遊戯王5D's 〜彷徨う『デュエル屋』〜   作:GARUS

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『デュエル屋』とカラス 前編

 セキュリティ本部。

 シティの権力の中枢で多くのビルが並ぶシティの中でも、窓一つないダークブルー一色のカラーリングの建物と言ったらこれしか無いだろう。屋上には衛生と通信をするためなのか、巨大な電波の送受信を行う円盤が設置されており他のビルと並んでも目立っている。

 よもやそんなビルの中に足を踏み入れる時が来るとは、数年前の俺なら考えもしなかっただろう。まして実質このネオ童実野シティのトップである治安維持局長官レクス・ゴドウィン氏との交渉の席を設ける事になるとは今でも信じがたい事だ。

 俺が通されたのは上階の応接間。部屋の中央には透明なガラスのテーブルがありそれを挟んで2つずつの黒いソファーがおいてある。別段そのインテリアが豪華な訳でも格式がある訳でもないのだがその部屋は輝いて見えた。それは部屋の隅から隅までの汚れの一切を排したピカピカに掃除された部屋だからだろう。

 きれい過ぎる部屋と言うのも窮屈なものだ。

 

「それでは、私ども治安維持局は今後とも一切あなたの業務に関わらない。ただし、報酬さえ支払えば我々からの依頼も受けていただく。この2点での合意でよろしいですね?」

 

 目の前で腰掛ける男、レクス・ゴドウィンは最後にそう締めくくった。

 灰色の髪を伸ばしたガタイの良い男だ。ガタイが良過ぎてなのか仄かに青みがかったグレーのスーツの上はボタンが留まっていない。おかげでそのスーツの下のシャツが大きく開けて見える。何かのマークなのか、シャツに印刷されている羽を広げた鳥を上から見た様子を象ったと思われる模様が、その存在感を大きく主張している。

 

「えぇ、それで構いません」

 

 相変わらず髑髏の仮面を付け全身をローブで覆った不気味な状態で机越しに腰掛ける俺だが、果たしてこの男にはどのように映っているのだろうか。

 

 この会談に至る経緯と言うものは実にシンプルなものだった。

 2月に入って間もない日、いつもの様に依頼をこなした帰りの道中にふらりとイェーガーが現れたのだ。流石にこの短期間で治安維持局に対する新たな手札を得る事は出来ていなく、またこちらを揺さぶりにきたのかとその時は焦ったが、相手の目的はこちらの予想とは違っていた。

 

“治安維持局にて長官がお待ちです”

 

 と一言だけ俺に告げると、イェーガーは一通の封筒を俺に渡し去っていったのだ。そしてその時に渡されたのがこの会談の日程の記された親書だった。当然、親書自体に何か仕掛けてないかと疑い指定された日時と場所を記憶するとその親書はその場で燃やしたが、今日の様子を見る限りそれも杞憂だったようだ。

 

「………………」

 

 ゴドウィンの脇に立つイェーガーは今もニヤついた表情を顔に貼付けながらこちらを見ている。

 こうもすんなりと事が運ぶとかえって邪推が働く。だがサイレント・マジシャンに調べさせたところ、今のところ罠らしきものは見つかっていない。罠でないとすると事の運びから推察するに初めからこうするつもりだったと考えるのが自然だろう。となると、この前の接触は俺を捉える事が目的ではなく俺を試していただけと言う事になる。

 

「………………」

 

 相変わらずイェーガーからニヤついた笑みが剥がれる事は無い。

 どうやら俺は勝手に一人相撲をとっていただけのようだ。やはりこのイェーガーとの腹の探り合いにそう簡単に勝つ事は出来ないか。何を考えているのか底が見えない。

 

「それではこの契約書にサインを」

 

 机の上に差し出された契約書に目を通す。契約の内容は先の口頭でのやり取りの内容がそっくりそのまま記されていた。もちろん手に取れば分かるが、裏側にカーボン紙が敷いてあって、その下の別の書類にサインをさせると言ったセコいやり手はされていない。正式な契約書と言う事で紙の上部には治安維持局のロゴが印刷されており、紙の素材も良いものを使っているらしく手触りが柔らかい。

 受け取った万年筆も一見するとベースが黒で縁やペン先が金のよく見る形だが、ペン先にはゴドウィンのシャツの柄と同じ文様が刻まれている。これもオーダーメイドの高級品なのだろう。

 契約書にペンを走らせサインを終えると、それを確認するためにゴドウィンは再度それに目を通す。

 

「Ni……ke……これは……ニケ……と読むのですか?」

 

 俺のサインを見て少し訝しげな視線を向けてくるゴドウィン。俺のサインの欄に書かれた“Nike”と言う見慣れない文字に疑問を覚えたようだ。

 

「そうです」

「失礼ながら、あなたは“死神の魔導師”と言う名ではなかったのですか?」

「“死神の魔導師”というのは勝ち続ける噂が広まるにつれていつの間にか付けられていた通り名。自分からそれを名乗った事は一度もありません」

「そうでしたか。そうとは知らず失礼しました」

 

 ゴドウィンは恭しく一礼し名を間違えていた事を詫びる。その姿勢からはどこかの道化のように胡散臭さは感じず、誠意が籠っているように見てとれる。だが、この男も決して他人には見せない何かを胸の内に秘めている、そんな印象を覚えた。

 

「イッヒッヒッ、それにしても“ニケ”ですか。古代ギリシャ神話に出てくる勝利の女神の名を自ら名乗るとは、それも勝利への絶対の自信からでしょうか?」

「……そんなところです」

「それは頼もしい。では、こちらからの依頼でのご活躍を期待していますよ」

 

 そう言うとゴドウィンは手を差し伸ばしてきた。握手を求めてきているようだ。こちらとしても治安維持局とは良いビジネスパートナーとしての関係を築き上げたい、そんな意味を込めてその握手に応じる。

 握手を終えてここでやる事を済ませたので“それでは”と一言挨拶をし出口に向かう俺をゴドウィンは呼び止めた。

 

「ところで……“暴虐の竜王”と言う通り名を聞いた事はありませんか?」

「…………さて、聞き覚えはありませんね」

「そうですか。あなたの名が世に知れる前に世間を騒がせたデュエリスト。あの噂もありますしご存知かと思いましたが……」

「噂は噂でしょう。用件はそれだけですか?」

「えぇ、わざわざお呼び止めして申し訳ありません。イェーガー室長、出口まで」

「はっ、かしこまりました」

 

 それだけのやり取りを終えると今度こそその部屋を後にした。

 部屋を出てからはイェーガーの半歩後を続くように歩いていた。沈黙が続く事は無いだろうと踏んでいたが、案の定口を開いてきたのはイェーガーだった。

 

「改めまして、あなたを雇えた事は僥倖でした」

「……雇う? 雇われた覚えは毛頭ない。ただ、依頼を受けたら依頼をこなし報酬を受け取る関係になっただけだ。別件の依頼でそれが治安維持局の意にそぐわなかったとしても俺は依頼を遂行する」

「ホッホッホッ、そうでしたね。それは失礼」

「……それにしても2回しか会ってないと言うのに、よく依頼を持ってくる気になったものだ。初めからそのつもりだったのか?」

 

 あくまで会ったのは刺客を送り込まれた時と招待状を受け取った時の2回と言う事を強調しつつ問いを投げる。これは俺の中の答え合わせのようなものだ。だが、正直答えはあまり期待していない。答えを聞ければラッキー程度のものだ。

 

「ヒッヒッ、色々試した結果ですよ」

「…………」

 

 表立ってデュエルアカデミアの学生である“八代”と言う男とデュエル屋である“ニケ”と言う男の同一性については触れてこない。言葉通り試した結果と取るなら、刺客とのデュエルで実力を認めたと取れる。だが、敢えて“色々”と言う言葉を使う事でこちらにあの雨の日の邂逅をチラつかせてきている。やはり食えないヤツだ。

 

「それではあなたには早速依頼があります」

「何だ?」

「なぁに、ちょっとしたピクニックがてら“カラス狩り”に興じて頂くだけですよ。ヒーッヒッヒッヒッ!」

 

 

 

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————

 

“カラス狩り”

 

 その依頼を受け連れて行かれたのは、なんとサテライト区域のセキュリティの押収品保管庫の前だった。時刻は既に深夜を回っており、丁度満月が一番高い位置で輝いている頃だ。流石に2月の半ばと言う事で真夜中の気温は一桁台。手先が痛む程冷たい。

