ガラガラガラ――と、硬いものが落下する音が聞こえてくる。
おそらく壁か天井が崩落しているのだと思われるが、ここからでは正確なことは分からない。なにせ視界はどこを見ても黒一色なのだから……。
メラゾーマ百発分による爆発はさすがに半端ではなく、直径200メートルにも及ぶ巨大な闘技場は、隅々まで黒煙で満たされていた。所々で火気が爆ぜる音が聞こえており、熱された空気が緩やかに肌を撫でていく。
「……いやホント、洒落にならない威力だった……」
自分で考えた技ながら若干引いてしまうほどだ。サンマリーノで使用したときもかなりのものだったが、今回のやつはさらに段違い。なにせ町を火の海にするほどの攻撃が一点に集中したのだから、その破壊力は推して知るべし。
腹の中にメラゾーマ百発を叩き込まれたムドーは、その巨体を倍ほどに膨れ上がらせた後、断末魔の声とともに爆散していった。圧倒的防御力を誇る魔王といえども、さすがに身体の中までは鋼鉄製ではなかったようだ。
最後まで綱渡りの連続ではあったが、即興の作戦はなんとか成功。我々は無事魔王を打ち果たし、全員生存の完全勝利を手に入れたのであった。
めでたし、めでたし……。
「せ、先生ーーーッ!! あんなに言ったのにやっぱり無茶して! か、身体が半分黒焦げですよ、大丈夫なんですかこれええッ!?」
「ごはッ、げふッ、おっふ……、ちょ、揺らさな、ゴッフ!」
――まあ、一つだけ問題があるとすれば、私のダメージも割と洒落にならなくて弟子の顔が真っ青ってことだけども――って、待って待ってレック、そんなに激しく揺らさないで、いろいろはみ出ちゃうから。
「と、とりあえずレック、……ギリギリで、命に別状はないから……ゲフッ、離してくれないか?」
「で、でも……!」
「いやホント、むしろこのままだと、別の要因で死んじゃいそうだから。だから離してお願いします、ゲッホウェッホ!」
「え? ――ああッ!? すす、すみません!」
ガックンガックンと揺すられていた頭が解放され、ようやく三途のリバーサイドから意識が戻ってくる。せっかく魔王との死闘を制したというのに、最後に弟子に殺されたのでは死んでも死にきれない。
レックはもう少しメンタルというか、落ち着きを身に付けなければイカンよ。
……いろいろとんでもない体験が続いたのだから、仕方ないとは思うけれど。
「……先生、本当に御身体の方は、大丈夫なんですか?」
「ああ……、少し休めば問題ない」
幸い魔力の方もベホマ2,3回分くらいは残っている。集中力が戻り次第唱えれば、すぐにでも全快できるだろう。
「そういうお前の方こそ、大丈夫だったのか? 正直、かなり危ない橋を渡らせたと思うが……」
「そんな……先生に比べれば全くの無傷ですよ。部下たちも皆、命に係わるような怪我はありません」
その言葉通り、レックが怪我を負っている様子はなかった。ルカニを使うタイミングでムドーから反撃されるのを危惧していたが、間断なく攻め続けたおかげでそれも防ぐことができたようだ。
一応保険としてレイドック兵たちと合流させてはおいたが、魔王に本気で攻撃されればさすがに心許ない。こうして無事に終われたのは本当に僥倖だった。
いやー、本当によく頑張ったなあ、私。
「先生……。本当に、ありがとうございました」
「ぅん? 何がだ?」
自画自賛をしていると、レックが神妙な顔で礼を言ってきた。
「……いろいろです。……本当にいろいろあり過ぎて、何から感謝して良いのか分かりませんけど……。とにかく今、このありがとうの気持ちだけはすぐ伝えておきたかったんです。――先生、僕たちを助けてくれて、本当にありがとうございました」
そう言って深々と頭を下げる。
……というかもう完全に、私が善意で助けた体で会話が進んでいるのだな。
まあ、結構ボロを出しまくっていたから、仕方ないと言えば仕方ないのだが、ここまでガッツリ魔族と交流してしまって良いのだろうか? 王子としての立場的な……。
ほら、トムとか、今もあんなところからこっちガン見しているし。
主君の行動を邪魔しないよう会話には割り込んで来ないけど、すごく渋い顔でジッと見てる。助けてもらった恩と、魔族を警戒する心で板挟みになってる感じだ。
……お? でも部下の方はそこまででもなさそう。フランコが笑いながら手振ってきてる…………あ、頭叩かれた。
「大丈夫ですよ」
「うん?」
「心配なさらなくても……、きっと皆受け入れてくれます。命をかけて共に戦ったのなら、それはもうマブダチって奴ですから」
