真剣で私に恋しなさいZ ~ 絶望より来た戦士   作:コエンマ

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お待たせいたしました。

第三話です。

いろいろとツッコミどころ満載ですが、そこはご都合主義と作者の力量不足ということでご了承ください。

それではどうぞ~。


第3話  武力と暴力

「うん、どこにも異常はないね。これなら何の問題もないだろう。おめでとう、君は今日で退院だよ」

 

「ええ、お世話になりました」

 

 聴診器に意識を傾けていたお医者さんが目を開けてにっこり微笑んだ。オレもつられて笑顔になる。早いもので、オレが目覚めてから四日が経った。思えばあっという間の出来事だった数日間を振り返った。

 

 あの後、屋上で自分を鍛えてくれとせがむ一子をいなしていたオレは、最中に見回りに来た看護婦に見つかってしまった。そのときの反応は筆舌を尽くして余りある。

 

 まさか病院で一、二を争う大怪我人が屋上でピンピンしていればそりゃあ驚きもするだろう。結果、看護婦の絶叫が響き渡り、病院は上へ下への大騒ぎとなってしまった。

 

 結果だけ言えば、仙豆によって完全に回復したオレの体はまったく問題がなかった。神秘のアイテムであるから、オレからしたら当然といえる。だが、それがそもそも一番の問題だった。

 

 全治七ヶ月の怪我人がちょっと目を話した隙に全快しているとか、フツーに医療をなめているといか言えない事態である。その常軌を逸した事態を医者には流石に誤魔化せず、結局オレは自分の持ち込んだ秘蔵のアイテムによって治ったとだけ告げ、なおも訝しむ医療スタッフ一同に対して苦笑いを続けるしかなかった。

 

 そのために仙豆を一粒差し出すことになってしまったが問題は無いだろう。あれはカリン塔のような神秘の力が強く宿った聖域でしか育たない豆である。オレも塔の麓の土以外に適合する場所を見つけたことはないから、培養や悪用はできないはずだ。

 

 ともあれ、そんな未曾有の経緯を経て退院を迎えるオレに、担当のお医者さんは苦笑しながらも嬉しげに言った。

 

「やれやれ、君に会ってから奇跡を経験しっぱなしだよ。でも、これからは気をつけるようにね」

 

「はい。先生、本当にありがとうございました」

 

 にっこりと笑った先生に返事をして席を立つ。病室にあった荷物をまとめ、『新しい制服』に袖を通すと、オレは数日間世話になった部屋をあとにした。

 

 自動ドアを潜り、建物から出る。そして、近代的なデザインで形作られたその外観を見た。思えば、この世界に来て初めて外へ出ることになるのか。見上げるようにしてしばらく佇んだ後、オレは背を向けた。

 

「孫くーん!!」

 

 響いた声に視線を上げる。病院の駐車場の方から、すごい速度で駆けて来る姿があった。

 その元気いっぱいな様子に、つられるようにして顔が綻ぶ。トレードマークのポニーテールを揺らしながら、自分の目の前で急停止した彼女に声を掛けた。

 

「川神さん、早いね」

 

「当たり前よ。今日は孫くんにとって大切な日なんだから、アタシがきっちりエスコートしなくちゃ! それより呼び方は孫先生のほうがいい? それとも師匠?」

 

「い、いや、普通でいいよ……」

 

 苦笑紛れの返答に人懐っこく笑うと、同じく女子の制服に身を包んだ川神さんはくるりと回って歩き出した。オレも一つ息を吐いてから彼女に続いて歩き出す。オレたち二人は本日同じ場所を目指して歩いていた。

 

 川神学院。

 

 それが今日からオレが編入することになった学校の名前だ。

 

 日本国の関東地方、川神市に居を構える川神学院は、武道の中心地のひとつとして知られる川神院にちなんで作られた学び舎だ。その教育方針も決闘システムや体罰の容認など、他とは一線を画しているものが多く存在する。オレも入学の際の書類手続きにおいて、その手の誓約書も書かされたぐらいである。

 

 そして、生徒の中には強い人間が多くいるのも特徴だ。武術の総本山の一つであるこの川神に強者が集まってくることに起因しているためか、武術を第一とする生徒も珍しくないらしい。もちろん普通の生徒も多くいるらしいのだが、他と比べてもその違いは顕著なのだろう。

 

