進撃のイスカリオテ~Titan to Dust~   作:マイン

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ごめんなさぁい…今回アンデルセンのキャラがちょっと迷走しているかも…
でもエレンを生かそうとしたり今後の伏線残そうと思うとこうせざるをえないんで…
どうか納得していただけると嬉しいです


エレンの決意、舞い降りる死神

駐屯兵団とエレン達の騒動は、ピクシス司令の鶴の一声によって終息した。駐屯兵団は本来の任務たる戦列の整理作業に戻され、エレン達はというとウォール・ローゼの奥の壁の上にて、ピクシス司令とともにトロスト区の現状を見ていた。

 

「やはり居らんか…超絶美女の巨人なら食われてもいいんじゃがの…」

そう呟くのは縁から下を見下ろすピクシス。彼はその優秀さと共に生来の変人としても名を知られていた。そんな人物を前にして、未だ状況を完全に把握しきれていないエレン達は呆然とその言葉を聞き流し、以前に何度か顔を合わせたことのあるロゴスとベレッタはその性癖の異常さにこそこそと話し合う。

 

(や、やっぱりあの人変態だよ!私もう戻りたい…」

(落ち着けベレッタ!エレン達おいて戻るわけにもいかんだろ。それに私だってできれば離れたいんだ。今までリバーが相手してたからよかったけどあの変態ジジイと一緒にいるのは…」

 

「聞こえとるぞお主等」

「「ビクゥ!」」

ピクシスの言葉に肩を震わせてビビる二名。そんな彼女らをほっといて、ピクシスはアルミンの方へと歩み寄る。

 

「さて、アルミン・アルレルト君じゃったかな」

「は、はいっ!!」

「さっそくじゃが、聞かせてもらおうかの。君のトロスト区奪還の内容について。君のことはよく知っておる。あのアンデルセンの教え子ともあろうものが、命欲しさに口から出まかせを抜かしたわけではないじゃろう?」

背筋を伸ばして立ちすくむアルミンに、ピクシスは若干プレッシャーをかけて尋ねる。そんなピクシスに、アルミンは少し決まりが悪そうに答える。

 

「…作戦、と呼べるほど立派なものではないんですけど。僕が考えたのは、トロスト区にある大岩をエレンが運んで穴を塞ぐということなんです」

アルミンのいう大岩とは、元々トロスト区内に存在し、ウォール・マリア崩壊前までは厄介者扱いされていたものであったが、壁の崩壊に伴い、応急手段として壁を塞ぐための資材に候補として登ったが、あまりにも巨大で重いため、いままで運べずに放置されていたものであった。

 

「もちろん、ただ運ぶだけではあまりにもリスクが高すぎます。そこで、現在残っている兵力を4つに分け巨人の残党を分断、そのうえでエレンが巨人になって岩を運ぶというものです。各団体にはそれぞれ腕利きの兵士を配置し、万が一の事態にも対応できるようにします。…ただ、この作戦には不安要素があります。一つは巨人がうまく誘導に乗るかということ、もう一つは…エレンが巨人になっても自我をもって行動できるかということ、です」

巨人が人間の何に惹かれて行動するのかが分からない以上、アンデルセンのような巨人を圧倒できる人材もいない今、一つ目の問題についてはどうしようもないことであった。ゆえに、真に問題なのは二つ目の問題であった。

 

「ふむ…」

ひとしきり聞き終えたピクシスは、顎に手を当てて考え込むような仕草をすると、アルミンの隣で未だ立ち上がれずにいるエレンの前でしゃがみこみ、問いかけた。

 

「エレン・イェーガー」

「っ!はい!!」

「お主、あの穴を塞げるのか?」

その問いにエレンは即答することができなかった。今まで巨人になった二回とも、確固とした意志を保っていた訳ではない。巨人になること自体は可能でも、そこからの行動を制御できる自信はない。

 

「おっとしまった。儂としたことが聞き方を間違えた」

答えに悩むエレンに、ピクシスは優しげにそういうと、

 