 この時間まで外出と言うのは狭霧の許しを得られなさそうなので、今日は知り合いの家に泊まりにいっていると言う事にしておいた。今までそんな事が無かっただけに誤摩化すのは一苦労したが、なんとか了承は得られた。

 

「おいおい、なんで今日に限って俺が警備担当なんだぁ? こんな不気味な格好のヤツと待ち伏せ作戦なんて居心地悪くて仕方ねぇや」

 

 そう愚痴をこぼすのはDホイールに腰をかけているセキュリティの男。顔馴染みとなった牛尾のおっさんである。最近色々な場所で顔を合わせている気がする。ただ、プライベートの状態で会う時もデュエル屋として会う時もこの接し方は変わらないようだ。

 

「しかし上層部も何を考えてやがるんだ。“カラス”くらいこの牛尾哲様がいれば一発でお縄を頂戴できるってのに、外部からこんな得体の知れない野郎を雇うとはなぁ」

「…………」

 

 訝しげな視線を送られたところでこちらが返す言葉はない。その様子が気に入らなかったのか、態度はますます不機嫌そうになり唾を地面に吐き捨てる。

 それから数分間の沈黙が続いたが、その沈黙を破ったのはやはり牛尾のおっさんであった。

 

「あぁ、そうだ。渡すの忘れてたぜ。ほらよ」

 

 投げ渡されたのは透明なビニールに包まれた丸いパンと白い液体が入った分銅型のビンだった。治安維持局からの支給品だろうか。

 

「……パンと牛乳?」

「あんぱんと牛乳だ。張込みの時はこれって相場が決まってんだ」

「そうなのか……」

 

 今時携帯食なら他にもいくらでもあるだろうに。これがジェネレーションギャップと言うヤツなのか。

 そんな事を考えていると牛尾のおっさんは自分のパンを齧りながら牛乳ビンを開けていた。喉を鳴らしながら牛乳を半分程飲むと、頬を僅かに緩めるおっさんは少し幸せそうだった。

 そんな顔もするんだなとちょっと意外に思う。そんな様子を見ているとこちらも少し小腹が好いたのであんぱんの包装を破いて仮面の歯を外していく。ストローを挿す程度なら一本歯を外すだけで事足りるのだが、何かを食べるとなると上下五本ずつ程外さなければならないので少々手間がかかる。

 

「え゛っ? お前の仮面ってそうなってたのか?」

「あぁ」

「便利っつーかなんつーか……徹底してるんだな」

 

 こちらを見た時のギョッとした表情から今度は少し同情したような表情に変わる。顔を明かせない事情を何となく察したのだろう。

 とりあえずあんぱんを口に運べる程度の空間を確保できたのでそれを口に運ぶ。あんことパンの比率は程よく一口で中身のあんこのところまで到達できたのは評価が高い。だが味にこれと言ったインパクトがある訳でもなく総評すると只のあんぱんだった。そんな評価を下しながら次に牛乳を流し込む。

 

「…………!」

 

 どうせただの牛乳だろうと高を括っていたが、これは紙パックの牛乳よりも少しコクがあるように感じた。口に残っていたあんぱんの甘みと合わさり旨味が一層引き出されている。この組み合わせも悪くないな。そう先程の認識を改めるのであった。

 

「……来やがったな、カラス野郎」

 

 あんぱんと牛乳の相性について考えていたところだったが、どうやら相手の位置情報を捉えたようだ。どっちが悪人か分からないような笑みを浮かべDホイールのエンジンを起動させる。作戦ではここで待ち伏せて、カラスがやってきたらそれをとっちめると言うものだったはずなのだが、牛尾のおっさんのこの行動に一瞬理解が追いつかなくなる。

 

「上層部の信頼を取り戻す良い機会だ。俺がキチッと始末をつけてやる。お前はせいぜいここで指を咥えてみてやがれ」

 

 それだけ言うとヘルメットを被りDホイールで深夜のサテライトの道に消えていった。

 残された俺のやる事はと言うと依頼されたカラスと呼ばれるデュエリストが来るまでここで待っている事だけだった。やれやれと口から溢れそうになるのを抑える。そのままやる事もなく今日の朝に作ったデッキについて数分間考えていたのだが、ただ体を動かさずじっとしているとどんどん寒さが増してくるような気がしたので建物の中に入って待つ事にした。

 

 来訪者用のパスカードを入り口の横のカードセンサーに通すとセキュリティが解除され自動ドアが開く。そのまま一直線の廊下を抜けると巨大な空間が広がっていた。その大きさはちょっとした国立体育館と同じぐらいはあると思われる。廊下と繋がる空間には何もおいてない長方形のスペースがあり、その向かい側には押収品の棚がずらりと並んでいた。それは図書館の本棚のように人の通れる道をあけて何列にもわたって設置されている。天井にはポツポツと監視カメラが目を光らせておりここの様子を見張っている。

 ただ、今日の警備ははっきり言ってザルだ。警備室はおろかこの周辺にセキュリティ隊員はいない。そのため監視カメラ映像をリアルタイムで確認している人間もいない。なんでもここのセキュリティは皆Dホイールのライセンスの更新でここを空けているとか。本来ならばここの部署の人間を何回かに分けて実施するはずなのだが、今回はカラスをおびき出すために敢えてここの警備を薄くしているらしい。それだと他のゴロツキがやってきそうなものだが、この界隈では牛尾が警備担当と言うだけで抑止力になり小物は寄り付かないそうだ。

 

『…………』

 

 時折サイレント・マジシャンの視線がチラチラとこちらに向けられる。何やら落ち着かない様子だ。何事かと思ったが、そこで最近分かった彼女の好物を思い出す。

 

 ひょっとして、これの事か?

 

 手に握られた食べかけのあんぱんに視線を移す。確かにサイレント・マジシャンの視線はこの手のあんぱんに向けられている気がしなくもない。

 牛尾のおっさんが勝つにせよ負けるにせよ、ここに人が来るまではまだ時間がある。そこで適当に歩きながら監視カメラの死角を見つけそこで足を止める。

 

『…………』

「……あんぱん、食べるか?」

『……え?』

「さっきからこっち見てただろ?」

『でも、実体化したら監視カメラに……』

「ここなら大丈夫だ」

 

 そう言って聞かせるとサイレント・マジシャンはコクリと頷いて実体化して姿を現す。半透明だった姿にしっかりと色がつき、デュエルの時に見ているサイレント・マジシャンが目の前に立っていた。薄暗い保管庫の中だが間近で見るサイレント・マジシャンはやはり美しかった。そんなことを考えていたせいなのか、近く手に持ったあんぱんを半分に千切りそれを差し出すと恥ずかしそうにもじもじとするだけでそれを取ろうとしない。

 

「どうした? いらないのか?」

「いえ、その……小さい方で良いです……」

「ん? こっちは俺の食べかけだぞ?」

「そ、それはマスターの物なんだから、マスターが多く食べた方が良いんです! それに、そ、そんなに多く私食べられませんから!」

「お、おう。それならしょうがないな。ほら」

「あ、ありがとうございます」

 

 俺が齧った方のあんぱんを受け取るとサイレント・マジシャンは小さな口で齧りかけの部分から食べ進めていく。頬をほんのり朱に染め顔を綻ばせて食べるサイレント・マジシャンはとても幸せそうだった。やはりお汁粉と共通しているあんこが好きなようだ。

 サイレント・マジシャンが一口一口を噛み締めながら食べている間に俺は最後の一口を口に放り込んだ。それを咀嚼して飲み込むとそのまま牛乳を半分程残すように流し込む。そして残った牛乳をサイレント・マジシャンに差し出す。

 

「パンだけじゃ喉に詰まるだろ。残りは飲んでいいぞ」

「え、良いんですか?」

「あぁ、俺は満足した」

「それじゃあ……頂きます」

 

 目の前に差し出された牛乳を前に生唾を飲み込むサイレント・マジシャン。それから俺から牛乳ビンを受け取るとサイレント・マジシャンはあんぱんの最後の一口を口に入れる。そして牛乳に口をつける……かと思いきやその口を遠ざける。また口をつけるのかと思えばそれを遠ざける。と言う事を繰り返し、なかなかそれを口にしようとしない。その様子を疑問に思い、つい思った問いを投げかけてみた。

 

「ひょっとして牛乳嫌いだったか?」

「い、いえ、そんなことはありません! むしろ牛乳大しゅきです!」

「……そうなのか。なら遠慮しないで良いんだぞ」

「……は、はい」

 

