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視点:神の視点
「……恋をしている?」
アレクサンドラ・ヴィントハイムが辻垣内智葉から耳打ちして聞いた事に対して驚きながらそう聞き返す。辻垣内智葉は「監督、声が大きいです!聞こえますよ」と自分も聞こえそうな声量で彼女のことを注意する。アレクサンドラ・ヴィントハイムは「あ、ああ……すまない」と小声で辻垣内智葉に向かって謝った。
「ど、どういうことだ……?まさかさっきの間に何かあって、それで明華が惚れたって事……?」
「恐らくそうかと……相変わらずシロは気付いていないようですが……」
辻垣内智葉がそう言うが、アレクサンドラ・ヴィントハイムは信じれないような目で小瀬川白望と雀明華のことを見る。小瀬川白望は辻垣内智葉の言っていた通り、雀明華にそういった気がないのは分かるのだが、雀明華の方は完全に小瀬川白望に友達という物差しでは計れないほどの好意を抱いているのが、離れたところから見ても丸わかりであった。
(ん……相変わらず?)
そしてそんな雀明華を見ながら、アレクサンドラ・ヴィントハイムはある事が気になっていたのだ。そして辻垣内智葉に向かってその事を聞いた。
「サトハ」
「どうしました?」
「もしかして君もコセガワシロミに好意を抱いて……?」
「な、なっ!?そ、そんなわけ……ない……です」
「ねえ、智葉」
「ふぁい!?し、シロ!?」
辻垣内智葉が必死に否定しようとしていたところで、いつの間にやら近づいてきていた小瀬川白望に声をかけられ、辻垣内智葉が心の底からでてきた驚愕の声をあげる。
「な、なんだ?」
「いや……アレクサンドラさんと何話してたのかなって……」
「い、いや……ちょっと、な?」
小瀬川白望は「ふうん……じゃあ、先部屋に戻ってるよ」と言ってメガン・ダヴァンと雀明華と共に室内へと戻っていった。辻垣内智葉はそんな彼女らを見送って、一息つく。それを見たアレクサンドラ・ヴィントハイムは(やっぱり抱いているな……もしかしてメグも?)と言って考えながら、そのついでに辻垣内智葉にこんな事を聞いた。
「そういえば、サトハ。少し聞きたい事があるんだが」
「……なんですか。監督」
「コセガワシロミの牌譜なんだが……この前いくら調べても全く見つからなかったんだ。サトハなら何か知ってるか?」
「ああ、牌譜ですか。シロの牌譜は私が一応持ってますけど……見ます?」
「そうさせてもらうよ」と言ってアレクサンドラ・ヴィントハイムは辻垣内智葉についていった。そしてその小瀬川白望の牌譜があるという部屋に着く前に、辻垣内智葉はこんな事を警告した。
「見るのは構いませんけど……持ち込みやコピーはダメですよ。本当に見るだけです」
「……随分と厳重なんだね」
「外部に漏れたら大変なことになりますからね。ようやく世間が抱くシロという雀士に対しての熱りが冷めてきたんですから」
そう言って辻垣内智葉がある一室にアレクサンドラ・ヴィントハイムを招くと、何やらいかにもな金庫を辻垣内智葉が慣れた手つきで開けると、牌譜らしきものをアレクサンドラ・ヴィントハイムに渡す。
「これが……コセガワシロミの?」
「ええ、まごう事なくシロのです」
そう言ってアレクサンドラ・ヴィントハイムは立ったままその牌譜を見た。そのほんのわずか数秒後である。アレクサンドラ・ヴィントハイムは牌譜を持ったまま、思わず口を開けて言葉を失っていた。小瀬川白望の、規格外の強さにアレクサンドラ・ヴィントハイムは心の底から驚愕していた。
(ちょ、ちょっと待て……!)
そう心の中で言って牌譜を一通り流し読みする。しかしいずれも小瀬川白望は奇想天外な和了しかしていなかった。まるで一巡先……いや、十巡先まで見えているかのような打ちまわし。そして的確な狙い撃ちに、ここ一番のところで勝負手を引く運の強さ。彼女が思っていた小瀬川白望の何倍も上の強さを誇る小瀬川白望が、その牌譜には載っていたのである。
(……確かに、レジェンド中のレジェンドであるアカギシゲルと打ち方が似ているとサトハは言っていた……私も名前くらいは聞いた事がある)
(だけど、アカギシゲルをそこまで調べているわけじゃなかった……強いという事は知っていたし、似ていると言われる彼女も最低限ミヤナガよりも強いとは分かっていた。けど……まさかここまでなんて……!)
アレクサンドラ・ヴィントハイムは唇を噛む。本当に死を覚悟してでも、99.9%負けるであろう勝負をあそこで受けていれば良かった。今まで彼女はスカウトとしても、一雀士としても様々な後悔を抱いた事はあるが、ここまでやっておけばよかったという強い後悔を抱いたのも、かなり久しぶり……いや、ひょっとすると初めてかもしれなかった。
(ミヤナガなんてレベルじゃない……同卓しているサトハやアタゴと比べても、明らかに一線を越している……!)
(しかもこれが四年前……?なんて話だ……)
そうして牌譜を見れば見るほど、小瀬川白望の恐ろしさというものが嫌でも分かる。まるで漫画のような馬鹿げた牌譜である。神が味方しているのか、それとも何かが小瀬川白望に憑いているのか、それすら見当がつかなかった。
「ば、化け物……」
アレクサンドラ・ヴィントハイムは小さくそう呟くと、辻垣内智葉に持っていた牌譜を返した。そうして辻垣内智葉は金庫に牌譜を入れると、放心状態のアレクサンドラ・ヴィントハイムに向かってこう言った。
「……どうでしたか。シロの麻雀は」
「そ、そうだな……私はこれまで色んな雀士を見てきた。コカジをはじめとした日本のトッププロや世界ランカーなど、色んな強者を見たけど、ここまで牌譜だけでインパクトを受けたのは彼女が初めてだよ……」
「そうですか……多分、監督はもうそれ以上の雀士を見る事はできませんよ」
「……私にとってもそうですし……何より、麻雀の中でのナンバーワンは、シロなんですから」
そう言って辻垣内智葉は部屋から出て行く。
(今はまだ分からないけど……シロは赤木しげるをいつか越える。絶対に。私の言った事が正しいと認められる。その時はいずれやってくるはずさ……そうだろ?シロ……)
次回かその次で臨海ターンは終わります。