表情を引き締め、

「お主はやるのか、やらんのか?」

ドスの利いた声でそう問いかけた。

 

『!』

その瞬間、周りにいた全員が背筋を震わせた。そして、初めてドット・ピクシスという人物の内面の一部に触れたという気持ちを抱いた。

 

(…これがこのおっさんの本性か。伊達に駐屯兵団の頭目やってるわけじゃないってか。ま、ただのエロジジイじゃねえとは思ってたが)

感心するロゴスの視線の先で、先ほどまで悩んでいたエレンは、ピクシスの言葉にハッとする。

 

(そうだ、最初から弱気になっててどうする!俺がやらなきゃ、みんなが危ねえんだ!誓ったじゃねえか、何があっても諦めねえって、やってやる、やってやるよ!)

 

「…やります!俺が、穴を塞ぎます!」

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらくして、ウォール・マリアの内地側、いまや最後の砦となっている市街地には、大勢の残存兵たちが集められていた。彼らはピクシス司令からの直接の話があると聞き、ここに集められたのだ。だが、彼らの中に誰一人として前向きな表情をしている者はいなかった。誰もが、これから下されるであろう命令にビクビクしておびえて待っていた。

 

「も、もういやだぁ!俺は帰るんだぁ!!」

そんな中、一人の新兵がそう叫んで逃げ出した。

 

「貴様!逃亡者は死刑だぞ!分かっているのか!」

「ああ!巨人に食われるよりマシだ!俺はあんな奴らに食われたくない!!」

逃亡兵に一喝をするキッツに対し、逃げ出した本人は振り返ると剣を抜き、半泣きになりながら応戦体制をとる。

 

「やめてダズ!人間同士で殺しあうなんて…」

「うるせえクリスタ!散々いい子ぶりやがって!お前だって巨人に食われたくないだろ!」

必死になだめるクリスタに対し、ダズと呼ばれた兵士は罵声で返した。その言葉に、傍にいたユミルも青筋を立てて柄に手を掛ける。

 

 

 

 

 

そんな光景を、エレン達とピクシスは壁の上より見ていた。そんな中、ピクシスが唐突に話し出す。

 

「昔、まだ巨人が居らんかったころ、人類同士で争いがあった時に誰かがいったそうじゃ。『人類以外の共通の敵が現れれば、人類は一丸となり、争いをやめるだろう』と。…じゃが現実はこんなもんじゃよ」

「……前に聞いたんですけど、アンデルセン神父がいたところには、吸血鬼っていう化け物がいたらしいですけど、それでも人類同士の争いは止まなかったそうです。結局人間は、どんな状況にあっても自分の意志を尊重したがるんですね…」

ピクシスの言葉に、そう言った時のアンデルセンの少し寂しそうな表情を思い起こしながら答えるエレン。そんな彼らの視線の先で、業を煮やしたキッツが兵士にダズを処刑させようとした、

 

その時

 

 

「ちゅううううううもおおおおおおおおおおく!!!!!!」

その刹那、銅鑼のような大声が彼らの耳を劈く。全員が声のした方向を見ると、そこには彼らを呼びつけた張本人であるピクシス、そしてその隣にはあまりにも場違いな人物、エレン・イェーガーが敬礼をとって立っていた。

 

「ピクシス司令…!?」

「なんであんなところに?」

「隣の奴は誰だ?」

「エレン!?なんであんなところに!?」

ざわめく兵士たちなどお構いなしに、ピクシスはさっきと変わらぬ大声を張り上げて叫ぶ。

 

 

 

 

 

「これよりトロスト区奪還作戦について説明する!!この作戦の目的はウォール・ローゼの開けられた大穴を、塞ぐことである!!」

ピクシスのその言葉に、兵士たちの間に大きな衝撃が走る。何言ってんだ、一体どうやって、そんな言葉に対しピクシスは大声を張り上げてなおも叫ぶ。

 