 珍しい、サイレント・マジシャンが噛んだ。それを自然にスルーしたつもりだったが、やはり噛んだのが恥ずかしかったようでサイレント・マジシャンはその白い肌を真っ赤に染めていた。だが、あそこまでの気迫をサイレント・マジシャンが見せるとは余程あんこと牛乳が好きらしい。

 意を決したように掛け声をかけると口をゆっくりと牛乳ビンに近づけていく。よく見れば手は僅かに震えていた。そしてその距離は縮まっていき、ついにそのビンにサイレント・マジシャンは口を付けた。

 

「…………」

「…………」

 

 しかしその状態のままサイレント・マジシャンは動かない。目をギュッと閉じたままビンを傾ける事もせず、ただビンに口を当てたまま固まっていた。その様子だけを見るとまるで恋人と初めての口づけを交わしているような初々しさを感じる。

 

「…………」

「……サイレント・マジシャン、ビンを傾けないと牛乳は飲めないぞ?」

「はっ! そ、そそ、そうですね! すっかり忘れてました!」

 

 俺が指摘すると慌てた様子でそのビンを傾け腰に左手を当てながらゴクゴクと一気に残りの牛乳を飲み干してしまった。実に良い飲みっぷりだ。だが、果たしてさっきまで飲めなかったのは何でだったのだろうか。少し疑問に思ったが、別に特段気にかかるような事でもなく些細な事だったので思考を停止する。

 ビンを受け取ると、余程美味しかったのかサイレント・マジシャンはその余韻醒めやらぬ様子で頬を緩めている。顔は噛んでしまった後よりも赤くなっており、アルコールでも入っていたのではと一瞬牛乳を疑った程だ。よくその様子を観察すると口が小さく動いていた。

 

「間接き……マスターと……お汁粉…………これで二回目……」

「…………?」

 

 聞こえたのは途切れ途切れの単語だけで上手く聞き取れなかった。でもサイレント・マジシャンが幸せそうだったのでもう少しそっとしておく事にした。

 

 ガチャン!

 

 だが、時間はあまり待ち時間をくれないようだ。上でガラスが砕ける音がした。やっとお出ましみたいだ。その音でようやくこちらの世界に戻ってきたサイレント・マジシャンは俺の目配せに応え精霊化する。

 牛尾のおっさんは負けたようだ。わざわざ上の窓ガラスを割って入ってきた侵入者の様子を伺いながらそう確信する。足音の方向からして廊下と繋がっている何もないスペースに向かっているようだ。足音を極力殺して侵入者の向かっている方向に歩を進める。

 

「あらよっと」

 

 掛け声の後にスタンッと言うこのフロアに着地した音が響く。ちょうど何もない場所に降り立ったようだ。それはこちらとしても好都合。棚の影から侵入者に気付かれるよう姿を現す。

 

「誰だ!?」

 

 俺が姿を見せた事で侵入者は警戒するように歩を引く。

 侵入者は身長が男性平均よりも低い小柄な男。オレンジ色の髪を逆立て、額にM字の形のマーカーが刻まれている。冬だと言うのに着ているのはオレンジ色のシャツと茶色のベスト、ズボンも深緑のデニムと肌寒そうな格好だ。

 

「何者だ?」

 

 俺が相手の風貌を観察していたように向こうも俺を観察していたようだ。この不気味な格好を見て警戒心を強めている様子だった。

 

「雇われの“デュエル屋”だ。お前が最近ここに忍び込んでるカラスか?」

「……だったらどうするってんだ?」

「俺とデュエルしろ」

「はぁ? なんで俺がテメェとデュエルしなきゃならんねぇんだ?」

「お前とデュエルする事が依頼だからだ。だが、そう言ったところでデュエルはできそうにない……か」

「そう言うこった。無駄足だったな」

「待て」

「…………?」

 

 俺をスルーして押収品に手を付けようとする侵入者を呼び止める。俺は懐から交渉のための鍵を取り出してみせる。

 

「そいつは?」

「これはここのパスカード。ここのセキュリティを解除できる代物だ」

「そいつをどうしようってんだ」

「俺にデュエルで勝ったらこいつをくれてやる。出入り口の赤外線センサーも素通りして何もなかったかのように帰れるぞ?」

「そいつが本物かって言う証拠がねぇ」

 

 俺はそれに対して廊下への入り口の横のカードセンサーに読み込ませ、この建物の入り口を解放する事で証拠を示す。

 

「……どうやら嘘じゃねぇみてぇだな」

「どうする? このカードを賭けてデュエルをするか、それとも俺の前から尻尾を巻いて逃げるか、どっちを選ぶ?」

「けっ、安い挑発だ。だが良いぜ! 乗ってやるよ、その挑発に。さっきのデュエルが少し物足りなく感じてたところだ。鉄砲玉のクロウ様の実力、見せてやるぜ!」

「良い返事だ。ただし、受けたからには負けた時は……」

「あぁ、煮るなり焼くなり好きにしやがれ」

「……ここは狭い。表でやろう」

 

 セキュリティを解除しこの建物の出口に向かうと、クロウと名乗った男もその後に続く。誰も見ていない深夜の決闘が始まろうとしていた。

 

 

 

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 表に出ると距離をとり互いに向き合う。月は傾き始めていたが、相手が不敵な笑みを浮かべている事ぐらいは分かる程の光量は残っている。

 何かが合図になった訳ではない。ただ、気が付けば同時に同じ言葉を発していた。

 

「デュエル」

「デュエル!」

 

 このデュエルの先攻は俺のようだ。5枚引いた初手を確認する。

 初手としては申し分無い札が揃っている。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 先攻はこちら。6枚目の手札を確認し、自分が取るべき最善の手を頭の中で組み上げていく。

 

「『ライトロード・サモナー ルミナス』を守備表示で召喚」

 

 天から降り注ぎ始めた光の中から金髪の少女が召喚される。着ている白で統一された衣装は露出度が高く、胸回りと腰回り以外はその健康的な褐色の肌を外に晒している。

 

 

ライトロード・サモナー ルミナス

ATK1000  DEF600

 

 

 狭霧も使っていた“ライトロード”デッキにも投入されていたカード。手札1枚を捨てる事で墓地のレベル4以下の“ライトロード”と名のつくモンスターを蘇生する効果を持つ、言わば“ライトロード”のエンジン的存在だ。ただし、墓地に“ライトロード”と名のつくモンスターが存在しなければこの効果は使う事が出来ない。

 

「カードを1枚伏せてターンエンド。そしてエンドフェイズ時、『ライトロード・サモナー ルミナス』の効果発動。デッキの1番上からカードを3枚墓地に送る」

 

 だがエンドフェイズに墓地にカードを送る効果は別だ。デッキの上から墓地に送るカードを1枚ずつ確認していく。

 よし、この状況において最高のカードが墓地に行ってくれた。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 さて、牛尾を倒した実力は如何ほどのものか。デッキをこのターンで見極められれば良いのだが。

 

「悪いが、速攻で片付けさせてもらうぜ! 永続魔法『黒い旋風』を手札から2枚発動!」

「…………!」

 

 この時点でこいつのデッキは確定した。しかしよりにもよってデッキの中核となる『黒い旋風』を初手に2枚も握っているとは、なるほど牛尾じゃ倒せない訳だ。

 

「そして俺は『BF—暁のシロッコ』を召喚! こいつは上級モンスターだが、相手の場にしかモンスターがいない時、リリースなしで召喚できるモンスターだ!」

 

 黒い翼を羽ばたかせ相手の場に巨大な鳥が舞い降りる。黄色いくちばしに顔周りは青い毛で覆われており、人間の大人と同じぐらいのサイズで二足歩行をしている。だがその様子を良く観察すると、開いたくちばしの中には人の顔があったり、手の鉤爪も肘まですっぽり覆えるただの手袋だったりしている。そして極めつけは二の腕部分で露出している人間の肌だ。これらの事から分かる通りこいつは鳥の被り物をした人間である。

 

 

BF—暁のシロッコ

ATK2000  DEF900

 

 

 この男が使っているデッキは“BF”。モンスターが闇属性・鳥獣族と統一されており、闇属性の幅広いサポートカードや鳥獣族関連の尖ったカードの恩恵を受ける事が出来る強テーマ。これ程の強テーマとのデュエルは狭霧の“ライトロード”以来だろうか。

 『黒い旋風』を投入している事から、おそらく型は“旋風BF”と推察される。だが既存の概念は通用しないと考えた方が良いだろう。普通は採用しないようなカードが飛んでくる場合だって大いにある。

 

「そしてこの瞬間、『黒い旋風』の効果が発動するぜ! 自分の場に“BF”と名のつくモンスターが召喚された時、そのモンスターよりも攻撃力の低い“BF”と名のつくモンスター1枚をデッキから手札に加えることができる。俺の場にはその『黒い旋風』が2枚あるため効果は重複する。この効果で俺は『BF—疾風のゲイル』と『BF—黒槍のブラスト』の2枚をデッキから手札に加えるぜ!」

 

 『BF—疾風のゲイル』に『BF—黒槍のブラスト』。どちらも“BF”と聞けば馴染みの深いモンスターだ。ただ1枚は『BF—月影のカルート』辺りを手札に加えるものと思っていたが、初手で既に握っていると言う事か?

