ザオリクよりもベホマが欲しい   作:マゲルヌ

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10話 終わるまで気を抜くな

 ガラガラガラ――と、硬いものが落下する音が聞こえてくる。

 おそらく壁か天井が崩落しているのだと思われるが、ここからでは正確なことは分からない。なにせ視界はどこを見ても黒一色なのだから……。

 メラゾーマ百発分による爆発はさすがに半端ではなく、直径200メートルにも及ぶ巨大な闘技場は、隅々まで黒煙で満たされていた。所々で火気が爆ぜる音が聞こえており、熱された空気が緩やかに肌を撫でていく。

 

「……いやホント、洒落にならない威力だった……」

 

 自分で考えた技ながら若干引いてしまうほどだ。サンマリーノで使用したときもかなりのものだったが、今回のやつはさらに段違い。なにせ町を火の海にするほどの攻撃が一点に集中したのだから、その破壊力は推して知るべし。

 

 腹の中にメラゾーマ百発を叩き込まれたムドーは、その巨体を倍ほどに膨れ上がらせた後、断末魔の声とともに爆散していった。圧倒的防御力を誇る魔王といえども、さすがに身体の中までは鋼鉄製ではなかったようだ。

 最後まで綱渡りの連続ではあったが、即興の作戦はなんとか成功。我々は無事魔王を打ち果たし、全員生存の完全勝利を手に入れたのであった。

 めでたし、めでたし……。

 

 

 

 

「せ、先生ーーーッ!! あんなに言ったのにやっぱり無茶して! か、身体が半分黒焦げですよ、大丈夫なんですかこれええッ!?」

「ごはッ、げふッ、おっふ……、ちょ、揺らさな、ゴッフ!」

 

 ――まあ、一つだけ問題があるとすれば、私のダメージも割と洒落にならなくて弟子の顔が真っ青ってことだけども――って、待って待ってレック、そんなに激しく揺らさないで、いろいろはみ出ちゃうから。

 

「と、とりあえずレック、……ギリギリで、命に別状はないから……ゲフッ、離してくれないか?」

「で、でも……!」

「いやホント、むしろこのままだと、別の要因で死んじゃいそうだから。だから離してお願いします、ゲッホウェッホ!」

「え? ――ああッ!? すす、すみません!」

 

 ガックンガックンと揺すられていた頭が解放され、ようやく三途のリバーサイドから意識が戻ってくる。せっかく魔王との死闘を制したというのに、最後に弟子に殺されたのでは死んでも死にきれない。

 レックはもう少しメンタルというか、落ち着きを身に付けなければイカンよ。

 ……いろいろとんでもない体験が続いたのだから、仕方ないとは思うけれど。

 

「……先生、本当に御身体の方は、大丈夫なんですか?」

「ああ……、少し休めば問題ない」

 

 幸い魔力の方もベホマ2,3回分くらいは残っている。集中力が戻り次第唱えれば、すぐにでも全快できるだろう。

 

「そういうお前の方こそ、大丈夫だったのか? 正直、かなり危ない橋を渡らせたと思うが……」

「そんな……先生に比べれば全くの無傷ですよ。部下たちも皆、命に係わるような怪我はありません」

 

 その言葉通り、レックが怪我を負っている様子はなかった。ルカニを使うタイミングでムドーから反撃されるのを危惧していたが、間断なく攻め続けたおかげでそれも防ぐことができたようだ。

 一応保険としてレイドック兵たちと合流させてはおいたが、魔王に本気で攻撃されればさすがに心許ない。こうして無事に終われたのは本当に僥倖だった。

 いやー、本当によく頑張ったなあ、私。

 

 

「先生……。本当に、ありがとうございました」

「ぅん? 何がだ?」

 

 自画自賛をしていると、レックが神妙な顔で礼を言ってきた。

 

「……いろいろです。……本当にいろいろあり過ぎて、何から感謝して良いのか分かりませんけど……。とにかく今、このありがとうの気持ちだけはすぐ伝えておきたかったんです。――先生、僕たちを助けてくれて、本当にありがとうございました」

 

 そう言って深々と頭を下げる。

 ……というかもう完全に、私が善意で助けた体で会話が進んでいるのだな。

 まあ、結構ボロを出しまくっていたから、仕方ないと言えば仕方ないのだが、ここまでガッツリ魔族と交流してしまって良いのだろうか? 王子としての立場的な……。

 ほら、トムとか、今もあんなところからこっちガン見しているし。

 主君の行動を邪魔しないよう会話には割り込んで来ないけど、すごく渋い顔でジッと見てる。助けてもらった恩と、魔族を警戒する心で板挟みになってる感じだ。

 ……お? でも部下の方はそこまででもなさそう。フランコが笑いながら手振ってきてる…………あ、頭叩かれた。

 

