宮守の神域   作:銀一色

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前回に引き続きです。


第328話 地区大会編 ⑥ 頑張って

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視点:神の視点

 

 

 

「ほらー!シロ、早くおいで!電車来ちゃうよ!」

 

「分かってるよ……」

 

 あれから早くも一週間が経ち、とうとう小瀬川白望たちの岩手県でもインターハイの出場校を決定する地区大会が始まろうとしていた。会場がある岩手県の県庁所在地である盛岡に行くために、朝一に宮守駅に集合する事になっていたのだったが、小瀬川白望は電車が到着予定の時間ギリギリになってからようやく来たため、鹿倉胡桃に急かされるように駅の改札を通り、電車へと乗った。

 

 

「やっと地区大会だねー……今からちょー楽しみだよー」

 

「ワタシモ、タノシミ!」

 

「ほら、電車の中ではしゃがない!」

 

 姉帯豊音とエイスリン・ウィッシュアートが上機嫌に椅子に座りながら話しているのを、鹿倉胡桃が常識とマナーに則って嗜めるなど、いつもと変わらない光景が電車の中でも展開されていたのだが、小瀬川白望はそれを見ると、今度は窓から見える景色に視線を移し、ふとこんなことを心の中で考え始めた。

 

(エイスリンと豊音が来てから半年とちょっとになるんだっけ。最初はどうなるかと思ってたけど、二人も随分と皆に馴染んだよなあ……)

 

(でも……この五人で居られるのもあともうちょっと……になるのかな。どうなんだろ……)

 

 少なくともこの地区大会、そしてインターハイが終われば宮守麻雀部として五人が集まるのはそれが最後になるかもしれない。エイスリンも豊音もその後どうするのかはわからないが、何と無く小瀬川白望は今となっては日常になっていたこの光景も、いずれ無くなってしまうものなのかと感じていた。

 

(まあ……未来のことなんて考えるだけ無駄かな。取り敢えず今は目の前の事に全力でぶつからないと……)

 

 小瀬川白望は一旦思考に区切りをつけ、視線を窓から今度は横へと移す。そこには当然ながら宮守麻雀部のメンバーと熊倉トシがいる。そして自分の首から提げている巾着には、赤木しげるの墓石の欠片。この半年間で幾度となく見て来た当たり前の世界。

 小瀬川白望はその当然な……当たり前の世界があるということの素晴らしさ、特別であるということを心のどこかで理解したような感じがした。

 

 

 

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「流石盛岡……宮守とは違うね」

 

「凄いよー!都会だよー!」

 

 

 電車を降り、岩手県の県庁所在地である盛岡市に到着した宮守女子のメンバーは思い思いに岩手県最大の都市を見渡す。彼女らにとってみれば都会というのが珍しいものに入るのか、そのなかでも特に姉帯豊音は興奮を抑えきれないと言った感じでキョロキョロと辺りを見回すが、その姉帯豊音自身が周りの人からの注目の的となっている事にはどうやら気づいてはいなかったらしい。

 

「都会で気分が浮かれるのもいいけど、すぐ会場に行くからじっくり見るのはまた今度の時にしなさいね?」

 

「わ、分かったよー……」

 

 熊倉トシにそう言われ、姉帯豊音は少しションボリして返事を返す。やはり田舎の村で育った姉帯豊音にとって都会という世界は憧れの対象だったのだろう。それを察した小瀬川白望が「まあ別に……今日勝ち上がればここよりもっと都会なところに行けるから、頑張ろうか」と声をかける。

 

「そうだねー!東京はどれくらい凄いんだろうー?」

 

「……少なくとも、ここよりもっと凄いと思うよ」

 

 何度か東京の街に行ったことのある小瀬川白望にしては随分と抽象的な返答だったが、姉帯豊音は「ここでも凄いのに、これ以上なんてちょー凄いよー!皆と東京に行くために私、ちょー頑張っちゃうよー!」と鼓舞し、気持ちを昂ぶらせていた。

 

「ああそうそう豊音。今日使うのは"先勝"だけにしておきなさい」

 

「先勝……どうしてですか?」

 

 熊倉トシの要望に臼沢塞がそう聞き返すと、熊倉トシは「豊音の力を隠すためさ。そりゃあ豊音が全力を出せば確実に勝てるだろうけど……それだったら後が辛くなるからね。まあ幸い、先勝だけでも十分に勝てる面子だからあんまりハンデにならないだろうけどね?」と答えた。

 

「成る程……そういうことですか」

 

「そういう事なら合点承知だよー」

 

「でも、無理はしないでね?豊音」

 

 そう言う鹿倉胡桃に対し、横から入るような形で赤木しげるが【安心しなチビちゃん、心配しなくとも、中堅戦に回ってくる前に勝負はついてるだろうからよ……】と答えた。チビちゃんとドストレートに言われた鹿倉胡桃は怒ったような表情で「チビって言わないそこ!」と小瀬川白望の首から提げている巾着に向かって指差す。

 

【ククク……悪いな、お嬢ちゃん。姉帯との差がありすぎたもんでな】

 

「むー……豊音に後でどうしたらあんなに背が伸びるのか聞いてみよう……」

 

 そんなやりとりをしていると、一行は地区大会が行われる会場の目の前にいた。小瀬川白望はそれを見ると、心の中で6年前の懐かしさを感じながら、ゆっくりと会場の入り口を通った。

 

 

 

 

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「じゃあ、行ってくるよー!」

 

「行ってらっしゃい、豊音!」

 

「トヨネ!ファイト!」

 

「頑張りなよー、豊音」

 

 控え室で待機していた宮守女子のメンバーであったが、そろそろ第一試合の先鋒戦が始まるとなって姉帯豊音が控え室を出ようとしたので、全員で見送りをしていたのであった。臼沢塞は小瀬川白望の背中を叩くように押して「ほら、シロもなんか言ってやりなさいよ!」と促すと、小瀬川白望は少し照れくさそうな表情で「が、頑張ってきてね……」と言った。それを聞いた姉帯豊音はニコッと笑って「勿論だよー」と言うと、控え室を出ていった。姉帯豊音が出て行くのを見ていた熊倉トシが小瀬川白望に「白望も案外、ああいう風になる時があるんだね?」と聞くと、小瀬川白望はこう返答した。

 

「いや……今まで誰かに『頑張って』って言ったことなんて無かったから……」

 

 

「ふふふ、そうかい。良かったじゃないか、送り出す側の気持ちにもなれて。そうだろう?」

 

 

「まあ、そうだけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(シ、シロのあの表情……ちょー可愛かったよー)

 

 そして先ほどは笑顔を見せて控え室を出ていった姉帯豊音であったが、廊下に出ると先ほどまで必死に隠していた赤面した顔に手を当てながら、先ほどの小瀬川白望の表情を脳内でリフレインさせていた。普段はクールな小瀬川白望が時折見せる乙女のような表情が、姉帯豊音にとっては強い刺激となったらしい。

 

(シロのあんな表情を見ちゃったら、頑張るしかないよねー)

 

 

(絶対に頑張るよー!)

 

 そうして小瀬川白望に対しての愛、情熱を燃やす姉帯豊音は滾る想いを胸に留め、そのまま対局室まで向かっていった。

 




次回に続きます。
なんというかフワフワした感じで地区大会が始まったのが否めない感。緊迫感が足りませんね。

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