「それにしても、あっという間に決まったなぁ」

 

「あはは。おじいちゃんって普段はそうでもないけど、こういうことになるとすごい張り切る性格だから」

 

 朗らかに笑う川神さん。

 

 そう。オレがこの川神学院に編入になることが決まったのは一昨日のことだったのだ。

 

 さらに言おう。この話を聞いたのも一昨日だ。

 

 オレが目を覚ましたことを川神さんから聞いた彼女の祖父、川神鉄心さんが見舞いにきたことがすべてのはじまり。

 

 その席で鉄心さんはオレを見るなり、

 

 

 

『孫悟飯と言ったな。お主、川神学院に入れ! 無論、生徒としてじゃ!』

 

 

 

 開口一番に言い放ったのである。しばらくの間、開いた口がふさがらなかったのは仕方がないことと言えるだろう。

 

 ちなみだが、オレは今年で23歳になる。人造人間の出現で学校など行く機会もなかったが、学生という歳はとっくに越えているのは明白だ。どうやら川神さんとは3年以上の開きがあったこともこのときに知った。

 

 そんな歳の男が学校などに通えるのか。若い少年少女たちの集う場所に行っては迷惑にならないか。そもそも授業料を払えないなど、問題点はいくつもあった。だがそのことを告げると、鉄心さんはカッカッカと笑うばかりだった。

 

 

 

『若造が細かいことを気にせんでもよい。歳が多くとも、川神学院で学んでいる輩などいくらでもおる。一子から聞いて少し調べてさせてもらったが、どうやらこの国の人間でもないみたいじゃしの。今まではどう生きてきたか知らんが、この日本で自分を証明する手段もないとなってはこれから困るぞい。外へ行こうにもパスポートさえ作れんからの。それに特に行くところもないんじゃろう? だったらここにおれ。戸籍も住む場所もワシが用意してやる。一子もお主に懐いておるようだから、ちょうどいいじゃろ。なによりお主、めちゃ面白そうだし?』

 

 

 

 最後の一言がえらく気になったが、そのままオレは彼に諭されて編入を決めた。

 

 編入試験は昨日すでに受け終わっている。最後に鉛筆を握っていたのが十年以上前であったため、頭の錆付いた部分を必死に動かしながらの試験であったが、歴史をはじめとするこの世界固有の事柄以外は何とかやり遂げることができ、無事に通ったらしい。

 

 この試験の間も川神さんが付き合ってくれ、選別と言って握り飯まで用意してくれたのは嬉しかった。本当に彼女には何から何まで世話になってしまっている。もはや川神さんに頭が上がらない状態だった。 

 

(鉄心さんはオレを一目見て気に入っていたと言っていた。武術の才能があるとも。それは事実ではあるけど、たぶん一番の理由は川神さんが頼んでくれたからだろうな。けど、それだけでもないような気がする。あの人からは武天老師さまと同じような印象を受けた。おちゃらけているように見えても、きっと何か考えがある。あの人の目は、そういう目だった)

 

 悟飯は一度しか会っていない鉄心、次にかつて父の師であった老人のことを思い浮かべた。不思議なぐらいその印象は似通っている。一見ふざけている様に見えても、いつも先を見通していそうなところも。実はすごい力を秘めていそうなところも。

 

(鉄心さんも武天老師さまみたいにスケベだったりして…………ま、それはないか)

 

 二人を比べて亀仙人と呼ばれた彼の唯一のウィークポイントも思い浮かべ、すぐ苦笑しながら否定した。先を行く川神さんに遅れないように歩みを速める。

 

 事実、この予想は鉄心の思惑の半分であった。悟飯の力が恐ろしく凄まじいこと、彼がどこか普通の人間と違うことを鉄心がおぼろげにでも感じていたことは確かである。

 

 しかし、残りの半分が一子に涙目で迫られ、話を聞いたもう一人の娘である百代に半分脅されていたこと。そして、彼がかの老師と同じくらいにスケベであることを、悟飯はまだ知らない。

 

「さて、今日は孫くんをみんなに紹介しなきゃね! たぶんこの先で待ってると思うわ」

 

「みんな……ああ、川神さんがいつも言ってたグループの。確か、風間ファミリー……だったっけ?」

 

 オレの言葉に「そーよー! カッコいいでしょー!」と、満面の笑みで嬉しそうに返す彼女。その表情はいつにも増して輝いていた。

 

