進撃のイスカリオテ~Titan to Dust~ 作:マイン
ウォール・ローゼ内、駐屯兵団本部にある一室に、数人の男がただならぬ雰囲気で向かい合っていた。
二つある椅子の一つには調査兵団団長、エルヴィン・スミスが座っており、その後ろにはリヴァイをはじめとした兵団の精鋭数人が控えていた。
それに相対するのは椅子に腰かけ、膝の上で手を組みやや俯き加減で口元に笑みを浮かべる男、アンデルセン。その目には明確な殺意こそないが、確かな敵意を感じられた。
「…今日ほど君を拾ってきて良かった……いいや悪かったと思った日はなかったよアンデルセン君。せっかくの休暇をこんなことに費やすなんてね」
「全くです。ご苦労なことだ」
開口一番互いに腹の探り合いからかかるエルヴィンとアンデルセン。その遠慮のない言葉に、控えている団員達にも緊張が走る。
「まどろっこしいのは嫌いだからはっきり聞こう。アンデルセン君、君は何者だ?この期に及んでただの神父で通せるとは思ってないだろう?」
いきなり核心をついてくるエルヴィン。部屋に緊張が走る中、アンデルセンがゆっくりと口を開く。
「…ヴァチカン法王庁、第13課、通称『イスカリオテのユダ』所属聖堂騎士、アレクサンド・アンデルセン……それが私だ」
その答えは予想外、というより理解できないものであった。
「失礼、それはどういうものなのだ」
「貴様らにもわかりやすく言うなら、我らがカトリック以外の異教徒共や、我が神の法に逆らう化け物どもを駆逐するのが仕事だ」
解説したアンデルセンの言葉に、また疑問が生まれる。
「異教徒、というのはいいとして、化け物というのは巨人のことか?」
「いいや違う。確かにあれも残らず殺すが、我らの宿敵はあくまで吸血鬼、あくまで喰屍鬼どもだ」
吸血鬼、その言葉に一同に同様が走る。
「馬鹿な、吸血鬼などおとぎ話の」
「それはそうだろう、奴らがいたのは俺の世界だったからなあ」
「…なに?」
いきなりの理解できない言葉に、思わずおかしな声が出る。
「どういう意味だ」
「はっきり言おう、俺はこの世界の人間ではない」
唐突なカミングアウトに驚愕する一同に、アンデルセンは自らの経歴を語りだす。自分がイタリア、ローマにあるヴァチカンという国で孤児院の神父と化け物狩りをやっていたこと、アーカード、そしてヘルシングのこと、そしてそのアーカードとの闘いで死に、気づいたらこの世界に来ていたことなど、すべてを話した。
話を聞いた兵団の面々であったが、あまりにも突拍子のない事実に半信半疑の視線を向ける。
「そんなことが…とてもではないが信じられん」
「ならば証拠に面白いものを見せてやろう」
なに?と首をかしげるエルヴィンの前で、アンデルセンは袖から銃剣を取り出す。思わず身構える一同の前で、アンデルセンは笑みを深め、
自分の喉にそれを突き刺した。
「キャー!!」
女性兵の悲鳴が木霊し、残りの面々も思わず顔を引きつらせる。しかし、当のアンデルセンはまるでなんともないかのように笑いながら、銃剣を引き抜く。すると、信じられないことが起こった。
なんとぽっかり穴が開いていたアンデルセンの首の傷がみるみるふさがっていき、数秒もしないうちに元の状態まで戻った。
その光景をみた彼らは、まるで巨人のようなその回復力に驚きながらも警戒を強める。そんな中、エルヴィンが口を開く。
「なんだ…今のは…」
「再生者(リジェネレーター)。対化け物用に再生能力に特化した技術を処置したものだ。この世界にそんなものはないだろう?これが証拠だ」
確かにこんなものを見せられては、少なくともこの世界の人間ではないことは認めざるを得ないだろう。そう思うと同時に彼らは恐怖した。こんなものを実用化させているイスカリオテというのは、どれほどの軍事力を持っているのだ、と。
そんな連中の動揺など知ったことではないとばかりにアンデルセンは問いかける。
「で、私はいつになったら帰れるのだ。今頃孤児院の皆が首を長くして待っているだろうし、早くリンクを弔ってやらねばならんのだがな」
そうせっつくアンデルセンに、未だ動揺を隠しきれない様子でエルヴィンが答える。
「あ、ああ。その前に一つ確認、いやお願いさせてもらってもよろしいかな」
「……なんだ」
城のお偉いさんから命令されたことを、これまでの問答から無駄だと分かっていながらもエルヴィンは問いかける。
「君、調査兵団、もしくは憲兵団に」
「断る」
分かっていたとはいえ即答され言葉に詰まるエルヴィンに、アンデルセンはさらに畳み掛ける。