 

「そして手札から『BF—疾風のゲイル』と『BF—黒槍のブラスト』を特殊召喚! こいつらは自分の場に他の“BF”と名のついたカードがある時、手札から特殊召喚できる!」

 

 『BF—暁のシロッコ』の両隣に2体のモンスターが出現する。

 俺から見て左の方に降りてきたのは、全体的に紫色とエメラルドグリーンの2色の印象を受ける小柄な鳥。胸を境に顔などの上の部分はエメラルドグリーンで、翼などそれ以外は紫色に塗り分けられている。

 もう一方に現れたのは紺色の翼をした鳥だった。黄土色の長いくちばしにオレンジ色の頭、胸回りには長い黄色の毛が伸びている。名前の通りドリルのように渦を巻いている巨大な槍を持ち、それを軽々と振り回してみせる。

 

 

BF—疾風のゲイル

ATK1300  DEF400

 

 

BF—黒槍のブラスト

ATK1700  DEF800

 

 

 俺のセットカードを恐れずに一気にモンスターを展開してきたか。どうやら向こうは勝負を決めにきている。

 

「『BF—疾風のゲイル』の効果発動! 1ターンに1度、相手の場のモンスターの攻撃力、守備力を半分にできる。これにより『ライトロード・サモナー ルミナス』の攻撃力と守備力は半減だ!」

 

 『BF—疾風のゲイル』がその翼を羽ばたかせ、その風を『ライトロード・サモナー ルミナス』へとぶつける。風の煽りを受けダメージを負ったルミナスは体をよろめかせていた。

 

 

ライトロード・サモナー ルミナス

ATK1000→500  DEF600→300

 

 

 その効果を使わなくてもこのターン4000以上のダメージを与えられるだろうに、随分と徹底しているな。

 

「さらに『BF—暁のシロッコ』の効果発動! 1ターンに1度、自分の場の”BF”と名のついたモンスターを選択し、エンドフェイズ時までそのモンスター以外の場の”BF”と名のつくモンスターの攻撃力をそのモンスターに加えることができる。ただし、このターンその選択したモンスター以外は攻撃できなくなる。この効果で俺は『BF—黒槍のブラスト』にすべての力を集める!」

 

 薄紫に発光する光を腕に宿した『BF—暁のシロッコ』と『BF—疾風のゲイル』は、『BF—黒槍のブラスト』の周りを旋回し飛び始める。その光は飛んでいった軌跡に光の帯を残し『BF—黒槍のブラスト』の体に巻き付いていく。体がその光にすべて包まれると、光は一瞬膨張を見せ引き裂かれる。中からはそのサイズを倍以上に膨らませた『BF—黒槍のブラスト』が出てきた。

 

 

BF—黒槍のブラスト

ATK1700→5000

 

 

 こうもあっさり攻撃力4000台を超えてくるとは、ライフ4000のルールだと“BF”ではワンキルが横行しそうだ。いや、それは“BF”に限った話ではないか。

 

「『BF—黒槍のブラスト』には貫通効果が備わってる! これで終わりだ!! 『BF—黒槍のブラスト』で『ライトロード・サモナー ルミナス』を攻撃! ブラック・スパイラル!!」

 

 巨大な力を得た『BF—黒槍のブラスト』が『ライトロード・サモナー ルミナス』目掛けて一直線に飛び出す。真っすぐ向けられた槍の切っ先が風を切っているのが見てとれた。

 

「そう簡単には終われないな。トラップ発動、『和睦の使者』。このターンの戦闘ダメージを0にし、モンスターの戦闘破壊を無効にする」

 

 轟速で迫ってきた槍がルミナスの眼前でピタリと止まる。如何なる攻撃をもってしても和睦が取りなされた今、自軍のモンスターを戦闘で破壊する事も叶わず、戦闘によって生じるダメージも0になる。

 念のためと伏せていたカードが次のターンのワンターンキルを抑止する鍵になるとは思っていなかったが、何事も備えあれば憂いなしと言ったところか。

 

「くっ、一筋縄ではいかないって事か」

「そう言う事だ」

 

 相手の目つきが変わる。先程まではこちらを道ばたに転がる石ころ程度にも障害と思っていなかったようだが、今ようやく初めてこちらを倒すべき敵として認識したようだ。ここから本当のデュエルが始まる。

 

「なら、バトルを終了。俺のエースを紹介してやるぜ! レベル4の『BF—黒槍のブラスト』にレベル3の『BF—疾風のゲイル』をチューニング!」

 

 『BF—疾風のゲイル』の体が解け緑色に輝く三つの輪が内側から放たれる。その輪が一直線に並ぶとその中に『BF—黒槍のブラスト』が飛び込む。『BF—黒槍のブラスと』の輪郭が透け、体の内に眠る自らが持つレベルの数の光球がその輝きを増すとその姿は夜の闇に解けていった。

 

「黒き疾風よ、天空へ駆け上がる翼となれ! シンクロ召喚! 吹き荒べ! 『BF—アーマード・ウィング』!」

 

 光が輪の中を突き抜ける。それは両腕で抱える事の出来ない程の太い光柱。それを吹き飛ばし中から出てきたのは羽の生えた黒いアーマーで身を包んだ男だった。六枚三対の翼に尾羽までついたその姿は、変身ベルトで変身したヒーローアニメのキャラクターのようだった。

 

 

『BF—アーマード・ウィング』

ATK2500  DEF1500

 

 

 『BF—アーマード・ウィング』。

 戦闘破壊耐性があり、さらに戦闘での自分へのダメージを0にする効果を持つ戦闘には滅法強いシンクロモンスター。だが効果耐性はないため、フィールドから退かすには効果破壊、もしくは除外するのが手っ取り早い。

 

「カードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

 やはりカードを伏せてきたか。このターン俺が警戒すべきはあのセットカードだろう。“BF”に採用され得るトラップなど汎用召喚反応型の『奈落の落とし穴』や、フリーチェーンバウンス効果を持つ『強制脱出装置』、言わずも知れた攻撃反応型の『聖なるバリア―ミラーフォース―』、モンスター効果以外なら全て無効にする事が出来るカウンタートラップ『神の宣告』、はたまた鳥獣族専用サポートの強力除去カード『ゴッド・バード・アタック』など数えればきりがない程思いつく。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 よし、このターン動くには申し分無い札が集まった。

 とは言えこの手札では、召喚にチェーンされる形で発動するトラップに耐性があるモンスターは呼び出せない。特に警戒すべきは『ゴッド・バード・アタック』。自軍の場の鳥獣族1体をリリースしフィールド上のカードを2枚破壊するフリーチェーンの強力な除去効果を持つ。下手な順番で展開してその効果の直撃を貰ったら、次のターンをガラで明け渡す事になりかねない。そうなれば今度こそゲームエンドだ。幸いなのは2枚カードを破壊するのは強制効果なので、場に2枚以上カードを出さなければ相手は自軍の場のカードを破壊する事になると言う事か。

 つまりこのターンまず俺がやるべきは極力カードを場に出さずにあのセットカードを処理しにいくと言う事。運良く先の『ライトロード・サモナー ルミナス』の効果で墓地に送れたカードのおかげでそれは可能だ。

 

「『ライトロード・サモナー ルミナス』の効果発動。手札を1枚捨て、墓地の“ライトロード”と名のつくモンスター1体を特殊召喚する。俺は『ライトロード・アサシン ライデン』を蘇生する」

 

 召喚師の名を持つ『ライトロード・サモナー ルミナス』の真骨頂とも言えるのがその蘇生術。彼女の描いた魔方陣は容易く墓地へと続く黒い穴を開くと、その中から呼び出すべき者を引き上げた。