 その修練を見るようになって二日になるが、彼女は本当に武道が好きなようだ。性格からか、基礎力が特に凄まじい。まだごく基本的なことしか教えていないが、だからこそそれがよく分かる。おそらく、彼女の姉などが指導したのだろう。これならば、近いうちに気の修行にも入れそうだ。彼女を見る限り、肉体的な能力よりもそちらの素養の方がありそうだし。

 

 そういえば、彼女が仲間の話をするときは本当に楽しそうにしていた。まるで自分のことのように話す彼女に、オレは久しく忘れていた安らぎを感じたのを覚えている。

 

「仲間、か…………」

 

 今は遠い昔となってしまった彼らを思い出す。戦いを通じて集うようになっていたあの頃。とても辛い戦いも多かったけれど、それ以上に楽しくて、何よりも希望に満ち溢れた日々だった。

 

「――――ん……孫――!」

 

 クリリンさん、ピッコロさん、べジータさん、ヤムチャさん、天津飯さん、餃子さん。どんな絶望が目の前に現れても、力を合わせて切り抜けてきたかけがえのない仲間達。

 

「――ん! ――く―! 孫――!」 

 

 もう十年以上昔の話。だが今でも忘れない。忘れるわけがない、大切な時間。

 

 それはきっと、あの人がいたから――――。

 

「――くん! 孫くんってば!」

 

「……え? う、うわっ!? な、何!?」

 

 ふと気がつくと、オレの目の前に川神さんの顔があった。距離にしておよそ鼻先数センチ。驚いた自分の顔が彼女の澄んだ瞳に映っている。オレはドキッとして、反射的に身を離した。

 

 川神さんはその反応を見て取ると、腰に手を当てて鼻息荒く口を引き結んだ。

 

「もう! さっきからずっと呼んでるのに、孫くんってば上の空なんだもの! どうせあたしの話も聞いてなかったんでしょ!」

 

 どうやらずいぶんとおかんむりになってしまったようだ。ぷんすかと唸る彼女にオレは慌てて謝る。

 

「ゴ、ゴメン川神さん……ちょっとボーっとしてて……」

 

「そんなの見れば分かるわよ。はぁ、孫くん。今日は大事な編入初日なのよ? そんなことじゃ失敗して――ん?」

 

 再びお説教が始まるというとき、川神さんが言葉を切った。その目はオレではなく、その後ろ側へと注がれている。彼女の視線を追って、背後を振り返った。

 

「――――あれは……」

 

 視線を少し下げてその先を見つめる。今自分達が渡ろうとしていた橋の横、土手の始まりから水面までの間にある広い場所に人だかりができていた。

 

 目を凝らすと、その人だかりは二重に形成されていた。二重丸の円のように距離をおいて二つの人だかりができており、その中心に一人誰かがいる。顔までは分からないが、体つきを見る限り女であるようだ。

 

 外側の円は女子や男子をはじめとして川神学院の制服を着ているが、内側は見覚えがなく見える限り男子しかいない。黒一色の制服を着ているところを見ると他校の生徒のが妥当だろう。

 

 だが、黒い制服を着た男達の雰囲気はお世辞にも友好的とは言いがたいものだった。みな物々しい気配を宿している。持っているものが鉄パイプやら釘バットやらであるので、もっと簡単に分かるが。

 

「あーあー、今日も来たのね。お姉様ってば大人気だわ」

 

「お姉様? じゃあ、あの中心にいるのが君のお姉さんなのか?」

 

「ええ。私のお姉様で川神学院三年、川神百代よ。ついでに言うと、周りを取り囲んでるのはお姉様を倒すために来た人たち。お姉様は凄腕の武道家だから、時々ああやって挑戦者とか名を上げたいと思ってる人が来るのよ。見覚えがあるから、きっとお姉様にやられたその仕返しに来たのね」

 

「なるほど……」

 

 どうりで男たちが殺気立っているわけである。その中で平然としている彼女と、下卑た笑みを浮かべながら周りを取り囲む彼らを見比べた。普通ならば彼女に勝ち目はないが、自分の中に訴えかけてくる感覚がそれを真っ向から否定する。

 

「……無理だ。彼らじゃ束になってもあの人には勝てない」

 

「当然よ! お姉様は川神の武神って呼ばれるほどすごい人なんだから!」

 

