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視点:神の視点
東四局三本場 親:清澄 ドラ{⑤}
宮守 109600
姫松 119300
永水 61300
清澄 109800
(っ……何故……何故ですか!?)
後半戦の東四局もこれで四度目となる東四局三本場。親の原村和はいかにも手牌を確認している動作のフリをして、しばし時間を稼ぐ。このように外見は一貫して冷静沈着に振る舞っているように見えるのだが、内心では冷静などという事はなく、むしろ非常に驚愕していた。
無論、その原因は、何を隠そう宮守の臼沢塞である。だが、その驚愕は自分の計画にイレギュラーな事態が起こった事に対してのものではない。原村和の作戦は今も尚遂行されてはいる。今局も薄墨初美に{東}と{北}を鳴かせ、『裏鬼門』を発動させている。しかし、肝心の臼沢塞がいつまで経っても折れないのだ。これで四局ぶっ通しとなるはずなのに、一向に止める気配はない。その言葉では言い表せぬ執念、鬼気迫るものを感じた原村和は思わず恐怖する。
(この人……相当無理をしているはず。なのに、まだ続ける気ですか……!?それこそ、本当に……)
死。そう、行き着く先は死である。ただでさえ、疲労の蓄積に苛まれていた臼沢塞が、こんな何局も連続で能力を行使すれば無事でいられるわけがない。今こうして意識があって麻雀を打てている方がおかしいのだ。しかし、それでも尚臼沢塞は未だそこに鎮座、君臨し、薄墨初美の『裏鬼門』を『塞い』でいる。いったい、何が彼女をここまで突き動かすのか。どこに今能力を行使できる体力があるのか。……全てが分からない。原村和にとっては得体の知れない、未知の領域。恐怖の対象でしか無かった。
そんな臼沢塞を見て、彼女の尋常ならざる気迫に圧倒された原村和は思わず、何も思考を挟まずに咄嗟に牌を切ってしまった。僅かな気の迷いが正確無比な原村和に狂いを生じさせたのだ。それを皮切りに、これまで沈黙を貫いてきた臼沢塞がようやく動いた。今にも消えてしまうのではないかと思ってしまうほどか細い声で、発声した臼沢塞はゆっくりと原村和が切った牌を拾う。
「……チー」
宮守:十巡目
{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {横④③赤⑤}
打{⑦}
(……!しまった……!)
原村和は自分が犯してしまったミスに対して唇を噛む。この状況はかなりまずい。今まで寸分の隙も与えず連荘を続けてきた原村和にとって、このミスは非常に痛い失敗である。いくら相手に圧されたからとはいえどもだ。このままでは臼沢塞に親を蹴られてしまう可能性がある。
(はあ……はあ……人をバケモノを見る目で見て……悪かったわね、私が中々倒れなくて……!)
一方で、満身創痍の臼沢塞は驚きの表情を浮かべながら、まるで人間ではない、それこそバケモノを見るような目で自身の事を見る原村和に向かって心の中で言う。が、そうは言いつつも原村和の思ってることは分からんでもないと続ける。実際、臼沢塞自身もまさかここまで能力を使い続けられるものなのかと若干驚いていた。
確かに原村和の言う通り、臼沢塞の体力はとうに底を突いており、普通ならば能力の行使どころか、意識を保つ事すら不可能なはずである。それなのにも関わらず、臼沢塞はこうして意識を保って、かつ能力を行使できているのだ。彼女の根性と、勝負の熱。それだけで。それだけで彼女は今闘っていた。
「ロン……ッ!」
(なっ……!)
宮守:和了形
{三四四四五⑤⑥⑦34} {横④③⑤}
清澄
打{5}
「満貫……8900……!」
そしてついに、臼沢塞は原村和の親を蹴ることに成功する。原村和から満貫の直撃を奪った臼沢塞は、ようやくこの地獄から解放された。それに対する安堵感によって一瞬、気を失いかける臼沢塞であったが、まだ勝負は終わってない。ラスト四局。最後の勝負に挑む為、彼女の体にはもう少し無理をしてもらう必要があった。もはや今の彼女は、対局が終わった後の反動や、いつ倒れてもおかしくないといった事は微塵も考えていない。ただ、今を、この一瞬に重点を置いている。彼女に止まるという言葉は通用しなかった。
(一体どこにそんな力が……)
そして、親を蹴られた原村和は心の中で問いかける。今や自分の作戦が潰されたということのショックよりも、何故臼沢塞が今闘うことができているのか。それが不思議で不思議で仕方がなかった。
そんな原村和に応えるようにして、臼沢塞は小さく笑みを浮かべ、聞き分けのない子供を嗜めるかのようにこう呟いた。
(……アンタじゃ分かんないわよ。私とアンタじゃ、背負ってるものが違うのよ……)
(っていうか……本当にしんどいわね……これ……後少し遅かったら本当にヤバかったかも……いや、今も体力無いからヤバイことに変わりは無いんだけどさ……)
表向きでは達者な事を言う臼沢塞であったが、実際問題一番追い込まれているのは彼女だ。いくら気合いや根性などで繋いで行けているとはいえ、身体は既に悲鳴をあげている。それに、いつまでその状態が続いてくれるかも分かったものではない。あくまでも今の臼沢塞は緊急の為の予備バッテリーを使っている、そんな状態である。それが長続きすれば今度こそ本当に意識は途絶えるだろう。いや、意識が途絶える程度で済むのならば良いのかもしれない。
その事に対する危機感を感じながらも、彼女はブレーキを踏もうとは考えてはおらず、玉砕覚悟。そのつもりで彼女はアクセルを踏み続ける。