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視点:神の視点
「なっ、何するんですか!?」
福路美穂子が顔を赤くし、スカートを手で押さえながら小瀬川白望に向かって叫ぶ。小瀬川白望は何をそんなに怒っているのだろうかと疑問そうな表情を浮かべながら、「いや……尻餅ついてたから、汚れとか付いてたりしたら払ってあげようかなって……」と言い返すと、福路美穂子は「えっ……そ、そう……だったんですか」と自分だけが空回りしていた事に気づくと、恥ずかしさと小瀬川白望にあらぬ疑いをかけてしまった事に対する罪悪感を感じていた。
「あ、あの……」
「ん……?」
「あらぬ疑いをかけてすみませんでした……」
そう言って福路美穂子は頭を下げる。まさか自分が痴漢していたと一時的に疑われていたなど気づくわけがない小瀬川白望からしてみればどういう事だか分からなかったが、とりあえず「え、ああ……うん」と答える。
小瀬川白望はそうしてアクシデントも円満に解決したと思い、その場を離れようとすると、不意に福路美穂子の顔が視線に入り、ある事に気づいた。
(……あれ)
小瀬川白望がじろじろと福路美穂子の事を見ていると、福路美穂子は「な、なんでしょうか?」と思わず小瀬川白望に聞いてしまう。小瀬川白望はこれは言うべきかどうか迷ったが、相手側からそう言われてしまえば言わなければいけないだろうと思い、「失礼な事聞くかもしれないんだけどさ」と前置きしてから、福路美穂子に向かってこう聞いた。
「その眼、どうかしたの」
小瀬川白望は目線で福路美穂子の閉じている片目を指しながら、福路美穂子にそう質問する。さっきぶつかった時に目に何か入ったのかもしれないが、小瀬川白望にはどうもそれがさっきの一時的な事でなく、彼女が常日頃片目を閉じているように感じた。何かわけがあるのだろう。
「え……いや、えっと……」
福路美穂子は言葉に困りながら、眼を閉じている方の頬を触る。小瀬川白望はそれを聞いて、やはり何か訳アリのようだと察したと同時にこれは聞くべきでは無かったと感じると、「ごめん。言い辛いならいいよ」と福路美穂子に向かって言う。
が、しかし。福路美穂子は小瀬川白望に向かって「いえ……大丈夫です。やはり気になると思うので……ただ……」と言って、小瀬川白望にこう頼んだ。
「あまり人に見せたいものじゃないので……どこか場所を移しましょう」
そう福路美穂子が言うと、小瀬川白望は(どこがいいだろうな……)と考えて、ふと現在位置を思い出す。そうして、今日自分が泊まる、辻垣内智葉が用意してくれたホテルが近くにあるという事に気付いた。すると小瀬川白望は、福路美穂子の手を掴んで「こっち……」と言うと、そのまま福路美穂子を近くにあった泊まるホテルへと連れて行った。
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「……あの、お嬢。あの二人、ホテルに入って行きましたけど……」
所変わって、小瀬川白望と福路美穂子の事をつけていた黒服は、長野県という事で、東京から距離もかなり遠いというわけでもないので今日は自分も行くと言って来た少々……いや、かなり不機嫌な辻垣内智葉に向かって言う。
「見れば分かる!逐一報告するな……」
辻垣内智葉は黒服に若干八つ当たりしながらも、イライラを募らせていた。こうなる事は大体は予想はしていたのだが、実際にこうして展開されると腹が立ってしょうがなかったのであった。
「ど、どう致しましょうか。お嬢」
黒服はそう言って辻垣内智葉に聞くと、辻垣内智葉は「どうするって……私達も行くしかないだろう。どうせシロとあの女は戻ってきそうにもないからな。どうせ……」と少し拗ねながらも、黒服とともホテルに向かって歩き始めた。