「貴様らのために闘えだと!なめるのもいい加減にしろよ。俺が忠誠を誓うのは我らが主と法王のみ!貴様ら異教徒共の王のためなどに振るう剣は持ち合わせておらんわ!」
頑なにその姿勢を崩そうとしないアンデルセンに、エルヴィンは頭を押さえる。
(これじゃあ何を言っても無駄だろう。とはいえこのまま野放しにしておけば何をされるか分かったものではない。…孤児院の連中を利用するか)
エルヴィンは九を守るために一を迷いなく捨てれる人物である。国の安全を守るために、孤児院の子供たちを人質にすることなど、彼にとっては造作もないことであった。
その言葉を紡ぐ前に、その意図に気づいたリヴァイが口を開く。
「アンデルセン神父、要するにこの国がカトリックにとって有益ならば闘ってくれるのですね」
「…リヴァイ?」
思いもよらぬところからの口出しに、厳しい視線を向けるエルヴィンであったが、リヴァイの迷いない眼を見て眼を閉ざす。
「…ああ、それならば構わんが、どうするというのだ?」
挑戦的にこちらをみるアンデルセンに、リヴァイは一世一代の大博打に賭けた。
「こういうのはどうでしょうか?」
数十分後、本部を後にするアンデルセンを見送りながらエルヴィンは愛弟子に話しかける。
「まったく、面倒なことにしよって。交渉するのは俺なんだぞ」
「すいません、でも、奴を引き込むにはこれが一番いいかと思いまして。…それに俺はあんたにあんな汚名を着せたくはない」
「まったく………ありがとよ。しかしどうしたものかねえ。どう説得しようか」
エルヴィンは愛弟子の気遣いを無駄にしないよう、これからのことに頭を悩ませる。
「キリスト教、カトリックを国の保護宗教に指定させるのは―」
アンデルセンは、帰り際に教えてもらった避難民の一時待機所にて孤児院の面々、そしてエレンたちと再会していた。
『神父様、おかえりなさい!!』
「ああ、ただいま」
周囲の人々はアンデルセンのあの暴れようを見ていたため、アンデルセンを見る目は冷ややかなものであったが、アンデルセンにはそんなことは関係なかった。一通り再会の挨拶をすると、エレンに近寄り、屈みこんで話しかける。
「エレン、話は聞いた。つらかったろう」
「…うん、でもミカサやアルミンが元気づけてくれたし、それに神父様に守ってもらったから!」
避難所の時よりいくらか元気そうな顔で答えるエレンに、アンデルセンはミカサ、そしてアルミンをみて優しげに問いかける。
「どうだお前たち、孤児院に来ないか?」
「「「えっ?」」」
予想外の言葉に戸惑う三人に、アンデルセンは言葉を続ける。
「もう、お前たちは一人なのだろう。幸い私はトロスト区の一角に施設を譲ってもらったから、シガンシナが落ち着くまではそこを新しい孤児院にするつもりだ。開拓地に子供だけで行くよりはその方がいいだろう。……別にカトリックになれといっているわけではない。グリシャ殿には世話になったから、そのお礼と思ってくれればいい。…どうだ?」
アンデルセンの言葉に、三人は顔を見合わせ、次いで何やら決意した面持ちで答える。
「わかった。……そのかわりお願いがあるんだ!」
「なんだ、言ってみなさい」
「俺を…強くしてくれ!」
思いがけない、しかしどこかでそんな予感がしていたエレンの言葉を、アンデルセンは静かに聞き入れる。
「俺は決めたんだ。もう巨人には屈しない、一匹残らずあいつらを駆逐してやるって!でも俺は弱い。だから、強いあんたに鍛えてほしいんだ!頼む!」
「私もお願い。もう今度はエレンに心配をかけさせない」
「僕も、僕もお願いします!」
頭を下げる三人を見つめるアンデルセン。そんな彼に、後ろにいる孤児院のメンバーからも声がかかる。
「私もお願い神父様。神父様は私たちを守ってくれた。だから今度は私が神父様を守る」
「わ、私も、私ももう逃げるのはいやだ!」
「神父様、僕はあんな奴等に負けたくない!」
「強くなって、俺がリンクの分まで巨人を倒すんだ!」
ロゴス、ベレッタ、リバー、エド。彼らもまた強くなるためにアンデルセンに頭を下げる。
そんな彼らに、アンデルセンは声色を強くして答える。
「…俺の訓練は半端ではないぞ。途中で死ぬやもしれん。それでもやるか?」
『ッ!!はい、神父様!』
そう返した子供たちにアンデルセンは立ち上がって告げる。
「いいだろう、ならばついてこい。今より地獄へまっしぐらに突撃する。倒れたやつは置いていくぞ!」
『はいっ!』
こうして彼らは歩み始める。
狂信者の元、巨人を駆逐するために。
845年はここで終了です。
次回は104期訓練生時代からです。