 川神さんの声を聞きながら、オレは彼女、川神百代を見つめていた。彼ら全員と比べても、いや、比べるまでもない。それほどに彼女の『気』は桁違いの強さだった。

 

 例えるのなら、嵐の中に突っ込んで行く蟻の大群。いくら数をそろえても、決して勝て得ぬは道理だった。

 

 ナメック星へ行った後の仲間達なら問題にもならないレベルではある。しかしおおよその見当をつければ、べジータさんが初めて地球に来たころのヤムチャさんと同程度の力なのだ。この世界の地球ではそれほどの強さが必要な事件はなかったようだから、地球人として破格の強さであるのは頷ける事実だった。

 

 そして確信する。この街で感じた最も強い気のうちの一つが、他ならぬ彼女であったことを。

 

 その推測を裏付けるように男が一人、一瞬で宙を舞った。それを皮切りにして、彼女を囲んでいた男達がまるで木の葉のように吹き飛んでいく。

 

「……速いな」

 

「え? ま、まさか孫くん、お姉さまの動きが見えてるの!?」

 

「ああ。パワーもスピードも凄まじいな。川神さんが言っていた理由がわかったよ」

 

 オレの返答に驚きを露にする川神さん。常人には消えているように。修練を積んだ彼女ですら、何かがすごい速度で動いているぐらいにしか見えないのだろうから当然ではある。

 

(だが、それでも今の彼女からすれば、一割にも届かないぐらいだろうが)

 

 オレは、いまだ不良を蹴散らし続ける百代さんを眺めた。彼女は戦闘力をそのままに威力だけ落として手加減をするという、微妙に難しいことをやっている。オレたちからすれば戦闘力だけを落せばすむ話なので、お粗末といえばそれまでだが、だからこそその方法は戦闘力をコントロールする術を知らない彼女ができる唯一のことだと言えた。

 

 そして開戦からまもなく、早くも決着が付こうとしていた。

 

 時間にして二分弱。人数は五十人ほどだったから、結構もったほうだと思う。しかし相手が悪すぎたのだろう、彼女の圧倒的な力と気迫に逃亡するものも出始めていた。

 

 悔しいだろうが、判断としては懸命だ。どうあったって敵わない相手だと理解したのだろう、後ろに控えていた男達から一人、また一人と逃げ出している。褒められたものではないが、人の行動として間違ってはいない。

 

 このままのペースならあと三十秒もしないうちに終わる。そしてノックアウトされた者以外は撤退して終了するだろう。

 

 そう、思っていた。

 

『ぎゃあああああああっ!?』

 

 彼女が逃げていく相手を捕まえて、その間接を外す場面を見るまでは。

 

「な……!?」

 

 オレはあまりの光景に絶句した。その行為自体にではない。彼女が不良に制裁を下す瞬間に見せた、愉悦を滲ませたその表情にだった。

 

「あっはっはっは! 私は今日機嫌が悪い。捕まったら大変だぞ~? そぉら、逃げろ逃げろ~!」

 

「うわあああああ!?」

 

「た、助けてくれぇえええ!」

 

 そして、それは一度では終わらない。彼女は倒れ伏す男達を飛び越えると、必死の形相で逃げる者たちを追いかけ、吹き飛ばし、捻じ伏せていく。

 

 まるで貪欲に獲物を狩る肉食獣だ。オレは背筋に走った寒気を受け、慌てて川神さんに詰め寄った。

 

「な、なんで誰も彼女を止めないんだ!? 彼らにはもう戦う力も意志もないんだぞ!? あれじゃただの暴力じゃないか!」 

 

 あまりのことにオレは思わず傍にいた川神さんに詰め寄った。川神さんは言い寄るオレの剣幕に若干怯んだ様子を見せたが、ばつの悪そうな顔をした後、すまなそうに視線をそらす。それが答えだった。

 

「う、うん。孫くんの言いたいことはわかるんだけど…………今回はあの人たちが悪いし、放っておいたらまた次がくるし……しょうがないよ。それに、ああなったお姉様を止めるなんて誰もできないから……」

 

「だからって……くっ……!」

 

 視線を戻す。彼女はいまだ暴れ続けていた。その拳が相手の顔面を捉え、その脚が男たちの身を吹き飛ばすたび、ギャラリーからは歓声が溢れる。

 

