ハリー・ポッターと欲望の錬金術師   作:ドラ夫

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第11話 みぞの鏡

 クリスマスが矢の様に近づき、ハグリッドが大広間にクリスマス・ツリーを運ぶに連れ、バーソロミューは益々不機嫌になっていった。

 レイブンクローは、スラグホーンが度々開く食事会、通称『スラグ・クラブ』が、クリスマス休暇直前に開くクリスマスパーティーのせいに違いないと思った

 

 バーソロミューは一度として『スラグ・クラブ』に参加したことはなかったが、しつこくスラグホーンはバーソロミューを『スラグ・クラブ』に出る様勧誘していた。そしてそれは周知の事実だった。

 多くの女子達が『流石にクリスマスパーティーは出るだろう』と推測していた。バーソロミューがヤリドリギの下をバーソロミューが通る度、パートナーに選んでほしい大勢の女子達が集まってきて、廊下が渋滞した

 

 どうやらバーソロミューにとって、授業に行く邪魔や本を読む邪魔をされるのは思った以上にストレスになる様だった。

 バーソロミューの他にもハリーやセドリックなどが同じ様な目にあっていたが、ハリーは嬉しそうにしていたし、セドリックは手慣れていた

 

「あら、バーソロミュー。偶然ね」

 

 クリスマスパーティー当日の昼、バーソロミューが図書室で本を読んでいると、ハーマイオニーが話しかけてきた。

 バーソロミューがロンを殴って以来、二人と気まずくなったハーマイオニーは図書室にこもっているという話だった。そしてバーソロミューが図書室にいると、いつも何処からともなく現れた

 

「ところで、今夜のクリスマスパーティーの相手は決まったの?」

 

「相手も何も。そも、俺様は出席しない」

 

 バーソロミューが本を凝視しながら言った

 

「それより、貴様はどうなんだ?随分と誘われてるらしいじゃないか」

 

 バーソロミューの言葉に、ハーマイオニーは顔を赤らめた。

 ハーマイオニーはバーソロミューに前歯を治されて以来、熱い視線を向けられることが多くなっていた。またハーマイオニーはスラグホーンにクリスマスパーティーに誘われている一人なので、パートナーのお誘いをよく受けていた

 

「まだ決まってないわ」

 

「そうか」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 二人の間に沈黙が流れた。

 時々、バーソロミューが本をめくる音以外は何もしなくなった。ハーマイオニーは初めて、沈黙が耳に痛いという事を知った。やがてハーマイオニーが意を決した様に口を開いた

 

「ねえ、良かったら──」

 

「グレンジャー、俺様のパートナーになれ」

 

 ハーマイオニーが言い切る前に、バーソロミューがぴしゃりと言った

 

「今からドレスを作ってくる。後でアンとメアリーにそれを持って行かせるから、それを着てこい。分かったな?」

 

 それだけ言うと、ハーマイオニーの返事も聞かず、バーソロミューはさっさと行ってしまった

 

 

   ✳︎     ✳︎     ✳︎

 

 

 ハーマイオニーが談話室で待っていると、どうやって入ってきたのか、アンとメアリーが淡いピンク色のドレスを持ってやって来た。

 アンとメアリーはハーマイオニーを手早く着替えさせ、髪を整え、薄くメイクを施し、最後に香水を振りかけた

 

「ご主人様は玄関ホールにてお待ちしていますので、八時までにお越し下さい」

 

 そう言うと、二人はさっさと行ってしまった。

 まだ七時だったが、なんとなしにハーマイオニーが玄関ホールに行ってみると、バーソロミューは既に待っていた。

 プラチナブロンドをオールバックにし、ワイン色のシャツと黒色のドレススーツを見事に着こなしている。

 玄関ホールの周りには、尋常ではない数の女子生徒がうろうろしていて、ハーマイオニーがバーソロミューに近づくのを恨みがましく見つめた。

 しかし着飾ったハーマイオニーは予想以上に美しく、いつしか恨みの目は嫉妬の目へと変わっていた。

 ハーマイオニーと犬猿の仲であるパンジー・パーキンソンでさえ、貶す言葉が思い浮かばない様だった

 

「なんだ、早かったな」

 

 ハーマイオニーに気づくと、バーソロミューが声をかけた

 

「それでは、行こうか」

 

「ええ」

 

 ハーマイオニーは嬉しそうに言った。

 バーソロミューはハーマイオニーをエスコートし、好奇の眼差しを向けてくる一団を離れ、大理石の階段を先立って上り始めた

 

