皆さんも人生の中で一度二度は体験した事のあるアレです。
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視点:神の視点
日本では冬もそろそろ終わりを迎え、出会いと別れの季節……春へと段々と近づきつつありながらも、まだ肌寒さを感じさせ、冬の存在をいやがうえにも意識させられる三月上旬。中学三年生は在校生徒である一年と二年よりもはやく学校が終わり、卒業生となった学生らは大半が入試試験を終え、自分の実力を信じて後は合格発表を迎えるだけとなった。
そして今日、岩手県では合格発表が午後から県内の学校が一斉に行われる日となっていた。無論今日という日を心待ちにしていた受験生など、よほど絶大な自信がある人間しかおらず、大半の受験生が今日という日が前日になっても来ないでくれ。そう思うほど憂鬱な、そして人生を賭けた日であった。
しかし、そんな中卒業したことをいい事に昼間まで寝ているという絶大な自信を持っている受験生ですらしない行為をやってのける人物がいた。そう、小瀬川白望である。彼女は携帯電話の着信音でようやく目が覚め……いや、強引に起こされ、誰からの着信か確認する前に小瀬川白望は応答した。
「はい……小瀬川です……」
『シロ、私よ。何回かけたと思ってるのよ!』
「……新手の詐欺?」
小瀬川白望が冗談交じりにそう言うと、電話の主は少し呆れたような声色で『私よ。塞よ……冗談は麻雀だけにしなさい』と言うと、小瀬川白望は「ああ、塞……おはよ」と返答する。
『おはようって……今何時だと思ってるのよ』
「え……11時?」
『……まさか、今の今まで寝てたんじゃないでしょうね』
「……御名答」
小瀬川白望が悪びれもなくそう言うと、臼沢塞は子供を嗜めるような口調で『せめて合格発表の日くらいはもっと緊張感持とうよ……』と言うと、内心今日が合格発表である事を忘れていた小瀬川白望は「……別に、受かってるから大丈夫じゃない?」と言う。
『何言ってんの。シロは余裕そうにしてるかもしれないけど、こっちは胃が痛くてたまらないんだから』
「……塞も大丈夫でしょ。もちろん胡桃も。何なら、今の御時世、ネットとかでも確認できるよ?」
『いや……そう言うわけじゃなくてね。せっかくの合格発表なんだから、しっかり目に刻んでおこうよ』
「そういうものかなあ……」
小瀬川白望は渋った声でそう言うが、臼沢塞は『はい!言い訳禁止。今からでも間に合うからチャチャっと準備して!用意できたら連絡よこしなさいね。胡桃にも声かけてくるから!』と小瀬川白望に一方的に言って電話を切る。電話を切られた小瀬川白望は、大儀そうに着替えはするものの、頼まれたことは断ることができないのが小瀬川白望だ。臼沢塞も、それを分かっていて強引に言ったのだ。小瀬川白望はそうして出かける支度をすると、欠伸をしながら臼沢塞に電話をかけ、臼沢塞と鹿倉胡桃の元へと向かった。
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「そろそろ来るって」
「全く……予想はしてたけどまさか本当に寝てるなんて」
臼沢塞が電話をポケットにしまうと、鹿倉胡桃に向かってそう報告する。鹿倉胡桃はやれやれといった風に言うが、その目は小瀬川白望に会えるといった期待の目であった。もはや合格発表そっちのけの状態の三人であるが、それもそのはずで、本来三人の学力と、彼女らが受けた学校の難易度が一致しておらず、学力はあるのに比較的近いという理由で受けた小瀬川白望と、それについていく形で俗に言う優等生である二人がついて行ったという形であり、三人の合否はやる前から分かっていたと言っても過言ではないのであった。無論、何かヘマをしてしまったらその前提は覆ってしまうのだが。