「大丈夫ですよ」

「うん?」

「心配なさらなくても……、きっと皆受け入れてくれます。命をかけて共に戦ったのなら、それはもうマブダチって奴ですから」

「そ、そうか……?」

「はい。それになんていったって、彼らはこの少人数で魔王の城に乗り込むような、頭キマッてる男たちなんですよ? 種族の違いなんて小さなことにいつまでも拘りませんよ」

「お、おう……、お前も結構言うようになったな」

「ふふ、世間知らずだった僕でもこうして変わったんです。なら種族同士の関係だって、案外あっさり変わるかもしれませんね?」

 

 そう言って少年は、イタズラっぽい笑顔でニヘラと笑ったのだ。

 

「…………まったく。口までうまくなりおって、こいつめ」

「にへへへ」

 

 ――魔族と人間が仲良くできる。常識で考えればまず有り得ないこと。世間知らずの子どもの理想論に過ぎない。

 だがなぜか今は、素直にその言葉を信じることができた。

 非日常の空気に当てられ、状況に酔っているだけかもしれないが……。

 まあとりあえず、悪い気分ではなかったので、今日のところは良しとしておこう。

 

「よし、ではそろそろ行くとするか。あまり長居したい場所でもないしな」

「はい! じゃあ僕、皆を呼んできますね!」

 

 そう言って嬉しそうに駆けていくレックを見ながら、自分も身を起こす。

 周囲の視界も大分戻ってきており、白い煙の向こうに薄っすら出口も見えてきていた。彼らと合流した後は急ぎ帰路に就くことになるだろう。

 

 ……というかむしろ、急がないとヤバそうだ。

 バカスカ技を撃ちまくった影響か、闘技場全体から軋むような音が聞こえてきている。あちこちヒビも入り始めているし、下手するとここら一帯が倒壊するかもしれん。

 

「早く回復して……脱出しなければな……」

 

 

 そう思い、魔力を集中し始めた。

 

 ――――が、そのとき、不意に何かが引っかかった。

 

 

「? ……なんだ? …………煙が……白い?」

 

 そうだ……。爆発の後の煙は、大抵黒くなるはず……。それがなぜこんなにも白い?

 

 ……いや待てよ、これは煙というより、靄というべきか?

 それもつい先ほどまで……、嫌というほど、目にしていた……よう……な……?

 

 ……

 …………。

 ………………。

 

「…………ッ! まさか――!!」

 

 

 

『――最後に油断したな?』

「ッ!?」

 

 ――ドオオオオオンッッ!!

 

「がああッ!?」

 

 悪寒が生まれたと同時、全身を灼熱感が襲った。

 寸前で視界に映ったのは集束された光球。今日一日で嫌というほど見せられ、もはやお馴染みとなったあの技だ。

 残り僅かな体力が爆発で一気に削られ、身体の各部から大量の血が流れ出て行く。

 

「……ゲホッ……、き、きさまッ……まだ……」

 

「ク、カカカカカッ!!」

 

 着弾の衝撃で周囲の靄が晴れ、下手人の姿が露わになる。

 そこにいたのはやはり、予想に違わぬ相手。肩より上しか残っていない死にかけの魔王が、地面で血みどろになりながらも、狂ったように哄笑していたのだ。

 

「キヒヒヒヒ! どうやら天は最後に、私に味方したようだな! ギリギリでマホトーンが解けてくれたよ! なあ、最期の贈り物の味はどうだッ? 痛いかッ? 熱いかッ!? そいつはなによりだ! せいぜい苦しんで死んでくれ、アヒャヒャヒャヒャ!!」

「こ……の、死にぞこないがッ……! 今度こそくたばれええッ!!」

「ヒャーヒャッヒャッヒャ――ヒギュッ!?」

 

 近くに落ちていた槍を思いきり投げつける。

 それは狙い過たずムドーの頭部を貫き、鬱陶しい笑い声がピタリと止む。

 あの状態でまだ動けるのは驚異だったが、死にかけなのは間違いなかったようだ。今の一撃がトドメとなり、感じられる生命力がみるみる萎んでいった。

 

「ッ……クァ……ク……、クカカカ……! ど、どうやら……ここまでか。……口惜しいが……最後に、目的は……果たせた。これで、満足と、しておこうか。ク、クヒヒヒヒ!」

