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視点:神の視点
「んん……」
姉帯豊音が仮眠から目覚め、よほど疲れていたのか仮眠をとったのにも関わらず重い瞼をまるでこじ開けるかのようにして開くと、まず最初に気付いたのはその場に小瀬川白望は居なかったという事だ。姉帯豊音は目を擦りながら立ち上がると、少し離れたところで他の皆が眠っていることに気付いた。どうやら自分だけ取り残されたわけではないとホッと安心したが、それよりも何よりも小瀬川白望の行方が気にかかった。
(シロ……どこいったんだろー……)
寝起きからか、うまく働かない頭に対して匙を投げた姉帯豊音は思考を諦めて取り敢えず部屋から出る事にした。この宿泊施設がどういった構造になっているのかすら姉帯豊音は分かってはいなかったが、兎にも角にも居ても立っても居られず、取り敢えず行動に移す事にした。
部屋を出た姉帯豊音がまず最初に求めたのはこの宿泊施設に何があるのかという事だ。そうして宿泊施設の見取り図を探し、見つけ出した姉帯豊音はそれを眺めていると、遠くの方に何処かへ向かって歩いていた小瀬川白望を見つけた。思わず姉帯豊音は声をかけようとするが、ここで大声を出すのもいけないと思った姉帯豊音は声をかけるよりも小瀬川白望についていった方が早いと結論づけ、見取り図を見ながら小瀬川白望が何処に向かって行っているかを推測する。
(あの方向はー……温泉かな?)
小瀬川白望が向かって行った方向には温泉以外にも幾つかあったのだが、小瀬川白望の性格を鑑みるに、温泉に行ったのだろうと推測した。早速姉帯豊音は小瀬川白望について行こうと思ったが、姉帯豊音はここで自分が手ぶらでやってきた事に気づいた。
(そうだ、浴衣も持っていかないとねー……忘れちゃったら大変な事になっちゃうよー……)
そうして姉帯豊音は皆が疲れているだろうと配慮して……というより自分が小瀬川白望を独占したいが故に皆を起こさないようにゆっくり部屋に入ると、そこにはついさっき起きたのであろうか、熊倉トシが欠伸をしながら椅子に座っていた。
「豊音。白望はどこに行ったんだい?」
「え、あ……その……」
「?」
言い淀む姉帯豊音に熊倉トシが首を傾げていると、姉帯豊音は顔を赤くして熊倉トシに「……温泉です」と耳打ちすると、熊倉トシは深く息を吐いて「成る程……まあ楽しんできておいで。こんなチャンス滅多にないだろうからね」と言うと、姉帯豊音はキラキラした表情で「は、はい!」と小声で言うと、着替えと浴衣を持って部屋を出て行った。そうして姉帯豊音を見送った熊倉トシは、未だ眠る臼沢塞、鹿倉胡桃、エイスリン・ウィッシュアートを見て心の中でこうつぶやいた。
(……さて。この子たちが起きたらどう説明しようかね……)
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(……シロ、もう先入ったのかな)
温泉の脱衣所にやってきた姉帯豊音だったが、そこに小瀬川白望の姿は居らず、代わりに鍵の抜かれたロッカーが一つあった。おそらく小瀬川白望が脱いだ服をそこに入れたのだろうと推測して、姉帯豊音は服をせかせかと脱ぐ。
そうして服を脱ぎ、全裸となった姉帯豊音はゆっくりと大浴場へと入ると、そこにも小瀬川白望は居なかった。勘が外れたかと姉帯豊音は不安になったが、奥の方には露天風呂があるので、そこにいるのだろうと期待して姉帯豊音は頭と体を急ぎながら洗うと、半ば小走りに大浴場から外に出た。
(もうこんなに暗くなったんだ……そしてちょっと肌寒いかもー……)
一体どれくらい寝ていたのだろうか、外は既に真っ暗で、上空には月と星が闇の中に浮かんでいた。そしていくら梅雨時期の夜とはいえ、裸でいれば少し寒さは感じたのだろうか、急いで姉帯豊音は露天風呂へと向かうと、その途中で見覚えのある後ろ姿が露天風呂の中で立っていた。あの白髪は小瀬川白望以外いないだろうと姉帯豊音がゆっくりと露天風呂の中に入ろうとすると、小瀬川白望はゆっくりと振り返った。
(……っ!?)
一瞬。ほんの一瞬ではあるが、小瀬川白望が振り返った瞬間、全く違う人間の顔に見えた。それが誰なのかは分かるわけもないのだが、どこか親しみの感じるような不思議な顔であった。疲れていた故に姉帯豊音が見た幻影なのか、はたまた小瀬川白望の雰囲気、オーラが見せた錯覚なのか、それすらも分からなかった姉帯豊音は呆然と露天風呂の目の前で立ち尽くしていると、小瀬川白望は「豊音……」と声をかけた。
「え、あ……どっ、どうしたのー?」
「どうしたのって……豊音こそ、そこで立ち止まって何してるのさ」
小瀬川白望に指摘された姉帯豊音はおっかなびっくりに露天風呂に入ると、小瀬川白望も静かにその場に座わるようにして肩まで浸かった。驚きのあまり姉帯豊音は声も出せないでいたが、小瀬川白望の隣に寄りかかるように位置を調節して座ると、小瀬川白望も姉帯豊音に寄りかかるように重心をずらした。そうして数分間、言葉を交わすことなくただ時が流れていくだけであったが、姉帯豊音はふとこんな事を口にした。
「……夜景、綺麗だねー」
「うん……そうだね」
小瀬川白望がありふれた返答をすると、姉帯豊音は下を向いて「私にとって、シロはあの夜景みたいなものだよー……」と呟いた。
「……どう言う意味?」
「どう頑張っても、あの月や星には届かないみたいに……私にとってシロは、どう頑張っても届かない……みたいな。そんな感じだよー……」
姉帯豊音は自分の本心を吐露する。先ほども特訓だなんだの言ってはいたが、一向に小瀬川白望に近づくような気配はしなかった。いや、むしろやればやるほど小瀬川白望との格の違いを見せつけられ、どんどん遠ざかって行くようにも思えた。そんな気持ちをぶつけられた小瀬川白望は少し考えたが、やがてこう口を開いた。
「……届くよ。いつかは必ず」
「私じゃシロのような超凄い人にはなれないよー……私みたいな凡人はいつまでも凡人のままなんだよー……」
小瀬川白望の言葉に対して反論した姉帯豊音は、自分で言っていて自分のネガティヴさに若干悲しくなっていたが、小瀬川白望は姉帯豊音にとって予想外の返答をした。
「……なら、凡人のままでいいんじゃない」
「え……?」
「私になんてならなくてもいい。超人になれなくても構わない。……問題はそれに対して匙を投げ、思い留まること……それが一番ダメ。そうやって夢を諦める中途半端な人間よりは……熱い凡人、熱い三流……それで十分」
「……シロ」
「それに……月には届かないって言ってたけど……昔はそうだったかもしれない。だけど、熱い先人達のおかげでそれは実現できた……できないと思われていたことも、いつかはできるようになるもの……私だって、赤木さんに会う前は目も当てられないほどだった……」
「シロ……」
小瀬川白望の言葉を受け、思わず涙ぐんだ姉帯豊音は裸のまま小瀬川白望の胸元に抱きついた。小瀬川白望が「……大丈夫?」と声をかけると、姉帯豊音は顔をあげて「うん……もう大丈夫だよー……ありがとう……」と言い、鼻をすすった。
(そう……私もいつかは届くはず。絶対に諦めず、熱い三流でいつづければ……いつかは……赤木さんに……)
次回に続きます。