宮守の神域   作:銀一色

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前回に引き続きです。



第333話 地区大会編 ⑪ 恐怖、絶望

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視点:神の視点

 

 

 

 

「そろそろ始まるね、シロと豊音の試合」

 

「まさか一試合目に当たるなんてね……」

 

「……全く。これじゃあ何のために豊音の能力を温存したか分からないよ。まあ、温存しろっていうのは酷な話なのは分かってるけどね……」

 

 会場の観戦席で個人戦第一試合、小瀬川白望と姉帯豊音の対局の始まりを宮守女子のメンバーは今か今かと待ち望んでいた。熊倉トシの言う通り、姉帯豊音はこれまでインターハイに向けて能力を隠してきたのであったのだが、その温存ももう意味を為すものでは無くなってしまった。熊倉トシは残念そうに呟いてはいたが、彼女も小瀬川白望を相手に温存など、勝つ負けるどころか、まず勝負にならないということを重々承知していた。口惜しそうに言っているものの、その言葉の裏からは熊倉トシがあらかじめそうなることを予想していたということがうかがえる。

 

「ア、シロガキタ!」

 

 そんな試合の開始を待ち望んでいた彼女らに最初にモニターに映ったのは小瀬川白望であった。小瀬川白望は一番乗りで対局室に入ると、取り敢えず卓の椅子に腰を掛けて、他の対局者を待っていた。

 

「うわあ……すごい風格」

 

「実況の人もそう言ってるね……」

 

 鹿倉胡桃は場内で流れているアナウンス、もとい実況に耳を傾けながら臼沢塞にそう言う。確かにインターハイの出場を決めた高校の大将だとはいえ、あそこまで風格、威圧感が伝わってくるものもまた珍しいことであった。団体戦では小瀬川白望に回ってきていないため、小瀬川白望がどれほど強いのかなど他の皆が知る由なのなど無いのだが、たったそれだけで通常の人間とはかけ離れた存在であると言うことを知らしめていた。

 

 

 

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「……よ、宜しくお願いしまーす」

 

 姉帯豊音がよそよそしく挨拶を交えて対局室に入ると、先ず目に入ったのは椅子に座っている小瀬川白望であった。彼女の周りには既に他の二人が来ており、どうやら姉帯豊音が一番最後だったらしい。姉帯豊音がおっかなびっくりの様子で卓まで向かうと、その途中で小瀬川白望は立ち上がると、姉帯豊音を見据えてこんなことを言い放った。

 

「……じゃあ、始めようか。豊音」

 

 そう言われた途端、姉帯豊音の背筋が凍る。完全に声色がいつもの小瀬川白望の声色ではなかった。ここで姉帯豊音は確信する。今目の前にいる小瀬川白望は、小瀬川白望であって小瀬川白望ではないということを。いつもダルそうにしている女子高校生の小瀬川白望ではなく、雀士、勝負師としての小瀬川白望であることを、姉帯豊音はここでようやく思い知らされた。そんな小瀬川白望に気圧されたのか、姉帯豊音は小瀬川白望に何も返さずに場決めを済ませると、静かに卓についた。

 

(ちょー怖いけどー……そんな事も言ってられないよねー……)

 

 姉帯豊音は自身の両手をギュッと握ると、静かにボタンを押して賽を回した。親決めである。小瀬川白望と闘う時の親の順番というものはとても重要なものだ。そしてその中でも、姉帯豊音はできるものならば小瀬川白望が起家であることを強く望んだ。誰にも流れが傾いていない東一局。ここにちょうど小瀬川白望の親が当たってほしかったのだ。理由は簡単、もし流れを掴まれた状態で小瀬川白望に親が回れば、即ちそれは死を意味する。最低でも3、4回は和了られるであろうということを覚悟しなければならないのだ。

 だからこそ、その恐るべきリスクが減る可能性のある小瀬川白望の起家を姉帯豊音は願ったいたのだ。そうして願った結果、ものの見事に小瀬川白望が起家となった。よって姉帯豊音はこの東一局をどうにかしてやり過ごせば後危険視するべきは南一局のみとなる。

 

(運が良いねー……このまま守りに出てもいいけどー……)

 

