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視点:神の視点
東三局 親:姫松 ドラ{2}
清澄 92500
宮守 98400
姫松 112200
永水 96900
姫松:配牌
{一五七八③⑥⑦⑦244東西白}
(この親番……トップとは言え全然安心できひん。大事にしていきたいのは山々やけど……)
末原恭子は自身の配牌に目を向けながらそう呟くと、視線を下にずらして真下にある点棒の表示を見る。現在姫松は首位を走ってはいるが、安全圏には程遠く、むしろ二位の宮守と13800点しかないという事に対して焦りを覚えていた。満貫一発で吹き飛ぶこの点差、実質点差は無いと言っても過言ではない。それは何も今この状況だからというわけではなく、仮に今が南四局、オーラスであっても変わらない。やりかねないのだ。満貫直撃が欲しいという状況で満貫を作れるだけの手を、引きかねない。そして直撃を取りかねないのだ。小瀬川白望という雀士なら。
故にこの親番で、一度だけでもいい。一度だけでもいいから和了りたいという気持ちでいっぱいであった。高望みはしない。1500や2000のノミ手でも、十分構わない。ここで和了れるかそうでないかでは、点棒以上にも、大きな差が生まれてくる。
(……白望だけやなく、永水も清澄も……凡人のウチからしてみれば強敵が勢揃い。化け物のバーゲンセールやなこりゃ……)
溜め息混じりにそう呟く末原恭子ではあったが、未だ彼女の心は折れていないのか、しっかりと芯は戦闘態勢になっていた。小瀬川白望と闘う上で重要となってくるのが、いかに自分を保つ事ができるかという事である。基本的に、小瀬川白望と打った者が心を折られると大概は戦意を喪失し、小瀬川白望がそれを追い詰めるかのごとく直撃を取りに行く。そしてまた心に傷を負わせ……という負のスパイラルに堕とされるのがオチだが、戦意を持つだけの心を保つ事さえできれば、最低限そのスパイラルに陥る事は無い。
もっとも、その心を保つという事がとても難しいわけで、やろうと言ってできるほど小瀬川白望の精神攻撃は甘くは無いし、できないからこそ小瀬川白望は精神面に揺さぶりをかけるわけだが。そして仮にそのスパイラルを免れたからといって安心かと言えば決してそうでは無いし、むしろそれを乗り越えてからが本番、正念場とも言える。
それに、心を保つというのはあくまで彼女の攻撃から身を守る必要最低限の要素なわけで、それが打倒小瀬川白望となるかといえば決してそうではなく、小瀬川白望に勝つとなれば話はもっと難しくなる。いや、もはや難しいという言葉では表すことは不可能という領域に入るだろう。
(メゲたい……逃げたい……投げ出したい……多分、ウチの心をちょいとつっつけばそんな気持ちでいっぱいになるはずや。……でも、逃げられへんのや。逃げられへんし、逃げたくない。姫松の大将として……末原恭子という一人の人間として、な)
そう心の中で決意を告げながら、手牌から{西}を切り出して東三局を開始する。もちろん、警戒すべき者は小瀬川白望だけではない。石戸霞も宮永咲も、自称凡人の末原恭子にとっては十分脅威となり得る。故に、全ての可能性を審査し吟味しなければならない。とうてい常人にはできぬ事だが、それでも彼女はそれを試みようとする。己が信念を失わないように。
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「怜、竜華!今どうなっとる!?」
「お、お帰りやで〜セーラ」
「今さっきイケメンさんの親が終わったところやな」
インターハイの会場から少し離れたホテルの一室では、園城寺怜を太陽の光が照りつく外に出すわけは行かないということで、千里山のメンバーは会場に赴く事なくホテルの部屋で観戦していた。先程買い出しに行ってきた江口セーラは余程経過が気になっていたのか、全速力で走ってきたという事が彼女の服が湿っている事から想像できる。
そして園城寺怜が帰ってきた江口セーラに速報を告げると、江口セーラは「マジか!?オレも見たかったんやけど!」と文句を言うが、船久保浩子はメガネをかけ直しながら「ジャンケンで初手に必ずグーしか出さない先輩が悪いんですよ」と返す。
「うっ……まあそうやけど、仕方ないやろ!癖みたいになってるんや……!」
「まあまあ、今からでも十分見れますし、別にいいじゃないですか」
二条泉がそう言って江口セーラが買ってきた清涼飲料水に手をつけようとすると、江口セーラは二条泉のことを睨みつけながら「後で覚えとくんやで、泉ィ……」と声を低くして呟く。その直後に二条泉の弁解が始まったわけだが、それよりも江口セーラが今気になっていたのは清澄の大将、宮永咲についてだった。江口セーラは宮永咲の事を指差しながら清水谷竜華らに向かって問いかける。
「あの清澄の大将……『宮永』とか言ってたやろ。……どう思う」
「どう思うも何も、あの子とチャンピオンは完全な姉妹やで」
「知っとるんか?」
あっさりと答えを暴露した清水谷竜華に向かって園城寺怜がそう聞き返すと、清水谷竜華は「いや、怜も聞いたことあるはずやろ……」と言う。園城寺怜は完全に忘れていたようで「あ、あれ?そうやったっけ?」と言い、頭の中で思い返す。
「まあ……そりゃあそうですよね。いくら本人が否定してるとはいえ、偶然にしてもできすぎですから」
「姉妹か……ウチがイケメンさんの姉妹だったらどうなってたんやろ」
船久保浩子が真面目な見解を述べているのに対し、園城寺怜は自分の世界に入っているようで、「妹でも、姉でも……うーん、どっちも捨てがたいなあ……」と、頭の中で妄想を繰り広げていた。そんな園城寺怜の事を呆れつつ見ていた清水谷竜華だが、テレビに視線を戻すと、末原恭子の手牌を見ながら「おー……末原さん、頑張っとるなあ」と呟く。
「他人事っぽく言いますけど、清水谷部長。部長も決勝で当たる可能性があるんですよ?」
「そんくらい分かっとる。……でも、むしろ楽しみやで。去年のは例外として……六年振り。六年振りに本気で打つんや。ウチが、どこまで近づけているか。もしくはどれだけ離されてるか。互いの六年間の総決算みたいなもんや」