 ギリ、と口元から鈍い音が響いた。声が遠く聞こえるなか、彼女、川神百代へ視線を向ける。

 

 顔を喜色に満ち溢れさせ、その口元が悦びに歪められる彼女。

 

 それを目にした瞬間、

 

「ゴメン、川神さん――――」

 

「え? あ、ちょっと! 孫くん――!?」

 

 オレは大地を蹴り、駆け出していた。

 

 川神さんの声が一瞬で遠くなる。高ぶった精神に呼応して体の外へ噴出しようとする気を抑え付け、加速する。そして、いまだ歓声の止まぬギャラリーを一息で大きく飛び越えて彼女に接近し、

 

「――――やめろ!」

 

「ッ!?」

 

 今まさに男の顔面へ突き刺さろうとしていた拳を、右手で掴んで受け止めた。オレが一瞬で間に入ったことにか、それとも自分の攻撃が受け止められたことにかは分からないが、彼女は驚いて反射的に距離を取る。ギャラリーも突然に闖入者に声を止めていた。

 

 辺りを沈黙が包み込む。だがそれを破ったのは他ならぬ騒ぎの発端、川神百代だった。

 

「……誰だお前は。加減してたとはいえ、私の攻撃を止めるとは……素人じゃないな。名乗れ」

 

「…………オレは孫悟飯。君らの戦いは始まる前から見ていた。だから止めに入ったんだ。こいつらは既に虫の息、この戦いは君の勝ちだろう? もうそれくらいにしてやってもいいんじゃないのか?」

 

「孫悟飯…………ほう、お前がワン子の言っていた『不思議な武道家』か」

 

 じろりと睨んでいた百代さんがオレの言葉に反応する。ワン子というのはおそらく川神さん、いや一子さんのことだろう。そちらに気を取られたのか、彼女の闘気がしだいに霧散していった。

 

『なぁに、アイツ?』

 

『川神学院の制服着てるけど、見たことないツラだな。新入りか?』

 

『百代お姉さまに向かってなんて口を利くのかしら!?』

 

 背中からギャラリーが騒ぐ気配がするが無視した。と、ズボンの裾を引かれた気配がして振り向く。

 

「ひ、は、ふっ!? ア、アンタ、助けてくれたのかっ……!?」

 

 後ろで尻餅をついた男が震える声で尋ねてきた。その手はがしっと、とオレのズボンを掴んでいる。溺れる者は藁をも掴むというが、今の状況がまさにそれだ。

 

 オレは横目だけで彼を見据え、目を細めながら口を開いた。

 

「……違う。オレだってお前達がやっていたことを肯定しているわけじゃない。助ける義理だってなかった。けど、人間が一方的に甚振られるのを黙って見ていることも出来なかった……それだけだ。わかったら、早く仲間と一緒にここから消えろ。そして、もう二度と現れるな」

 

「あ、あんた、一体……?」 

 

 困惑した気配が背中から漂ってくる。オレは僅かに振り向き、彼らを横目で睨み据えた。

 

「オレの言葉が聞こえなかったのか……? さっさといなくなれ!」

 

「ひぃっ!? は、はぃいいいいいいい!」

 

「すいませんっしたぁああああ!!」

 

 蜘蛛の巣を散らしたかのごとく全員が逃げていく。我先にと逃げ出したリーダー格の男に続いて、気絶した仲間たちを運びながら一目散に退散していく不良たち。

 

 戦っていたときは力量不足の一言に尽きたが、撤退する手際は大したものだ。逃げ足だけはなんとやらというヤツだろう。と、そんな考察をしている間に、あれだけいた不良たちは一人残らず消えていた。

 

 残ったのは呆然としたギャラリーに乱闘に割って入ったオレ、そして腕を組んでこちらを睨む百代さんである。彼女は不良が去っていった方向を睨んでいたが、すぐこちらに向き直り、若干眉を寄せながら歩み寄ってきた。

 

「おい、お前が邪魔をしてくれたせいでみんな逃げてしまったじゃないか。おかげで私はかなり欲求不満気味だぞ。この落とし前、どうつけてくれるつもりなんだ? ええ?」

 

 阿鼻叫喚の地獄は去ったが、代わりに冷たい気配を宿した殺気が浴びせられる。口元を僅かに吊り上げた彼女に対し、オレは先ほどの言葉を繰り返した。

 