「そ、そうか……?」
「はい。それになんていったって、彼らはこの少人数で魔王の城に乗り込むような、頭キマッてる男たちなんですよ? 種族の違いなんて小さなことにいつまでも拘りませんよ」
「お、おう……、お前も結構言うようになったな」
「ふふ、世間知らずだった僕でもこうして変わったんです。なら種族同士の関係だって、案外あっさり変わるかもしれませんね?」
そう言って少年は、イタズラっぽい笑顔でニヘラと笑ったのだ。
「…………まったく。口までうまくなりおって、こいつめ」
「にへへへ」
――魔族と人間が仲良くできる。常識で考えればまず有り得ないこと。世間知らずの子どもの理想論に過ぎない。
だがなぜか今は、素直にその言葉を信じることができた。
非日常の空気に当てられ、状況に酔っているだけかもしれないが……。
まあとりあえず、悪い気分ではなかったので、今日のところは良しとしておこう。
「よし、ではそろそろ行くとするか。あまり長居したい場所でもないしな」
「はい! じゃあ僕、皆を呼んできますね!」
そう言って嬉しそうに駆けていくレックを見ながら、自分も身を起こす。
周囲の視界も大分戻ってきており、白い煙の向こうに薄っすら出口も見えてきていた。彼らと合流した後は急ぎ帰路に就くことになるだろう。
……というかむしろ、急がないとヤバそうだ。
バカスカ技を撃ちまくった影響か、闘技場全体から軋むような音が聞こえてきている。あちこちヒビも入り始めているし、下手するとここら一帯が倒壊するかもしれん。
「早く回復して……脱出しなければな……」
そう思い、魔力を集中し始めた。
――――が、そのとき、不意に何かが引っかかった。
「? ……なんだ? …………煙が……白い?」
そうだ……。爆発の後の煙は、大抵黒くなるはず……。それがなぜこんなにも白い?
……いや待てよ、これは煙というより、靄というべきか?
それもつい先ほどまで……、嫌というほど、目にしていた……よう……な……?
……
…………。
………………。
「…………ッ! まさか――!!」
『――最後に油断したな?』
「ッ!?」
――ドオオオオオンッッ!!
「がああッ!?」
悪寒が生まれたと同時、全身を灼熱感が襲った。
寸前で視界に映ったのは集束された光球。今日一日で嫌というほど見せられ、もはやお馴染みとなったあの技だ。
残り僅かな体力が爆発で一気に削られ、身体の各部から大量の血が流れ出て行く。
「……ゲホッ……、き、きさまッ……まだ……」
「ク、カカカカカッ!!」
着弾の衝撃で周囲の靄が晴れ、下手人の姿が露わになる。
そこにいたのはやはり、予想に違わぬ相手。肩より上しか残っていない死にかけの魔王が、地面で血みどろになりながらも、狂ったように哄笑していたのだ。
「キヒヒヒヒ! どうやら天は最後に、私に味方したようだな! ギリギリでマホトーンが解けてくれたよ! なあ、最期の贈り物の味はどうだッ? 痛いかッ? 熱いかッ!? そいつはなによりだ! せいぜい苦しんで死んでくれ、アヒャヒャヒャヒャ!!」
「こ……の、死にぞこないがッ……! 今度こそくたばれええッ!!」
「ヒャーヒャッヒャッヒャ――ヒギュッ!?」
近くに落ちていた槍を思いきり投げつける。
それは狙い過たずムドーの頭部を貫き、鬱陶しい笑い声がピタリと止む。
あの状態でまだ動けるのは驚異だったが、死にかけなのは間違いなかったようだ。今の一撃がトドメとなり、感じられる生命力がみるみる萎んでいった。
「ッ……クァ……ク……、クカカカ……! ど、どうやら……ここまでか。……口惜しいが……最後に、目的は……果たせた。これで、満足と、しておこうか。ク、クヒヒヒヒ!」
「ハァッ、ハァッ、この、陰険魔王がッ……、さっさと消えろ!」
「クフフフ、では……さらばだ……1182号。……生涯、最後の……二者択一、……存分に楽しんでから……こちらに、来るが良い! アヒャヒャヒャヒャヒギュアアアア゛ア゛ア゛ッッ!!!?」
最後まで不気味な嗤いを響かせながら、ムドーの身体は消滅していった。
魔力も気配も残らぬ完全消滅。
今度こそ我々は完全に、四大魔王を倒したのだった。
「ハァ、ハァ、ハァ、……ガフッ!」
――だが、その感傷に浸る暇すらない。
重傷の上からさらに追撃をくらい、冗談でなく死にそうだった。
(早く……回復しなければ……。コンディションは最悪だが……なんとか魔法を……!)