 現れたのはルミナス同様の褐色の肌を持つ短い黒髪の青年。上半身に身につけているのは首に巻き付けた青藤色のストールだけのため、しっかりとした体の筋肉が見てとれる。下半身にはジーンズを履き、腿や膝、脹ら脛に白い装甲を宛てがっているだけで非常に身軽そうだ。両手に握られた金のナイフは刃渡りが40センチ程で刃が広いため、暗殺者が持つ暗器には向いていないように見える。

 

 

ライトロード・アサシン ライデン

ATK1700  DEF1000

 

 

 これで俺の場にモンスターは2体並んだ。だが相手のセットカードは発動しない。仮に『ゴッド・バード・アタック』を伏せていたとしても、こちらの手の内を把握していない以上、召喚権も使っていない段階でそれを使ってくるかと言われれば微妙なところか。ともかく第一段階はクリアだ。

 

「『ライトロード・アサシン ライデン』の効果発動。1ターンに1度、デッキの一番上からカードを2枚墓地に送る」

 

 デッキの上から2枚のカードを確認しながら墓地に送る。先程と言い今日の墓地の肥え方は非常にこのデュエルの追い風となっている。

 では相手のエースシンクロモンスターも登場なさったところだ、こちらもこのデッキを支えるシンクロモンスターを出すとしよう。

 

「レベル3の『ライトロード・サモナー ルミナス』にレベル4『ライトロード・アサシン ライデン』をチューニング。シンクロ召喚、『アーカナイト・マジシャン』」

 

 『ライトロード・サモナー ルミナス』と『ライトロード・アサシン ライデン』。これらのカードでこの『アーカナイト・マジシャン』を呼び出すのは初めてだったが、だからと言ってその様子に変わった事は無い。肩部が三日月のように反り返った白いローブ、その表面に描かれた紫色の波模様、それと同様の装飾がなされた三つ又に分かれた尖り帽、そしてその内から顔を覗かせる中性的な顔立ち。依頼用のデッキを使用すればまず使うであろうデッキの支え手が場に現れた。

 

 

アーカナイト・マジシャン

ATK400  DEF1800

 

 

「へぇ、こうもあっさりシンクロ召喚してくるとは、なかなかやるじゃねぇか」

 

 『アーカナイト・マジシャン』を出した事で少し感心したような目が向けられた。だがそれを見ても焦る様子は無い。

 あのセットカードは『アーカナイト・マジシャン』の除去効果への対抗策なのか、それとも単に『アーカナイト・マジシャン』の効果を知らないだけなのか。その判断はこの状況からはしかねる。少なくとも召喚無効はされないようだ。

 

「『アーカナイト・マジシャン』のシンクロ召喚成功時、自身に魔力カウンターを2つ乗せる。そしてその攻撃力は自身に乗っている魔力カウンター1つにつき1000ポイントアップする」

 

 2つの拳大の大きさの魔力球を吸収した『アーカナイト・マジシャン』はその力を一気に増大させる。その姿を見ても相手に動揺する様子は見られなかった。

 

 

アーカナイト・マジシャン

魔力カウンター 0→2

ATK400→2400

 

 

 『アーカナイト・マジシャン』の召喚に成功し魔力カウンターが増えても相手の妨害は無い。これで第二段階はクリアだ。さて最終段階まで無事通るかどうか。ここが一つの節目だ。ここで『アーカナイト・マジシャン』が処理されると正直形勢は一気に相手に傾く。だがこれが通れば勝機は俺に傾くはず。

 

「『アーカナイト・マジシャン』の効果発動。フィールドの魔力カウンターを1つ取り除いて相手の場のカードを1枚破壊する。自身の魔力カウンターを取り除きそのセットカードを破壊する」

「ならトラップ発動! 『針虫の巣窟』! この効果により俺はデッキの上からカードを5枚墓地に送るぜ!」

 

 『アーカナイト・マジシャン』が天から降らせた雷がセットカードを射抜く前にそのセットカードが露わになる。そしてその効果の処理を終えると直撃した雷によりフィールドからカードが燃え尽きた。

 

 

アーカナイト・マジシャン

魔力カウンター 2→1

ATK2400→1400

 

 

 貴重な『アーカナイト・マジシャン』の魔力カウンターを無駄にしてしまったようだ。だがこれでこれからの行動を阻む札は無いと今は喜ぶべきか。

 兎に角ここまで順調にターンを運べいるが、まだ問題は残っている。戦闘破壊耐性がある『BF—アーマード・ウィング』、攻撃力を集約する効果のある『BF—暁のシロッコ』、後続を補給する『黒い旋風』が2枚。どれも次のターンまで残しておきたくないカードだ。この内、戦闘破壊に持ち込める可能性があるのは『BF—暁のシロッコ』のみ。しかしこれも相手の手札次第では成し得るかどうかは分からない。ただあの『BF—アーマード・ウィング』は効果破壊でしか処理できない以上、ここで破壊しておくしか無い。

 

「もう一度自身に乗った魔力カウンターを使って『アーカナイト・マジシャン』の効果発動。『BF—アーマード・ウィング』を1枚破壊する」

「げっ! その効果1ターンに1度じゃないのかよ!?」

 

 『アーカナイト・マジシャン』の効果を知っていた訳ではないようだ。場の『BF—アーマード・ウィング』が貫かれる後ろで驚く相手のリアクションを見ながらそう確信する。

 

 

アーカナイト・マジシャン

魔力カウンター 1→0

ATK1400→400

 

 

「『スポーア』を守備表示で召喚」

 

 ポンッという小気味良い音と共に場に現れた青白い毛玉。その毛玉にはくりくりした瑠璃色の大きな瞳に“ω”の形をした口があるだけのシンプルな姿で、どこかのUFOキャッチャーでぬいぐるみになっていそうな気がする。二、三度ぴょんぴょんその場を跳ねる姿は見るものを和ませる。

 

 

スポーア

ATK400  DEF800

 

 

 相手は“BF”だ。単体のスペックも高く、それぞれの力が合わさる事でより大きな力を発揮する。だが一度フィールドを制圧し手札アドバンテージで差を広げてしまえば、“ライトロード”とは違ってトップ『裁きの龍』のような起死回生の札は無いため逆転する事はまず難しい。

 相手が不用意に勝負を焦った今こそ攻め入る好機だ。

 

「レベル7の『アーカナイト・マジシャン』にレベル1の『スポーア』をチューニング」

「何!? まだシンクロするのか?」

 

 『スポーア』の生み出した一つの光の輪の中に『アーカナイト・マジシャン』が入ると、7つの光の玉が『アーカナイト・マジシャン』の体の中から解放される。

 そして新たなるモンスターを生み出す光の柱がその輪の中を貫く。

 

「シンクロ召喚、『スクラップ・ドラゴン』」

 

 錆び付いた金属同士が擦れ合いギコギコと耳障りな音をたてながらその廃材達は動き始める。その音は次第に大きくなり、蒸気を吹き出す甲高い音が夜空に響き渡るのと同時に真っ赤な二つのランプが点灯する。

そうして光の中から廃棄品で生み出された竜はその活動を開始するのであった。

 

 

スクラップ・ドラゴン

ATK2800  DEF2000

 

 

 この『スクラップ・ドラゴン』の効果であと1枚のカードを効果破壊する事が出来る。さらにこの手札ならこのターンで合計4000以上の戦闘ダメージを叩き出せるだけの戦力を場に整える事が出来る。つまり相手の場の『BF—暁のシロッコ』を効果破壊で片付けて一気に勝負に出る事も可能。

 ただここで気になってくるのは墓地に送られた5枚のカード、そして手札から発動するモンスター効果。それらの妨害でこのデュエルを決めきれなかった場合、場に残した2枚もの『黒い旋風』の供給により手痛い反撃を受ける事は必至。特に『針虫の巣窟』を使ってわざわざ墓地にカードを送っている程なのだ。墓地に送る事でメリットになるカードが多めに採用されている事は明白。だが、そう都合の良いカードを墓地に送れているかも不確定だ。

 どれ、ここはこの新型デッキのエースを出して少し相手に揺すってみるか。

 

「マジックカード『儀式の準備』を発動。デッキからレベル7以下の儀式モンスターを手札に加え、その後墓地から儀式魔法を1枚選んで手札に加える事が出来る。俺はデッキからレベル7の儀式モンスター『救世の美神ノースウェムコ』を手札に加え、更に墓地の『救世の儀式』を手札に加える」

