清須城の一室、八畳ほどの小部屋、日も落ち、部屋には明かりがともっている。その中央に正座をして瞳を閉じ鎮座する男がいた。弦之介である。犬千代に清須城内をあらかた案内してもらい終え、城下町も案内しようか尋ねられたが休息も兼ねて考え事をしたいと思い、後日案内してもらうこととなった。依然として弦之介は自身の状況を理解できず混乱していた。
―陽炎の毒が回り、自ら自刃したはずのわが身は奇跡でも起こらなければ助からないはずだ。それに加え、徳川家康の太平の世から戦国乱世であるなどとは…。
「考えたところでわかるはずもないか。」
ひとまず現状を確かめなくては今後の指針も立てようもない。あるかどうかも確かではないが甲賀の里へ向かうこととすると、目を開け天井を見上げて口を開く。
「どなたか存ぜぬが、降りてきませんかな?」
清須城に入場したころから視線は感じていた。敵意がないため放置していたが、陰から見られ続けるというのはやはり気持ちのいいものではなかったため、弦之介は声をかけてみたのである。天井裏から息をのむ音がしたあと、さっと弦之介の前に視線の主が現れる。その者は黒の装束、鎖帷子を纏っていた。その姿は忍そのものであったが弦之介は驚く。というのは、その者は齢が10ほどの少女であったからである。小柄で可愛らしい感じの娘であどけなさも残っている。少女は少し戸惑ったが、意を決したように口を開いた。
「拙者の名は蜂須賀五右衛門と申しゅでごじゃる。討ち死された木下氏に代わり、おちゅぐにお仕えいたちゅ。」
といい終えるとほほを赤らめ恥ずかしげに下を向く。その様子は年相応の少女のそれであり、微笑ましく、弦之介の頬も少し緩んだ。
「既にご存知かもしれぬが、拙者の名は甲賀弦之介と申す。して五右衛門殿、何故わしに仕えるのでござる?」
見覚えもない少女からの申し出を疑問に思い尋ねる。
「木下氏とは相方にごじゃり、木下氏がみぎとなり、忍びの拙者は陰に控える宿木となって共にしゅしぇをはたしょう。という約束でごじゃった。その今は亡き木下氏のいしをたちゅされた弦之介殿にちゅかえ、約束をはたすためでござる。」
しゃべりは噛み噛みでどうにも気が抜けるが内容は理解できた。
「そうでござったか。しかし拙者、信奈殿に仕えるかどうかは決めかねているしだい、その約束を果たせるかどうかわからぬよ。」
と、弦之介は答える。現状も分からず、正直いっぱいいっぱいでもあり、五右衛門に今答えることはできない。それに加えもう一つ気にすることがあった。安倍川で自刃した娘。弦之介と愛し合うも殺しあうこととなった伊賀の忍者朧のことである。
―死んだと思うた自身が生きているならば、もしや、朧も自分と同じく生きているやもしれぬ。と思ってしまうのは無理もないであろう。
「そうでごじゃれば弦之介殿が決めるまで待つでごじゃるよ。木下氏が夢をたくちゃれ申した弦之ちゅけ殿のそばで約束を果たしたいでごじゃるよ。ダメなときはまたその時に考えるでごじゃる。」
と、五右衛門は笑顔で答えた。
そこまで言われては断れず、弦之介は「あいわかった。」と申すと五右衛門は満足した表情を見せるとサッと姿を消した。夜の闇も深くなり、明日に備え弦之介は布団を敷き寝ることにした。