「そんなことはどうだっていい。その前にオレの質問に答えろ」

 

 多少威圧的になってしまったが、仕方ないと妥協する。ギャラリーから息を呑む気配が伝わってくるが、無視して彼女へさらに言葉を連ねた。

 

「何故まだ彼らを攻撃しようとした? もう彼らに戦意はなかったはずだ」

 

「――――何かと思えば、そんなくだらないことか。ヤツらから戦気が失われたから? だからどうしたというんだ。一度相手に戦いを挑んだ以上、それは決着がつくまで続く。相手が強かったからなんて言い訳など通用しないし、一方的にぶちのめされても文句は言えん。それを邪魔したお前は無粋の極みだがな」

 

「質問に答えてくれ」

 

 軽い調子で返す百代さんから目を離さないで再び問う。彼女は心底気だるげに答えた。

 

「答えろと言われてもな…………強いて言うなら、あいつ等が私をムカつかせた。そしてそれを解消するためにちょうどよかったからだ。それ以上の理由はない。ケンカなんてそんなものだろ」

 

「…………だとしても、君のは度を越えている。わざわざ追い討ちをかけなくてもあいつらは追い払えたし、君との力の差も十分に理解していた。それに自分の実力が確かなのは、君自身が一番よくわかっているはずだ。君は強い。ちゃんとした考えも持っている。なのに、なぜなんだ……!?」

 

「五月蝿いヤツだな……そんなことをいちいち考えていられるか。あいつらは私に挑んできて、そして私はそれを受けた。ならばその戦いでどう戦おうと、負けたアイツらに何をしようと、そんなもの勝者である私の勝手だろうが! なんで私があんなヤツらに気を遣わなきゃならない? どうなろうと知ったことか!」

 

「っ!?」

 

 オレの言葉に焦れたのか、百代さんが叫ぶように言う。その表情には一切の迷いも見受けられなかった。もはや彼らを虐げようとしたことなど興味もないというふうに。

 

 叩きつけられた言葉に内心絶句する。気がつくと、オレは強く口元を噛み締めていた。

 

(――――それが……それが仮にも『武道家』の言うことか……!!)

 

 知らず、拳を握る力が増していく。体から湧き上がってくるこの感情は紛れもない怒り。

 

 普通の人間に対して抱いたことが遠い昔になる感情であった。

 

「理解できたか? だったら今すぐ私に詫びろ。そしてその後、代わりにお前に相手をしてもらう。それで今回の乱入の件は手打ちにしてやるよ」

 

 首の骨を鳴らしながら彼女がニヤリと笑う。オレは静かに満ちていく激情を鎮め、深く息を吐き出した。

 

「――――ああ、理解したさ」

 

「そうか。だったらさっきの行動の理由を述べて私に謝――「今の――」?」

 

 言葉を遮られた彼女が訝しげにこちらを見やる。だが、もうオレも止まる気はなかった。

 

「――今の君は、武道家なんかじゃないってことがな」

 

「――――何だと?」

 

 空気が変わる。ギャラリーから短い悲鳴があがった。

 

 百代さんが声を低くして此方を睨み据えてくる。気分を害したのか、その雰囲気はさきほどとは明らかに違っていた。彼女の視線は敵意を超え、殺気にすら匹敵しそうだ。

 

 だがオレは目をそらさずに続けた。

 

「さっきまでは、確かに正当な試合だったのかもしれない。けど、今君がやっていたのは勝負なんかじゃない。ただ自分が好きなように、自分の楽しみのために、自分のいいようにするために力を振るっているだけだ。いくら相手が悪人でも、戦う気をなくした相手に……恐怖に駆られた人間になお力を振るうなんて、そんなものはもう武道家じゃない……今の君は――――」

 

 敵意を滲ませた瞳を真っ向から受け止めて、

 

「――――ただの乱暴者だ」

 

 オレは彼女を否定した。

 

 時が止まる。ざわりと空気が揺れる。辺りを包み込む世界が急に冷え込んだような錯覚に陥った。

 

「――――言ってくれるじゃないか……オマエ、覚悟は出来てるんだろうな……」

 

 ゆらり、と百代さんがオレの前に立った。前髪が大きく顔に掛かり、その表情を窺い知ることは出来ない。だが、その間から覗いた赤い瞳からは、凄まじい殺気が零れてきていた。

 