「そこで諸君らに紹介しよう!訓練兵団所属、エレン・イェーガー君じゃ!!彼は我々とイスカリオテの巨人研究の成果によって生まれた初の巨人化成功実験体である!彼は己の意志で巨人の肉体を作り出し、操ることができる!この作戦は彼のこの能力を利用して、トロスト区にある大岩で穴を塞ぐというものである!」

あまりにも突拍子もなく、現実離れした、聞き様によっては乱心とも取れるその言葉に、兵士たちの動揺は怒りへと変わる。

 

「ふ、ふざけるな!そんな得体の知れない奴の為に命を懸けられるか!」

「司令官殿はご乱心なのだ!もう人類は終わりだ!」

「頼みの綱のリヴァイ兵士長もアンデルセンも戻ってこない。そのうえ司令までわけの分からないことを言い出すなんて…」

「規律違反がなんだ!もう俺は家族の元に戻るぞ!」

ピクシスの言葉に純粋な怒りを持つ者、嘆き悲しむ者、諦めて逃げ出そうとする者、そしてそれらを抑えようとする者、様々な感情が飛び交う眼下の兵士たちめがけ、ピクシスは予想通りの光景に失笑しながら告げる。

 

「……なお、これよりここから逃げ出すものたちの罪を免除する!!」

『!!』

驚いたのは止めにかかっていた上官連中である。よもや自分たちの司令官が自分たちの定めた規律を蔑ろにしたのだから。そして、彼らがその混乱より覚めるよりも早く、逃げ出そうとしていた兵士たちがその脇を縫って堂々と踵を返して去っていく。その中には、先ほどまで止める側に回っていた上官の姿もある。皆、自分たちこそが正しいのだといわんばかりに無言で歩く。

 

「一度ならず巨人に屈した者たちは二度と立ち向かえん。巨人に立ち向かうことを諦める者たちは去れ!-そして!!」

ピクシスは、そんな彼らに語気を強めて叫んだ。

 

「その恐怖を、自分たちの家族や愛する者たちに味あわせたい者たちも、ここから去るがいい!!」

その言葉に、背中を向けていた兵士たちの歩みが止まる。彼らの脳裏に、その光景が浮かぶ。自分の父が、母が、兄弟が、妻が、子供が食われていく様が。

 

「駄目だ…それだけは駄目だ。娘は、私の、希望なのだから」

誰かがそう言って、再び振り返って輪の中に戻っていく。他のもの達も同様であった。皆恐怖に顔を引き攣らせ、嗚咽にまみれる者もいたが、それでも、自分の愛する者たちを巨人の好きにさせることだけは、させたくなかった。足取り重く、しかし全員が、再び兵士たちの輪の中に戻っていく。

満足そうにそれを眺めるピクシスの横で、エレンは再び考えさせられる。

 

(俺の力であの岩を動かせるかどうかは分からない。でも、それでも、今ここにいるみんなは、俺を信じて闘ってくれる)

左胸に掲げた自分の拳を握りしめ、エレンは覚悟を新たにする。

 

(アンデルセン神父。俺はあなたのように強くはない。あの時のあなたのように、希望をもたらせるほどの存在ではないかもしれない。…でも、俺はきっと成って見せます。ここにいる人たちにとっての、みんなの希望に…)

 

「5年前、ウォール・マリアは破られた。アンデルセンによって仇は討たれたが、しかし我々はここまで追い詰められた。彼とて永遠ではない。今彼が戻ってきて、巨人共を掃討してもらえたとしても、いつまでも彼を当てにしていてはいずれ彼を失ったとき、我々は今度こそ滅ぼされる。故に、この作戦は我々だけで成功させねば意味がない!だから諸君!人類の、そして君たちの愛するもの達の未来の為に、ここで死んでくれ!!!」

 

ウォォォォォォ!!!!!

