夢を見た後に   作:デラウェア

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第11話 リラの家にて

「イツキ、もう昼だよ! そろそろ起きなって」

「ん――」

 俺を起こそうとする誰かの声と、カーテンを開く音。それと窓から差し込んだ陽の光の眩しさも手伝って、俺は暗闇から意識を浮き上がらせた。

「……此処はどこだ? それに服も違う」

 ベッドの上で目覚めた俺は、寝起きのせいで頭が回らず。一瞬何処で眠っていたのかも、いつも着ていた制服と違う服を着ているのかも分からず混乱しかけたが、

「なに言ってるのイツキ? 此処は私の家で、その服は私の父さんが貸してあげた服じゃない」

 横で何を言っているんだと、呆れた声色で話しかけてきたリラの方にゆっくりと顔を向けて。漸くここがリラの家だと思い出す事が出来た。

「イツキさぁ――寝ぼけてるでしょ?」

「――ああ、寝ぼけてた」

 そうだった。レルムの村を脱出して、ゼラムに辿り着いたあと……息を潜めていた裏路地で、たまたま近くを通りかかったダイコクとリラの親子に出会い、彼らの家に厄介になったのだ。

「もしかして、イツキって朝弱いの?」

「……まあ、な」

 目の前で失態を見せてしまったし、元々隠す事でもなかったのであっさりと白状すると、

「へぇ~そうなんだ」

 そう言って、何故かリラはニヤニヤしながらこっちを見てくる――その姿は俺の弱点を知って、からかう内容が増えて喜んでいる時の渚と同じ顔だったので、非常に嫌な予感がした。

「なんだよ、その顔は?」

「いーえ、別にぃ」

「…………」

 そう否定しているくせに、にやけた顔が変わらないリラを見て睨みつけてやったが、それでも表情は変わらない。

「今更睨まれたって、怖くないですよーだ」

「はぁ……おはよう、リラ。いや、もうこんにちは、か?」

「おはようイツキ。時間的には、もうこんにちはだけど――まあ気にしない気にしない」

 そう言いながら、手をひらひらさせていたので頷いておくと。浮かべていた笑みを消して、少し真面目な表情になりながら話しかけてきた。

「ねえイツキ。昨日の続きも含めて話さなきゃいけない事が色々あるけど、昼食が出来たから食べ終わった後でもいい?」

「ああ、そうだな。せっかく作ってくれたんだから先に頂くよ。ありがとうな」

「それじゃあ、料理が冷めないうちに行こう!」

 そう言って俺を強引にベッドから立たせ、俺の手を掴んで引っ張っていく。

「お、おい! ちょっ――自分で歩けるから引っ張るなって!」

「いいから、いいから」

「恥ずかしいんだが!」

「気にしない、気にしない」

 結局、何度言っても聞く耳を持たないリラのせいで。食事が用意された居間まで手を掴まれ続けた俺は、居間で俺達を待っていたダイコクさんの苦笑した姿を見る事になった。

 

 

 昨日、裏路地を出た俺は。リラが暮らす家に着いた後、家主のダイコクさんから風呂や服に寝る場所まで貸して貰えた。俺としては先に事情を説明したかったのだが、ダイコクさんに――「取りあえず、少し心と体を休ませるんだな。説明は後で構わない。もちろん緊急を要するなら話は別だがな」――と諭された。

 早い方が良いとは思ったが安全なゼラムにいるのなら緊急という訳でもないだろうし、そもそもマグナ達の居場所も分からないのだ。俺は大人しくダイコクさんの提案に甘える事にして、体を休ませた。

 風呂に入って汚れを落とし、用意して貰った服を身に付けて夕食が出来るまでの間、借りた部屋で睡眠を取り。夕食後に事情を全て説明した。

 [名も無き世界]から召喚された事に始まり、レルム村での様々な出来事。その村で聖女目当ての謎の集団に襲撃され、多くの人間が殺されてしまうのを見た事。知り合いを逃がすために囮をやったせいで、知り合い達とはぐれた事。落ち合う場所はゼラムだと決めていたが、細かい場所まで聞かなかったため取り敢えず裏路地に避難して、その時リラ達と会った事……などを簡潔に2人に話した。