逸る気持ちを抑えながら、なんとか魔力を手に集める――――が。
「王子ッ!! しっかりしてください!!」
「ッ!」
集中しようとした心は、切迫した叫びによって乱されていた。
発信源はレイドック兵たちが集まっているあの場所。
車座に何かを取り囲み、血相を変えて呼びかけている。
――誰か、回復魔法を! 早く!
――魔力が残っている奴! 誰かいないか!?
「……おいおい……。……ここまできて、そう、来るか……?」
彼らの中心を覗き込んだ瞬間、自分の顔が歪むのが分かった。
――そこで倒れていたのは、胸に大きな風穴を開けられたレックだった。
熱線をもろに受けたのか、傷口の周辺は黒く焼け焦げ、閉じられた瞼はピクリとも動かない。
――さっきの戦いで全部使い切りました! 全員魔力は空です!
――それでもいい! 使える奴は試してくれ! 僅かでも発動すれば助かるかもしれないッ!
兵士たちが必死に力を込め始めているが……、おそらくは無駄だろう。
魔力が足りないからではない。
たとえ発動したとしても、あれは回復魔法ではどうにもならないからだ。
集束された熱線で胸部を貫かれ、重要な体組織をいくつも持っていかれている。
一瞬で生命を奪った致命傷。治すには“回復魔法”ではなく、“蘇生魔法”が必要だ。前線で戦う兵士たちが、そんな高等技術を覚えているはずがなかった。
……ああ、だけども、……なんということだろう?
なんとも都合の良いことに、私はそれを持ち合わせているのだ。
ザオリクさえ唱えてしまえば、あの程度の欠損などすぐに治せるだろう。
それでレックの命は助かり、彼らは喜びのまま故郷へ帰ることができる。
ああ、なんという幸運だ……。これぞ神のお導きだ……。死闘の最後に全てが救われる、 まさしくハッピーエンドと呼ぶに相応しい結末である。
ただ一つだけ、この場に不運なことがあるとすれば……、
――私に残された魔力が、もはやザオリク一発分しかない、ということだけだった。
「……クソッ、“二者択一”とはこういうことか、あの腐れ魔王が……!」
厭らしい嗤い顔が脳裏によみがえり、舌打ちが零れる。
――もし私がレックを見捨てて自分を回復すれば、このまま“勇者”が死ぬので魔族にとっては良し。
――逆にレックの方を助けたとしても、回復魔法を使える者がいない以上私は死ぬしかないので、それはそれで良し。
どちらを選んでも、ムドーにとっては愉快な結末というわけだ。
……なるほど。私ごとき量産型を、選ばれし勇者と同列に考えてくれたのだな? なんとも光栄な話だよ、クソッタレが!
――回復アイテムは!?
――もう残ってません!
――誰かッ、何かないのか!? 薬草でもいいッ!
悲痛な声で叫ぶレイドック兵を尻目に、思考を巡らせる。
……
…………。
………………。
「……フン、……何を迷う必要があるのか」
この世界に来た当初の目的を忘れたか?
