夢を見た後に   作:デラウェア

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第8話 果たせなかった歴史の改変

 あの男は何者なのだろうか。ケイブルは駐屯地の自分の天幕の中で、一昨日出会った青年の正体について考える事が多くなっていた。

 ケイブルは[紫電(しでん)傭兵団]と言う名の傭兵団の団長であり、現在はデグレアに雇われていて、とある特殊な任務を遂行するために、デグレアの特殊部隊と共同戦線を張っている。

 デグレア……聖王国打倒を掲げ、かつての王国を復興させようと企む旧王国、その旧王国の政治を纏めている元老院議会がある軍事都市、[崖城都市デグレア]の事である。

 ケイブルたちの傭兵団に与えられた任務は1つ。デグレアの特殊部隊が聖王国の領内にあるレルムの村の聖女を捕獲し、本国であるデグレアに無事届ける事が出来るように、補佐をする事である。その為、レルム村の近くに簡易的な駐屯地を作る為に先行し。ケイブルの傭兵団もそこに待機させている。

 作戦決行の2日前。私用でゼラムに訪れた帰り道、ケイブルはとある青年と衝撃的な出会いをした。何が衝撃だったかというと、その服装である。

ゼラムからレルム村の方へと戻ろうとしていたケイブルとは逆に、青年はレルム村からゼラムに向かって歩いていた。遠目から見た時は、旅人がよく羽織っているマントをしていた為、それ程気にはならなかったが、近くまで来てマントの中の服が見えた時、ケイブルは我を忘れて凝視してしまったのだ。

(あれは――もしや学生服ではないのか!?)

 その青年が着ていた服は、以前自分の世界でよく見かけた、学生が着る制服に酷似していた。リィンバウムでも召喚師の連中や軍人は制服を着ているが、あれらとは明らかに違う形をしている。

 ケイブルは青年の様子を窺った。まだ20を超えていないであろう黒髪の青年は、のんびりと景色を見ながら歩いている様にしか見えないのに、誰よりも早く歩き、視線は鋭く警戒は怠っていない。腰に挿した得物を見るに刀を使うらしい。こちらが凝視しすぎたのに気が付いたのか、束の間、目が合った。その目から放たれる光が余りに力強くて、ケイブルはすぐに目を逸らした。それ以降目を合わさずにすれ違い、ケイブルは駐屯地に戻った。

 服の事からも分かる様に、ケイブルは名も無き世界の地球から召喚された日本人である。大学の卒業式からの帰りに、召喚事故によってこの世界に召喚された。[2度目]の召喚であった

 それからケイブルは、日本にいた時の名前は捨てて必死に生き抜き、召喚されてから6年が経っていた。今では紫電傭兵団を立ち上げて、それなりに名が売れるようになり、遂にはデグレアに雇われる程にまでなった。まあ、雇われた経緯は普通のものとは違うのだが。

 ケイブルには果たすべき誓いがあった。その為なら、この世界の行方が、日本でプレイしたゲームの様な結末にならなくても構わないと思っている。デグレアに雇われた事など、原作には――いや、ケイブルの存在自体がそもそも原作には無かったものなので、今更なのかもしれない。

 まずは聖女と称えられている、アメルを誘拐する事である。普通なら、多くの人と接している聖女を誘拐するのは難しい、だが実のところ簡単に捕まえる方法がある。

 アメルは昼の休憩時間に、森の中に入って気分転換をするのだ。そういう行動を取る事は、ゲームでも語られていたし、情報収集のために冒険者に成りすまして潜入した時に、聖女の仕事の過酷さも理解したので、気分転換するのは当たり前だったとケイブルは思った。何にせよ、その1人になった時を狙って誘拐すればいいのである。

 そして今日、デグレアの特殊部隊の隊長である、ルヴァイドから許可を貰って作戦を決行したのだが……結果から先に言うと、見事に失敗した。それどころか、色々と想像できない事が起きた為に、ケイブルは驚き戸惑った。