「うむ――大体の事情は分かった……辛い思いをしたのだな」

 俺の説明を、腕を組んでじっと聞いていたダイコクさんはそう言いながら、辛そうな表情をして俺を見る。

「酷い――酷すぎる! そんなの、人間のやる事じゃないわ!」

 リラは相手の行為に怒りを露わにしながら、テーブルに両手を叩き付けた。

「俺が助けられたのは僅かに10人ほど、力が及ばなかったばかりに」

 真っ先にアメルを助けにいかず、宿屋が集まっている方に足を向ければまた違った結果になっていたかもしれない。

 訳も分からずこの世界に召喚された俺達を、家族だと言って親しくしてくれたアメルの方を優先した事に後悔など微塵も無いが、それでも悔しい事には変わりは無く。自分の未熟さに情けなくなり、うな垂れたが。

「イツキよ、自分を責める事はない」

「そうよ、イツキのせいじゃないわ!」

 2人の息の合った力強い言葉に、俯かせた顔を上げて2人の顔を見る。

「過去の事を悔いてもはじまらんよ。イツキとアグラバインが頑張ったからこそ、お前の知り合い達は助かったのだろう? それは誇って良い事だ」

「そうだよ、話しか聞いてないから失礼かもしれないけど――イツキは頑張ったと思うよ」

 ダイコクさんもリラも、暖かい笑みを浮かべて俺を労ってくれた。そんな2人の言葉に体の力が少し抜けた。

「ありがとう、過去の事より今はこれからの事を話さないとな」

 その事に感謝の言葉を述べると。

「ああ、それでいい」

「どういたしまして」

 そう言って目を閉じて同じ様に屈託無く笑う2人の顔を見て、良い意味で似たもの親子なのだと俺は感じ、少し羨ましくなった。

「それでこれからの事だが、まずはお前さんの仲間と合流せねばならないな」

 ひとしきり笑った後、ダイコクさんが本題に入るために切り出した言葉に頷く。

「ええ、そうですね。まずはどの辺りにいるのかだけでも知りたいのですが……俺の話した情報だけで、何か心当たりはありますか?」

 1度来ているとはいえ、この町の事を殆ど知らない俺では見つけるのは正直言って難しい。外に出て人通りの多い所で探すのも1つの手ではあるが、もしかしたら追手の連中に見つかる可能性もある。状況が切迫するまで無茶をする必要は無いはずだ。

 その為、俺より詳しい2人に話を聞いてみたのだが、

「イツキの話からすると――おそらく高級住宅街の方かな?」

「うん、私もそう思う」

 ダイコクさんの言葉にリラが頷いたのを見て、やはり2人を頼って正解だった様だ。後は細かい場所を聞くだけだ。

「高級住宅街?」

「ああ、説明するから取りあえずこの地図を見てくれ」

 ダイコクさんがそう言って、テーブルの隅に置いてあった大きな紙をテーブルの上に広げる。

 それを覗き込むと、どうやら大まかに書かれたこの町の地図のようだ。一番南の方には昨日くぐってきた大きな門が書いてあるのが見える。

 他にも地図に書き込まれた印やら文字を見ると……ダイコクさん達の住んでいる家は町の中央にある公園と南にある門、西に広がっている一般の住宅街――俺が隠れていた裏路地がここだ――と東に見える商店街。この4箇所のちょうど真ん中辺りにあるらしい事が分かった。

「この町の最北端に描かれている大きな城と、そこから南西にあるこの大きな建物――召喚師の集団の1つ[蒼の派閥]の本部がここだ。この2つを結ぶ道のりに建っている家々の総称が、高級住宅街と呼ばれている場所だ」

 ダイコクさんの指が最初は北、次に南西に移動し。最後はその2つの建物の間に指を動かしながら説明してくれた。自分達と関わるかもしれない召喚師の組織と屋敷の位置も把握しつつ、俺は頷いて先を促す。

「この高級住宅街はね。王様に仕える家の人や、家名のある有名な召喚師の一族達が住んでいる家が沢山建っている所なの。私達の故郷にも無いような豪邸が沢山あるんだよね」

 王に仕えるという事は、貴族の事だろうか? 普段だったら、おそらく俺達が関わる事など全くなさそうな場所なのだろうが……今回はそうでもなさそうだ。

「イツキがしてくれた話に召喚師の者達がいた。彼らが逃げた先は恐らく高級住宅街の方だろうから、まずはその辺りを探してみるといい」

 確かに思い返してみると、マグナとトリスの兄弟子であるネスティは確かバスクという家名を名乗っていた。バスク家の屋敷がその高級住宅街にあると考えた方が自然だろう――この時点で、今後の方針は決まった。

