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視点:神の視点
「お、おうお前ら。もう着いとると思っとったんやけどな」
先ほどまで遠くから小瀬川白望におぶられている園城寺怜の事を羨みと妬みの目で見つめていた江口セーラはそう言って彼女達の後ろ側から声をかける。小瀬川白望は園城寺怜の事をおぶったまま振り返って江口セーラの事を視認すると、「ああ、セーラ。案外早かったね」と返す。しかし江口セーラは中途半端に急いだ気持ちだったため緊張しているのか、目をわざとそらして「せ、せやな……」と答えた。
(言えるわけないやん……早く会いたいからめっちゃダッシュしてきたなんて……)
全力でダッシュしてきた割には大して息も切らしてはおらず、疲れているような様子を小瀬川白望に見せる事がなかったのは普段スポーツなどで体を動かす事を怠らなかった普段の私生活での努力の賜物であろう。客観的に見れば随分と小さな賜物かもしれないが、小瀬川白望に早く会うためだけに走ってきた事を恥ずかしいから知られたくないという乙女心を有していた江口セーラにとっては大きな恩恵なのであった。
「そ、そうや!そのキャリーバッグ、ウチが運んだるわ!おぶったままじゃあキツいやろ!」
江口セーラが早く来た事についての話を強引に終わらせるべく、話題を断ち切って小瀬川白望の隣にあるキャリーバッグ……リュックなどを背負うのが面倒だと思っていた小瀬川白望が選んだものなのだが、そのキャリーバッグすらまともに直接運ぶのが嫌だったのか、キャリーバッグの持ち手と自分の腕をまるで犬を引き連れるような形で紐で繋いで、腕だけで運ぶという究極に面倒くさい精神が働いた結果のキャリーバッグを指差して江口セーラがそう尋ねる。それを聞いた小瀬川白望は「良いの?」と聞き返し、江口セーラが首を縦に振ると小瀬川白望は江口セーラに向かって「じゃあ……ちょっとこっちまで来て。おぶってる状態からじゃこの紐、解けないから」と言い、江口セーラに自分の右腕を向ける。
「お、おう……分かった」
江口セーラは一瞬息を呑んだが、すぐに雑念を振り払って小瀬川白望の元まで行く。そして小瀬川白望の露出された白く細い右腕をまじまじと見ながら手で触る。魔が差していたのかどうかは分からないが、この時江口セーラの頭の中には『小瀬川白望の腕に結ばれている紐を解く』という目的も、自分には乙女という言葉が似合わないという意識も存在しておらず、それをまるで宝石を見るような恍惚とした表情で、言って仕舞えば乙女のような表情で見惚れていた。
(真っ白で綺麗や……すべすべしとるからまるで雪像みたいやな)
そこまで考えて、江口セーラはハッとして咄嗟に腕を離す。ほんの数秒の間ではあったが、自分の柄でない一面が出てしまった事に対して恥ずかしさを感じている一方、我に返った今でも小瀬川白望の腕は綺麗であるということの再認識をしていた。そんな江口セーラを小瀬川白望におぶられていた園城寺怜は(こら凄いわ……あのセーラがあんな顔するなんて、多分イケメンさんがおらんかったら拝めへんわ……)といった風に珍しいものを見る目で見ていた。
「ん、どうかした?」
「い、いや!?大丈夫や、大丈夫。ちょっと考え事してただけやわ!」
「……ならいいけど。流石に二人おぶるのは無理だよ?」
平然とそんな事を言う小瀬川白望に対して江口セーラは顔を真っ赤にして(何言っとるんやシロは!ウチの気持ちくらい汲み取ってくれや!)と心の中で叫びながらも、小瀬川白望の腕から紐を解くと、その紐は無視してしっかりとキャリーバッグの持ち手を持ち、「さ、さあ。行こか」と赤面した顔を隠すように俯きながらそう言った。
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「あー……冷房の効いた部屋は外とは違うなあ……あんなところに何時間もいたら蒸発してまうわ……」
そして無事に園城寺怜の家までやって来た三人は、まず暑い……というよりもはや熱い感覚から抜け出すためにリビングの冷房を入れ、とりあえず一息つく。室内といえども最初は外とあまり大差ない空間であったのが、段々涼しさを感じ始め、どんどん快適な空間へと変貌を遂げていく。その過程が一番の至福だと言わんばかりに三人は座りながら熱された体を冷却していた。
(……ま、色んな意味でアツくなっとった……いや、今もアツくなっとる奴がおるけどな)
園城寺怜は心の中でそう呟きながら、江口セーラのことを見る。隣にいる小瀬川白望が気になって仕方ないのか、小瀬川白望の事を見つめていると思ったら顔を赤くして恥ずかしそうに目線を逸らしたりしているなど、挙動不審なのが丸分かりである。本来の園城寺怜なら心の中でヘタレと評すのも仕方ないほどの挙動不審なのであったが。今回は少しいつもとは違う。そう誰かに言い聞かせるように園城寺怜は小瀬川白望の方を見る。
(……ダルい)
(どうせ『ダルい』とか思っとるんやろうけど……汗のせいで服が若干透けてただでさえエロい胸元が更にエロくなっとるのに気づいとらんのやろか……あれは悩殺もんやで。セーラでなくても思わず釘付けになるわあんなん)
そんな事を考えながら白い服を着ていたが故に汗によって若干透けていた小瀬川白望の胸元を見ていた園城寺怜が頭の上に電球を光らせるが如く何かを閃いたような表情をして、そしてその上でニヤリと笑う。
思い立つ日が吉日、そう言わんばかりに園城寺怜は直ぐに準備に取り掛かる。小瀬川白望と江口セーラは何事かと思いながら園城寺怜の事を見ていたが、園城寺怜は何も二人に告げることなく風呂場まで行く。
(……ふう、部活行く前に風呂洗っといてホンマによかった。これで何も怪しまれずに一緒に風呂が入れるわ……ククク)
園城寺怜は笑いながら風呂を沸かし始める。そうして居間へと戻ってきた園城寺怜は小瀬川白望と江口セーラに向かってこう言った。その時の園城寺怜の声はやけにどこか純真さが出ていたが、普段の怜を知っているものならば違和感を感じてしまう声色であった。……それに小瀬川白望が気付いたかと言えば否なのだが。
「なあ、セーラ。イケメンさん。汗で身体とか湿って、気持ち悪いやろ?」
「え?あ、ああ……まあ……せやけど」
「うん……いくら涼んだからといって、このままは風邪ひくかな……」
「せやろ?……なら」
「入るか、風呂。三人で」
次回に続きます。