宮守の神域   作:銀一色

278 / 473
前回の続きです。


第266話 高校一年編 ⑩ 狂気のEducation

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「……お疲れ様」

 

 対局が終わってゆっくりと立ち上がった小瀬川白望がそう言ってサッと頭を下げる。弘世菫と戒能良子は終始小瀬川白望の異常さに驚くだけであった。しかしそんな二人にとっては虐殺の時間は終わりを迎える。改めて小瀬川白望が化け物を逸した存在であるという事を思い知らされた戒能良子は、そのまま黙りこくる事しかできなかった。戒能良子は全力をもってやった、とは言い難いものではあったが、例えそうであったとしても、それを加味しても今の自分は彼女に追いつく事は無理だと、百戦やっても一戦も勝てないという事を悟った戒能良子は、潔く現時点での完敗を認めて「センキューソーマッチでした……」と言ってマフィアが被ってそうな帽子、通称ボルサリーノを被ると、これまた黒い上着を羽織って、雀荘を出ようとする。

 

「もう行くんだ……もっとゆっくり休んでいけばいいのに」

 

 そんな戒能良子に向かって小瀬川白望が呼び止めるように言うと、戒能良子は帽子を深く被り直すような仕草をとって「私もbusyなので……付き合う事ができずに、ソーリーです」と言うと、今度は宮永照の近くまで行くと、そっと肩を叩いて「白望サン相手にあのネバーギブアップな精神……素晴らしかったですよ」と言った。

 

「私だけの力だけじゃない……それに、結局及ばなかった」

 

「いえ……それはプロブレムではありません」

 

 そう言うと、戒能良子は去り際に宮永照に向かって耳打ちする。「じゃあ、私はこれで。白望サンとのグッドタイム、楽しんで下さいね」と。宮永照は振り返って何かを戒能良子に言おうとしたが、そこには戒能良子の姿は居らず、既に外へと出てしまっていた。宮永照はさっきの言葉によって一瞬にして緊張が解けたどころか、少し顔を赤くして出口の方を見ていた。それに気付いた小瀬川白望は「照、顔赤いけど……大丈夫?」と声をかけるが「なんでもない……」と言って顔を隠すようにして否定した。

 

(て、抵抗すらできなかった……照でさえあそこまで完敗したのは無かったと思う。だが、この私が何も……何一つもできなかった……)

 

 そして一方の弘世菫はというと、己の非力さ、無力さを痛感してただただ自分に対して失望していた。しかしそれは小瀬川白望が強過ぎるから相対的に弘世菫が弱く見えているだけで、断じて弘世菫が弱いというわけではない。しかし、それに弘世菫が気付けるかどうかというのは無理な話であろう。

 

(何が……足りない?何が足りないというんだ?確かにインターハイでも私の課題点は見つかっている。しかし、それだけじゃない……決定的な何かが、足りない……)

 

 そうして弘世菫は頭を悩ませる。小瀬川白望も弘世菫が苦悩していることには気づいているのだが、あえて弘世菫には何も言わず、弘世菫が結論を出すまで待っていた。

 

「……小瀬川」

 

「何……」

 

「私には、何が足りないと思う?」

 

 弘世菫が小瀬川白望に随分と単刀直入な感じで聞いたが、小瀬川白望は「さあ……ね」と言って知らないふりをする。ここで弘世菫に答えを言ってしまうのは簡単である。しかし、それではいけない。自分で気づく必要があるのだ。麻雀において一番重要な要素である、自分を信じる揺れない心、しかしこれに気付くのは容易ではない。一度原点に戻ってやっと見つけ出すことのできるものであるからだ。

 だが、これに気付けないと小瀬川白望に追いつくどころか、闘うこともままならない。宮永照はその心はしっかりとできていたから、最後まで粘れていたのだ。無論、小瀬川白望や赤木しげるほどになるとその完成された揺れない心までも強引に折ってくるのは言うまでもない。戒能良子も一応自分なりの答えは見つけてある。しかし弘世菫は未だそれに気付けずにいた。

 

「……じゃあ、今から見つけてみようか」

 

 小瀬川白望は弘世菫に向かってそう言うと、山の中から二牌取り出した。そうして弘世菫に向かってその中の一牌を見せる。それは{5}であった。そして小瀬川白望はその{5}を卓の上に、背を向けるようにして置く。

 

「今から、さっき置いた五索の上に一牌置いて、そこからまた上の一牌を取るから、よく見てて」

 

 小瀬川白望がそう言うが、隣にいる宮永照は何を言っているのか理解が追いつかないでいた。無論弘世菫も、一体これから何が起こるのかといった疑問を浮かべながらも、真剣に裏返しになっている{5}と小瀬川白望が持つ一牌をジッと見ていた。

 

「じゃあ、行くよ」

 

 そう言って小瀬川白望は持っていた一牌をそっと{5}の上に乗せると、すぐさま乗せた牌を取り除いた。目の前から見ても何の違和感のない動作にしか見えないはずなのだが、小瀬川白望の横で見ていた宮永照は小瀬川白望がやった一部始終を目撃して、驚愕していた。

 

「……それで、どうするんだ?」

 

「簡単な話、今菫の目の前にある牌は五索だと思う?」

 

 弘世菫は「は?」と言って裏返しになっている{5}であるはずの牌を見る。小瀬川白望は「5……4……」と弘世菫の疑問を無視してカウントダウンを始めると、弘世菫は焦ったように「ご、五索だろ!?」と言う。その瞬間、小瀬川白望のカウントダウンが止まったと同時に、小瀬川白望は人を殺すような目付きで弘世菫にこう言った。

 

「……なんで今、気付いていたはずなのにそう答えた?」

 

「えっ……」

 

 思わず弘世菫は仰け反り、背筋が凍った。対局中はいつもこんな感じであり、初めて見た一面じゃないはずなのだが、いきなりああいう風になられると思わず怯んでしまう。

 

「不自然な私の微動に気付いていたのに、菫は『ありえない』と思ってそれを否定したようだけど……なんでその『ありえない』っていう前提、自分の理が正しいと思ってるのか……つまりはそこだよ、菫」

 

 そう言って小瀬川白望は{5}であるはずの牌をひっくり返す。するとそこには{白}が置かれてあった。そう、小瀬川白望が{5}に乗せたのは一牌だけでなく、実は二牌乗せていたのである。二牌乗せると同時に、小瀬川白望は一瞬のうちに{5}を抜き取っていたのだ。まさに神業と言える動作であったが、小瀬川白望はあえてその動きに若干の淀みを見せて弘世菫が異様な動作を小瀬川白望がしているという事を気付かせたのであった。

 

「それを改善できなきゃ……私は倒す事は出来ないよ。多分、一生」

 

 弘世菫に向かってそう言うと、一気に先程までの狂気が小瀬川白望から抜かれたみたいにして人が変わる。狂気じみた小瀬川白望は、一瞬にして天然ジゴロのダルがりイケメンとなった。

 

「まあ……これからまだ時間はある。ゆっくり答えを見つけなよ。菫」

 

「……あ、ありがとう……小瀬川」

 

「白望」

 

「は、はっ?」

 

「名字で呼ばれるのダルいから……名前で呼んで」

 

「ああ……わ、分かったよ。白望……」

 

 そんな二人のやりとりを見て若干嫉妬した宮永照は、すぐさま小瀬川白望の腕を抱いて、「ほら、帰るよ」と言って三人は雀荘を後にした。




次回に続きます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。