「ダイコクさんの言う通りにしようと思う。最初にその場所から探してみるよ」

 俺は次の目標を決めてそう宣言した時には、外はもう日が暮れていた。俺は借りた部屋に戻ってすぐに眠る事にした。明日は歩き回る事を想定して、少しでも体を休ませておきたかったからだ。

 

 

「ね……ツキ、イツキってば!」

「うおっ!?」

 昼食を頂いて、コップに注がれた水を飲みながら昨日の事を考えていると。左耳のすぐ近くから聞こえたリラの怒鳴る声によって驚いた俺は、肩をビクつかせ変な声を出してしまった。

 視線をリラに向けると……眉を寄せジト目でこちらを睨みながら、頬を膨らませたリラの顔があった。話を聞いていなかったのがいけなかったのか、どうやらご立腹の様である。

「すまない、ちょっと昨日の事を思い出していた。どうした?」

「あ、ゴメン。もしかして真面目な事だった?」

「大丈夫だから気にするな。それでどうしたんだ?」

「あ、う、うん……あの」

 さっきまで怒っていたのに、俺が理由を話すと申し訳なさそうな顔をし、事情を聞くと今度はどう切り出せばいいのかと困った顔をして慌てているリラを見て苦笑する――表情がコロコロ変わるのを見ているのは中々面白かった。

「あの……ね、食事の事なんだけど――」

 そこまでリラに言われて、俺はやっと自分がやった過ちに気が付き座った状態でだが、背筋を伸ばして姿勢を正した。すぐに行動に移すためである。

 俺の行動の変化に反応して、リラも緊張した顔で姿勢を正す。それを確認してから俺は頭を下げた。

「ご馳走様でした」

 そう、料理を作ってくれたリラに礼を言う事をすっかり忘れていたのである。手伝う事も出来ず、ただ飯にありついただけの俺が出来る事といったら、しっかり食べきって礼を述べる位しか出来ない。

 だというのにその礼を忘れるとは、俺はなんて酷い奴なのだ。恥ずかしくて穴があったら入りたい所だが、今はまずその礼をしっかり伝える事だろう。

 だからこそ、しっかり頭を下げた。普段はここまでやらないが、今回は流石にいつもの挨拶だけでは申し訳なかったからだ。

「うん、お粗末様でした――って、ちがぁぁぁう!」

「うおっ!」

 俺の礼に笑顔で答えたと思ったら、突然大声を上げたリラの行動を予想していなかった俺は、また驚いてしまい変な声を出してしまった。

「ああーいやいや、それも間違ってないけどっ! ないけど、聞きたかった事は違うの!」

 リラも予想していた言葉と違っていたからなのか、かなり慌てた様子で俺に聞きたかった事を捲し立てた。

「私が聞きたかったのは、今の昼食はどうだったって聞きたかったの!? 美味しかった? それとも口に合わなかった? どうなの!?」

 何故ここまで焦っているのか分からなかったが、聞かれた事には答えなければならないだろう。俺は昨日の分も含めて、料理の感想をリラに伝える。

「ああ、かなり美味しかったよ。また食べたくなる味だった、良い腕だな」

 高級な料理など殆ど口にしないため、舌が肥えているという自信は全くない俺であったが。リラの料理は掛け値なしに美味しかった。

 作って貰ったといえば――アメルやアグラバインの料理も美味しかったなと、こちらの世界に来てから食事で不満を感じた事が無かったのを、俺は今になって思い知らされた。

 恵まれていたのだ、俺は。この感謝してもしきれないこの喜びの気持ちを、いま目の前にいて伝えられるリラにだけはしっかり伝えようと、リラの目を見て告げる。

「こうやって、俺が元気でいられるのもリラの料理のおかげだ。心も体もポカポカと暖かくなる――そんな素敵な料理だったと俺は思う。美味しい料理をありがとう」

 一度も目を逸らさずに、素直な気持ちをぶつけてみた……が、

「…………」

 何故か無反応で、ただこちらを呆然と見続けるリラの反応に、俺は内心で慌てた。

 何か失礼な事を言ったのだろうか? 短い付き合いだが、流石にお礼の言葉を無視するような人間でないのは理解出来るので、こちらに何か落ち度があったのだろう――が、何処が悪かったのかまるで分からない。