ピクシスの叫びに、兵士たちの雄叫びが応えた。恐怖を押し殺し、彼らは再び剣を取る。

自分達の未来の為に、人の可能性を諦めない為に。

 

 

 

 

 

その頃、トロスト区内では補給を終えた調査兵団とイスカリオテの面々が本部へと戻ろうとしていた。皆一様に口を噤み、黙々と撤収作業を進めていた。彼らの脳裏には先ほどアンデルセンが呟いた言葉が焼き付いていた。

 

(アンデルセン、君は今の現状についてどこまで分かっている?どれだけのことを隠しているのだ?何故我々にそれを隠す必要があったのだ…)

修道院の入り口にて、子供たちへの別れの挨拶と、収集した神父隊の整理を行うアンデルセンをエルヴィンは複雑な気持ちで見ていた。彼はアンデルセンに対し、面倒な男だとは思っても、嫌悪を感じたことは無い。彼は人類を守るために、迷わず犠牲を強いてきた男で、アンデルセンも自分と同種の人間であると思ってきた。しかし今の彼はそれまでのどこか狂ったような残虐性を表に出さず、まるで家出した息子を悪態をつきながらも心配しる父親のような一面すら見て取れる。その普段とのあまりのギャップの違いに、エルヴィンは少なからず不安な気持ちに駆られていた。

そんなエルヴィンの心境を知ってか知らずか、アンデルセンは黙々と神父隊の準備を急ぐ。そしていざ出発しようとした矢先、彼らの前に見覚えのある兵士たちが降りてきた。

 

「調査兵団の皆さん!イスカリオテの皆さん!戻っていらしたんですか!」

「貴様は確かエレン達と同期の…」

「は、はい!104期訓練兵のコニー・スプリンガーです!」

やってきたのはコニーを始めとしたクリスタ、ユミル、サシャ、ジャン、マルコ、アニ、ライナー、ベルトルトの104期訓練兵たちであった。

 

「何故こんなところにいる。君たちは本部に戻ったのではないのか?」

「あ、はい…それが…」

事情を聴こうとするエルヴィンに、一同を代表してどこかアンデルセンにびくついているライナーが作戦について説明しようとする。

と、その時

 

 

ドゴォォォン!!!

『!?』

突如ウォール・マリア付近にて轟音が響いた。虚を突かれ誰もが怯んで立ち止まるなか、リヴァイとアンデルセンはすぐさま屋根の上に登り、現場を確認する。

そしてそこで彼らが見たのは、

 

「ッチッ!まだあんなのがいたのか…」

「!…」

市街地の外れ、今まで放置されていた大岩の傍にて暴れまわる、一体の巨人であった。

 

「邪魔くせえ…、とっとと片付けて」

「だ!駄目です!待ってください!」「ああ?」

今にも刃を携え突っ込もうとしたリヴァイを、下でこちらを見上げるクリスタが制止する。

 

「あの巨人は…、あの巨人はエレンなんです!私たちと同じ、人間なんです!」

『!??』

クリスタのその言葉を、調査兵団とイスカリオテの面々、特にエレンを知る者はすぐに理解することができなかった。そんな中、アンデルセンだけが、その言葉に苦虫を噛み潰したような表情をして、暴れる巨人を見つめていた。

 

 

 

 

 

『…ン、…レン』

声が聞こえる、窓の外で、聞き覚えのある声が。エレンは家族が皆集まる家の中にて、窓の外で叫ぶアルミンの声に耳を傾けていた。

 

『…レン!エレン!何してんだよ!早く出てきて!』

何を言ってるんだ?なんで出なきゃいけない?みんなここにいるじゃないか。

 

『エレンがやらないと、みんなが危ないんだよ!巨人を倒すんだろ!』

巨人?何のことだ?それに俺にどうしろっていうんだよ。折角みんなそろってるんだ。たまにはゆっくりさせてくれ。

エレンは叫ぶアルミンに背を向け、椅子に深く腰掛ける。アルミンの言葉も、本か何かの影響なのだろう。しばらくしたら飽きて家に戻るさ。そう思ってエレンは睡魔に身を委ね瞼を降ろす。-その時、

 

ザクッ!