「ハァッ、ハァッ、この、陰険魔王がッ……、さっさと消えろ!」

「クフフフ、では……さらばだ……1182号。……生涯、最後の……二者択一、……存分に楽しんでから……こちらに、来るが良い! アヒャヒャヒャヒャヒギュアアアア゛ア゛ア゛ッッ!!!?」

 

 最後まで不気味な嗤いを響かせながら、ムドーの身体は消滅していった。

 魔力も気配も残らぬ完全消滅。

 今度こそ我々は完全に、四大魔王を倒したのだった。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、……ガフッ!」

 

 ――だが、その感傷に浸る暇すらない。

 重傷の上からさらに追撃をくらい、冗談でなく死にそうだった。

 

(早く……回復しなければ……。コンディションは最悪だが……なんとか魔法を……!)

 

 逸る気持ちを抑えながら、なんとか魔力を手に集める――――が。

 

 

「王子ッ!! しっかりしてください!!」

 

「ッ!」

 

 集中しようとした心は、切迫した叫びによって乱されていた。

 発信源はレイドック兵たちが集まっているあの場所。

 車座に何かを取り囲み、血相を変えて呼びかけている。

 

 

 ――誰か、回復魔法を! 早く!

 ――魔力が残っている奴! 誰かいないか!?

 

 

「……おいおい……。……ここまできて、そう、来るか……?」

 

 彼らの中心を覗き込んだ瞬間、自分の顔が歪むのが分かった。

 ――そこで倒れていたのは、胸に大きな風穴を開けられたレックだった。

 熱線をもろに受けたのか、傷口の周辺は黒く焼け焦げ、閉じられた瞼はピクリとも動かない。

 

 

 ――さっきの戦いで全部使い切りました! 全員魔力は空です!

 ――それでもいい! 使える奴は試してくれ! 僅かでも発動すれば助かるかもしれないッ!

 

 

 兵士たちが必死に力を込め始めているが……、おそらくは無駄だろう。

 魔力が足りないからではない。

 たとえ発動したとしても、あれは回復魔法ではどうにもならないからだ。

 

 集束された熱線で胸部を貫かれ、重要な体組織をいくつも持っていかれている。

 一瞬で生命を奪った致命傷。治すには“回復魔法”ではなく、“蘇生魔法”が必要だ。前線で戦う兵士たちが、そんな高等技術を覚えているはずがなかった。

 

 

 

 

 ……ああ、だけども、……なんということだろう?

 

 なんとも都合の良いことに、私はそれを持ち合わせているのだ。

 ザオリクさえ唱えてしまえば、あの程度の欠損などすぐに治せるだろう。

 それでレックの命は助かり、彼らは喜びのまま故郷へ帰ることができる。

 

 ああ、なんという幸運だ……。これぞ神のお導きだ……。死闘の最後に全てが救われる、 まさしくハッピーエンドと呼ぶに相応しい結末である。

 ただ一つだけ、この場に不運なことがあるとすれば……、

 

 

 ――私に残された魔力が、もはやザオリク一発分しかない、ということだけだった。

 

 

「……クソッ、“二者択一”とはこういうことか、あの腐れ魔王が……!」

 

 厭らしい嗤い顔が脳裏によみがえり、舌打ちが零れる。

 ――もし私がレックを見捨てて自分を回復すれば、このまま“勇者”が死ぬので魔族にとっては良し。

 ――逆にレックの方を助けたとしても、回復魔法を使える者がいない以上私は死ぬしかないので、それはそれで良し。

 どちらを選んでも、ムドーにとっては愉快な結末というわけだ。

 

 ……なるほど。私ごとき量産型を、選ばれし勇者と同列に考えてくれたのだな? なんとも光栄な話だよ、クソッタレが!

 

 

 ――回復アイテムは!?

 ――もう残ってません!

 ――誰かッ、何かないのか!? 薬草でもいいッ!

 

 

 悲痛な声で叫ぶレイドック兵を尻目に、思考を巡らせる。

 

 ……

 …………。

 ………………。

 

「……フン、……何を迷う必要があるのか」

 

 この世界に来た当初の目的を忘れたか?