もちろん、受験する前から三人は大変であった。受験勉強という面ではなく、志望校を決定するまでが大変だったのである。学校内でもかなり学力が高い三人が近いから、……厳密には二人は小瀬川白望と一緒の高校が良いからという理由でそんなに難しくもない学校を志望するとなれば、教師側はもっと上の高校を目指して欲しいのが願いであり、考えを改めて欲しいわけだ。そんな教師たちとの戦いもあったわけだが、三人の主張が勝って今に至る。
そう言うわけで、彼女らは余裕ムード……なはずなのであるが、臼沢塞だけは少し違っていた。
(……大丈夫かな。ケアレスミスとかしてなかったよね……ちゃんと受験番号記入したわよね……)
入試を受けて、体感的には合格は揺るぎないものであったのだが、臼沢塞は考えすぎるあまりあらゆる可能性を考えていたのだ。志望校のランクを下げてまで小瀬川白望と同じ高校に入りたくて受験したというのに、自分だけ不合格では何の意味もない話だ。
「あ、来たよ。塞」
そんな臼沢塞の不安を断ち切るように鹿倉胡桃が明後日の方向を指差す。臼沢塞がその方向を見ると、いかにもダルそうな歩き方をする小瀬川白望がいた。加倉胡桃が手を振ると、小瀬川白望もゆっくりと手を振った。
「……もう帰っていいかな」
「えっ、ここまで来といて!?」
「文句言わない!ほらっ、行くよ!シロ!」
鹿倉胡桃がそう言って小瀬川白望の事を押すようにして歩き始めると、小瀬川白望は仕方ないといった感じに歩き始める。臼沢塞は「全く……高校生になってもシロのダルがりは変わらなさそうね」と言うと、小瀬川白望は「まだ高校生になるって決まったわけじゃないでしょ……」と返す。
「って、何でシロがそんな弱気な発言するのよ。余裕なんじゃないの?」
「いや……別に中卒でもいいかなって……」
「馬鹿なこと言わないそこ!」
「冗談だよ……冗談」
三人はそんなやり取りをしているうちに、彼女らが志望校として選んだ高校……宮守女子高校の校門に到着していた。臼沢塞は息を飲むと、小瀬川白望と鹿倉胡桃に向かって「さあ、行くよ!」と言って校門を通った。
「……あれか」
小瀬川白望が指を指した先には、掲示板のようなものが設置されていて、その掲示板には数字がズラリと並んでいた。言うまでもなく、合否発表の掲示である。
「あ、あった」
そうして掲示板まで向かっている最中、小瀬川白望がふとそんなことを呟いた。小瀬川白望は視力はかなり良い方なので、臼沢塞と鹿倉胡桃が認識するよりも前に目に入ってしまったのだ。
「緊張感乱すような事言わないでよ、シロ!」
「ごめん……見えちゃったからつい……」
そう言うと、臼沢塞と鹿倉胡桃は掲示板の前まで来て自分の番号を探し始める。九割九分九厘受かっているとわかりつつも、緊張するものはしてしまうのは仕方ない事だ。
「ーーーあった!」
そう言って臼沢塞が言うと、1秒遅れて鹿倉胡桃も「番号あったよ!」と小瀬川白望に向かって言う。小瀬川白望は「おめでと……そしてこれからも宜しく」と言うと、彼女ら小瀬川白望に向かってこういった。
「これからも宜しくね。シロ」
「これからも宜しく!シロ!」
「ーー小瀬川さぁん?」
「「「ッ!?」」」
小瀬川白望達が歓喜の瞬間に浸っているところに水を差すようにして、黒髪ロングの宇夫方葵が突然小瀬川白望の耳元まで近づいてそう囁いた。三人は驚いて宇夫方葵の事を認める。
「……宇夫方さんもここ、受験してたんだ」
「小瀬川さんがここに行くって聞いたから、私もここに決めたのよ!これから三年間、共に頑張りましょうね!」
「……私、宇夫方さんに言った覚えないけど」
「風の噂よ!うふふふ!」
そう言って宇夫方葵は小瀬川白望に抱きつく。小瀬川白望は面倒くさそうにしているが、宇夫方葵は背後から迫る殺気に気づいていながら、わざとより一層強く抱きしめるのであった。
次回から正真正銘高校編。
明日は月曜日ですけどね……