 傭兵団創設時からの副官であり、大切な仲間であるレイ3兄妹を伴って、作戦場所であるアメルがいると思われる場所に辿り着いたとき、アメルは木に登っていた。何をしているのかと思えば、高い所に登ったまま降りられなくなっている、子猫を助ける為に登っているようだった。その事はいい、だが問題なのは猫を助けるのに失敗して、木から落ちたアメルを助けたのが、まだ見習いから脱却したばかりの、新米召喚師であるマグナたちだった事だ。

 彼らがここにいると言う事は、物語は進んでいるという事だ。部下の1人をゼラムに常駐させ、マグナとトリスがゼラムを出たら、必ず報告するように言っておいた筈だが、そんな連絡は無い。

(信頼できる男を置いておいた筈なのだが、何があったのだろうか?)

 さらに、アメルの代わりにトリスが木に登り始めた後。一昨日、山道で出会った青年がやってきて、アメルたちと話を始めた事が、ケイブルをさらに混乱させた。その為にトリスが猫を抱えたまま木から落ちて、それを青年が受け止め、アメルが治療している間も、何も行動する事が出来ずにいた。その後、青年がこちらに気が付いた為、レイ3兄妹に後始末を任せて、先に駐屯地に撤退して報告を待つ事にした。

 とそこで、天幕の外からケイブルの名前を呼ぶ声が聞こえたので、許可を出して中に入らせる。中に入ってきたのは、レイ3兄妹の長男であるレイヤーだった。

「おう、レイヤーか。ご苦労だったな」

「いえ、この程度の苦労。どうという事もありません」

 そう言って、表情を変えずにレイヤーは椅子に座る。

 レイヤーは傭兵団を結成した時からのメンバーで、ケイブルが不在の時には代わりに指揮を執る、傭兵団のナンバー2である。どんな時も沈着冷静で、表情もそれ程動かない。緑色の髪に、緑色の瞳。部下からは頼りにされており、クールでカッコいいと町や村で出会った女性たちからも、声を掛けられる程に人気がある。

 ケイブルはレイヤーに視線を合わせ、先を促した。

「それで報告ですが――まず名前はイツキというそうです」

「ああ、アメルが大きな声でそう呼んでいたな」

「それでイツキという男は、あの場に来た時点で我々の存在に気が付いていた様ですね」

「と言う事は、俺の存在も?」

「いえ、どうもそういう感じでは無かった様です。まあ、表情に出していないだけという可能性もありますが」

「やはり顔を見せず退いたのは、正解だったな」

 お互いに1度は顔を見ている。2度3度と何処かで遭遇する可能性も考えておくべきだろう。状況次第では、イツキという青年にワザと接触する可能性もある。

「腕前の方ですが、こちらも様子見の為に手を抜いていたとはいえ。レイアー、レイクー両名の連携した攻撃を軽くいなしておりました」

「軽くか」

「はい、1対1で相手をさせるには、おそらく荷が重いかと――それに私でも厳しいと思います」

「兄妹の中で一番強いお前でもか……そこまで強いか」

「向こうも明らかに手を抜いて力を隠していました、本気で来られた時の予測が出来ないほどに」

 話通りなら、レイヤーは手を下さずにイツキを観察していた。冷静にものの判断を下せるレイヤーが言うのだから、間違いないだろうとケイブルは判断する。

「ふむ――日本人にそこまでの実力者がいたとはな。やはり世界は広い」

「本当に名も無き世界の住人なのでしょうか?」

「それは恐らく間違いない、服装や髪などの見た目や、雰囲気がね――まあ、確証はないから感だがね」

 レイヤーには感だと言っておいたが、ケイブル自身は召喚された人間だと何故か確信できていた。説明しろといわれても上手く言える自身はないが、何故か心の中では納得できる何かをイツキと言う青年から感じたからだ。

(俺と同郷で腕が立つ男。俺は名を捨てケイブルとして生きているが、これからお前は俺たちの前にどう現れるのだろうか? 敵か――それとも味方か?)