「儀式モンスター? これはまた随分と珍しいカードを」

「儀式魔法『救世の儀式』発動。手札、またはフィールドからレベルの合計が7以上になるようにモンスターをリリースし、手札から『救世の美神ノースウェムコ』を特殊召喚する。この時、俺の墓地の『儀式魔人リリーサー』、『儀式魔人プレサイダー』は自身を墓地から除外する事で、儀式のリリースに必要なレベル分のモンスター分のモンスターとして扱う事が出来る。『儀式魔人リリーサー』のレベルは3、『儀式魔人プレサイダー』のレベルは4。よってこの2体を除外する事することで儀式召喚を行う」

 

 周りの景色が変化する。

 今までは月明かりで周りの物が見えていたが、俺たちを囲うように何かが出現したため光が遮られ視界が利かなくなる。辛うじてデュエルディスクが放つ光で手の届く範囲は見えるのだが、一歩踏み出した先にあるものが何なのかを正しく認識できないでいた。

 

「な、なんだ?」

「…………」

 

 相手もこの演出には少々驚いているようだ。かく言う俺もこのカードを使うのは初めてなだけに少々戸惑っているのだが。

 そんな事を思っていると、突如背後で火が灯った。その明かりに照らされ、初めてこの周りの景色に起きた変化を認識する事が出来た。

 振り返って真っ先に目に入ってきたのは腰の高さ程の白い台座だ。その上には独特のクロブークが鎮座している。独特と表現したのは純白のヴェールがついているまでは普通だったのだが、帽子のデザインが紺地に金のラインで模様が描かれたものになっており、形状も通常の物とは違って扇のように頭頂部の方が広がっているためだ。

 その台座の背後の両脇で火が灯った台が設置されている。そのさらに奥は壁でその一面がステンドグラスとなっていた。それは巨大な太陽の輝きを表現しているようにも見えるし、巨大な丸い眼のようにも見える。

 火が灯った台の両横には真っ新な白い石柱が2本あり、その間隔よりも広く間を空けた鼠色の石柱が俺の両脇に立っている。相手の方に振り返ってみればそれが等間隔で前の方に並んでいる。並んでいるのは石柱だけではない。横長の椅子が中心を空けるように二列にずらりと並んでいた。そしてここの周りを囲む壁の窓は様々なものが描かれたステンドグラスと言う事から分かるように、ここは協会の内部のようだ。

 

『………………』

 

 サイレント・マジシャンもこの光景に落ち着かない様子で周りを見渡していた。

 

 火の光が揺れる。

 

 再び火が灯った台の方に視線を戻すと、ちょうど半透明で姿を現していた『儀式魔人リリーサー』と『儀式魔人プレサイダー』が青白い光の玉に変化しそれぞれ焼べられるところだった。二つの火はその青白い光を吸収するとその役目を終えたと言うように静かに消えていく。

 そして協会の中は暗闇に戻る。だがそれも束の間のことだった。上から淡い白い光が台座の前に降り注ぐ。それは後ろのステンドグラスの上に空けられた小さな小窓から入る月の光だった。

 

「…………?」

 

 ふとその光に違和感を覚えた。初めは何が原因かは分からなかったが、じっくりその光を見つめているとその正体に気付く。

 青白い光の粒だ。それが降り注ぐ光の中に含まれていた。その光の粒は台座の前に集まっていき、やがて人が入れる程の大きさの光の繭のような形を作る。そして光が十分に集まると、少しだけ強く発光しその光が収まっていった。中から現れたのはのはブロンドの髪の女性。台座に鎮座するクロブークと同じ配色の衣装を身に纏い、紺の二の腕まで隠れる程の長手袋に包まれた両手の指を組み合わせ、祈りを捧げるように床に座り静かに頭を下げていた。彼女は静かに目を閉じたまま動く気配はない。

 

『マスター、そのクロブークを彼女に』

「…………」

 

 ソリッドビジョンであるクロブークに触れるはずも無いのだが、サイレント・マジシャンに言われるがままに台座においてあるクロブークに両手を添えると、まるで自分の手の動きに合わせるようにクロブークは移動する。そしてそのクロブークの向きを合わせて祈りを捧げ続ける彼女の頭にそっと被せた。

 すると彼女はゆっくりと両目を見開きこちらを見上げる。

 

「…………!」

 

 綺麗だ。

 最初に抱いた感想はそれだった。サイレント・マジシャンに勝るとも劣らない白い肌、人形のように整った形をした鼻、ほんのりとピンク色に染まった形の良い唇、そして何よりもサファイアのように美しい澄んだ青色の瞳に吸い込まれそうな感覚に陥る。ただ呆然とその顔を眺めていると、仮面越しのその視線に気が付いたのか少しこちらに微笑んで見せたような気がした。そして彼女が立ち上がりくるりと振り返ると周りの景色は元のものに戻っていた。

 

 

救世の美神ノースウェムコ

ATK2700  DEF1200

 

 

 流石は美しき神の名を冠するだけの事はある。

 そんな事を考えていると突き刺さるような視線を感じた。それは目の前の対戦相手からのものでは無い。むしろ相手も『救世の美神ノースウェムコ』の姿に目を奪われているようだった。

 

『マスター……ターンを』

 

 俺の傍らに立つサイレント・マジシャンからの一言。そちらを見ればサイレント・マジシャンが無表情でこちらを見つめていた。それと同時に突き刺さるような視線の感覚は消えていた。ただ、先程のサイレント・マジシャンからの言葉は気のせいか少し棘のあるようにも感じた。

 

「『救世の美神ノースウェムコ』の儀式召喚に成功した時、効果発動。このカードの儀式召喚に使用したモンスターの数まで場の表側表示のカードを選択する。そして選択したカードが場に存在する限り、このカードはカード効果では破壊されなくなくなる。儀式に使用したモンスターは『儀式魔人リリーサー』と『儀式魔人プレサイダー』の2枚。よって場の俺から見て左にある『黒い旋風』と『スクラップ・ドラゴン』の2枚を選択し、破壊耐性を得る」

 

 優しい光が『スクラップ・ドラゴン』と『黒い旋風』を包み込む。

 これによってノースウェムコは効果破壊耐性を得た。『スクラップ・ドラゴン』には耐性は何も無いが、もう1枚を『黒い旋風』に指定した事でその『黒い旋風』を自身の手で破壊しない限りノースウェムコを効果破壊する事は叶わない。

 

「何やら随分と美人なお姉さんを出してきたじゃねぇか。その不気味な格好に全く似合ってないぜ」

「それに関しては同感だよ。墓地の『レベル・スティーラー』の効果発動。場のレベル5以上のモンスター、俺は『スクラップ・ドラゴン』のレベルを1つ下げ、墓地から自身を特殊召喚する」

 

 墓地から引き上げられたのは赤い背中の中心に黄色い星マークが刻まれた中型犬程のサイズのテントウ虫。右から『スクラップ・ドラゴン』、『救世の美神ノースウェムコ』、『レベル・スティーラー』と並ぶ様はノースウェムコを守る番竜と使い魔のようだ。

 

 

スクラップ・ドラゴン

レベル8→7

 

 

レベル・スティーラー

ATK600  DEFE0

 

 

「……随分とモンスターを並べるじゃねぇか。だがそいつを攻撃に加えても俺のライフを削りきる事はできねぇぜ」

「それはどうだろうな?」

「……何?」

「『スクラップ・ドラゴン』は1ターンに1度、自分の場と相手の場のカード1枚を選択し、そのカードを破壊する効果がある」

「なっ……」

「さらに『儀式魔人リリーサー』を儀式召喚の素材に使用した事により、その儀式召喚を行ったモンスターが場の存在する限り相手はモンスターの特殊召喚を行う事が出来ない」

「……それじゃあ『スクラップ・ドラゴン』の効果で『BF—暁のシロッコ』を破壊されたら、俺は何もモンスターを特殊召喚できずに負けちまうって訳か!?」

「そうなるな」

「うわぁぁぁあ!! なんてこった!! この俺ともあろうものがこんなところで負けちまうのかぁぁぁ! ちくしょう!! すまねぇ! 俺を待ってるみんなぁぁ!」

「…………」

 

