宮守の神域   作:銀一色

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東三局です。


第77話 決勝戦 ㉕ 第三、そして第四の選択肢

 

 

 

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東三局 親:愛宕洋榎 ドラ{二}

 

小瀬川 11,100

照 43,800

辻垣内 25,500

洋榎 19,600

 

 

 

愛宕洋榎:和了形

{八八八赤⑤⑥⑦⑦⑦77北北北}

ツモ{7}

 

裏ドラ{2}

 

 

東二局二本場、この後半戦では動きが見られなかった愛宕洋榎がオープンリーチを駆使しての跳満ツモ、二本場を加えて12,600をツモ和了った。これで愛宕洋榎と宮永照の点差は24,200にまで縮まり、仮に次宮永照に親満を当てれば点差はたったの200と、リー棒一本で点差は完全に無くなってしまうほどになる。小瀬川と宮永照の点差は変わらず32,700だが、まだ親番を二回残していると考えれば、そう大きい点差とは言えないであろう。一方、親被りによって宮永照と小瀬川の倍点棒を支払った辻垣内は宮永照との点差が3,000開き、その点差を15,800とした。開いたとは言え、未だ点差は15,800。あと一歩か二歩で宮永照に届きそうな点差だ。

 

点棒以外の彼女らの現状といえば、今は愛宕洋榎に好調な風が吹いていて、前局は軽い独壇場の模様を呈していたことくらいか。だが、愛宕洋榎以外にも好調な風が吹いている者はいる。それは宮永照だ。前局どころか、後半戦の東一局、最初からその予兆はあった。しかし、未だその全容は見えておらず、突発的に吹いた愛宕洋榎への風に先を越された形になったが、確かに宮永照に風は吹いているのだ。

とはいえ、事実場を制しているのは愛宕洋榎。この局の配牌も、愛宕洋榎が頭一つ飛び抜けていた配牌と言わざるを得なかった。

 

愛宕洋榎:配牌

{一二三四四五六八八⑦⑨2東東}

 

 

萬子の混一色にダブ東、おまけにドラの{二}を抱えていて、門前でいけば跳満確定。しかもこれが混一色を考えなければ一向聴、萬子の混一色に向かったとしても二向聴と、打点の割には驚異の速さを誇る。打点もスピードも申し分ない。というより殆どこの局は愛宕洋榎がものにしたようなものと言っても差し支えないだろう。二向聴の跳満という半ば反則級の配牌を手にした愛宕洋榎。愛宕洋榎は混一色に向かう方向でも、速あがりに向かう方向のどちらでも浮く形となる{2}を切り飛ばす。

 

そして小瀬川へとツモ番が回り、次は宮永照、辻垣内……そして愛宕洋榎へと一巡するかに思われたが、ここで動きが見られた。

 

 

小瀬川

打{一}

 

 

「チー」

 

宮永照:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {横一二三}

 

 

 

打{西}

 

 

宮永照が一巡目にして鳴きを入れてくる。ここまで流れは良かったが、いつも良いところで誰かに阻止されてきた宮永照が、遂に鳴きを入れてきたのだ。

それを見て頭を働かせる愛宕洋榎。

 

(・・・鳴かないとやってられんほど酷いっちゅうんか?宮永。・・・これを機とみるか、何か裏があると見るか……)

 

愛宕洋榎が宮永照の鳴きを見てまず率直に思ったことは、宮永照の衰退であった。今まで殆ど、後半戦に限って言えば全部の局で門前で手を進めてきた宮永照が、この局になって急に一巡目から鳴きを入れてきた。となれば、門前で行くのは厳しい配牌であったと考えて妥当だろう。しかも、それと同時に宮永照に流れかけていた風が消えかかっているということの証明にもなる。