 そんな事を考えるケイブルの天幕に、今度はケイブルを呼ぶ女性の声が聞こえてきた。レイヤーの時と同じ様に返事をして中に入らせる。入ってきたのはレイヤーの妹のレイアーだった。

「ケイブル隊長! ルヴァイド様が、作戦室に来るようにと伝言を預かっております」

 はきはきと気持ちのいい声に、さわやかな笑顔でそう伝えてくるレイアーの話を聞いて、椅子から立ち上がる。予定では、作戦決行は明日になっている。その為の話し合いだろうと、ケイブルは判断した。

「了解した、レイアーは俺に付いて来い。それとレイヤーには探して貰いたい物がある」

 ケイブルはそう言って、レイヤーに必要な物を告げて、レイアーと共にルヴァイドのいる場所に向けて、天幕を出る。

 外はもう日が沈み、綺麗な月が静かな光を称えていた。所々から見回りをしている、兵士の掛け声が聞こえる以外、実に静かな夜である。

(駐屯地に戻って来た時はまだ夕方だったのに――もう夜になっていたとはな。考え事に集中しすぎていたな)

 そう苦笑しながら、ルヴァイドのいる天幕に辿り着き、断りを入れて中に入る。

中に入ると、あまり広くない天幕の中に置いてあるテーブルを囲む様に、ルヴァイドと他2人の幹部がいた。3人はテーブルの上に置いた、レルム村の地図を覗いている所だった。

「遅れてすまない、ルヴァイド」

「待っていたぞ、ケイブル」

 少し暗めの赤髪に、鋭さと力強さを感じる目、尖った鼻に凛々しい眉毛と、端整な顔立ちをしていて、黒い鎧で身を固めている。デグレア軍特殊部隊、[黒の旅団]総指揮官であるルヴァイドは、ケイブルの方に向いて厳しい表情を、幾分か緩めながら言った。

「申し訳ない、任務の方は失敗した」

「報告は聞いている。それで、次はどうするつもりだ? 俺としては、お前の作戦には期待しているのだがな」

 ルヴァイドは国に使える軍人である。だからどんな命令でも忠実にこなす。それでも聖女の誘拐には最初は難色を示していた。聖女を誘拐する事を躊躇している訳ではなく、作戦決行時に巻き込んだ村人は殺さなければならない事に、心を痛めているからだ。

 心根は優しい人物なのだ。だからケイブルが提案した、村人を巻き込まない誘拐作戦に賛成し、許可を与えたのだ。

「作戦は明日の夜だったな。なら明日の昼にもう一度実行してみるつもりだ」

「しかし、今日は失敗しているのだろう? 明日も同じ結果になるんじゃないか?」

 ルヴァイドの横で地図を見ていた男が顔を上げる。デグレア軍の特務隊長で、ルヴァイドの腹心であるイオス――金髪で病気かと心配するほどの青白い肌。これまた整った顔立ちをしており、デグレア軍が統一している黒の制服を基調とした紫色の服にロングコート。肩と腕に革製品の防具を着けた、齢20歳の青年である――がケイブルを見ながら言う。

「前回の失敗は、どう行動しても俺の顔がばれてしまうからだ。状況次第では、相手の前に敵以外の形で出くわす事も、あるかもしれないからな」

「対策ヲシテキタト言ウノカ?」

 イオスの反対側に立っている、ルヴァイドのもう1人の腹心である、機械兵士のゼルフィルドがケイブルの言葉に反応し。ケイブルは頷いたと同時に、いいタイミングで天幕の外から、レイヤーの声が聞こえてきたので、中に入れる。命令を受けてから急いで探して持ってきたのだろう、入ってきたレイヤーは息が弾んでいた。