「っ痛ぇ!なんなんだよ…!」

右腕に鋭い痛みが走った。見ると、腕には壁の外から突っ込まれた刃が刺さっていた。驚愕したエレンが刃の先にいる人物、普段の彼からは想像もつかない鬼のような形相のアルミンに目を向けると、アルミンは低く唸るような声でエレンに語りかける。

 

「いい加減にしなよエレン…!君が諦めてどうするんだよ…!ミカサや、僕や、ジャンにあれだけ発破かけといて、自分だけ諦める気かよ…!神父様と約束したんだろ!絶対に諦めないって!だったらこんなところで寝てないで、早く起きろよ!」

…諦めた?俺が?約束?神父様と…

その瞬間、エレンの脳裏に今まで忘れていた光景がフラッシュバックする。そうだ、ここに居てはいけない。自分には、やらねばならないことが、自分にしかできないことがある。外のアルミンに目配せし、向き直って自分の傷を心配する家族に告げる。

 

「親父、母さん、ミカサ。ごめん、俺ここには居れないよ。俺はまだ負けていない。俺たちは、人類はまだ負けていないんだ。俺はまだ足掻いていたい、諦めたくない。だから、さよなら」

そう言って虚空に向かって拳を突き出す。すると空間にヒビが入り、世界が崩れていく。それと同時にエレンの意識が薄れていく。そんな中で、エレンの耳に愛しい母の声が聞こえる。

 

―それでいいのよエレン。もうここへ来ちゃ駄目よ。必死に頑張って、頑張って頑張って、それでも駄目でも、絶対に諦めちゃだめよ。そうすれば、きっといいことがあるわ。

……それと最後に、あの人を信じてあげてね。貴方のお父さんなんだから、ね。

 

(ああ、分かってるよ母さん。俺は親父を信じる。この力を支配して、絶対に地下室に行くんだ!その為にも!)

光に飲まれ、茫然とした意識から解放されると、視界には自分に向かって剣を向けるミカサ。あとで謝ろうと考えた後、エレンは後ろの大岩に向き直る。そして、

 

(俺がやらなきゃ、駄目だろうが!)

咆哮とともに、大岩を引き抜いた。

 

 

 

 

 

 

遡ること少し前、ヴァチカンから少し離れた場所にて調査兵団とイスカリオテの面々は、眼前のミカサ相手に未だ暴れるエレンを見ながら伝令の為に派遣されて、現在同行している104期生の面々から作戦について知らされていた。

 

「俄かには信じがたいが、指令が仰られたのなら従うしかあるまい…」

「あのオッサン遂にボケたか?自分の意志でなれるそうだが、成程、随分好き勝手やってるじゃねえか」

冷静に事態を受け止めるエルヴィンと、暴れるエレンに対し皮肉を飛ばすリヴァイ。他の面々は、作戦の失敗に落胆するものや暴れまわるエレンに怒りを表すもの、興奮して見ているものなど様々な反応であったが、そんな中アンデルセンはというと、エドを傍に伴ったままどうするわけでもなく、エレンをじっと見つめている。そんな様子のアンデルセンに、痺れを切らしたジャンが話しかける。

 

「お、おいあんた!」

「…んん?」

呼びかけに視線だけを向けて返すアンデルセンに、ジャンは若干の怯えを抱きつつ言う。

 

「止めなくて、いいのかよ。巨人はあんたらカトリックの敵なんだろ。あれがエレンだからって殺すのを躊躇うほど、あんたの信仰心はしょぼいもんなのかよ……!」

そう言い切る前に、エドの銃剣がジャンの首筋に当てられる。周りの神父隊も、殺気立った目をジャンに向けて武器に手を掛ける。

 

「調子に乗るなよヘたれ野郎。これ以上好き勝手ほざくようなら巨人の前にテメエの首を…」

「よせエド。下がれ」

「!し、しかしアンデルセン神父!こいつは…」

「下がれと言っている」

「…了解」

アンデルセンの制止に、不満を残しながらもエドは銃剣を引っ込める。そして腰が抜けてへたり込み、マルコに起こされるジャンに向かって、アンデルセンは言葉を紡ぐ。

 