 平穏無事に暮らすこと。自分の身の安全が最優先。

 人助けも慈善事業も、自分に余裕があるときにやることだ。この状況で己を優先したところで、誰にも責められる謂れなどない。

 

 ……というわけで、ここは自分にベホマ一択である。

 

 

 

 

 

「――――って、思っていたはずなんだがなあ……。まったく、なぜ私がこんな……ブツブツ……」

「え……?」

「魔族のダンナ?」

 

 気付けばいつの間にか、レイドック兵たちの輪に分け入っていた。

 ああ、身体がふらつく。頭もボンヤリする。服の中がチャプチャプして気持ち悪い。さっさと終わらせて横になろう。

 

「はい、退いた、退いた。もう押し通る元気もないから道を開けてくれ~」

「! お、お前……」

「やあ、トム。ちょっと場所を開けてくれ」

「なっ、何を」

「話は後。とりあえず――ザオリク!」

「ッ!?」

 

 問答する余力もないため、何か言われる前に魔法を発動する。身体の奥底に残っていた何かが持っていかれ、目の前のレックが強い光に包まれる。

 胸に開いた大穴がみるみる塞がり、健康的な血色が肌に戻り、やがて止まっていた呼吸が再開する。

 

「はい――蘇生完了っと」

「な、なんと……ッ」

「王子の傷が! 無くなって!?」

「い、息をされている! 回復なされたぞ!」

 

 兵士たちがレックに駆け寄り、直後、ワッと歓声が上がる。

 

「ああ、王子……、よかった!」

「ありがとうございます、魔族の人!」

「あんた、すげえな! 戦士なのにザオリク使えるなんて!」

「人は――じゃなかった! 魔族は見かけによらないんだな! 本当にありがとう!」

 

 喜んでもらえたようで何より。黒焦げのブースカを一瞬で蘇生した奇跡の呪文だからな、これくらいは朝飯前よ。

 ……こう書くとベホマより余程反則技だな、この呪文。

 

「……まあ、でも、ゲホッ……、自分の役に立たないのは、……やっぱり変わりないわけだが――ガフッ!?」

「ッ!? お、おいッ!」

「!? どうしたッ、緑の兄さん!」

 

 口からゴポリと血が出て、とうとうその場に倒れる。どうやら正真正銘、今のが最後の力だったようだ。

 

「お、おいッ、どうしたのだ、一体!」

「いやあ……実はこっちも結構死にかけでな。なんとかここまで歩いてきたが、さすがに限界みたいだ。……ゴフッ、あ、これ、ホントに死にそう……」

「な……!? だったら回復すれば良いだろう! さっきのようにベホマを使えば……!」

「ハッハッハ……、残念ながら魔力ゼロ、今のでスッカラカンだ」

「「「ッ!?」」」

 

 ……あー……、やっぱりそういう顔になってしまうか……。

 なんだかんだ言って、こいつら皆お人好し系なのよな。警戒していた魔族を二心なく心配するとか……、やはり主従で性格は似るのだろうか?

 ……あ、フランコ、応急処置は結構だぞ? そういうレベルの傷じゃないから、コレ。

 

「……お、王子を……助けてくれたのか……? ……自分の身を、犠牲にして……?」

「ケホッ……、別にそういうわけではない。最初に言っただろう? 魔王の思い通りになるのが気に食わなかった。だから行動した。……それだけのことだ」

 

 だからそういうシリアスな空気はやめてくれ。私のキャラには似合わんから。

 

「それよりもお前たち……、さっさとここを離れるのだ。じきにこの場所も崩落してしまう。レックを連れて早く外へ――」

 

 

 ――ドズーーーーンッ!!

 

 

「あ……」

「へ、兵士長! 瓦礫で扉が塞がりましたッ! しかも、周辺一帯まで崩れ始めています!」

「なんだとッ!?」

 

 ……し、しまったああ、忠告が遅かった。

 完全に出入り口が埋まってしまったぞ。まさかこのタイミングで崩落が始まるとは……。

 不味いな、これではこいつら脱出できんぞ。魔族みたいに大ジャンプすれば天井の穴から出られるだろうが、人間にあの高さは……。

 

 ………………ん?

 

「くっ、これでは脱出が……!」

「兵士長! 全員で瓦礫を登れば!」

「無理だ、高過ぎる! 負傷者たちを担いだままでは登れん!」

 

 あ、そうか、天井が開いとるんだった。

 ならばあれが、えーと…………お、あった、あった。使わずに取っといて良かった~。

 

「おーい、トム。ちょっとー?」

「なんだ! 今脱出の方法を考えているところでッ!」

「ならばこれを使うといい」

「は?」

 

 振り返ったトムへ、懐から取り出したそれを見せる。

 

「ウルトラキメイラの翼だ。通常種より強力ゆえ、この人数でも余裕で運べるぞ」

「なッ、そ、そんなものどこで……」

「フフン、魔界産の特別製だからな。人間界のものとは一味違うのだ。ほれ、受け取るがいい」

「お……おぅ……」

 

 グイグイっと羽根を押し付けると、トムは神妙な手つきでそれを受け取った。初めて聞くアイテムに戸惑ってはいるが、効果を疑っている様子は微塵も見られない。

 ……こいつももう、完全にこっちを信じてしまっているなあ……。主従揃ってそんなにチョロくて大丈夫? その内誰かに騙されたりしない?