 頭を抱えて嘆き始める相手だが、さてそれをどう見るべきか。

 率直な感想を言えば態とらしいオーバーなリアクションだ。そもそも相手に自分がピンチであると言う情報を渡す必要など無い。寧ろそんな事をしたら自分が不利になるだけである。セキュリティを何人も倒してきた男がよもやそんなミスを犯すとも考え辛い。とすれば、この場合もし俺が『BF—暁のシロッコ』を効果破壊し一気に攻め入ったとしてもそれを止める手だてがあると考えた方が良さそうだ。

 しかしここで決めきれないと『黒い旋風』2枚を残しターンを渡す事になる。現状相手の手札は2枚。次のドローで3枚に増え、さらに“BF”の通常召喚をされれば『黒い旋風』の効果で4枚まで手札を増強される。そうなれば流石にこの状況すらもひっくり返す事も容易だろう。

 まだデュエルは序盤、ここは堅実に動こう。

 

「『スクラップ・ドラゴン』の効果発動。俺の場の『レベル・スティーラー』と俺から見て右の『黒い旋風』を破壊する」

 

 俺の効果発動の宣言に合わせて『スクラップ・ドラゴン』は羽ばたき宙に浮かぶ。そのまま『レベル・スティーラー』の真上に浮かぶと体から鉄骨がこぼれ落ち『レベル・スティーラー』の体を容赦なく押し潰す。さらに蒸気を噴かせながら背中から発射された何本ものH形鋼が『黒い旋風』に突き刺さりそれを破壊した。

 

「……『BF—暁のシロッコ』を破壊するんじゃなかったのか?」

「ここで勝負に出て決めきれなかった場合の事を考えての事だ。バトル。『スクラップ・ドラゴン』で『BF—暁のシロッコ』を攻撃」

 

 甲高い音を立てて蒸気を噴かせながら口を開けた『スクラップ・ドラゴン』は『BF—暁のシロッコ』に狙いを定める。蒸気の噴出量が増えるのに比例して口内に輝くオレンジ色の光はその輝きを増していく。

 その光景を眺めながら相手の様子を伺う。ここの状況で最も発動されたくないカードは『BF—月影のカルート』。“BF”が戦闘を行うダメージステップ時に手札から墓地に送る事で発動し、その戦闘を行う“BF”の攻撃力エンドフェイズ時まで1400ポイント上昇させる効果を持っている。その効果を使われれば『スクラップ・ドラゴン』は返り討ちに合い、最悪次のターン何らかの“BF”を出されて、場に残った『BF—暁のシロッコ』の攻撃力を集約する効果でノースウェムコの攻撃力を上回り、戦闘でノースウェムコも処理されるだろう。

 だが、恐らく『BF—月影のカルート』は握っていないと推察する。勝負を焦り『黒い旋風』の効果でそれをサーチせず一気に勝負を決めにきていた相手に、その後のこのような展開でフィールドをひっくり返されるとは予想できていなかっただろう。

 良くて墓地起動の攻撃を止めるカードかダメージを軽減するカードがあるのだろうと当たりをつけたところで、『スクラップ・ドラゴン』の口からオレンジ色の熱線が発射された。

 

「ダメージ計算時、手札からモンスター効果発動!」

「っ!?」

「『BF—蒼天のジェット』はこのカードを墓地に送る事で、自分の場の“BF”をその戦闘で守る!」

 

 『BF—暁のシロッコ』を易々と消し飛ばす威力を持つ『スクラップ・ドラゴン』の熱線に向かって、小さな鳥が猛スピードで突撃していく。黒い眉に朱色の顔、それ以外は水色の体をした『BF—蒼天のジェット』は水色のオーラを放ちながら熱線と正面衝突した。体は小さいが攻撃力2800の攻撃をものともせず受け止めそれと拮抗してみせる。流石に完全に受け止めきれずライフは僅かに削られていたが、その攻撃が終わっても『BF—暁のシロッコ』は場に健在であった

 

 

 

クロウLP4000→3200

 

 

 ダメージステップ時の手札から発動するモンスター効果と聞いて一瞬ひやりとした。だが、結果攻撃力の変化も無く『BF—暁のシロッコ』が生き残ってくれたのはこの場合は僥倖だ。

 

「ならば『救世の美神ノースウェムコ』でもう一度『BF—暁のシロッコ』を攻撃」

 

 何も持っていなかったノースウェムコの手に長い金の杖が現れる。先端には七つの手を持つヒトデのような形のオブジェがついており、その中央には機嫌の悪そうなおっさんの顔が彫られている。その様子は機嫌を悪くした太陽がメラメラと日差しを強くしているようにも見える。

 その杖を天に翳すと青白く細い光が四方から集まり一つの球体を精製していく。その球体が大きくなるにつれ光の集まるスピードも上がっていき最終的に直径2メートル程の光球が作られる。杖を振り下ろすとその青白い光球は『BF—暁のシロッコ』に向かって放たれる。光球に飲み込まれた『BF—暁のシロッコ』は光球の爆発と共に跡形も無く四散した。

 

 

クロウLP3200→2500

 

 

「『儀式魔人プレサイダー』を儀式召喚に使用した儀式モンスターが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、そのコントローラーはカードを1枚ドローする」

「もう片方の儀式魔人にも効果があるとは思ってたが、随分と便利な効果だな。これも計算のうちか?」

「さて、どうだろうな? 再び場の『スクラップ・ドラゴン』のレベルを1つ下げ、墓地の『レベル・スティーラー』を守備表示で特殊召喚する。さらにカードを1枚伏せターンエンドだ」

「けっ、つれねぇヤツだ」

 

 場に『レベル・スティーラー』が戻り、俺の場には再び3体のモンスターが並んだ。特に『スクラップ・ドラゴン』と『救世の美神ノースウェムコ』の2体が並んでいるのは非常に頼もしく感じる。

 

 

スクラップ・ドラゴン

レベル7→6

 

 

レベル・スティーラー

ATK600  DEF0

 

 

「行くぜ! 俺のターン、ドロー!」

 

 相手の手札はこのドローで2枚。手札2枚まで追いつめられた状態の“BF”でこの場を逆転すると言うのは難しい。この状況をひっくり返すには『ブラック・ホール』と攻撃力1400以上の“BF”と名のついたモンスターの2枚を揃えない限り無理だろう。

 だがノースウェムコがいる限り特殊召喚も行えないと言う絶望的な状況にも関わらず、相手の目には諦めた様子は無い。こう言う目をした輩は何をしでかすか分からないと言うのが経験則だ。油断せずに相手の出方を伺う。

 

「マジックカード『終わりの始まり』を発動! 墓地に闇属性モンスターが7体以上ある時、このカードは発動できる。墓地の闇属性モンスターを5体除外してデッキからカードを3枚ドローする。俺の墓地には既に『BF—暁のシロッコ』、『BF—蒼天のジェット』、『BF—疾風のゲイル』、『BF—黒槍のブラスト』、『BF—東雲のコチ』、『BF—アーマード・ウィング』、『D.D.クロウ』等、墓地に闇属性はたんまりある! この内の『BF—暁のシロッコ』、『BF—蒼天のジェット』、『BF—黒槍のブラスト』、『BF—東雲のコチ』、『D.D.クロウ』の5体を除外してカードを3枚ドローするぜ」

 

 おいおい、ここでいきなり最強ドローソースか……

 何かやるとは思ったがまさかいきなり手札を4枚まで回復されるとは思わなかった。手札が4枚まで増えたとなるとこの状況も覆す札は十分に揃え得る。自分の中の警戒度が上がっていく。

 

「よしっ、俺は『BF—蒼炎のシュラ』を召喚」

 

 相手の場に新しく現れたのは漆黒の翼を生やした蒼い顔の鳥。体のサイズは成人男性程ある。二の腕や膝下は細く黄色い棒のような骨張った体をしているが、肘より先の腕は熊の手のように毛深く太い。

 

 

BF—蒼炎のシュラ

ATK1800  DEF1200

 

 

 下級モンスターの中でもアタッカーとしての性能は随一を誇る『BF—蒼炎のシュラ』の登場。この時点で嫌な流れを感じる。

 

「そして『黒い旋風』の効果により、俺は攻撃力1800未満の『BF—月影のカルート』を手札に加える」

 

 ここのサーチとしては予想通り『BF—月影のカルート』だった。これでノースウェムコを突破される事は確定した。だがノースウェムコが存在する限り特殊召喚が出来ないこのターンでは、モンスターを除去するカードでも持っていない限り『スクラップ・ドラゴン』を倒すことは出来ないはず。

 