「隊長、持ってまいりました」

「ああ、感謝するぞレイヤー。ルヴァイド、俺はこれを明日から身に着けて行動する予定だ」

 そう言ってレイヤーから受け取り、俺はそれを3人に見せる。

「ソレハ――仮面カ?」

「ああ、その通りだよゼルフィルド」

 ゼルフィルドの言う通り、ケイブルが用意した物は仮面である。以前何処で手に入れたかは忘れたが、仮面を手に入れる機会があり、何かに使えるだろうと思って、手放さずに取って置いたのだ。その意味はあったと内心思いながら、仮面を付けて見せる。

「声も変える事が出来るし、これなら面が割れる事もない。明日の任務にも支障をきたさない筈だ」

 声を別人の様に変えるのは、昔から得意である。そう自負しながら、どうだと胸を張って話しかけたが、何故かルヴァイドとイオスは声を上げて笑い出した。

「な、何だよ、突然!?」

「いや、何だよって……よりによって何でピエロの仮面にしたんだ」

「ん? イオスよ、ピエロの仮面じゃ拙かったか?」

「拙くはないぞケイブル――ククク、俺はいいと思うぞ」

「笑いながら言っても説得力ねえよ! ルヴァイド、ゼルフィルドを見てみろ、俺の仮面に納得しているようじゃないか」

 唯一笑う事もなく、ただ立ち続けていたゼルフィルドを指差しながら言うと。

「イエ、機械兵士デアル我ガ言ウノモ何ダガ――けいぶる殿ノせんすハ相変ワラズ理解出来ナイト、実感シテイタ所ナノデス」

「な、何だと!?」

 俺の慌てる声に、笑う声が大きくなる――さらに笑い声が4つに増え。増えた方に顔を向ければ、レイアーだけに飽き足らず、普段表情を崩さないレイヤーでさえ笑みを浮かべて笑っている。

「お前らまで、笑う事でもないだろ」

「いえ、隊長のセンスは素晴らしいですよ――もちろん良い意味で」

「私には笑えといっているようにしか見えません」

「むむむ……」

 憤慨しながら仮面を外し、面をこちらに向けて見る。サーカスに行けば、どこにでも見かけるシンプルな奴ではつまらないと、日本でもあったハロウィンのイベントで身に着ける様な、歯を剥き出しにした、相手を驚かせるタイプの仮面を見る。

「カッコいいと思うんだがなぁ」

 それを言うと、さらにまた笑い声が聞こえてきたので、それ以上言うまいとケイブルは話を先に進める事にした。

「と、とにかく。俺はこれを付けて、明日の昼にもう一度仕掛けるからな」

「分かった、許可しよう。我々の任務は聖女の確保であり、お前のやり方で兵の労力や被害が少なくなるのならば、それが最善であろう……頼んだぞケイブル」

 ルヴァイドの大きくは無いがよく通る声に、緩んでいた空気は引き締まり、ケイブルを含めた4人は表情を真剣なものに変えて直立する。ゼルフィルドは元々背中など曲がってもいないので最初から直立したままである。

「ああ、任せておけ。お前たちの分までしっかりやるさ」

 そう言って、ケイブルは部下の2人を連れて天幕を出る。

(今日のような失敗はしない、必ず成功させてやる)

 ケイブルはそう意気込みながら、自分の天幕に向かって歩き出した。

 

 

「隊長――ケイブル隊長、起きて下さい」

「ん……何だ、レイアーか。急にどうした?」

 ルヴァイドたちとの話し合いの後、明日の事も踏まえて夕食を取り、夜の見回りの指揮をレイアーに任せて眠りに就いたケイブルだったが。そのレイアーの声が聞こえたので目を開けて見ると、髪と同じ緑色の瞳が興味深そうにこちらを眺めている所だった。