 リラが反応せずに固まっているので、こちらも動くに動けず固まった状態のまま、お互いに見詰め合っていると。

「っ!?」

 我に返ったリラの顔がゆでだこみたいに真っ赤になって、声にならない声を上げた。

 突然の変化に俺は慌て、声をかけようとした時――俺の左肩をリラの右手が平手で打った。

「えっ? ど、どうしたリ――痛っ!」

 1度で終わると思っていたが何故か繰り返し左肩を叩き続けてくる――しかも2度3度と叩くたびに威力が上がっている様な……そう思いながら自分の肩からリラの方に視線を戻すと。

「もうっ! 誰がそんな事を言えって言ったのよ! そ、そんな褒め方じゃ駄目なんだからねイツキ」

 リラが壊れていた。

 顔を真っ赤にして視線がせわしく動き。それでいてしまりの無い顔になっているリラを見て、文句を言ってやろうとしていた気持ちが引っ込んで逆に心配になった。

 しかし、この状態をどうしようかと困っている間も、リラは俺の肩を叩き続けている――叩かれすぎて、かなり痛いんだがな。

「イツキにリラ、楽しんでいる所を申し訳ないが――そろそろ話を進めたいのだが?」

 俺達2人を見かねたのかダイコクさんが助け舟を出してくれたが、その表情は陽の光の様にキラキラしていて、思わず目を塞ぎたくなるほどの笑顔に包まれていた――こちらをからかっているのは一目瞭然だった。

「いや、楽しんでいるのはリラだけだと思いますが?」

 もちろん、痛い思いをしているだけの俺にとっていい事など何もない。そう思い反論したのだが、

「ええー!? むしろイツキが私を相手に楽しんでるでしょう!」

 何故か横にいるリラに突っ込まれた。その顔は心外だと言わんばかりの顔だが、心外なのはこっちの方だ――まあ、突っ込みを入れた拍子に叩くのを止めてくれたのでそれは助かったが。

「いや、どこがだ?」

「う~――もういい!」

 俺が心外だという気持ちを伝えると、リラはそう言って椅子に座り直した。膨れっ面だが、相変わらず耳まで真っ赤なままなので、まだ興奮しているのだろう……うーん、この状況からどうすれば機嫌が直るんだ?

「ハッハッハッ! すまないなイツキ。リラが怒っているように見えるだろうが――実は照れ隠しなのだ」

「照れ隠し?」

「ちょっ、と――父さん!?」

 一瞬冗談を言うなと思ったが、リラの反応からどうやら図星の様なので。席を立ってダイコクさんを止めようとしたリラを逆に捕まえて、椅子に無理やり座らせる。

 リラは抵抗してくるがそれを無視して、ダイコクさんに続きを促す。俺達のやり取りを見て、また笑いながらダイコクさんが頷いた。

「こいつはな――この町に来てそろそろ半年が過ぎるとゆうのに、店の手伝いや自分の鍛錬に精を出してばかりで同い年くらいの友人が全く作れていないのだ」

「父さん、もう止めて! イツキ、さっき叩いてたのは謝るから。お願いだから父さんの所に行かせて!」

「いや、いま大事な所だから。ダイコクさん、続きをどうぞ」

「ああ。それでな、お前さんとは気が会うと思ったんだろう。最初にお前さんが来てくれた日のリラは随分はしゃいでいたからな、次に合う日をとても楽しみにしていた」

「わー! わー!」

「だから今日の料理も、相当力を入れて頑張っていたんだ。いつもよりテンションが高いのも許してやってくれ……まあ、頑張って作った料理をあんな風に褒められれば、恥ずかしくなってしまうのも頷けるがな」

「くぅぅぅっ~!?」

 ダイコクさんの言葉を何とか止めようと声を上げていたリラだったが。先ほど俺が言った言葉を思い出したからか、それとも我慢できなくなったのか。顔を真っ赤にしながらテーブルに突っ伏した。