「こないだの事、嬉しかったわ。ありがとう」

 

「ああ」

 

 ハーマイオニーの言葉に、珍しくバーソロミューは困った顔をした。

 純粋な感謝の言葉に慣れていないのだろうとハーマイオニーは思った。

 そのまま二人が心地よい沈黙の中歩いていると、スラグホーンの部屋がだんだんと近づいて来た。部屋のそばまで来ると、大人数の笑い声と、少し古い趣味の音楽、賑やかな話し声が聞こえてきた

 

「『検知不可能拡大呪文』はかけているのに、『防音呪文』はかけていないのか」

 

「わあ、素敵ね!」

 

 部屋の中に入ると、ハーマイオニーが感嘆の声をあげた。

 部屋の中はスラグホーンの魔法で他の部屋の倍以上広がっていた。また、装飾も随分と豪華になされていた。

 天井からはエメラルド、紅、そして金色の垂れ幕で優美に覆われていた。またアロマキャンドルもたいている様で、甘い匂いがムンムンと香った。

 天井の中央からは凝った装飾を施した金色のランプが垂れ下がり、中に入っている本物の妖精がパタパタと飛びながら、怪しい赤色の光を放っていた

 

「これは何かしら?」

 

 ハーマイオニーは銀のおぼんを持ってウェイターをしている、醜い小人の様な生き物を指差した

 

「屋敷しもべ妖精という生き物だ。主に純血の名家に仕える、奴隷の様な妖精だ。俺様は好かんがな。スラグホーン家は『聖28一族』だから、沢山いるだろうよ」

 

 バーソロミューは説明しながら、シャンパンとムール貝の香草パン粉焼きをとってハーマイオニーに渡した。普段はあまり食べ物を食べないバーソロミューだが、一人で食べさせる訳にもいかないので一緒に食べた

 

「これはこれは、バーソロミュー!」

 

 バーソロミューとハーマイオニーが談笑していると、スラグホーンが大きいお腹と太い声を響かせながら近寄ってきた

 

「さあさあ、こっちへ来たまへ!君に会わせたい人物が大勢いる!」

 

 スラグホーンはがっちりとバーソロミューの腕を掴み、何処かへ引っ張っていこうとしたが、バーソロミューはすぐさま腕をふりほどいた

 

「すみませんが、パートナーが居ますので」

 

 スラグホーンは信じられない、という顔でバーソロミューとハーマイオニーを交互に見た。そして驚くスラグホーンを尻目に、バーソロミューはハーマイオニーの手を掴んでさっさと歩いて行った

 

「良かったの?」

 

 強引に引っ張られたせいか、ハーマイオニーが顔を赤らめながら言った

 

「構わん。俺様“が”誰かに紹介されるのではなく、誰かが俺様“に”紹介されるべきだからな。しかし、貴様はいいのか?ここには著名な文人や権力者も多いぞ」

 

 ハーマイオニーは優秀だが、マグル生まれだ。魔法界で暮らすだけならまだしも、魔法省などで働くにはコネが必要だ。そしてここはコネを作るには絶好の場所だった

 

「いいのよ、別に」

 

 しかしハーマイオニーはあっけらかんと言った

 

「ハーマイオニー、ハーマイオニー!」

 

 二人が歩いていると、背後から大きな声が聞こえてきた。振り返ってみると、ハリーがパーバティを、ロンがパドマを引き連れて立っていた。

 ロンとハリーは着飾ったハーマイオニーを見ると、驚いて目をパチクりさせた。パーバティとパドマはうっとりした表情でバーソロミューを見つめた

 

「あら、ハリー。それと、パーバティとパドマも。楽しんでる?」

 

 ハーマイオニーはロンを無視しながら、勝ち誇った様に言った

 

「僕も居るんですけどね」

 

「あら、気づかなかったわ」

 

 ロンは顔を赤くした。掴みかかろうかとも思ったが、ハーマイオニーの後ろにバーソロミューがいたので止めた

 

「行こう、ロン」

 

 これ以上二人が邪険になってはたまらないと、ハリーがロンを引っ張っていった。ハーマイオニーはこちらを睨むロンと背後に立つバーソロミューとを交互に見て、ニンマリと笑った。

 

 やがて時間が経ち、パーティーに出席している人物も随分と減ってきた。ハリーとロン、パーバティとパドマはもう帰った様子だった

 

「今日は楽しかったわ!」

 

 ハーマイオニーは笑って見せた。それを見たバーソロミューは、ほんの少しだが、微笑んだ

 

