宮守の神域   作:銀一色

225 / 473
東京編です。


第213話 東京編 ⑯ 死と狂気

-------------------------------

視点:神の視点

東三局一本場 親:小瀬川白望 ドラ{二}

 

小瀬川白望 41300

黒服1   24000

戒能良子  10700

黒服2   24000

 

 

 

戒能良子:手牌

{①①東東南南西西北白白発発}

 

 

(打てば……デッド……)

 

 

小瀬川白望:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏} {一一横一} {二横二二}

 

(違うよ……死ぬから止めるんじゃない。本気で死んでも構わない。そんな気持ちで行かなきゃ……)

 

 

 戒能良子が役満を諦めて暗刻になっている{南}を切り、七対子の{北}単騎待ちとした。直前の直前まで役満を狙おうとしていたのにもかかわらず、小瀬川白望に気圧されて尻尾を巻くようにして{南}を切った。気圧されたとは言っても、常人だったら一局打つだけでその時点で精神がボロボロにされ、精神崩壊を招くかもしれない……もしかしたら、小瀬川白望の狂気にあてられ打つ前から精神を壊されるかもしれない。それほどの狂気、恐怖を受けて尚あそこまで自我を保てている戒能良子を評価すべきであろう。初めて小瀬川白望と相対して、しかも賭け麻雀という、通常の小瀬川白望との闘いとは数段狂気や恐怖が大きいはずなのに、あそこまで頑張れたのは戒能良子という人間の強度が分かる。

 しかし、そんな戒能良子でも自身の"死"……即ち負けの可能性に気づいてしまえば、死へと遠ざかって逃げ出してしまう。とはいっても、死を恐れるのは人間……生物として当然の本能だ。小瀬川白望や赤木しげるだけなのだ。死を恐れず、死んでも構わないと思うのは。だが、赤木しげるや小瀬川白望が間違っているかと言われると、そうではない。勝負において何が正しい、何が正義だというのは勝者、強者が決めるもの。事実勝者であり、絶対強者の小瀬川白望や赤木しげるの考えは正しい。常識、通常が絶対などというほど甘い世界ではないのだ。

 

(……この狂気、どこかで)

 

 そして小瀬川白望と戒能良子の闘いを傍観する組長は戒能良子を下ろした狂気、恐怖を目の当たりにして、長い年月によって薄れてしまっていた記憶がだんだんと蘇りつつあった。まだ表の麻雀界よりも、裏麻雀が盛んであったあの頃。あのような狂気、悪鬼が当然であった昔の記憶。それが蘇ろうとしていた。

 

 

(……死への恐怖。それによって戒能さんは降りたんだろうけど、惜しかったね……あそこで降りない、死を恐れず進む勇気、狂気があればこの勝負もどうなるかは分からなかった……)

 

 小瀬川白望はここ一番の勝負から降りた戒能良子に向かってそう言う。本来通常通りに行けば役満を和了れていたほどの超運が戒能良子に力を貸していたというのに、その戒能良子自身が降りてしまった。そしてその時点で戒能良子と超運との間に意識のギャップができてしまう。戒能良子は降り、七対子に向かっているのに対し、超運……戒能良子が呼び出した大天使ミカエルは真逆、役満へと向かおうとしている。よって、戒能良子が{南}を切った次のツモは当然、

 

(な……)

 

戒能良子:手牌

{①①東東南南西西北白白発発}

ツモ{東}

 

 

 裏目を引くことになる。戒能良子があそこで{南}を切らずに……もうちょっと強引に行っていれば、役満まであと一歩の一向聴になれたはずの{東}。これを掴んできた。もうすでに{南}を切っている戒能良子からしてみれば、ここは{東}をツモ切るしかない。一度死から逃げた人間が、その直後に立ち向かえるわけがない。当然、ここもツモ切る。

 

 

(……ふふ、無理だよ。戒能さん)

 

 そして裏目を引いて苦しんでいる戒能良子を見て、小瀬川白望は嘲笑っている。戒能良子が一応目指しているのは七対子の{北}単騎待ちであるが、実は小瀬川白望からしてみればそれは実ることのないものであった。

