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視点:神の視点
中堅戦から戻ってきた愛宕洋榎と入れ替わるようにして控え室から出てきた愛宕絹恵は、緊張した精神や心を落ち着かせるために、深くスーハーと呼吸して、肺に酸素を取り込む。そうしてどうにか気を紛らわせようとして、自分に右手に『人』という漢字を書いてそれを口に飲み込む。彼女がここまで緊張しているのはある理由があった。
(このチームで麻雀が打てるのも……今回が最後……)
そう。このインターハイが終われば、この姫松というチームで麻雀を打つというのはこれが最後となる。インターハイが終わっても、国民麻雀大会、略してコクマが後に控えているが、インターハイと同じメンバーで、というのはもうやってこない。
ただでさえ、愛宕絹恵は去年度で思うように良い結果を残すことができず仕舞いであったのだ。当時、末原恭子や姉である洋榎らは『気にするな』と慰めてはくれたが、彼女の中では未だに引きずっていた。姫松がシード落ちしたのも、自分の責任だと思っているほどである。
だからこそ、彼女に取ってはこれが過去の屈辱を晴らす絶好の機会であり、最後のチャンスであった。自分がこの数ヶ月で、精神的に成長したということを皆に示し、今のメンバーで勝利の喜びを分かち合いたい。その一心を背負って彼女は今対局室に向かって行った。
(……しっかりせなあかんな。お姉ちゃんが稼いでくれた点棒……ちゃんと守って末原先輩に渡さな……)
そう心に留め、ゆっくりと対局室のドアを開ける。するとドアを開けた瞬間、何かが愛宕絹恵の方へと飛んできた。愛宕絹恵がそれが何かを認識する前に、彼女の右足が勢いよくそれをジャストミートし、上方へと吹き飛ばした。彼女が先ほど蹴り飛ばしたものが一体何なのかを認識したのは、蹴り飛ばしたそれを見て原村和がその場で崩れ落ち、声を上げた時であった。
「えっ、エトペーーーン!!」
「あっ……」
愛宕絹恵は自分がエトペリカになりたかったペンギンことエトペンを蹴り飛ばしてしまったという事に気付くと、所有者である原村和にそっと近づいて「あ、あの……すまんな?サッカー脳で……いきなり飛んできたから、つい……な」と両手を合わせて謝罪する。
「あらら……あのペンギンさんが……驚かせてしまったようで、すみませんでしたよー……」
するとどこからか永水の薄墨初美……いや、厳密には謎の仮面を被った薄墨初美が立ち上がれずにいた原村和の目の前までやってきてそう謝罪すると、原村和は「ひっ、ひいいいいい!!」と声を上げる。
「ど、どうしたん!?原村!」
「ああ、それはね……」
確かに、薄墨初美のつけている謎の仮面は不気味な感じがするのではあるが、ここまで怯えるのは異常である。その事に対して愛宕絹恵が原村和の事を気遣おうとするが、蹴り飛ばされたエトペンを拾ってきて、二人の間に割って入ってきた臼沢塞が愛宕絹恵が来るまでに起こった事を愛宕絹恵に説明する。
実は、ちょうど彼女が来る直前に原村和がやって来て、それと同時に薄墨初美が出現したのだ。しかも、入ってきたとかやって来たというわけではなく、どこからか、突然出現したのだ。しかも、謎の仮面を被った状態で、原村和の目の前に。それで彼女は驚きのあまり愛宕絹恵のやってきた方向にエトペンを投げてしまい、今もトラウマになりつつあったのだ。その旨を話された愛宕絹恵は、「そうか……災難やったな、原村さん……」と原村和の肩にポンと手を置く。
「はい、原村さん。あなたのエトペン」
「あ、ありがとう……ございます……臼沢さん」
「一度ならず二度までもやってしまいましたねー……これはもう外しておきますかー……」
怯える原村和を見て、ようやく謎の仮面を外した薄墨初美は、卓の近くにその仮面を立てかける。原村和は未だにその仮面を見て怯えながらも、席順を決め始めようとする。が、この時薄墨初美を除く三人は薄墨初美の服装が気に掛かって仕方がなかった。
(きわどいなあ、永水……)
臼沢塞はそこまで考えると、頭を振って雑念を取り払う。一瞬、薄墨初美のような服装を小瀬川白望がしたらという『もし』を想像して、少し大変な事になりかけたが、その瞬間にこれ以上続けると取り返しのつかない事になると察した臼沢塞は、すぐにその妄想をやめた。
(永水……これは色んな意味で手強いわね……)
次回からやっと副将戦です。