宮守の神域   作:銀一色

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長野編です。


第252話 長野編 ⑪ 機械音痴

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視点:神の視点

 

 

「はあああ〜……やってしまった……」

 

 辻垣内智葉が顔に手を当てていかにも落ち込んでいるといった雰囲気で呟きながら黒服がいる部屋へと入った。辻垣内智葉の表情には後悔しか残っていなかった。まあ、突然の出来事とはいえ自分が想いを寄せている小瀬川白望の事を殴ってしまい、その上気絶している小瀬川白望を放置して去ってしまったとなれば当然落ち込むであろう。

 そんな事があったなど知る由もない黒服は辻垣内智葉に駆け寄って肩をガッと掴んで「お嬢、大丈夫ですか?」と声をかける。しかし辻垣内智葉は虚ろな目で「ああ……大丈夫。大丈夫だ……」と言ってそのままベッドに横たわってしまった。そんな彼女を見てようやく黒服は辻垣内智葉に先ほど何があったのかをおおよその見当がつき、それ以上は何も言わずにそのまま辻垣内智葉を寝させる事にした。

 

 

(何があったか、詳細までは分かりませんけど……心中察します。お嬢)

 

 そう心の中で呟き、窓を開けてタバコを咥える。ライターを取り出してタバコに火をつけると、黒服は夜景を見ながらタバコを嗜むのであった。

 

 

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(ふう……白望さんが軽かったおかげで運んでこれましたけど、どうしましょう……)

 

 そして所変わって、福路美穂子は辻垣内智葉に殴られて気を失っている小瀬川白望を部屋へと担いで運んできて、そのままベッドに寝かせていた。福路美穂子は帰らなければという気持ちと、勝手に帰っていいのか、そして気を失っている小瀬川白望をそのままにしておいていいのかという気持ち、更に本人は気づいてはいないが小瀬川白望と一緒にいたというこの複雑とした感情が彼女の頭の中を渦巻き、葛藤していた。

 

(……こういう時に不謹慎かもしれないけど、気絶してる白望さんの顔、可愛い……)

 

 しかしそんな葛藤も、気を失ってる小瀬川白望の顔を見ればそれは一瞬で吹き飛んだ。福路美穂子は小瀬川白望の頬を手で触ると、大事そうに優しく小瀬川白望の頬を撫でた。そしてそれと同時にこれだけ触ったりしても目を覚まさないという事は、なかなか起きないであろうという謎の根拠を理由に、福路美穂子は大して使った覚えのない慣れない携帯電話を取り出すと、いかにも慣れてない人の手つきで携帯電話を使って親にメールを送信しようと試みる。もしかしたら今日は帰れないかもしれないけど、何の問題もないから大丈夫という事を親に伝えておけば、後日親から何か言われるかもしれないが、取り敢えず現状はどうにかなると考えた福路美穂子は携帯電話と奮闘する。その奮闘ぶりを見て分かるように、福路美穂子はとんでもない機械音痴である。もしかしたら機械に疎い老人のほうが上手く扱えるのではないかというレベルで、彼女の機械音痴さは絶望的であった。

 

(えーっと……メールはどこでやるのかしら?多機能なのはいいけど、どうも使いにくいわね……)

 

 現に今もメールをどうやって送るのかという事で迷っていた。当然メールの仕方を知らない福路美穂子が電話を使えるわけもなく、あれこれ十数分格闘した後、ようやくメールの本文を書くまでに至った。常人からしてみれば驚異的遅さだったが、福路美穂子からしてみれば及第点なのであろう。

 

(大、丈、夫、で……す。と。これで送信、だったかしら……)

 

 そうしてメールの本文を作成するまでにも常人の数倍の時間を要したが、無事送信するまでに至った。そうして福路美穂子は携帯電話を仕舞うと、それでもまだ気を取り戻していない小瀬川白望の事を見ていた。そうして福路美穂子は、小瀬川白望を殴って気絶させた辻垣内智葉の事を思い返していた。

 

(あの人……記憶が確かなら麻雀の大会でいたはずね。確か……辻垣内さん、だったかしら?)

 

 福路美穂子はこれでも記憶力には自信があるようで、事実辻垣内智葉側も福路美穂子の事は見たと証言している事から、間違いでないというのは容易に想像できる。そんな辻垣内智葉がどうしてこんな豪華なホテルに泊まっているかという事よりも、どうして小瀬川白望と会っただけで、思わず殴ってしまうほど焦ってしまったのだろうかという事が気になって仕方がなかった。

 

(白望さんと知り合いなのかしら……)

 

 そう考えが至ったと同時に、福路美穂子の心は小さな針が刺さったような違和感を覚えた。これが俗に言うジェラシーというものなのだが、福路美穂子には気付くわけがなかった。

 

「ん……あれ。ホテルの部屋……?」

 

 そんな事を考えていると、小瀬川白望が目を開けてようやく意識を取り戻した。福路美穂子は「大丈夫?白望さん」と開口一番にそう言い、小瀬川白望は「え……何が?」と言ってキョトンとしていた。どうやら記憶が飛んでしまっているらしい。まあ知り合いかもしれない辻垣内智葉に殴られて気絶したなんて言われても気分は良くならないだろうし、取り敢えず福路美穂子は「いえ……突然気を失ったものだったので……」と言って、辻垣内智葉の存在はなかった事にした。

 

「そうだったんだ……ここへは福路さんが?」

 

「はい……軽かったので全然苦じゃありませんでしたよ」

 

「そうか……ありがとね」

 

 小瀬川白望にそう言われ、嬉しそうな表情をしながら福路美穂子は「いえ……どういたしましてです」と言う。小瀬川白望は顎に残る違和感を感じながらも、福路美穂子の言ったことに疑う事はしなかった。




次回も長野編。

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