「それは、良かったな。だが楽しい時間は終わりだ。そろそろ帰るとしよう」

 

「え、ええ。そうね」

 

 ハーマイオニーは心地よい夢を見ているときに、ラッパの騒音で無理矢理起こされた様な気持ちになった。

 バーソロミューは最後までハーマイオニーをエスコートし、グリフィンドール寮の前まで送って行っいった

 

「さっきも言ったと思うけど、今日は楽しかったわ」

 

「……そうか、俺様もだ。さ、もうおやすみ」

 

 バーソロミューは寝室を促した。

 ハーマイオニーがその言葉に従い、振り向いた瞬間、バーソロミューが呼び止めた

 

「グレンジャー、勉学を怠るな」

 

 それだけ言うと、バーソロミューは行ってしまった。まるで、今生の別れの言葉の様だ、とハーマイオニーは思った

 『俺様がボーバトンを蹴り、ホグワーツに入学したのは究極の物質、『賢者の石』を追ってきたからだ』。それは裏を返せば、『賢者の石』さえ手に入ってしまえば、ホグワーツに用はないという事ではないだろうか?

 その日、ハーマイオニーは中々寝付けなかった

 

 

   ✳︎     ✳︎     ✳︎

 

 

 クリスマスの朝、バーソロミューの機嫌は今世紀最悪だった。というのも、今まで住所不明だった為に、何故か贈られてくるシエラ・レイントン以外からはクリスマスプレゼントが届かなかったのだ。

 しかし今はホグワーツにいると多くの人間が知っているので、山ほどのクリスマスプレゼントが届いたのだ。普通の人間ならプレゼントとは貰って嬉しい物だが、バーソロミューからしてみれば施しを受けている様でどうにも気に入らないらしい

 

「『忘れ玉』か、俺様には無縁の代物だな」

 

 バーソロミューは『忘れ玉』をプレゼントの山の中に投げ入れた

 

「チッ!こんな有象無象、幾らあっても仕様がない」

 

 クリスマスプレゼントの山だけならまだしも、もう直ぐ一年が終わるというこの時期になってもまだ『賢者の石』をダンブルドアが渡していないことが、より一層彼を不機嫌にされるべきせていた

 

「これ以上時間が掛かるのであれば、もう俺様が無理矢理奪うか?」

 

 ダンブルドアは何も、意地悪でバーソロミューに『賢者の石』を渡していないのではない。

 ダンブルドアが施した最後の守りが強すぎる為、彼自身でさえ『賢者の石』を取り出せなくなってしまった、と言うのだ。そしてそれが嘘でない事を、バーソロミューは分かっていた

 

『行けませんよ、バーソロミュー。約束はキチンと守らなければなりません。校長先生は必ず渡すと約束して下さったのでしょう?』

 

「口約束だがな」

 

『約束は約束です』

 

 レイブンクローは普段バーソロミューにあまり強く出れないのだが、こと道徳に関しての事は一歩も譲らなかった。

 レイブンクローが霊体であり、何の力も持たない以上、それを無視しても良いのだが、『原初魔法(ワイルドマジック)』を教わっている負い目からかバーソロミューはそのあたりのことに関してはレイブンクローに従っていた

 

(しかし、ヘレナ・レイブンクローは何処に行ったんだ?折角、俺様自ら母親に会わせてやろうというのに)

 

 そして、極めつけはこれだ。

 入学初日からロウェナとヘレナ、二人のレイブンクローを上手い具合に接触させようと試みていたのだが、ヘレナは何処かへ行ってしまったのだ。

 元からヘレナは内気な性格で、姿を見せないことはそう珍しくないらしい。しかし流石に今年度が始まってから一度も、と言うのは今年が初だ。

 しかしたかが1ゴーストがいなくなったからと言って騒ぐ人間はホグワーツには居らず、誰も居場所を探さないので、ヘレナが何処に行ってしまったのかは分からず仕舞いだった。

 そも、バーソロミューでさえ見つけられないものを他の人間に見つけられるとは思えないが

 

「こんな事なら、やはりクリスマス休暇は何処かへ行くんだったな」

 

『そ、そんな事言わないでくださいよ!』

 

 バーソロミューは家出中のため、クリスマス休暇に家に帰る事はない。しかし、ホグワーツに留まる理由もなかった。

 事実、バーソロミューはルーマニアに行ってドラゴンの研究をしたり、マグルの大学に行って化学を学んだり、禁じられた森で菌類の研究をしたりといったクリスマス休暇を考えていた。