実際のところどうなっているのかは分からないが、本陣が来る前に消えてくれれば、愛宕洋榎側からしてみれば嬉しいことこの上ないことだ。

だが、そんな期待の可能性に少し遅れて愛宕洋榎の脳内に浮上した可能性は、宮永照の罠だという可能性だ。確かに宮永照は一巡目で鳴きはしたが、それ即ち彼女の手が酷いということには結びつかない。例えば配牌が萬子の清一色や混一色、或いは純チャンなどの一向聴で、仕方なく鳴いたということも考えられる。

無論、いくら考えたところで答えが分かるのはこの局が終わってからだ。だからここで結論を出そうということ自体が野暮である。しかし、だからこそ愛宕洋榎は迷っていたのだ。進むべきか、退くべきか。

 

愛宕洋榎:手牌

{一二三四四五六八八⑦⑨東東}

ツモ{東}

 

そして辻垣内のツモ番も終わり、愛宕洋榎のツモ番。彼女の元に舞い降りたのは{東}。あろうことかこれでダブ東が確定し、聴牌することとなる。打{四}で嵌張{⑧}待ち。無論、{⑦⑨}を切って萬子の混一色に向かう事も可能だ。

しかし、愛宕洋榎にとってこの{東}は要らない援護であった。まだ、宮永照の手が良いのか、悪いのかがはっきりしていない。そういう意味では、ここでの{東}は援護というよりは、愛宕洋榎を決断という崖へ追い込む刺客であった。もしかしたら混一色に向かう事を読まれていて筒子の{⑦か⑨}で待っているんじゃないか、もしかしたらただ手が悪いだけなんじゃないか。と愛宕洋榎の中で意見が真っ二つに分かれている。

だからこそ頭をフル回転させて思考する愛宕洋榎。どっちを取るべきか、どっちに進むべきかを、決断するために。

 

 

 

(・・・決めた)

 

現実時間に換算して数秒の思考であったが、その数秒の間に愛宕洋榎の頭は常人の何倍も働いていた。そして出す結論。

 

 

(・・・ウチには守りより……)

 

 

 

 

愛宕洋榎

打{⑦}

 

 

 

(攻めの方が似合ってるんや!!)

 

 

愛宕洋榎がとった決断は、攻め。自分らしさを追求して、攻めに向かった。あれだけ考えたのにもかかわらず、結局出した答えの理由は自分らしいから、という事に納得できない人も多いだろう。だが、愛宕洋榎の言っている事……というよりやっている事は正しい。結局、どこまで考えても確実な答えは出ず、結果論にしか過ぎない。答えが出ないのだから、無理に考えて自分を捻じ曲げるよりも

自分を押し通した方が良いに決まっている。そして麻雀というものは、自分を見失わない事が最も重要なのだ。故に、"そんな理由"で片付けてはいけないのだ。自分を押し通すという事の難しさは、この世で最も難しいのだから。

 

結局愛宕洋榎が切った牌の{⑦}に反応するものはおらず、和了られる事は無かった。それを確認して心の中で盛大にガッツポーズを取る愛宕洋榎。そして小瀬川のツモ番へと移り、小瀬川が切ったのは{⑦}。狙っていたのかはたまた偶然か、{⑦}の合わせ打ちという形になる。

しかし、ここで新たな動きが起こった。動いたのは言わずもがな宮永照。

 

「チー」

 

宮永照:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏} {横⑦⑧⑨} {横一二三}

 

打{赤5}

 

 

鳴き。二連続の鳴き。これで、愛宕洋榎は自分の判断が正しかったと確信する。宮永照は、あの時点では張ってなかったと。そして{⑦}を鳴いた時点で、彼女の手の内はだいたい理解した。彼女の待ちは十中八九チャンタ手。字牌抱えではないというのが{赤5}打ちで分かった。

そして{⑨}は{⑦⑧⑨}で鳴いているから当たり牌になるのは滅多にない。本当に狙ってやらなければ無理だ。それを二巡で二鳴きした宮永照ができるわけがない。

 

 

愛宕洋榎:手牌

{一二三四四五六八八⑨東東東}

ツモ{⑥}

 