「隊長って……寝顔も可愛いですね」

 目が合ってから少しの間、こちらを見つめ続けていたかと思うと、急に目を細めて笑顔になりながら、そんな事をレイアーは言ってきた。

「おい、もって何だもって。それより、そんな事を言いたくて、俺を起こしたんじゃないよな?」

 ケイブルは自分の顔が引きつるのを感じながらレイアーに問いかけると。

「そんなまさか、ちょっと奇妙な事が起きているので、報告せねばと思って、ここに来ました」

 そう言いながら、少し顔を赤くして首を横に振るレイアーに、ケイブルは怪訝な顔をする。

「奇妙な事?」

「はい、いつもより兵士の数が少ないのです」

「は?」

「とにかく外に出て下さい」

「ああ」

 言われるままにレイアーに続いて外に出る。夜の時間になっているので、昼の時間帯の兵士から仕事を引き継いだ者たちが、見回りをしているいつもの光景であったが、確かにいつもより数が少ない気がする。

「ううん? これはレイアーの言う通り、確かに少ないな」

 見た限りではあるが、いつもの半分程度にも見える。何か問題でも起きたのだろうかと、ケイブルは考える。

「明日の作戦に備えて、今日の見回りが少ないだけかもしれないのですが――」

 何処か納得してないレイアーを見て、ケイブルは部下の感を信じて動く事にした。

「まあ、現時点での責任者はレイアーにある。お前が何か不安を感じるというなら、調べてみる価値はあるだろう――部下を集めて点呼をさせる」

「それはもう兄上が――あ、戻ってきました」

 レイアーの言った通り、向こうからレイヤーが部下を2人伴ってやってきた。

「レイヤー、話は聞いている。ご苦労だったな」

「いえ、起こしてしまって、申し訳ありません隊長」

「よい、それでどうだった?」

「我々の部隊の方は、レイクー以下11名が日課の訓練に出かけていますが、それ以外誰1人として、欠けてはおりませんでした」

 ケイブルがこの駐屯所に引き連れてきた部下の数は100。その中から、レイ3兄妹の末っ子であるレイクーは夜の遭遇戦を想定して、毎回部下を10名連れて夜の訓練に出かけている。それはいつもの事であり、報告も貰っているので問題はない。

「レイクーの方はいつもの事として……ルヴァイドの部隊だけが減っているのか」

「そうなります――隊長、これはおかしくありませんか?」

 ルヴァイドたちから、何も報告を聞いていない為、レイヤーや部下たちも困惑の表情を隠せていない。取りあえず、話を聞かない事には何も始まらないだろう。

「ああ、ルヴァイドに問い質してくる。レイヤーは部下を集めたまま、いつでも動ける準備をしておけ。レイアーは俺に付いてこい」

「了解です」

「ハイ!」

 嫌な予感を強く感じながらも、ケイブルはそう言って剣と仮面を持ち、レイアーと共にルヴァイドのテントに向かった。

 

 

