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視点:神の視点
『ツモだよー、1000オールだよー!』
「よしよし!豊音、順調そうだね!」
「胡桃……まだ東一局だからまだ分からないでしょ」
全国高校麻雀大会の出場校を決めるための地区大会の一回戦、その先鋒戦が始まり、宮守女子の控え室では鹿倉胡桃が順調の滑り出しを見せた姉帯豊音に対してウンウンと頷く。臼沢塞は鹿倉胡桃に対してまだ油断はできないといった風に言っているものの、姉帯豊音の和了を見てどこか安堵した様子を見せていた。確かに今までの地獄のような練習を小瀬川白望と赤木しげるの下で行ってきた宮守女子のメンバーであったが、心のどこかで小さな不安があったのも事実だ。まあ、小瀬川白望や赤木しげるに一回も勝てなかったというのがその小さな不安を作り出してしまった要因なのだが。しかし姉帯豊音の今の和了によってその不安も消し飛び、自分達が強くなったのだということをあの和了で直感的に悟ったのであった。
(ちょー緊張してたけどー……大丈夫みたいだよー)
それは和了った本人である姉帯豊音も同じであった。対局が始まる前は地区とはいえども、大会という名前が生み出すあの独特な緊張感、張り詰めた空気も相まってか、卓についている他の選手がもしかしたら小瀬川白望のようなトンデモ雀士なのではないかと何度も対局を重ねて行く内に心に焼き付いた小瀬川白望の圧倒的イメージがそういった幻想を作り出していたが、それも今では雲散霧消し、場は完全に姉帯豊音の独走状態と化した。積み棒を置いて姉帯豊音の連荘、一本場となると、姉帯豊音は『先勝』を続行して高速で手を仕上げる。そうして東一局一本場が始まって七巡もしない内に姉帯豊音は再びリー棒を取り出して、リーチを宣言する。
「通らば……リーチッ!」
もはや卓にいる三人は追いつこうという事すらままならず、リーチをかけたあとは他者を振り切って「ツモ!2700オール!」とツモ牌を卓に叩きつけて宣言した。
(まだまだ終わらせないよー!)
姉帯豊音は被っていた黒色の帽子を深く被り直すと、深く息を吐いて積み棒を重ねる。もはやそこは既に麻雀卓ではなく、狩場。姉帯豊音という猛獣が獲物を狩るための狩場でしか無かった。もはや獲物となった三人に姉帯豊音を止める術などなく、ただただ蹂躙され続けて終わりを待つだけであった。
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「ただいま戻ったよー」
「オカエリ、トヨネ!」
「お帰りー、順調そうだね!」
先鋒戦が終わり、控え室に戻ってきた姉帯豊音はメンバーに迎えられると、ほっと息を吐いて帽子を取ると、椅子に腰を下ろした。同じく椅子で上に鹿倉胡桃を乗せていた小瀬川白望が姉帯豊音に向かって「先鋒戦、お疲れ……」と言うと、姉帯豊音は「緊張したけどー……ちょー楽しかったよー」と返答する。
「こりゃあ地区大会じゃ本格的に私達の出番、無いかもね」
【フフ……だから言ったろ。そんじゃそこらのやつじゃ中堅以降には回って来ねえよ……】
「……私が帰っても問題無さそうだね」
「コラッ、流石にちゃんと見ようよ!?」
小瀬川白望に向かって鹿倉胡桃がそう言うと、小瀬川白望は自分に座る鹿倉胡桃の頭を撫でながら「冗談だって……帰るわけないでしょ」と言う。それを見た姉帯豊音は(胡桃、良いなあ……)と自分の高身長を悔やみつつ、鹿倉胡桃を羨望の眼差しで見ていた。
「じゃあ、次はエイスリンだね?」
「イエス!」
熊倉トシに名前を呼ばれたエイスリン・ウィッシュアートは右手を挙げてそう発言すると、熊倉トシはエイスリンに「遠慮なくやってきておいで。なんだったらトバしてきてもいいよ」と言い、エイスリンは「リョーカイ!」と敬礼のポーズをとった。
「デハ、ガンバッテキマス!」
「エイスリンさん、ガンバだよー」
「行ってらっしゃい!」
「頑張ってね!」
「頑張って……」
メンバーから声援を受け取ったエイスリンは若干緊張を感じつつも、堂々と控え室を出て行く。そうして卓に着くと、ぺこりと頭を下げて「ヨロシク、オネガイシマス」と挨拶を交わす。そうして次鋒戦が始まると、先ほどの穏やかな態度からは想像もつかないようなエイスリンの怒涛ともいえる圧巻の和了劇が始まった。その圧倒的スピード、和了率に別室で見ていた実況と解説も半ば絶句しながらその光景を見る。そしてエイスリンの和了がようやく終わったかと思えば、その時には既に他の一校の持ち点がゼロを割っており、結局エイスリンは一度も誰にも和了らせることなく、前半戦の南場が始まる前に一回戦が終了してしまった。
「わあ、本当に終わっちゃった……」
「エイスリンさん、すごいよー!」
「エイちゃんのあの笑顔からは想像できない鬼のような和了……ギャップがすごいね……」
宮守女子のメンバーはモニターからエイスリンの対局が終わったのを確認すると、臼沢塞は信じられないような表情でモニターの向こう側を眺めていた。それと同時に臼沢塞が6年前に観客として見ていたあの全国大会という舞台に、あと3つ勝てば出場が決まるという事を実感しつつ、小瀬川白望にこうつぶやいた。
「あと3つで全国だね……」
「うん……そうだね」
「懐かしい?」
「……どうだろうね」
小瀬川白望から帰ってきた返事は曖昧なものであったが、臼沢塞はどこか満足したような表情で「……そっか」と言い、皆とともに戻ってきたエイスリンを祝福した。
次回に続きます。