「まあ、照れ隠しに叩くというのはよくないぞリラ。そこはちゃんと反省するんだな。普段はそこまで暴力的な娘ではないから、誤解だけはしないでやってくれ」

 今のリラの態度とダイコクさんの説明で、言っている事は理解できたので首を縦に振った。これ以上は流石にリラがかわいそうになってきたからでもある。

「まあ、お前さんと何でもいいから話せて嬉しいみたいだから、これからも話し相手になってやってくれ」

「それは、別に構いません。こっちも色々助けて貰えていますし、それに――」

 そこで俺は1度リラを見る、テーブルに突っ伏したまま話を聞いていたリラも俺の言いかけた言葉が気になったのか、顔を上げてこちらを見る。

「俺も、話していて楽しい。是非こちらからもよろしくお願いしたい」

 俺がそう言うと、リラは大きく目を開きながら。すぐに起き上がり。

「うん! これからもよろしくね!」

 と、曇りなき満面の笑みでそう返したリラに、俺も苦笑してみせた――コロコロ変わる表情は見ていて飽きない。そういう所も何処となく渚に似ている少女だ。

「おいおい、俺の前で娘を口説くような事は止めてくれよ」

 何故か呆れた顔をしながらダイコクさんがそんな事を言うが、俺にはそんな気持ちは全くない。ダイコクさんの勘違いである。

「いや、別に口説く気なんてないんですが――」

 誤解は早く解くべきだと判断してそう伝えたのだが、

「ほほう、娘に魅力がないと――そう言いたいんだなイツキは」

 そう言って、睨みつけられた――いや、それじゃあ何て言えばいいんだよ!

「イツキが困っているじゃない、困らせる様な事を言わないでよ父さん! 全く、私達の友情にケチをつけないでよね」

 困っていると、リラの援護が飛んできた。俺もその援護に大いに頷いてダイコクさんを見る。

「友情ねぇ……まあ、ひとまずこの話はいいか。いい加減本題に入らないとな――取りあえず、まずはこれを返しておこう」

 ダイコクさんはどこか諦めた様子で一旦話を収めて。そう言いながらテーブルの下に手を伸ばして、下に置いてあった俺の刀を手に取り、俺の方に差し出しながら口を開く。

「一通り手入れはしておいた。知り合いから打粉(うちこ)や拭い紙(ぬぐいがみ)等の道具も貰っていたし、新しい油もひいておいた。錆びや刃こぼれもない、いい刀だな」

「手入れして頂きありがとうございます。そうですね――俺の師範が大切にしていた刀ですから、そう言って貰えて師範も喜んでいると思います」

 昨日店の奥に始めて入った時に、鍛冶場を見つけたので話をしてみると。実はダイコクさんの職業は鍛冶師で娘のリラも同様らしい。店で売られているのは、主に自分達で作った武器を並べているそうだ。

 鍛冶師だという話を聞いて、俺は駄目元で刀の状態を見て貰えるか頼んでみたのだが、ダイコクさんは嫌な顔をせずに快く引き受けてくれた……正直レルムの村では道具が揃わず困っていたので、手入れまでしてくれたダイコクさんには頭が上がらない。

 ダイコクさんが刀を褒めてくれたのも嬉しい事だった。師範の事を尊敬している自分としても、師範が褒められるのは自分の事の様に嬉しかったからだ。

「服の方も洗濯して外に干しておいたが、知り合いとすぐに合流できるかまだ分からぬから、こちらで保管しておこう。事態が一旦落ち着いたら取りに来なさい――それと、リラ」

 そう言ってダイコクさんは俺の方からリラに視線を移すと、リラが無言でダイコクさんに頷いている。一体なんなのだろうか?

「イツキ、一人で探すにはこの町は広い。だから探す時にはリラも連れて行きなさい。娘はきっと役に立つだろうから」

「それは……ありがたい提案ですが、流石にそこまで迷惑をかけるわけには――」

「イツキ、私じゃ力不足?」

 ダイコクさんの提案はとても助かる話だったが、頼り過ぎるのもよくないと自分に戒めて辞退しようとしたが。横からリラが割り込んできた。

「いや、リラは力不足なんかじゃないよ。俺より確実に町の事が詳しいのだから、寧ろ俺の方が足を引っ張りかねない。だからと言って下手に関わり過ぎると――リラやダイコクさんまで巻き込まれる可能性が出てくる。親切にしてくれた2人まで巻き込むわけにはいかない……って、2人ともどうしたんだ?」