「ルヴァイド、入るぞ」

 ケイブルはそう言いながら、返事も聞かずに天幕の中に入ると、3人ともまだ明日の作戦の話をしていたらしく、いきなりやって来たケイブルの登場に驚いている。

「どうしたケイブル、先に寝たんじゃないのか?」

「ああ、そうだったんだが。ルヴァイドにちょっと聞きたい事が出来たんでな」

「俺に? 何だ?」

「お前の部下が少ないようだが、何か任務にでも就いているのか?」

「何の話だ?」

 ルヴァイドが、怪訝な表情をする。

「何の話って――外にいる部下の数が少なくなっていると、俺の部下から報告を受けているんだが」

「なんだって!?」

 そう言ってイオスが椅子から立ち上がり、外の様子を見る為なのか、天幕から出て行く。イオスの行動を見るに、イオスたちも把握出来ていない様だ。

「取りあえず、ルヴァイドは命令を出してはいないのだな?」

「ああ、俺は特に命令を出した覚えはない」

 そう言ってルヴァイドは頷く。まあ、こんな事に嘘を付く男ではないので、事実なのだろう。

「ルヴァイド様!」

 イオスの帰りを待つ間、自分の隊の状況も説明していた所で、イオスが戻ってきた。

「どうだった、イオス?」

「ケイブルの言う通り、多くの兵がおりません」

「どういう事だ?」

「私にはなんとも――取りあえず、ルヴァイド様も外においで下さい」

「ああ、そうだな」

 そう言ってルヴァイドたちも外に出て、ケイブルも続いた。

「……確かに、ここから確認出来るだけでも少ないな」

「センサーニ反応スル熱源モ少ナイ様デス」

「と、言う事は、もう外にいるって事か」

 そう呟きながら、どうするべきか考えようとしていた所で。

「あれ? 皆さんおそろいで――何をやっているんですか?」

 鎧を着込み、タオルを首にぶら下げながら、レイクーが部下を連れて声を掛けてきた。どうやら訓練からちょうど戻って来たらしい。

「レイクー、お疲れ様。いつもより遅かったんじゃないの?」

「まあ、今日あの男に言いようにされたからね。いつもより厳しくやった結果、遅れただけだよ、姉貴」

 そう言い終わってから、こちらを不思議そうに見回して。

「で、隊長やルヴァイド様たちは何を?」

「実はな――」

 俺は兵士がいなくなった事情を、かいつまんでレイクーに話すと。

「ああ、それならさっき――森で出会った部隊の事じゃないですかね?」

 などと重要な事を、さらりと言ってのけた。

「なに!?」

「あれ? でも知らなかったんですよね? 何であんな所を歩いてたんだろ?」

「お前は問いたださなかったのか?」

「はい、私たちの部下が1人もいなかったので。命令系統も違いますし、聞くのはヤボかと思ったのですが」

 嫌な予感が胸の中でどんどん強くなっていくのを、焦りと共に感じながら、ケイブルはレイクーを問い詰める。

「森で出会った部隊は、どこへ向かった?」

「えーと……そう言えば、レルム村の方向へ向かったような気がします」

「時間は?」

「2、30分前位かな」

 ルヴァイドとイオスの問いに、思い出しながらレイクーは答えている。

(もしやレルム村に襲撃を? いや、作戦の決行は明日だった筈だ……まてよ? 原作でレルムの村が襲われるのは、確かアメルがマグナたちと出会った日――と、すると。ま、まさか!?)

「隊長!?」

嫌な想像をしてしまった瞬間、レイヤーが部下を2人連れて、こちらに走って来た。普段の落ち着いたレイヤーの様子からでは想像も出来ないほどの慌てぶりに、ただ事ではない事が起ころうとしているのを、ケイブルは感じとった。

「どうした?」

「集めた部下に事情を説明した所で、実は部下の何人かが、大勢の兵士を連れて行く者を見たそうなのですが――風貌と声から察するに、あのビーニャだったと!」

『ビーニャだと!?』

 ケイブルを含めた、その場にいた者たちが驚きの余り、声を上げた。

 ビーニャ――俺を雇った主の直属の部下で、まだ見た目が10歳前後の少女である。だが、その肌の色は青白いイオス以上に、青い色が目立つ死人の様な肌色をし、人を壊すのが好きだと公言する残虐非道な性格に、子供らしからぬ残虐な笑みに甲高い声。本当に人であるのかと、疑ってしまう様な少女である――が何故ここにいるのか? 今は雇い主と一緒に本国である、デグレアにいるはずなのだが……雇い主は、元老院とほぼ同等の権力を持っており、その直属の部下であるビーニャにも、かなりの権力がある。その為、特殊部隊と言っても、所詮1部隊である黒の旅団の兵士が、ビーニャの命令に何の抵抗も見せずに従うのも無理はない。

(しかし、ビーニャがこんな所にいるなど聞いていないし、原作にだってない。一体どうなって――)

