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視点:神の視点
「恭子、何しとるんや。トイレの前で突っ立って」
「洋榎……」
岩手で団体戦の地区大会が行われているのと同時刻、南大阪でも団体戦でのインターハイ出場校を決める地区大会が行われていた。地区大会決勝戦を前にした姫松高校の主将、愛宕洋榎は同じく姫松高校の大将、そして参謀役の末原恭子がトイレの前で突っ立っているのを見つけると、末原恭子の名前を呼ぶ。末原恭子は愛宕洋榎の方を向くと、何かを考えていたような仕草を取りながら返答する。
「いや、ちょっとな」
「なんや……?『しくじったらどうしよう』とか思ったりして、緊張でもしとるんか?」
愛宕洋榎にそう言われると、末原恭子は正解をズバリ言い当てられたので驚いたような表情を見せ、「……やっぱり、洋榎には分かるか」と言うと、愛宕洋榎は「そりゃあ……この2年半、伊達に毎日会っとらんわ」と笑みを浮かべながら答える。末原恭子は「そうか……」と呟くと、続けて愛宕洋榎に向かって口を開く。
「……洋榎は」
「おん?」
「洋榎は、緊張とかしたりせえへんのか?」
「緊張か……もちろんしないわけやあらへんで」
愛宕洋榎の問いを聞いて、末原恭子は意外な返答だと言わんばかりの表情で「そうなんか、洋榎にもそういうところあるんやな」と言う。それを聞いた愛宕洋榎は「……なんか馬鹿にしとらんか?」と問いかけると、末原恭子は目を逸らして「さあ、どうやろうな……」と言葉を濁した。
「……シロも、緊張とかするんやろか」
「シロちゃんか……」
愛宕洋榎は末原恭子の何気無い疑問について頭に手を当てながら少し考えると、「多分、しないんやろ。シロちゃんには絶対の自信があるからな」とキッパリと答えた。それに対して、末原恭子は「そうか……まあせやろな」とどこか遠くの方を呆然と見つめながら呟くと、愛宕洋榎はそう呟いた末原恭子の頬を無言でつねった。
「い、痛っ!?」
「目が覚めたか?恭子」
抓られた末原恭子は片目に涙を浮かべ、抓られた側の頬に手を当てながら「な、何するんや!?」と叫んだ。どうやら、愛宕洋榎は自分が想定していた以上の力で抓っていたらしい。しかし愛宕洋榎はその事に対して謝罪はせず、むしろ末原恭子に向かってこう告げた。
「いい加減、シロちゃんを引き合いにするのはやめーや。恭子」
「んなっ……そないなこと……」
愛宕洋榎に言われて図星だったのか、少し返答に困った末原恭子がそれでも反論しようと言葉を紡ごうとするが、愛宕洋榎は「そないな事ある。現に今もそうやったろ」と、末原恭子に弁解の隙を与えない姿勢であった。
「全く……いいか、確かにシロちゃんは半端ない。ウチだって一生かかっても追いつけへんようなところにシロちゃんはおる。……せやけど、何もそれが全ての優劣をつけるんやあらへんやろ」
「シロちゃんにはシロちゃんの、ウチにはウチの、恭子には恭子の良えところがある。それで良えんやないか?それを『シロちゃんの方が凄い』とか……『ウチはそうだけどシロちゃんは違う』だとか、シロちゃんシロちゃんって……アホくさいわ」
「っ……」
「それにシロちゃんが凄いからって、恭子が凄くないって事にもならへんやろ?わざわざ相対的に比較する意味も分からん。……いや、ちゃうな。それを恭子は十分に分かっとる。分かった上で比較しとるんや。結局恭子は、シロちゃんを理由にしてただ逃げたいだけなんやろ」
「……そないな、こと」
「ないか?本当にないんか?」
「……ある。今もそうや……すまんな」
末原恭子は俯きながら愛宕洋榎に向かってそう言うと、愛宕洋榎は末原恭子の肩に手を回して「全く。自分に自信を持てや。参謀が自信を無くしてどないするねん」と言った。
「すまんな……こんな参謀で。でも……こんな参謀でも、やれる事は全力でやらせてもらうで」
「はは、そら楽しみにしとるわ。はよ戻ろか。決勝もちゃちゃっと終わらすで」
そうして姫松高校の主将と大将は自校の控え室に向かって歩を進め、決勝戦の準備を行なっていた。無論このあとの決勝戦では、姫松高校が圧倒的火力で他校を抑え、堂々の一位を獲得した。
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視点:神の視点
「ただいま戻りました」
「おーう、お疲れユキ。えらく暴れてくれたじゃん」
「まあ、一位奪取とまでは行きませんでしたけど」
「それはウチらがすまなかったな……それで、その衣装どうだった?」
所変わって北海道では、地区大会の決勝戦は終盤まで進んでおり、二位の有珠山高校が一位の高校を追いかけるといった状況であった。副将戦の真屋由暉子が改造されたド派手な制服を身につけながら戻ってくると、その制服の改造者である岩館揺杏がその制服の是非を真屋由暉子に向かって尋ねると、真屋由暉子はドライな表情で「何というか……動きにくかったですね」と答える。
「成る程……着心地は悪い、と」
「まああそこまで派手にすれば仕方ないと思いますけど……」
「いや、御指摘ありがとな」
「っていうか爽。そろそろ始まるんじゃないの?」
「お、そうだったな」
桧森誓子に言われて気付いた獅子原爽がソファーから立ち上がると、右腕をぐるぐると振り回して「それじゃ、私が決めてくるわ」と言って控え室を後にしようとすると、本内成香から「頑張って下さい……」と声援を受ける。
「先輩、後は任せました」
「おう、任された。すぐに一位になるからちゃんと見とけよ!」
そう言って自信満々に獅子原爽は控え室を出て行くと、深く深呼吸をしてから対局室まで向かって行った。
(あと半荘二回……絶対勝つ)
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「じゃあ、行ってくるよー」
「イッテラッシャイ!」
「頑張って!」
そして同時刻、岩手でも決勝戦の始まる時間が刻一刻と迫っており、先鋒の姉帯豊音が控え室を出て行った。
「結局、ウチらには回ってこなかったね……」
「多分この決勝もそうなるんじゃないかな?」
「まあ、そうだとしても……そうじゃなかったとしても……私達が今やるべき事は豊音を応援する事。そして、いかなる状況を想定して準備をすること……」
小瀬川白望はそう言ってソファーからモニターを真剣な表情で見る。確かに何が起こるか分からないこの世界、100パーセントなど有り得るわけがない。故に、小瀬川白望は一切驕らない、油断しないのだ。現に浮かれそうになっていた臼沢塞と鹿倉胡桃も小瀬川白望にそう言われ、改めて気を引き締める。
(……もうそろそろでインターハイ……いや、いやいや。まだ早いよー)
そして卓についた姉帯豊音も一瞬油断しかけるが、目の前にいる三人の敵を見据えてその考えを改める。まだ喜ぶのは早い。本当に喜ぶのは全てが終わった後だ。
(喜ぶのはー……この人達に勝った後だよー)
そう心の中で唱えると、卓のボタンを押してサイコロを回す。その回るサイコロをじっと見つめながら、顔が隠れるくらい帽子をめぶかに被ると、ニヤリと口角を吊り上げ、その瞬間から姉帯豊音による"祭り"が始まった。
次回に続きます。