「…もしエレンが、このままそこいらの巨人と同じになってしまうようなら、俺は迷いなくエレンを殺す。だがもし、エレンがあの男のような、化け物を殺す化け物に、巨人を殺す巨人になるようなら、その時は………!」

アンデルセンの言葉が言い切られる前に、事態は動いた。ミカサによって動きを止められたエレンに、アルミンが取りつく。そして何事か呼びかけるような仕草をしたかと思うと、突如腰の剣を向き、躊躇いなく振り下ろした。誰もが息を吞む。特に、エレンとアルミンの関係を知るものからすれば、その行為は信じがたいものであったから。アルミンは剣を突き立てたまま何か叫び、エレンから離れる。すると、今まで沈黙していたエレンがゆっくりと立ち上がる。思わず身構える周囲を気にせず、エレンは振り返ると先ほどまで放置していた大岩の前に立ち、両腕で抱え込む。そして、雄叫びと共にそれを持ち上げると、担ぎ上げて目的の場所、大穴があいたウォール・マリアめがけてゆっくりと歩き出す。

 

調査兵団とイスカリオテ、そして104期生達はそれを呆然と見ていた。そこに、

 

「イスカリオテのユダよ!よく聞けえぃ!」

アンデルセンの雷音のような声が轟く。

 

「これより我々はあの巨人を、エレン・イェーガーを援護する!」

『!』

その言葉に周りに人間、とりわけ命令されたイスカリオテは驚いた。彼が巨人をとことん毛嫌いしているのは周知の事実だ。確かにこの事態に対しアンデルセンの様子は少しおかしかったが、まさか巨人を守るよう指示するとは思ってもなかった。

 

「いいのか、アンデルセン。それでは君たちの教義に…」

「我々が殺すのは神に逆らう化け物や、カトリックに仇なす愚か者どもだ。巨人共は我らの神に刃向う阿呆どもだ。…だが、我らの神を信じるものならば、我らの信徒を守るために戦う巨人がいるのならば、それは我々の狩るべき存在ではない」

自分に声をかけてきたエルヴィンに、アンデルセンは岩を担いで歩くエレンを指して話し出す。

 

「見よ、あの姿を。まるで十字架を担いでゴルゴダの丘を登る使徒シモンの様ではないか。実に無様で、嘆かわしく、だが美しい。奴は我らを守るためにああして闘っている。それを指をくわえて傍観して、あまつさえその妨害をしたとすれば、我らはどの面を下げて辺獄(りんぼ)へ赴けばよいというのだ」

この世界の住人が知る由もない例を挙げ、アンデルセンは振り返って神父隊を見やって叫ぶ。

 

「奴が再び敵となるなら、その時こそ我らの手で葬ってやるまで。だが今、あの巨人を殺すことに何の意味がある?なればこそ今は、我らの神を信ずるもの達のため、カトリックの未来の為に、この作戦を成功させるのだ!」

アンデルセンの声に、神父隊は鬨の声をもって応える。所詮自分たちは神父を名乗ってもカトリックのすべてを知るわけではない。ならば、今自分たちにできるには、中途半端な信仰心で考えるより、自分たちの尊敬する、自分達よりもカトリックを知る目の前の人物についていくまで。例え辺獄の果てであろうとも。

 

そんなイスカリオテ達を見やり、ふと笑みを浮かべたエルヴィンは、団員たちに向き直ると命令する。

 

「我々もこのまま手をこまねいて見ているわけにはいかん。彼らの援護に向かうぞ!」

『了解!』

エルヴィンの指示に調査兵団たちは大声で応えて散開する。それを確認して、エルヴィンは104期生の面々の方に向き直る。

 

「君たちは指令に我々の事を伝えてくれ。くれぐれも道中は気を付けてな」

『りょ、了解!』

命令を受けた104期生はすぐさま踵を返し、本部のピクシスのいる壁の方へと飛び去っていった。

 