 そんな事を考えた瞬間、遠くから大地を揺るがす、大きな爆発音がした。

「爆発だと!?」

「何処からだ?」

「アノ方角ハ……レルム村ガアル方向カラデス!?」

 ルヴァイドやイオスが、動揺を隠しきれない声を上げ、ゼルフィルドは爆発があった方を見上げて説明する。

「地震か!?」

「どうしたんだ!」

「今の爆発、目標の村の方角じゃないのか?」

などと、近くにいた兵士たちも、天幕から慌てて外に出たり、爆発があった方を見ながら声を上げている。

「レイヤー、レイアーは部下を50名連れて俺に続け! レイクーは残りを率いてここに残り、指揮を執れ。無闇に動かず、駐屯地を守るのだ」

 ケイブルは迅速に、その場にいた部下に指示を与え、ルヴァイドに話しかける。

「ルヴァイド! 先に行くぞ!」

「待て、ケイブル!」

「あの爆発の規模だ、村は大変な事になっているに違いない。仮面も持って来ているし、準備はしてある。待ってなぞいられるか!」

「くっ、何と言う事だ……我々も続く! イオスとゼルフィルドは残りの兵を引き連れてこい」

「了解しました!」

「御意!」

 そう言ってルヴァイドたちもすぐに行動し始めた、ケイブルはその声を耳にしながら、赤く燃えているレルムの村へと向かって走り出した。

(部下から来なかった報告、俺の知らないイツキという男――その他諸々含めて、これは俺がこの世界に召喚された事による歪みだとでも言うのか!?)

 元々ケイブルも、この世界にはいなかった人物である。さらにケイブルは原作を変えようと行動したために、歪んだものがケイブルの目の前に、こうして現れたのであろう。最早、この世界はケイブルの知る世界とは違うパラレルワールドなのだと自覚する。

(それでも、俺が失敗した時の保険として――極力原作が始まるギリギリの時間に、行動しようとした事が幸いしたな。この展開は言ってみれば、原作通りと言うやつだからな)

 自分の手でどうにか出来そうにない時は、原作の流れ通りに誘導してハッピーエンドの結末を迎える。頭がよくないと自覚しているケイブルが、悩みに悩んで考えた末にでた結論がそれである……召喚された自分の意味は、一体何処にあるのだという、考えからは目を逸らして。

 ケイブルは進む方向を見つめた。村を燃やすその炎は、歴史を変えようとした俺の浅はかさを、笑い飛ばすかの様に燃え上がっていた。

 

 

 

「キャハハハッ! もっと燃しちゃえ、壊しちゃえ!」

 レルムの村を召喚術の力を使って大いに燃やし、駐屯所から連れて来た黒の旅団の兵士に、聖女の捕獲と村人の虐殺を命じたビーニャは高まる高揚感から、抑える事の出来ない喜びを爆発させていた。

 その喜び方だけを見れば、サンタを信じている子供が、クリスマスにプレゼントを貰った時の様な姿に見える。

 だが、その表情や言動は誰が見ても、目を逸らしたくなるほどの残虐さを秘めている。この凄惨な光景を前にしているのにだ。

「いつでも襲える準備がしてあるのに、明日やろうだなんて――まったく、ルヴァイドちゃんってばモタモタしてるんだからァ……あの方の言う通り、アタシが来て正解だったわね、キャハハハハッ!」

 ビーニャは命令を下した後は、木に登って高みの見物している。敬愛する上司からも基本的には手を出すなと言われており、それを忠実に守る為に我慢しているのだ。

「ルヴァイドちゃん、聖女の捕獲って言う美味しい所を持っていかせてあげるんだから、感謝しなさいよね。本当だったら聖女以外、アタシのオモチャたちのエサにしてやる積もりだったんだから――ン?」

 そう不満を漏らしたビーニャだったが、その時ルヴァイドたちが村にやって来る気配を感じた。どうやらケイブルたちも来ている様だと、ビーニャは理解する。

「やっと来た。ルヴァイドちゃんにケイブルちゃん、後の事は頼んだからネ――さァ、これからが楽しみだ、キャハッ! キャハハハハハッ!」

 そう言いながらビーニャは立ち上がり、レルムの村から背を向け、闇の中に溶け込むように、森の中へと消えていった。

 


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