 

「――よし、皆こちらへ集まれ! 脱出のためのアイテムを提供してもらった! これを使ってレイドックへ帰還する!」

「「「了解ッ」」」

 

 そして部下たちも、当たり前のように全員が集まって来るし。

 お前らももう少し魔族を疑えよ……。レイドックの将来が本当に心配になってきたぞ。

 

「……城へ戻ったら、すぐに神官を呼ぶ。……だからそれまで死んでくれるなよ?」

「…………。ああ、了解した。だが、なるべく急いでくれ。そろそろ意識が飛びそうなのでな……」

「わかった……。では行くぞ! ――キメラの翼! レイドックの城まで!」

 

 トムが羽根を放り投げて叫び、巨大な魔法円が広がった。

 さすがは上位種ウルトラキメイラの翼。膨大な魔力が一気に溢れ、この場にいる全員を宙へ浮かせていく。発動すればたちまち、全員をレイドックの城まで運んでくれるだろう。

 

 

 

 ――ただし、私一人を除いて……だが。

 

 

 

「なッ!? お、おい! どういうことだ!? なぜお前だけ……!」

「魔族の人!? なんで……!」

 

 空中にいるトムやフランコが、焦った様子でこちらを見ている。

 おぉ、青空をバックに人間たちが浮いている構図は、なかなかにレアな光景だな。

 

「ふははは、先ほど言ったではないか、人間界のものとは一味違う……と。このキメラの翼は特別製でな。効果が強い代わりに、全員が行ったことのある場所にしか飛べないのだ」

「「ッ!」」

 

 レックは自国を出たことがないらしいから、必然的に行き先はレイドックになるわけだな。……おっと、その場合は私が条件外になるのか、これはうっかりしていたゾー。

 

「ふ、ふざけるな! 何を勝手なことを!」

「そうですよ! その怪我でこんなところに残ったらあなたは……!」

「いや~、しかし翼はそれ一個しかなくて……。自分で使ってお前たちを死なせては、この戦いに何の意味もなくなってしまうし……。というわけでここは、この選択肢を取るしかなかったわけで……」

 

 だから、そう怒らないでくれるとありがたいのだけdおおっとー? トムさんの顔がどんどん歪んでいく。今日一番の怒り顔だぞ、コレぇ。

 

「……このッ、……馬鹿野郎が……!! 王子に……ッ、王子になんと言えば良いのだ! 恩人を見捨てて逃げてきたと! 何の礼もできずに見殺しにしたと! そう伝えろというのか!?」

 

 う……、それを言われると弱いが……。

 ……でもやっぱり、あいつを犠牲に生き残ろうとは、どうしても思えなくてな……。

 

「……だから……まあ、その……なんだ? ……あいつには、『適当に元気でやれ』と伝えておいてくれるか? ……それと、『気にするな』ともな」

「ッ、そんなことは自分の口で伝え――うぉッ!?」

 

 叫ぼうとしたトムの身体が、徐々に高く浮いていく。ようやくキメラの翼の発動準備が整ったようだ。

 人数が多いせいか時間がかかったが、なんとかギリギリで間に合ってくれた。もう崩落まで幾ばくもない。

 

「では、皆さらばだ。…………あやつのこと、よろしく頼んだぞ?」

「ま、待て! まだ――~~~~!」

 

 

 

 最後の言葉は聞こえぬまま、やがてレイドック兵たちは光に包まれ、西の空へと飛び立って行った。

 二十以上の流れ星が連なる幻想的な光景へ向け、最後の力で右手を振る。

 そして――

 

 

「――――コフッ。…………ああ、本当に……、ベホマよりも……ザオリクがあって……良かったなあ…………なんてな、フフ」

 

 

 ――バキ――ンッ!!

 

 

 カッコ付けて呟いた直後、城ごと大地が割れ、私の身体は地の底へ呑まれていったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




(注)シリアス区間は終了しております、安心してください。


“ウルトラキメイラの翼”は捏造アイテムです。
『騎士たちが恩人を見捨てて逃げるはずないだろう』と考えた結果、サンタ一人だけ残すために、こんなアイテムに登場してもらいました。

 ちなみに、本編でウルトラキメイラが落とすのは普通のキメラの翼です。“キメイラの翼”じゃないのはなぜなんでしょうね? 謎です。





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