「それにしても、だ」
「どうかされましたか?お嬢」
辻垣内智葉が黒服にそう聞かれると、辻垣内智葉は福路美穂子の顔を思い出して「あの片目の女……確か今年の全国大会でいたはずだ。実際に打ったわけではないが、あんな特長のある奴はあいつしかいないだろう。おい、お前。あいつの素性を調べさせろ」と黒服に言って、ホテルの中に入って行った。黒服は(お嬢……頑張って下さい)と心の中で辻垣内智葉の事を応援しながら、携帯電話を取り出して東京にいる同期に連絡をするのであった。
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視点:神の視点
「……ここなら大丈夫だよ」
そう言って小瀬川白望は荷物を置いて、部屋の中にあるベッドに腰掛けてそう言う。福路美穂子は、まさかこんな豪華なホテルに連れて行かれるなど予想だにしていなかったため、驚きながらも自分の持っていた参考書やノートが入ってあるバッグを小瀬川白望の荷物へ置き、小瀬川白望に促されて彼女の隣に腰掛けた。
(こんな凄いところに泊まれるなんて……どこかの社長さんの娘なのかしら?この人……)
福路美穂子はそんな事を考えて小瀬川白望の事を見るが、どうもそんな金持ちだという感じでは無さそうな感じがする。謎は深まるばかりだが、福路美穂子は話し始めようとしたが、「え、えっと……」と小瀬川白望の事をどう呼ぼうかと悩んでしまった。そんな彼女を見て、小瀬川白望は「ああ……私の名前、言ってなかったね」と言うと、福路美穂子に向かって自分の名前を告げる。
「小瀬川白望。まあ何て呼んでもいいよ……」
「ふ、福路美穂子です。それで……白望さん」
福路美穂子は小瀬川白望の名前を言うと、小瀬川白望にこんな質問を投げかけた。
「まず……虹彩異色症、って知ってます?」
「虹彩……異色症?」
「分かりやすく言えばオッドアイとも言いますけど……」
そう福路美穂子が言うと、小瀬川白望は「ああ……ネコとかにある」と言って理解する。
「私がまさにそのオッドアイで……怖い、ですよね……目の色が違うなんて……過去に一度、私の眼の事を綺麗だと言ってくれた人がいたけど……他の人からはそうは思われてないんじゃないかって……」
そう言いながら、福路美穂子は涙を浮かべる。小瀬川白望はそんな福路美穂子に向かって「……そんな事ない」と福路美穂子の言葉を否定する。
「怖いかどうかなんて、そんなの福路さんが決める事じゃない。私が決めること。……自分で自分を卑下しちゃダメ。どんどん自分に自信が無くなって、もっとダルいことになる」
「見せてごらんよ。その眼。……人間、価値観はそれぞれだけど、綺麗なものは誰が見たって綺麗。そう感じるはず……」
そう言って小瀬川白望は福路美穂子の手をギュッと握った。福路美穂子は戸惑いながらも、小瀬川白望の言葉に従ってゆっくりと閉じていた眼を開く。そこにはさながら蒼く光る宝石、そんな瞳が小瀬川白望の眼に映った。そうして小瀬川白望は福路美穂子に向かってこういう。
「……ほら。綺麗だよ、福路さん」
小瀬川白望は福路美穂子に向かってそう言うと、福路美穂子は浮かべていた涙をそのまま流した。小瀬川白望は驚いたが、福路美穂子は涙を流しながら小瀬川白望にこう言った。
「悲しいから涙を流してるんじゃないんです。嬉しいから流しているんです……御世辞でなく、素直に言ってくれる事が本当に嬉しくて……」
「そう……それならよかった」
そうして、小瀬川白望は涙を流す福路美穂子を落ち着かせようと福路美穂子の事をそっと抱き寄せる。そうして福路美穂子が落ち着くまで、小瀬川白望はじっとそうしていた。
……無論、この光景を同じホテルで泊まっている辻垣内智葉が見ようものなら、修羅場になるのは言うまでもない話であるが。
次回も長野編。