 この個人戦の予選は勝ち抜けのトーナメント式ではなく、何試合か繰り返し、その総合収支によって順位を決めるのだ。枠は2つ。小瀬川白望はほぼ確定的なのは間違いない。そうすると姉帯豊音もほぼほぼ確定的に思えるのだが、ここで姉帯豊音が小瀬川白望に一方的に嬲られ続け、二位に追いつけないほどの点差にされるといった可能性も出てくる。よって姉帯豊音は小瀬川白望の猛攻をどうにか最低限に留めること。これが一番賢い乗り切り方であろう。

 が、しかし。姉帯豊音はそれだけでは良しとはしなかった。小瀬川白望にあらゆる手を使ってでも勝つこと。これが一番の目標であった。確かにリスクは増すものの、ここで苦肉の策を講じていてはインターハイで小瀬川白望に勝てるわけがない。勝つとしたら、今。この勝負、この最初の一戦でどうしても勝つ必要があった。それ故に、小瀬川白望が起家であることは姉帯豊音の幸先が良いことを表す暗示であるかに思えた。

 

(この良い流れ、存分に利用させてもらうよー!)

 

(……甘い。偏りのない東一局なら大丈夫なんてその考えは……無意味。流れが無いのなら、流れを作ってしまえばいい……ただそれだけのこと。……そもそも、そんな理由で足踏みするほど、私は流れだけに頼った覚えはない……見誤ったね)

 

 しかし、小瀬川白望はただそれだけで他者に遅れをとってしまうような雀士ではない。もはや姉帯豊音の予想を全てにおいてはるかに超え、とてもじゃないが測り切れるものではないのだ。東一局で流れを掴めていないから安全だとか、ラス親だから危険だとか、小瀬川白望は既にその領域にはいない。

 

「……ツモ」

 

 そしてその小瀬川白望の自信を自分で裏付けに行くが如く、幸先の良い和了を見せる。いや、姉帯豊音に見せつけるといったほうが正しいであろうか。姉帯豊音は小瀬川白望の和了を見てようやく自分の推測が甘かったことを悟るが、もう時は既に遅く、小瀬川白望は低く冷たい声色でこう呟く。

 

「東一局、一本場」

 

(ひっ……)

 

 思わず姉帯豊音はそんな小瀬川白望の声を聞いて悲鳴をあげそうになるが、どうにかしてそれを堪えた。が、明らかに動揺しているという事が丸わかりであった。個人戦の実況を担当している者もそれに気づいたのか、『どうしたのでしょうか、姉帯選手。少し動揺している様子ですね』と言った。

 

(と、とにかく……シロの親を止めないと)

 

 姉帯豊音も自分が今焦っていることに気づいていないのだろう。繊細を欠いた人間ほど、小瀬川白望にとってしてみればまさにネギを背負った鴨同然である。姉帯豊音は『先勝』を使って一巡でも早く小瀬川白望の親を蹴ろうとするが、小瀬川白望はそれを先回りして仕留める。

 

姉帯豊音

打{7}

 

 

「……ロン」

 

 無筋の{7}を切った姉帯豊音を見ながら、小瀬川白望はゆっくりと手牌を倒す。中身は平凡なタンピン{47}待ち。しかし姉帯豊音にとってみればこれは自分を獲るための罠にしか見えなかった。実際はただのタンピンであるというのに、どうしてもそう見えざるを得なかった。

 

 

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「……二連続」

 

「すごい……」

 

 そして一方の観戦席では、臼沢塞と鹿倉胡桃が呆然としながらモニターの向こうにいる小瀬川白望のことを見ていた。今まで小瀬川白望が姉帯豊音の事を翻弄し、直撃を続けたということは決して珍しいことではなく、むしろ見慣れたものである。だが、その中でも姉帯豊音は決して笑顔を絶やすことはなかった。ましてや、今のように心の底から絶望しきった顔をよりにもよって姉帯豊音が見せるなど、思ってもいなかった。それほど小瀬川白望は本気で勝ちに、本気で姉帯豊音を負かそうとしているのである。特訓などといった生温いものではなく、己の全てを賭した真剣勝負として。

 

(……流石に相手が悪過ぎたね。……それにしても、本当に容赦がないね。トラウマになったらどうするんだい……白望に限ってそれはないと思うけど、心配だね……)

 

 




次回に続きます。

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