「おい、なんとかなりそうじゃんか!」

「しかしジャン、お前あのアンデルセン相手によく啖呵きれたな。俺なんてビビって声もかけられなかったぜ」

「別に…ただあいつにあそこまで言わせる奴がどれほどの人物なのか、確かめたかっただけさ」

そんな会話をしながら移動する彼らを、クリスタは少し後ろから見て笑みを浮かべる。

 

(エレンの頑張りに、皆が触発されてる。皆が、生き残るために頑張ろうとしている。……ウォルター、あなたがいなくても私は頑張ってみせる。いつかまた会えた時に、あなたにいい女になったって、言わせてみせるんだから!)

そんなことを考えていたクリスタの耳に、親友の劈くような悲鳴が届く。

 

「クリスタ!下だあ!」

ユミルの声に反応して舌を見やると、もうすぐそこにはこちらに飛びついてくる巨人の姿があった。刹那、クリスタは周囲の時間がとても緩やかに感じた。

 

(……ああ、これが走馬灯ってやつなのかな)

自分でも驚くほど落ち着いた感情の中で、クリスタは前方でこちらを見て必死の形相を浮かべる仲間たちを見やる。

 

(ユミル、ジャン、マルコ、コニー、サシャ、ライナー、アニ、ベルトルト、…ごめんね。私ここまでみたい。絶対みんな、生き残ってね)

諦めがクリスタの脳裏をよぎる。死が迫りくるその最中、仲間たちに希望を託してそれを待つクリスタに、ほんの一瞬、弱さが顔を出す。

 

(…………助けて。助けてよ、ウォルター)

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ世話の焼けるお嬢様だ」

『!?』

突如聞こえてきた聞き覚えのない声、唯一その声の主を知るクリスタが反応するよりも疾く、クリスタに迫る巨人の頭蓋が項ごと細切れになる。それだけでなく、彼らの周囲にいた巨人の項も同じように細切れになって消滅する。

その余りの事態に、ユミル達だけでなく近くにいた調査兵団やイスカリオテの面々ですら呆然とする。そんな最中、今しがた命の危機より助かったクリスタが、涙ながらに叫ぶ。

 

「なんで、なんであなたがここに…!?」

「なんでってそりゃ、僕はあなたの執事ですので。ここにいて当然でしょう」

クリスタの声に応えた声の方を向くと、そこには一際高い屋根の上で葉巻をふかしながらにやけ顔でこちらを見やる黒髪の少年がいた。妖艶ともいえるその美貌をもつ少年の周囲には、赤い線のようなものが浮き出で見える。

 

 

 

 

 

「ふっふっふ、こいつは素敵だ。面白い奴が来ていたものだ」

誰もが事態の原因らしい少年の存在に混乱する中、クリスタを除き、唯一少年の正体に感づいたアンデルセンが笑いながら呟く。アンデルセンはその少年の顔に見覚えはない。だが自分の知る限り、あの武器をこれほどまでに使いこなすことのできる人物を、アンデルセンはほかに知らない。

 

「お、お前!何者だ!?」

少年に問いかけたコニーに、少年は大仰なまでの過振りをもって応える。

 

「PEACE!クリスタ・レンズ様の専属執事、ウォルター・C・ドルネーズと申します。主の危機をお救いするのが執事の務め。故にここに参上仕りました。以後、よろしく。………そして」

ウォルターは挨拶は終わりとばかりにアンデルセンの方を向き直る。アンデルセンもまた、笑いを隠せない表情でこちらを見ている。

 

 

 

「久しぶりだねえ。少し老けたんじゃないのユダの司祭(ジューダスプリースト)!」

「そういう貴様は随分と可愛らしくなったものだな執事(バトラー)!」

 

 

今ここに、狂信者と死神が邂逅を果たす。それが示すのが滅びか救いか。

それは誰に分からない。この数奇な運命をもたらした神でさえも。

 




今回ここまで
ちょいとネタに困ってきた。元々ノリと勢いで始めた作品なもんで…どうしよう

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