 リラ達に説明している最中だったが、巻き込まれると言った辺りで2人の顔が笑みに変わり、俺は困惑した――別に可笑しな事を言ったつもりはないんだが……。

「説明している最中なのにごめんイツキ。私がどうしてここまでイツキに気を許せるのか、いまので何となく解っちゃったんだけど――それが何だか可笑しくって」

「はぁ?」

「リラもやっぱり解ったのか。俺も何となくだが解った気がするよ」

「父さんもなの? 多分同じ答えだろうけど、それなら後で答え合わせだね」

「いや、こっちは訳が解らないんだが」

 2人は何処かふっきれた表情でうんうんと頷いていたが、こっちとしては何が何だか分からず困惑するばかりだ。

 話の腰を折られたのは、理由を聞いたからもう気にしていないが。こちらを見る目が何だか前より暖かいものになっているのが余計に混乱させた。

「取り敢えず、イツキがなんと言おうと付いて行くからね!」

 困惑していた俺だったが、リラのその発言にはすぐに反応した。

「さっきの話を聞いていたのか?」

「もちろん。イツキの言いたい事は解ったけど、それでもよ! 私の腕は前に見せているから少しは知っているでしょう?」

「あ、ああ。だが――」

「あれだって、まだ私の本気じゃないし……私、これでも実力はあるんだからね!」

 胸を張って自信満々の表情で語るリラの姿を見て、埒が明かないと判断しリラから目を逸らしてダイコクさんに助けを求めるが。

「大丈夫だよイツキ。確かにまだ若いが、リラは立派な[ワイスタァン]出身の鍛冶師だからな――実力だって鍛聖(たんせい)候補に名を連ねた程なのだから」

「ワイスタァン? たんせい?」

 ダイコクさんはリラのフォローに回るばかりか知らない単語を出してきて、俺は首を傾げる羽目になった。前者は地名だと想像できるが、後者の意味はよく解らない。

「おお、そう言えばイツキはこの世界の住人ではないのだから解らないよな。ワイスタァンというのは私達の故郷の名前で、鍛聖は――まあ、今は説明する事でもないな。また機会があった時にでも教えるとしよう」

「は、はぁ……それで?」

「イツキが鍛冶師にどういうイメージを抱いているのか知らないが、少なくとも私達はそこらの騎士にも負けない実力を持っていると言いたかったのさ」

「ワイスタァンには「一流の鍛冶職人であると同時に一流の剣士であれ」っていう教えがあってね。私達の町で優秀な鍛冶師っていうのは、武器を使う腕も達人級なんだよ」

「なるほど」

 リラの言葉が正しいなら。確かにダイコクさんの言う通り、騎士より強いと言ったのもおかしくはない。

 ちょっと自分の目で見てみないと判断できないと思うが、2人が嘘をついているとは思えないので。取り敢えず、ここでは頷いておく。

「それに、もし私が何かミスをして命を落とす事になっても。それは私の実力不足であって、決してイツキのせいじゃないから――だからお願い、私にも手伝わせて?」

 その表情は真剣で冗談を言っている様には見えない。それにそこまでの覚悟があって言った気持を思えば、俺も頷かざるを得ない。

 それにしても、覚悟を話した時のリラの表情から焦りや怒りや油断はなく、ただ意志の強い目をこちらに向けている。その目を見れば、その場の感情だけで言っていないのは分かる――もしかすると、リラは少なくとも一度は命を賭ける程の、大きな戦いを経験しているのかもしれない。

 それか、危険など少なく平和な世界で生きてきた俺達と、死と危険が隣り合わせの世界で生きてきたダイコク達との意識の違いなのかもしれないなと、俺は考えさせられた。

「ああ、分かった。色々と迷惑をかけると思うがよろしく頼む」

「うん、任されたよ! どーんと、大船に乗ったつもりでいてちょうだい!」

 上機嫌そうな顔でさらに胸を張ったリラに、ダイコクさんが口をはさむ。

「調子に乗っていると感じた時は、遠慮なく言ってやってくれ。すぐに調子に乗るのも娘の欠点だからな」

「えー! ちょっと父さん! 人がせっかくいい気分になっているっていうのに――」

「ああ、分かった。頭にチョップでもくれてやるとします」

「なぁっ!? イツキまで何を――」

「ハッハッハッ! そこまで言えるのなら大丈夫そうだな。どんどんやってやってくれ」

「……もう知らない!」

 そう言って、またむくれた顔をしたリラを見ながら。ダイコク家の居間は笑い声に包まれた。

 

 

 