「さらにマジックカード『二重召喚』を発動。これによりこのターン俺はもう一度通常召喚を行う事が出来る。これにより俺はさらに『BF—漆黒のエルフェン』を召喚。このカードは上級モンスターだが、自分の場に”BF”と名のつくモンスターがいる時、リリースなしで召喚できる。そして召喚成功時、相手の場のモンスターの表示形式を変更できる。俺は『救世の美神ノースウェムコ』を守備表示に変更する」

「っ!」

 

 『BF—蒼炎のシュラ』の隣に降りてきたのはそれよりも一回り大きい黒鳥。名前通り体全体が黒い羽で覆われており、くちばしは先端が丸く太いため顔だけ見ればオオカミのようにも見える。その口の中には肌色が見え、よく見ると二の腕や腹回りにも人間の肌が見えることから、これも被り物を被った人間である事が分かる。

 『BF—漆黒のエルフェン』はその翼を力強く羽ばたかせると、その風に乗り数本の羽が矢の如く『救世の美神ノースウェムコ』に突き刺さる。苦しそうに膝をついたノースウェムコは守備表示にならざるをえなかった。

 

 

BF—漆黒のエルフェン

ATK2200  DEF1200

 

 

 不味いな……

 『救世の美神ノースウェムコ』の守備力は僅か1200。それは相手の場のどのモンスターの攻撃力よりも劣る数値。相手の手札に『BF—月影のカルート』が加わっている今この布陣は確実に突破される。

 

「さらに『黒い旋風』の効果により、攻撃力2200未満の”BF”と名のついたカード、俺は『BF—極北のブリザード』を手札に加える」

「くっ……」

 

 これで後続も確保されてしまったと言う訳だ。まさか手札2枚の状態からこの布陣を突破されるとは思わなかった。どうやら次のターン、今度はこちらが盤上をひっくり返す手を考えなければならないようだ。

 

「墓地の『BF—尖鋭のボーラ』を除外し、自分の場の”BF”と名のついたモンスター1体を選択して効果発動! このターン選択したモンスターが戦闘を行う場合、自分への戦闘ダメージは0になり、選択したモンスターは銭湯では破壊されず、戦闘を行った相手モンスターをダメージ計算後に破壊する。俺はこの効果で『BF—漆黒のエルフェン』を選択」

「ぅっ?!」

 

 漏れかけた驚愕の声をなんとか押し殺す。仮面をつけているため向こうにこの動揺は悟られなかったようだが、この展開は非常にこちらに不利だ。『BF—月影のカルート』の消費無しでこのターンを返されると後のターンにかかる負担が一気に増す。せめてこのセットカードを警戒して手を緩めてくれれば良かったのだが、どうやら向こうはそんな気はサラサラないようだ。

 

「さぁ行くぜ! まずは『BF—蒼炎のシュラ』で『救世の美神ノースウェムコ』を攻撃!」

 

 『BF—蒼炎のシュラ』がノースウェムコに迫る。振り上げた熊のように太くなった右腕の五本の爪が鋭く光ると、それは容赦無くノースウェムコの体に五本の線を刻み付けた。その一撃に倒れたノースウェムコは一度申し訳無さそうにこちらを見ると光りの粒子となって消えていく。

 

「へへっ! 『救世の美神ノースウェムコ』が消えた事で、俺のモンスターを特殊召喚できないっつー制約は無くなった訳だ。ここで俺は『BF—蒼炎のシュラ』の効果を発動! このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した時、デッキから攻撃力1500以下の”BF”と名のついたモンスターを特殊召喚する。俺が呼ぶのはこいつだぁ! 来い、『BF—大旆のヴァーユ』!」

 

 新手として相手の場に飛び出してきたのは頭に赤い羽を生やした小柄な鳥だった。ブラックフェザーの名を持つくせに白い羽を生やしている上、学ランを着込んでいたり下駄を履いていたりと見て呉れは突っ込みどころ満載である。

 

 

BF—大旆のヴァーユ

ATK800  DEF0

 

 

 バトルに入る前にもうこの展開になる事は読めていたが、やはり『BF—蒼炎のシュラ』とは実に厄介なモンスターだ。ノースウェムコが突破されない限り発動の機会はないと思っていたが、もうこのカードを発動するとはな。

 

「この瞬間、速攻魔法『終焉の地』を発動。相手がモンスターを特殊召喚した時、デッキからフィールド魔法を発動する。俺が発動するのは『魔法都市エンディミオン』」

 

 これにより周りの風景は一変、ヴェネチアの町並みのような水路が張り巡らされた都市が出現する。背後には巨大な塔、四方にはその高さの半分程度の塔が建てられ都市全体は堀で囲まれている。

 

「なんだ……?」

「ここが今晩の戦場だ」

「なるほど……良いぜ、真っ向勝負だ! さらに『BF—漆黒のエルフェン』で『スクラップ・ドラゴン』を攻撃!」

 

 建物の隙間を飛び抜けながら『BF—漆黒のエルフェン』が『スクラップ・ドラゴン』に迫る。照準を合わせようにも建物の間を器用に通りながら飛行する『BF—漆黒のエルフェン』を捉える事が出来ない。あれよあれよとしている間に『スクラップ・ドラゴン』の眼前まで肉薄した『BF—漆黒のエルフェン』はその鋭い爪を振り下ろす。金属同士がぶつかったような甲高い音を響かせ激突した両者だが、共に無傷のまま一旦距離をとる。

 

「『BF—尖鋭のボーラ』の効果を受けた『BF—漆黒のエルフェン』の攻撃により『スクラップ・ドラゴン』は破壊される!」

 

 ピキッ

 

 渇いた音がしたかと思うと『スクラップ・ドラゴン』の頭部に亀裂が奔る。それは徐々に広がっていき体全体が罅で覆われる。そしてついに自重を支える事すら出来なくなった体は派手な音をたてながら崩壊した。

 

「これでデカ物を撃破だぜ! そしてこの瞬間、さらに速攻魔法『グリード・グラード』を発動! このカードは相手のシンクロモンスターを戦闘、またはカード効果で破壊したターンに発動できる。そして効果はデッキからカードを2枚ドローする」

「相手が魔法カードを使用した事で『魔法都市エンディミオン』に魔力カウンターが乗る」

 

 相手の魔法カード使用によって背後にそびえる巨大な塔の天辺に緑色に輝く魔力球の明かりが灯る。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 0→1

 

 

「魔力カウンターを乗せる効果か……なるほどな。まぁ今は関係ないか、まだ攻撃は続くぜ! 『BF—大旆のヴァーユ』で『レベル・スティーラー』を攻撃!」

 

 空高く飛び上がった『BF—大旆のヴァーユ』は空中で一旦動きを止めると、勢い良く『レベル・スティーラー』の体目掛けて滑空する。そして『レベル・スティーラー』にぶつかる直前で前転の要領で綺麗に体を回転させると履いている下駄を叩き付けた。それは鮮やかな踵落としだった。そんな攻撃を受けきれるはずもなく『レベル・スティーラー』は破壊される。

 

「ふー、これで大掃除は完了だ。だが、まだ俺のターンは終わっちゃいねぇ。『BF—大旆のヴァーユ』レベル4の『BF—蒼炎のシュラ』にレベル1の『BF—大旆のヴァーユ』をチューニング。黒き翼よ! 光纏いて大空に煌めく星となれ! シンクロ召喚! 『BF—煌星のグラム』!」

 

 新たなシンクロモンスターとして場に現れたのは白銀の甲冑に身を包み、背中から黒い翼を生やした戦士。手足は鳥の足のような形状をしているのだが、胴体は人型なのだからそれを人と呼ぶべきなのか鳥と呼ぶべきなのかは判断がつかない。ただ少なくともその手に握られている鳥の足を柄にした剣を見る限りはその剣を武器に出来る程の技術を持ち合わせているようだ。

 

 

BF—煌星のグラム

ATK2200  DEF1500

 

 

「カードを1枚セットしターンエンドだ」

「……っ……」

 

 手札に逆転のカードは揃っておらず、先の見えない劣勢状況。それだと言うのに込み上げてきたのは笑いだった。

 今回の相手は今までの依頼の対戦相手の中でも最強クラスの実力者でありデッキパワーも紛れもなくトップクラス。奇しくも戦いの場となったのは以前俺と戦い倒しきれなかった男と同じ魔法都市。そこに数奇な運命を感じる。

 

 このデュエルは長くなる。

 

 この時ふと、そう確信するのだった。

 


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