 しかしレイブンクローが『ホグワーツで一緒にクリスマスを過ごしましょうよ。ねえ、そうしましょうよ』としつこく言ってくるので、ホグワーツに留まることにしたのだ

 

『暇なら、ボランティア活動でもしに行きます?』

 

 無理だろうと思いつつも、レイブンクローは生前の自分のクリスマスの過ごし方を提案してみた

 

「俺様は自分のため以外には行動しない」

 

 バーソロミューはつっけんどんに返した

 

「……閲覧禁止の棚にでも行くか」

 

『またですか……』

 

 仕方がないので、バーソロミューはここ最近閲覧禁止の棚に行く事ばかりしていた

 

「俺様は出掛けてくる。二人はガラクタの山を仕分けしておいてくれ」

 

「「畏まりました」」

 

 バーソロミューはそうアンとメアリーに命令し、図書室に──閲覧禁止の棚に向かった。

 司書であるマダム・ピンズにダンブルドアが出した許可証を渡すと、慣れな手付きでバーソロミューを通した。

 そのまま閲覧禁止の棚へとづかづかと入って行き、奥の方にあった分厚い本を引っ張り出した

 

「『血と肉と魂の錬金』、中々面白そ──」

 

『めきづんすもー!しあや、ろすさこをばえなは!!!』

 

 バーソロミューが本を開けた瞬間、ページが男の醜い顔になり、訳のわからない叫び声を上げた

 

「古代蟹座言語とは、また随分と珍しい言葉で話すな。『れいぶんくろー!きさま、よくかおをだせたな』か。貴様、こいつと、いやこの本とか?兎に角、これと知り合いなのか?」

 

『ええ、少し。『にろぬのなやぬねねすなあき!わないひよらあめなすはさぬなま!!!』」

 

 レイブンクローが古代蟹座言語で『ちょっとだまっててください!わたしにもやされくなかったら!!!』と叫ぶと、本は静かになった。

 それを見届けたレイブンクローは、ゆっくりと語り出した

 

「……この本に封じ込められているのは、古い吸血鬼の王です。大戦の頃、どうしても殺しきれなかったこいつを、仕方がなくサラザールが本に封じました。長らく忘れていましたが、こんなところに居たんですね』

 

 吸血鬼──それはかつて闇を統べた一族。

 しかし、今となっては人狼共々人間の亜種の様な存在として扱われている。そして吸血鬼達もそれに甘んじていて、基本的には人間の世界に溶け込んで生きている。

 だが今でも一部の過激派が何処かの闇に潜んでいるとの噂が絶えない。尤も、本当かどうかは定かではないが。

 しかし、彼等が闇を統べた時代も確かにあったのだ。それを人間が忘れた時、吸血鬼の時代は再来するのかもしれない

 

 結局、バーソロミューは古い吸血鬼の王が封印された本を持ち帰った

 

 

   ✳︎     ✳︎     ✳︎

 

 

『すつうを みぞの のろここ のたなあ くなはで おか のたなあ はしたわ』

 

 ハリーが謎の人物から受け取ったクリスマスプレゼント──『透明マント』で姿を隠し、深夜に闊歩していると、迂曲左折あり、謎の言葉が書かれた鏡がある部屋に行き着いた。

 ハリーが不思議な魔力に引き寄せられる様に真ん中に立つと、ハリーはおもわず叫び声を上げそうになった。というのも、自身の後ろにいつの間にか一組の男女が立っていたのだ。

 しかし急いで振り返ってみると、そこには誰もいない。だが改めて鏡を見ると、やはり一組の男女が後ろに立っている。

 暫くして、二人が何もせずただ立っている事が分かると、ハリーにも幾らか余裕が出来た。そこで後ろに立つ二人を改めてよく見てみた。悪戯っぽい笑みを浮かべる男の方は、ハリーによく似ていた。そしてその隣で静かに微笑む、とても綺麗な女性は目だけがハリーそっくりだった

 

「もしかして、パパとママ?」

 

 ハリーは囁いた。

 すると二人は微笑みながら、ハリーに手を振った。ハリーは思わず二人の手を掴もうとしたが、虚しく空を切るだけだった。

 その後どの位そうしていたか分からないほど、ハリーはその鏡の前にいた

 

「また来るからね」

 

 やがて夜が明けかけ、ハリーは何度も振り返りそうになりながらベットに戻った。そして明くる日の朝、その不思議な鏡の話を親友であるロンにした

 