そして一巡して愛宕洋榎がツモってきたのは{⑥}。愛宕洋榎のこの局初めての裏目となる。だが、愛宕洋榎はそんな事は御構い無しといった感じで{⑥}を切る。宮永照がどれだけ鳴きで純チャンに近づこうとも、鳴きが必要な時点で流れは宮永照にはない。故に愛宕洋榎が有利なのは目に見えているのだ。そう、こんな状況で宮永照の方が有利になるなど、それこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

愛宕洋榎からしてみれば完全に想定外だった。少なくとも、この切った牌の{⑥}は当たらないと信じていた。肝心の宮永照は張っていたとしても純チャン。{⑥}はまず当たらない。そのはずだった。それこそ、打点の上昇の可能性があったにも関わらず、それを全部捨てて速さを求めなければこの{⑥}が当たるなんて事は起きない。そんな馬鹿な事起こるはずがない。それが常識だ。

だが、宮永照はその馬鹿な事をやってのけていたのだ。

 

 

宮永照:手牌

{①①①⑥中中中} {横⑦⑧⑨} {横一二三}

 

 

「ロン。中ドラ1……2,600」

 

 

 

(ウソやろっ……!?)

 

愛宕洋榎は思わずガタッと立ち上がる。宮永照の手牌、本来なら絶対に行き着かないはずの最終形。それが今愛宕洋榎の目の前にしっかりと存在している。

 

この手、宮永照の判断によって最短ルートを走ったが、その道中で幾度となく打点向上のチャンスをことごとく潰してきたのだ。

まず最初の{一}鳴き。あれをやらなければ筒子の混一色にだって向かえることができていたのだ。宮永照は和了るまで鳴きしか行っていない。つまり、配牌で既に{中}暗刻、{①}暗刻に{⑥⑧⑨}の搭子が確保できていたのだ。ならば、一巡目から鳴いて筒子の混一色の可能性を遮断するなど本来有り得ない。それに、二度目の鳴きだってそうだ。二度目の鳴きの後切ったのは{赤5}。つまり、ドラドラにだってできた手なのだ。それをわざわざドラを放棄して、愛宕洋榎の{⑥}狙い撃ち。愛宕洋榎が考えていた宮永照の手の内、鳴かないと聴牌できないほど遅い手、ないしは鳴いたとしても打点が高く速い手。このどちらでもない、第三の選択肢、速く低い手を宮永照は選んだのだ。

おそらく、流れを完全にものにしたいがために宮永照はわざわざ確実に和了れる道を進んだのだろう。完全に見落としていた、と宮永照の和了形を見てさっき解説した事を瞬間的に愛宕洋榎は察して、それと同時に強く悔やむ。

 

 

「フフ……」

 

 

(あ……?)

 

 

そんな愛宕洋榎……いや、この場全員を笑う声が発せられた。

音源は、小瀬川白望から。意図的かは不明だが、この局、宮永照を二度も鳴かせ、愛宕洋榎の混乱を生んだ張本人の小瀬川が笑う。もしや宮永照が和了ったのも小瀬川が意図的に鳴ける牌を切ったからか、と愛宕洋榎は考えるが、どうも様子がおかしい。小瀬川の手が小瀬川本人の手牌へと向かって行っているのだ。

 

「照ばかり気にして……つれないなぁ……」

 

 

小瀬川白望はそう言って、両手で手牌の端と端を掴み、その手を同時に倒す。つまり、小瀬川が和了ったという事の実質的宣言。

 

 

小瀬川:和了形

{七七①②③④赤⑤⑦⑧⑨666}

 

 

「たまには見なよ……私を……」

 

 

 

「ロン。一通ドラ1、5,200の頭ハネ……」

 

 

 

皮肉な事に、愛宕洋榎が悔やんでいた第三の選択肢はあっさりと潰されてしまった。

 

 

小瀬川白望という、第四の選択肢によって。

 




次回は東四局。
因みにこの回、本編で久々に4,000文字を超えました。
まあこのくらいの量でも少なすぎるレベルなんですがね。
ま、まあ毎日更新だから!(震え声)

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