 闘気が物理的な形となり、戦意が彼女の周囲で渦を巻く。

 

「ちょ、ちょっとちょっと、すとぉ―――っぷ!?」

 

 そこに至って、オレ達二人の下にかけてくる影があった。ギャラリーを掻き分け、こちらに向かって全力で走って来たのは、オレの恩人にして百代さんの妹、川神一子さんだった。自身の家族にあたる人物の登場に、さしもの彼女も動きを止める。

 

 オレ達の前で急停止した彼女は、傍目で分かるほどに息を荒げていた。心中穏やかであるとはとてもではないが言えた顔ではない。

 

 それほどに、いまの彼女の表情は焦燥感に溢れているのが見て取れた。只ならぬ雰囲気に危機感を感じたのだろう。

 

「待ってお姉様! 孫くんだって悪気があって言ってるわけじゃないの! 彼はここに来てまだ日が浅いから、まだよくこの街のことを知らなくてっ……だから、それでっ……」

 

 荒いだ呼吸を落ち着けながらオレを庇うように言う川神さん。百代さんはそんな彼女の様子を見て少し驚いたようだったが、すぐにこちらを睨みすえて首を振った。

 

「悪いが黙っていろワン子。コイツがお前にとってどんな存在かは知らないが、そんなことは今はどうでもいいんだよ。こいつは私を侮辱し……挙句に私の武道さえ否定した……それだけは絶対に許さん……ヤツらの代わりに少し遊んでやるつもりだったが、気が変わった。お前がなんと言おうと、私はコイツをぶちのめす……!」

 

「そ、そんな……お姉さま、孫くんは――!」

 

 再び言い寄ろうとする川神さん。オレはそれをそっと遮った。

 

「いいんだ、川神さん。これは初めからオレと彼女の問題だった。君が巻き込まれることはないさ。危ないから下がっていてくれ」

 

「孫くん……」

 

 此方を見上げる川神さんは不安げな表情だった。しかしこれ以上オレを庇えば、百代さんの怒りが彼女にまで飛び火しかねない。オレは川神さんを押しとどめ、迷惑が掛からない位置まで下がらせた。

 

 ようやく場が整ったことに不満が少し和らいだのか、百代さんが悠然と歩み出てくる。いまだ険しい表情を崩さぬまま、彼女は腕を組んで言った。

 

「戦う前にせめてもの情けだ。何か要望があれば聞いてやる」

 

「……見物人を下がらせてくれ。この勝負は見世物にはしたくない」

 

「いいだろう。どうせ私もそのつもりだったしな…………大和、キャップ、仕事だ!」

 

 百代さんが叫ぶと、周りにいた何人かがすぐさま動き出した。彼らがおそらく一子さんが言っていた彼女の仲間なのだろう。こういった事態も手馴れたものなのかもしれない。その手際は見事の一言に尽きる。

 

 初めはおあずけを食らってぶーたれていたギャラリーの連中も、彼らによってすべて散らされていった。一子さんから聞いていたことによると、百代さんが正式な試合をする時は毎回人払いをしているのだとか。いずれにしても、却下されずに済んだことを喜ぶべきだろう。

 

 と、考えている間にすべての見物人が消えていた。人がいなくなったことで、土手が一気に広がったように感じる。

 

 残っているのは先ほど動いていた数人と、彼らに混じって人払いをしていた川神さんだけだ。オレが百代さんに視線を向けると、彼女はニヤリと口元を吊り上げた。

 

「アイツらは私の仲間だ。何も構う必要はない。それに、勝ち負けを決める審判くらいは必要だろう?」

 

 出来れば彼らにも見ていて欲しくないのだが、これ以上の要望は彼女を刺激してしまう。オレは仕方なく首を縦に振って了承の意を伝えた。

 

 川神さんの笑みがさらに濃くなる。それは少女がするような温かいものではなく、

 

「さあ…………始めようじゃないか―――――〝戦い〟をな」

 

 獲物を狙う肉食獣にも似た凄惨さを覗かせるものだった。

 

 

 




第3話でした。

いきなりの急展開だと、自分でも思います。

ですが、これ以外にいい案が思い浮かばなかったもので(汗)・・・お許しください。

悟飯らしさが出ているでしょうか・・・なんだか違和感覚えたという人が出そうで怖いですが。

それではまた次回にて!

再見(ツァイツェン)

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