「僕、君のパパとママに会ってみたい」

 

 ロンは意気込んだ

 

「僕は君の家族に会いたい。ウィーズリー家の人達に会いたいよ。他のお兄さんとか、みんなに会わせてくれるよね」

 

「いつだって会えるよ。今度の夏休みにでも僕の家に来るといい」

 

 ロンはぶっきらぼうに言った

 

「もしかしたら、その鏡は死んだ人しか移さないのかもしれないな。しかし、あのフラメルの野郎ときたら──」

 

 またこれか、とハリーは思った。あの日以来、ロンは隙あらばバーソロミューの悪口を言った。そして最後には、次会ったら決闘で倒すという言葉で締めくくられるのだ。

 しかしそんなロンの絵空事を聞いても、ハリーはちっとも気分を害さなかった。何せ、両親に会えるのだ

 

 深夜、ロンと二人でマントを着てノロノロ歩きで例の部屋を目指した。

 もしかしたら鏡がなくなってしまっているのでは?という不安がハリーの胸をかすめたが、どうやらそれは杞憂だった様だ。鏡は昨日と変わらずそこにあった。

 ハリーがマントをかなぐり捨て、鏡の目の前へと走って行った。そして昨日の様に鏡のど真ん中に立つと、やはり両親がハリーに微笑みかけた

 

「見て、ロン!」

 

「何も見えないよ」

 

「ほら!ちゃんと見て!」

 

「僕、君しか見えないよ」

 

「ちゃんと見てごらんよ。さぁ、僕のところに立ってみて」

 

 ハリーが脇へどいて、ロンが鏡の目の前へと立った。ハリーには家族が見えなくなって、代わりにペーズリー模様のパジャマを着たロンが映った。

 今度はロンの方が、鏡に映った自分の姿に夢中になった

 

「よし、そこだ、やれ!」

 

 ロンはガッツポーズした

 

「僕がフラメルの奴を倒した!あいつをコテンパンにやっつけて、それであいつが大事にしてる“石”を目の前で砕いてやった!あいつ、僕に泣きながら謝ってる!」

 

 興奮しているロンは、今度はほっぺたの辺りを触り、顔を赤くした

 

「凄いや……あの二人、フラメルじゃなくて僕に夢中になったみたいだ。僕の腕に絡みついて、ほっぺたにキスしてくれた。それに、ハーマイオニーも……」

 

 あの二人と言うと、アンとメアリーの事だろうか、とハリーは思った

 

「ロン、“石”って何?」

 

「見えないのか?!あいつが大事に抱えてた“石”さ!よく分からないけど、あいつにとって大事なものだったらしい。もう僕が砕いてやったけどね」

 

 ハリーの問いかけで、ロンはやっと惚れぼれする様な自分の姿から目を離した。そしてその興奮が冷めぬまま、ハリーを見た

 

「この鏡は未来を見せてくれるのかなあ?」

 

「そんなはずないよ。僕の家族はみんな死んじゃったんだよ……もう一度僕に見せて……」

 

「君は昨日独り占めで見たじゃないか。もう少し僕に見せてよ」

 

「君はフラメルをやっつけてる姿が映るだけじゃないか。そんなに見たいなら、今から行ってぶっ飛ばしてくれば良い。僕は両親を見たいんだ」

 

「押すなよ」

 

「押してないよ!ロンこそ、そこを退けよ!」

 

「そこまでえええええ!」

 

 ロンとハリーがいよいよ摑み合いになろうとしたところで、背後から声が聞こてきた。ロンとハリーがびくり体を震わせ、恐る恐る背後を見ると、ダンブルドアが静かに佇んでいた

 

「『みぞの鏡』は、時に固く結ばれたはずの友情を容易く解く。落胆する事はない。君たちよりずっと大人で、ずっと賢い魔法使い達も過去、何百人とそうなった」

 

 ダンブルドアは柔らかく言った。

 その様子を見て、どうやら退学させられるような事はなさそうだ、とハリーとロンは安堵した

 

「『みぞの鏡』、この鏡はそういう名前なんですか?」

 

「左様。この鏡が何をしてくれるのかは、もう気がついたじゃろう」

 

「鏡は……僕の家族を見せてくれました……」

 

「僕は…その……フラメルに勝つ姿を見せてくれました……」

 

 ロンはしどろもどろしながら言った

 

「それで、この『みぞの鏡』はわし達に何を見せてくれると思うかね?」

 

 ハリーは首を横に振った。横ではロンがハリー以上に首を振っていた

 

