宮守の神域   作:銀一色

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鹿児島編です。


第196話 鹿児島編 ㉒ 『迷い家』

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視点:小瀬川白望

 

「じゃあ、白望さんはこの部屋で霞さんとはっちゃんと待ってて下さいね」

 

 巴はそう言って襖を開く。するとそこには霞と初美が布団の上で座っていて、こちらを見ていた。よく見ると床には布団が八人分敷かれてあり、二つの布団には既に寝ている巫女服を着た少女が二名、さきに寝ていた。恐らくこの二人がさっき霞とかが言ってた子の事なのだろう。まあ正直な話、一人でゆっくりと寝たかったのだが、まあ客人である以上贅沢は言えない。多少騒がしくなろうとも我慢すべきであろう。というかそもそも、そんなに騒がしくもならなさそうだから別に構わないのだが。

 

「ふぁ〜あ……」

 

 そして大きな欠伸をして、そのまま布団へ倒れこむ。そんな私へ、初美が声をかけてくる。

 

「白望ちゃんはもう眠いんですかー?」

 

「うん……まあね」

 

 それを聞いた初美と霞は、ふふっと微笑み「小薪ちゃんたちがまだお風呂に入ってるけど、先に寝ちゃいましょうか」と言う。私はその提案に対して頷き、布団の中へと入る。部屋の電気は初美が消してくれた。後はもう寝るだけである。

 

「ん……?」

 

 そうして目を閉じて眠りにつこうとしたら、背中に何やら柔らかい感触が伝わってきた。驚いて後ろの方を見るとそこには霞がいた。霞は体を私に寄せて、私を後ろから抱きしめるようにして体を寄せている。

 

(まあ……別にいいか)

 

 霞を無理に振り払うほどの事でもないし、そもそも私に今そんな活力がない。不快でも、ダルいわけでもないので私は霞の自由にさせる事にした。強いて言うならば、霞の異常なサイズの胸が背中に当たっている事が気になる事だが、それはまあ別にどうでもいいだろう。

 思い返せば、今日はとても忙しい1日であった。鹿児島に来て買ったつぶつぶドリアンジュース。思い返せばあれが転機だったのかもしれない。……まあ、霞たちの目的はどうやら私のようだったらしいからあの時合わずとも、別なところで会っていた可能性もあるかもしれないが、そこは気にしないでおこう。

 そしてどうやら忙しいと銘打っただけはあり、私は瞼を閉じるとすぐに夢の世界へと旅立っていった。

 

 

 

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視点:神の視点

 

 

(シロ……何も言って来ないわね)

 

 石戸霞は、真っ暗な空間で背中を向ける小瀬川白望に後ろから抱き締めるような形で体を寄せていた。何か小瀬川白望からの反応があるかと思っていたが、これといって何か小瀬川白望に言われるような事はなかった。

 

(もしかして、もう寝ちゃっているのかしら)

 

 何も反応が返ってこない小瀬川白望の後頭部を見ながら、石戸霞はそんな推測をする。その推測は九割ほど合っていて、小瀬川白望は気付きはしたが、何も言わずにそのまま寝てしまっていたのだ。

 石戸霞もわざわざ反対側に回って小瀬川白望の顔を見たり、声をかけて起きているかどうか確認するほどでもなかったため石戸霞はそのまま小瀬川白望の体を抱きしめていた。それも、かなりの力で。

 

(……誰かをこんなに強く抱き締めた事なんて、今までであったかしら……)

 

 人生初。そう思ってしまうほど、石戸霞はめいいっぱい小瀬川白望の事を抱きしめていた。小瀬川白望の暖かい体温が直に伝わってくるのを石戸霞は肌で感じていた。

 

(……明日には、シロは帰っちゃうのよね)

 

 なぜここに来て小瀬川白望の事がこれほどまでに恋しくなっているのかといえば、単純な話小瀬川白望と別れたくないからであった。いくらこの霧島神境にいるとはいえ、ずっと小瀬川白望を此処に留めておくという事もできない。明日には帰ってしまうであろう。だから石戸霞はこれほどまでに小瀬川白望の事を離したくないという意思表示をしていたのであった。まあ、どれだけ強く抱きしめたとして小瀬川白望が帰ってしまうという事実は変えられそうにないのだが。

 

(……今くらいは、私だけのシロとして……シロに甘えてもいいわよね)

 

 霧島神境にいる他の巫女、滝見春と神代小薪。石戸霞は気付いていないが狩宿巴と薄墨初美までもがライバルであるこの状況、今が唯一小瀬川白望を独占できるチャンスであった。そして石戸霞が思う通り、この霧島神境以外にも山のようにライバルはいる。だからこそ、この時間が石戸霞にとって大切であった。恐らく小瀬川白望にはこの想いは届かないかもしれないが、それでも石戸霞はそれで十分であった。

 

 

(……おやすみ。そして、さようなら)

 

 ここで石戸霞が目を閉じれば、今の『石戸霞だけの小瀬川白望』ではなくなり、『皆の小瀬川白望』となる。故に、石戸霞はそんな小瀬川白望に対して心の中で別れの言葉を告げたのだ。多分、もう二度と『石戸霞だけの小瀬川白望』がやってくる事はないのだろうから。

 

(はあ……私って、面倒くさい女ね……)

 

 そしてそこまで考えて、石戸霞は自虐的に笑う。ただ抱き締めているだけで、自分のものとはなんとも烏滸がましい話だ。それに、一々「さようなら」だのなんだの言ってるなど、重い女よりも重症である。そんな事を自分に言い聞かせるようにして心の中で言う。

 結局は石戸霞もまた、小瀬川白望に魅了された者なのだ。しかし、魅了されて小瀬川白望に求愛したところで、小瀬川白望には届かない。欲のあるものは辿り着くこのできない、『迷い家』。小瀬川白望はまさに『迷い家』と称しても粗方間違ってはいない。

 

(まあ、欲の無いものでも辿り着く事はできないでしょうけどね……)

 

 誰一人として辿り着く事ができないなど、全く何て酷い『迷い家』だ。そう思いながら石戸霞はより一層強く小瀬川白望の事を抱きしめる。もし、時間を一度だけ止められる事ができるとしたら、石戸霞はここで時間を止めていたであろう。しかし現実はそこまで甘くはなく、無情にも時間だけが過ぎていってしまうのだが。

 

(全く……酷い女だわ)

 

 口ではそう言いながらも、身体はしっかりと小瀬川白望にべっとりな石戸霞は目を閉じ、本当は来てほしく無い明日へと歩き始めた。

 

 




次回も鹿児島編。
そろそろ鹿児島編も終わりですかね……

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