平穏無事に暮らすこと。自分の身の安全が最優先。
人助けも慈善事業も、自分に余裕があるときにやることだ。この状況で己を優先したところで、誰にも責められる謂れなどない。
……というわけで、ここは自分にベホマ一択である。
「――――って、思っていたはずなんだがなあ……。まったく、なぜ私がこんな……ブツブツ……」
「え……?」
「魔族のダンナ?」
気付けばいつの間にか、レイドック兵たちの輪に分け入っていた。
ああ、身体がふらつく。頭もボンヤリする。服の中がチャプチャプして気持ち悪い。さっさと終わらせて横になろう。
「はい、退いた、退いた。もう押し通る元気もないから道を開けてくれ~」
「! お、お前……」
「やあ、トム。ちょっと場所を開けてくれ」
「なっ、何を」
「話は後。とりあえず――ザオリク!」
「ッ!?」
問答する余力もないため、何か言われる前に魔法を発動する。身体の奥底に残っていた何かが持っていかれ、目の前のレックが強い光に包まれる。
胸に開いた大穴がみるみる塞がり、健康的な血色が肌に戻り、やがて止まっていた呼吸が再開する。
「はい――蘇生完了っと」
「な、なんと……ッ」
「王子の傷が! 無くなって!?」
「い、息をされている! 回復なされたぞ!」
兵士たちがレックに駆け寄り、直後、ワッと歓声が上がる。
「ああ、王子……、よかった!」
「ありがとうございます、魔族の人!」
「あんた、すげえな! 戦士なのにザオリク使えるなんて!」
「人は――じゃなかった! 魔族は見かけによらないんだな! 本当にありがとう!」
喜んでもらえたようで何より。黒焦げのブースカを一瞬で蘇生した奇跡の呪文だからな、これくらいは朝飯前よ。
……こう書くとベホマより余程反則技だな、この呪文。
「……まあ、でも、ゲホッ……、自分の役に立たないのは、……やっぱり変わりないわけだが――ガフッ!?」
「ッ!? お、おいッ!」
「!? どうしたッ、緑の兄さん!」
口からゴポリと血が出て、とうとうその場に倒れる。どうやら正真正銘、今のが最後の力だったようだ。
「お、おいッ、どうしたのだ、一体!」
「いやあ……実はこっちも結構死にかけでな。なんとかここまで歩いてきたが、さすがに限界みたいだ。……ゴフッ、あ、これ、ホントに死にそう……」
「な……!? だったら回復すれば良いだろう! さっきのようにベホマを使えば……!」
「ハッハッハ……、残念ながら魔力ゼロ、今のでスッカラカンだ」
「「「ッ!?」」」
……あー……、やっぱりそういう顔になってしまうか……。
なんだかんだ言って、こいつら皆お人好し系なのよな。警戒していた魔族を二心なく心配するとか……、やはり主従で性格は似るのだろうか?
……あ、フランコ、応急処置は結構だぞ? そういうレベルの傷じゃないから、コレ。
「……お、王子を……助けてくれたのか……? ……自分の身を、犠牲にして……?」
「ケホッ……、別にそういうわけではない。最初に言っただろう? 魔王の思い通りになるのが気に食わなかった。だから行動した。……それだけのことだ」
だからそういうシリアスな空気はやめてくれ。私のキャラには似合わんから。
「それよりもお前たち……、さっさとここを離れるのだ。じきにこの場所も崩落してしまう。レックを連れて早く外へ――」
――ドズーーーーンッ!!
「あ……」
「へ、兵士長! 瓦礫で扉が塞がりましたッ! しかも、周辺一帯まで崩れ始めています!」
「なんだとッ!?」
……し、しまったああ、忠告が遅かった。
完全に出入り口が埋まってしまったぞ。まさかこのタイミングで崩落が始まるとは……。
不味いな、これではこいつら脱出できんぞ。魔族みたいに大ジャンプすれば天井の穴から出られるだろうが、人間にあの高さは……。
………………ん?
「くっ、これでは脱出が……!」
「兵士長! 全員で瓦礫を登れば!」
「無理だ、高過ぎる! 負傷者たちを担いだままでは登れん!」
あ、そうか、天井が開いとるんだった。
ならばあれが、えーと…………お、あった、あった。使わずに取っといて良かった~。
「おーい、トム。ちょっとー?」
「なんだ! 今脱出の方法を考えているところでッ!」
「ならばこれを使うといい」
「は?」
振り返ったトムへ、懐から取り出したそれを見せる。
「ウルトラキメイラの翼だ。通常種より強力ゆえ、この人数でも余裕で運べるぞ」
「なッ、そ、そんなものどこで……」
「フフン、魔界産の特別製だからな。人間界のものとは一味違うのだ。ほれ、受け取るがいい」
「お……おぅ……」
グイグイっと羽根を押し付けると、トムは神妙な手つきでそれを受け取った。初めて聞くアイテムに戸惑ってはいるが、効果を疑っている様子は微塵も見られない。
……こいつももう、完全にこっちを信じてしまっているなあ……。主従揃ってそんなにチョロくて大丈夫? その内誰かに騙されたりしない?