 

 

小瀬川白望:手牌

{三四六③9北北} {一一横一} {二横二二}

ツモ{三}

 

 

 戒能良子が求めていたはずの{北}単騎。一度小瀬川白望が{二}を鳴いた時に切られていたはずの{北}。故に無いと思われていた{北}が、なんと小瀬川白望は持っていたのだ。それも、二枚。捨て牌にあるため、少なくとも小瀬川白望は持っていない。それを希望として戒能良子は待っているというのに、既にその希望は打ち砕かれていたのであった。

 全て、小瀬川白望の狙い通りであった。流石にここまでで{北}が一枚も切られていない状態であれば、戒能良子からしてみれば小瀬川白望は見かけ上は混一色のため、握り潰されていると思われてしまうが、捨て牌にあれば、また考え方も変わってくる。そういう小さな希望を作ってやることで、戒能良子を呼び寄せていたのだ。人は希望があればそこについてくる。まさにその言葉を体現させたのであった。

 

(くっ……)

 

 そんな起こるはずの無い小さな希望を追い求めながら、戒能良子は無意味に突っ走る。戒能良子はそんな小さな希望が見えているため、攻めに行くこともできず、かといって完全に守りに移ることもできないような、どっちともとれない微妙なところで右往左往していた。さっきのように{東}を引いたとしても、危険牌を引いたとしても、ただただあるはずにない{北}を待つだけの木偶の坊同然であった。

 

 

小瀬川白望:手牌

{三三四六9北北} {一一横一} {二横二二}

ツモ{三}

 

 そして結局、聴牌にはまだ距離があったはずの小瀬川白望が追いついてくる。待ちはあまり良くないと言える嵌張の{五}待ちで、あまえい出和了も望めないように思えるが、戒能良子と比較すればそれだけでも十分すぎるほどである。片や和了ることのできない{北}単騎と、片や戒能良子がツモってくれば振り込んでくれる嵌{五}。両者の差は歴然であった。

 

 

 

 そして結局、戒能良子は{五}をツモってきてしまいそれを切ってしまう。超危険牌の{五}なのだが、守っているし攻めてもいる戒能良子はこれを切って望みをつなげることしかできなかった。

 

 

「……ロン。終わりだね」

 

小瀬川白望:手牌

{三三三四六北北} {一一横一} {二横二二}

 

 

 戒能良子は死んだ様な魚の目をしながら、小瀬川白望の和了形を呆然と見つめる。小瀬川白望に和了られた事に対するショックなのか、小瀬川白望が切ったはずの{北}を対子としている事に疑問を持っているのか、それとも自分が負けた現実が受け入れられないのかは分からないが、彼女の目には生気が感じられなかった。

 そんな彼女の肩をポンと叩き、「……少し休んで来なさい」と言った組長は黒服が持ってきた大金、2000万の札束を小瀬川白望の目の前へと置く。それと同時に小瀬川白望の後ろにいた辻垣内智葉、メガン・ダヴァン、ネリーは喜びと同時に安堵しながら、小瀬川白望の周りへと駆け寄る。しかし、当の本人の小瀬川白望は浮かれない顔をしながら、三人の喜びとは正反対に、サッと立ち、廊下へと出て行った。

 

 

 

 

(……確かに、戒能さんとの賭け麻雀は貴重な体験だった。面白いもの見れたし、そもそもあんな大金を賭ける事自体滅多にない話……それは分かってる。分かってるんだけど……)

 

(やはり戒能さんも裏で打っているわけじゃないし、実践に慣れていない……結局戒能さんも最終的には"死"と私の幻想に負け、勝負から降りてしまった……私は雀士ではなく、勝負師とああいう場では闘いたかった……)

 

(……足りない。あれ(雀士)では、足りない……本当の勝負はできない……)

 

 

 そんな事を思いながら、外の風景を眺める博徒、小瀬川白望。その背中は、年相応の後ろ姿であるはずなのに、狂気に満ち溢れていて、どう考えても少女の様には見えなかった。




麻雀回は終わりで、次回も東京編。
毎年の事なのですがGW明けの一週間はいつにも増して辛いですね……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。