「じゃあヒントをあげよう。この世で一番幸せな人には、この鏡は普通の鏡になる。その人が鏡を見ると、そのまんまその姿が映るんじゃ。これで何かわかったかね」

 

 ロンがちんぷんかんぷんという顔をする横で、ハリーはゆっくり考えた。そしてとうとう、納得できる答えを見つけ出した

 

「何か欲しいものを見せてくれる……なんでも自分の欲しいものを……」

 

「当たりでもあるし、はずれでもある」

 

 ダンブルドアは静かに言った

 

「鏡が見せてくれるのは、心の一番奥底にある一番強い『のぞみ』じゃ。それ以上でもそれ以下でもない。君は家族を知らないから、家族に囲まれた自分を見る。君はバーソロミュー・フラメルに劣等感を抱えているから、彼を下した自分の姿を見る。しかしこの鏡は知識や真実を示してくれるものではない。鏡が写すものが現実のものか、果たして可能なものなのかさえ判断できず、みんな鏡の前でへとへとになったり、鏡に映る姿に魅入られてしまったり、発狂したりしたんじゃよ」

 

 そう言うと、ダンブルドアは何処か遠くを見た。ハリーにはダンブルドアの瞳がいつも以上にキラキラと輝いているような気がした。まるで、瞳に涙を浮かべているような、物悲しい輝きを湛えていた

 

「先生はどうしてここにいるんですか?」

 

 ハリーはたまらず、ダンブルドアに尋ねた。ダンブルドアもまた、この鏡に魅入られてここに来たのかと思ったからだ。

 しかし、返ってきた答えは全くハリーが予期していないものだった

 

「バーソロミュー・フラメルと約束があっての。それはこの鏡でしか叶えられぬ事なんじゃが……わしの賢さ故に、難航しておるのじゃ」

 

 ダンブルドアの答えは訳が分からなかった

 

「フラメルだって!?何を約束したんですか?」

 

 ロンは飛び上がって聞いた。ハリーも気になったが、しかしダンブルドアは首を横に振るだけで、答えてはくれなかった

 

「あの、先生はこの鏡で何が見えるんですか?」

 

「わしかね?厚手のウールの靴下を一足、手に持っておるのが見える」

 

 ハリーとロンは朝顔を見合わせ、目をパチクりさせた

 

「靴下はいくつあってもいいものじゃ。なのに今年のクリスマスは、シエラ・レイントンが指まですっぽりはまるマグル界の素晴らしい靴下を贈ってくれた以外は、一足も靴下が届かなんだ。わしにプレゼントしてくれる人は本ばかり贈りたがるんじゃ」

 

 ダンブルドアはしみじみと言った。ハリーがふと足元を見ると、ダンブルドアはショッキングピンク色の靴下を履いていた。

 あの靴下が贈られた靴下だろうか?

 

「さて、この鏡は明日よそに移す。もうこの鏡を探してはいけないよ。たとえ再びこの鏡に出会う事があっても、もう大丈夫じゃろう。夢に耽ったり、生きる事を忘れてしまうのは良くない。それを良く覚えておきなさい。さぁて、その素晴らしいマントを着て、ベッドに戻ってはいかがかな?」

 

「待ってください!」

 

 ロンが叫んだ

 

「フラメルが大事にしていた、あの“石”は何なんですか?」

 

 この夜で初めて、ダンブルドアは険しい顔つきをした。しかしロンも負けじと、鋭い目つきを返した。やがてダンブルドアがやれやれとかぶりを振った

 

「どうせ分かってしまうじゃろうから明かしてしまうが、あれは“賢者の石”じゃ。さあ、もうおやすみ」

 

 ロンは“賢者の石”がどんなものか更に聞こうとしたが、流石にそれは出来ないとハリーはロンを引っ張ってベッドまで連れて行った

 

 『みぞの鏡』を二度と探さない様にとダンブルドアに説得され、それからクリスマス休暇が終わるまで、透明マントはハリーのトランクの底に仕舞い込まれたままだった。ハリーは鏡の前で見たのものを忘れたいと思ったが、そう簡単にはいかなかった

 

「寝ていると、僕の頭を誰かが撫でる様な感触がするんだ。それでいつも飛び起きる。けど、寝起きは不思議といいんだ。冴えてるっていうか」

 

 とロンが言った。

 どうやらロンもハリーと同じくいつも魘されていた様だった。真夜中、時折ベッドを激しく揺らす音をハリーは聞いていた


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