「――よし、皆こちらへ集まれ! 脱出のためのアイテムを提供してもらった! これを使ってレイドックへ帰還する!」
「「「了解ッ」」」
そして部下たちも、当たり前のように全員が集まって来るし。
お前らももう少し魔族を疑えよ……。レイドックの将来が本当に心配になってきたぞ。
「……城へ戻ったら、すぐに神官を呼ぶ。……だからそれまで死んでくれるなよ?」
「…………。ああ、了解した。だが、なるべく急いでくれ。そろそろ意識が飛びそうなのでな……」
「わかった……。では行くぞ! ――キメラの翼! レイドックの城まで!」
トムが羽根を放り投げて叫び、巨大な魔法円が広がった。
さすがは上位種ウルトラキメイラの翼。膨大な魔力が一気に溢れ、この場にいる全員を宙へ浮かせていく。発動すればたちまち、全員をレイドックの城まで運んでくれるだろう。
――ただし、私一人を除いて……だが。
「なッ!? お、おい! どういうことだ!? なぜお前だけ……!」
「魔族の人!? なんで……!」
空中にいるトムやフランコが、焦った様子でこちらを見ている。
おぉ、青空をバックに人間たちが浮いている構図は、なかなかにレアな光景だな。
「ふははは、先ほど言ったではないか、人間界のものとは一味違う……と。このキメラの翼は特別製でな。効果が強い代わりに、全員が行ったことのある場所にしか飛べないのだ」
「「ッ!」」
レックは自国を出たことがないらしいから、必然的に行き先はレイドックになるわけだな。……おっと、その場合は私が条件外になるのか、これはうっかりしていたゾー。
「ふ、ふざけるな! 何を勝手なことを!」
「そうですよ! その怪我でこんなところに残ったらあなたは……!」
「いや~、しかし翼はそれ一個しかなくて……。自分で使ってお前たちを死なせては、この戦いに何の意味もなくなってしまうし……。というわけでここは、この選択肢を取るしかなかったわけで……」
だから、そう怒らないでくれるとありがたいのだけdおおっとー? トムさんの顔がどんどん歪んでいく。今日一番の怒り顔だぞ、コレぇ。
「……このッ、……馬鹿野郎が……!! 王子に……ッ、王子になんと言えば良いのだ! 恩人を見捨てて逃げてきたと! 何の礼もできずに見殺しにしたと! そう伝えろというのか!?」
う……、それを言われると弱いが……。
……でもやっぱり、あいつを犠牲に生き残ろうとは、どうしても思えなくてな……。
「……だから……まあ、その……なんだ? ……あいつには、『適当に元気でやれ』と伝えておいてくれるか? ……それと、『気にするな』ともな」
「ッ、そんなことは自分の口で伝え――うぉッ!?」
叫ぼうとしたトムの身体が、徐々に高く浮いていく。ようやくキメラの翼の発動準備が整ったようだ。
人数が多いせいか時間がかかったが、なんとかギリギリで間に合ってくれた。もう崩落まで幾ばくもない。
「では、皆さらばだ。…………あやつのこと、よろしく頼んだぞ?」
「ま、待て! まだ――~~~~!」
最後の言葉は聞こえぬまま、やがてレイドック兵たちは光に包まれ、西の空へと飛び立って行った。
二十以上の流れ星が連なる幻想的な光景へ向け、最後の力で右手を振る。
そして――
「――――コフッ。…………ああ、本当に……、ベホマよりも……ザオリクがあって……良かったなあ…………なんてな、フフ」
――バキ――ンッ!!
カッコ付けて呟いた直後、城ごと大地が割れ、私の身体は地の底へ呑まれていったのだ。
(注)シリアス区間は終了しております、安心してください。
“ウルトラキメイラの翼”は捏造アイテムです。
『騎士たちが恩人を見捨てて逃げるはずないだろう』と考えた結果、サンタ一人だけ残すために、こんなアイテムに登場してもらいました。
ちなみに、本編でウルトラキメイラが落とすのは普通のキメラの翼です。“キメイラの翼”じゃないのはなぜなんでしょうね? 謎です。