?」

 

「無数の伝承と共に無数存在している付喪神とは違い、久延毘古という神様は一体しか存在しない。――故に、もし彼が一体の案山子に憑依しているとするならば、他の案山子は動くことすら許されない」

 

 無数の憑代の中の一体を選べば、他の案山子は動くこともない。表面上はただの人形である彼らは、久延毘古が宿っていない場合、ただ朽ちていくだけの『朽え彦』でしかない。

 朽ちるたびに作り直され、造り直されるたびに朽ちていく。ただの憑代の一つとしての側面しか持たない案山子は、そんな手順を繰り返すためだけの存在でしかない。

 だが、この案山子は――久延毘古に選ばれた案山子だけは、その常識から解放される。

 

「おかしいとは思っていたのよね。ずっと朽ちることなく動いている案山子である貴方のコトを。あの鴉天狗が行動を開始したことに影響されて思わず調べてみたら、この通り。まさかの現存する神様のご登場って訳ですの」

 

「………………」

 

「貴方がどういう理由でその依代を選んだのかなんて知りませんけど、私は幻想郷の管理者として、不法入居は了承できません。住みつくならちゃんとした理由を提示し、この私を納得させなさい」

 

 それは、八雲紫としてはとても当たり前の言葉だった。幻想郷という脆く儚い世界を管理する彼女だからこそ言い放った、ごくごく当たり前の警告だった。

 そんな紫に観念したのか、案山子は「はぁぁ」と溜め息を吐く。――だが、そんな彼の表情は、いつもの彼とは違い――

 

「『あーもう、そんな簡単に正体バラしちゃダメだよ、八雲ちゃーん』」

 

 ――如何にも軽そうな、飄々としたものだった。

 




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 次回もお楽しみに!

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