「イツキ、こっちこっち! 庭園を抜けたからもう少しで高級住宅街がある所だよ」

 道案内してくれているリラの言う通りに示す先の方を見ると。一目で普通の住宅街と明らかに作りが違うと思わせる高級そうな建物が見えてきた。

 あの後リラと一緒に家を出て、最初に話していた高級住宅街を目指して歩き出した。もちろん、途中で誰かを見かけるかもしれないと、辺りを注意深く見まわしながらだ。

 商店街を抜け、導きの庭園という名の公園を通り過ぎたが。未だに誰とも出会えていない――まあ、流石にそう旨くはいかないと思っていたので、気落ちする事もなく先を歩いているリラに付いて行く。

「しかし散々高級だ高級だと言われてきたから予想はしていたが、この辺りの家は確かに金がかかっているな」

 2階建ての家に立派な門や塀があり、大きな庭には色とりどりの花が花壇に咲き誇っているなど、目に見える部分だけでも一般の住人が住んでいる家とは一線を画している。

 辺りも厳かな雰囲気が漂っていて。ただ道を歩いているだけなのに、どこか背筋を伸ばして歩かなければいけない錯覚に陥るほどだ。

 一般の住宅街では味わえない空気と言ってよいだろう。

「貴族や騎士に召喚師の家が一堂に集まった場所だからね。確かに見かけは綺麗よね、私達の故郷とは全然違うもん」

「リラの故郷はどういう所なんだ?」

 故郷の話が出てきたので、気分転換も兼ねて試しにリラに聞いてみる。

「うーんとね、簡単に言うと――正式な名前は海上都市[剣の都ワイスタァン]って呼ばれてて、名前の通り海の上に建設されたリィンバウムの鍛冶職人が集まっている街だよ。大陸でも1,2を争う武器の特産地が自慢できる所かな?」

「海の上にとは珍しいな。鍛冶師は錆びるのを嫌がりそうだと思っていたが」

 素人の考えではあるのだが、潮風で鉄が錆びやすいのではないかと感じて聞いてみたのだが。

「普通はそう思うよね。何でも私達が生まれるよりもっと昔に色々あって、今の場所に街を作ったそうなの」

「なるほど、そうなのか」

 そんな事を話しながら先を進んでいくが、特に変わった事もなく大きな城の前まで来てしまった。

「ここまで来たけど。知り合いっぽい人はいた?」

「いや、いなかったな」

「そう――」

 俺が素直に答えると、リラは腕を組んで少しの間ブツブツと何かを呟いていたが、行く所でも決めたらしくこちらに振りかえった。

「それじゃあ、今からハルシェ湖畔の方に向かおうか。そっちの道の方にも立派な家が建っている場所もあるしね」

「ハルシェ湖畔? それって確か、地図の東側に広がっている湖だよな?」

 確かそんな名前だったなと思い、家で見た地図を思い出しながら聞いてみる。

「そうだよ。せっかくここまで歩いてきたけど、この辺りの説明はまたするからさっさと移動しようか」

「ああ」

 そう言って移動を再開し、高級住宅街と呼ばれる地域を抜けた所でそれは起きた。

俺達の目指す方向から爆発音が聞こえてきたのだ。

「なっ!? 今のは――」

 俺がすべての言葉を言い終えるよりも早く、今度は別の場所から大きな音が聞こえた。

「イツキ! これは多分誰かが争っている音だと思う――二ヶ所から聞こえてきたけどどうする?」

 最初に聞こえてきた音は俺達が進んでいる道を歩いて行けば見えてくるだろう。後に聞こえてきた音は、住宅街の裏道にあたる場所の方からだった。

 俺が自分の勘に訴えかけてみると。嫌な感じがしたのは後者の方だったので、それをリラに伝えると、

「それなら裏の方を通って行ってみよう。正面から行くのは私も何だか危なそうだしね」

 リラも俺の言葉に頷いて、少し歩いた先に見えた裏道に入れる道に向かって走り出し、俺もリラに続く。

 俺達とは何の関係もない事件だったら取り越し苦労ですむ――が、どうもそうではないと俺は感じていた。

 おそらく敵に襲撃されたと見ていいだろう。俺はそういう想定をして左手で鞘を掴み、刀をすぐに抜ける準備だけはしておく。

「無事でいてくれよ――みんな!」

 そう呟きながら、俺達は住宅街を駆け続けた。

 


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