修羅場……なのか?
今回じゃ終わらなかったよ……
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視点:小瀬川白望
「シロさん!」
朝食を食べ、部屋に戻ってきた私はゆっくりしようと椅子に腰掛けた瞬間、部屋の襖が開いた。襖の方を見ると、そこには玄がいた。私は何事かと思って玄の事を見ていると、玄は私のところまで来て、私の腕を掴んでこういった。
「シロさん、どこか出かけませんか!?」
「ちょ……玄」
どこかに出かけるかという事を玄は私に聞いているのだが、私が気になったのは玄が私の掴んだ手を玄自身の胸に押し当てている事だ。玄は分かっててやっているのかそれとも偶々当たっているのかは定かではないが、押し付ける力を見るに多分わざとであろう。
何をもって玄がこういった行動に出ているのかは分からないが、とにかく手に伝わる柔らかい感触によってそれどころではなかった。
そうして私が返答に戸惑っていると、再び襖が開く音がした。私だけではなく、玄も驚いて襖の方を見ると、そこには室内であるのにマフラーを巻いている宥が立っていた。そして宥も私に方へやってくると、玄が掴んでいる手とは反対の方の手を掴んだ。
「お姉ちゃん……ッ」
「わ、私もシロちゃんとどこか行きたい……!」
そう言って宥も私の手を掴んで胸に押し当てる。両腕を掴まれてどうにもできない私は、玄と宥の間に火花が散っている事に気づいた。何があったのかは知らないが、昨日私が見えた仲の良い姉妹ではないというのは分かる。
(なんだこの状況は……?何があったのかは分からないけど、これだけは言える……)
(これはダルい事になりそうだ……)
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視点:神の視点
椅子に座っている小瀬川白望の両脇にいる松実姉妹が、それぞれ小瀬川白望の腕を掴んで自分の胸に押し当てているというこの謎の空間。松実姉妹の間には小瀬川白望が気付いた通り、火花が散っていた。
松実玄は反対方向で自分と同じ事をしている松実宥を見て心の中でこう呟く。
(お姉ちゃん……昨日見ちゃったよ。シロさんの部屋に入っていくの……)
そう、松実玄はあの夜発見してしまったのだ。自身の姉である松実宥が自身の想い人である小瀬川白望が寝る部屋に入っていく現場を。言うまでもなく、松実宥は怠っていた。入った後に誰かに見つからないかと懸念していたが、入る時の時点では松実宥は小瀬川白望を起こさないように気を付けていただけで、誰かに見られたりしないかという事は警戒していなかった。
しかも運が悪かった事に、松実玄がその現場を目撃できた理由はたまたまトイレに行っていたところだったのだ。そういう偶然の事故であったが、松実玄が発見してしまったのも事実。
(シロさんの反応を見るに、お姉ちゃんが部屋に入った時起きてはいなかったんだろうけど……)
(それでもお姉ちゃんがシロさんに気があるのは間違いない!負けないよ、お姉ちゃん!)
そうして心の中で自分の姉である松実宥に向かって宣戦布告すると、じっと松実宥の事を見つめる。松実宥は今まで自分に見せた事のない松実玄の闘志を見て、少しほど怯む。
(玄ちゃん……でも、私も負けたくない……ごめんね)
そういって松実玄に心の中で謝罪した松実宥ではあったが、さっきのお返しと言わんばかりに少しほどムッとした表情で松実玄の事を見た。
(どうしたらいいんだろ……これ)
そしてそんな松実姉妹に挟まれている小瀬川白望は、両手に伝わる柔らかい感触に戸惑いながら頭の中で解決策を考える。しかしこの状況を打破する素晴らしい案は出てこない。しかもこうして小瀬川白望が考えている内に、松実姉妹は小瀬川白望の手を胸に押し当てる力をどんどん強くしていくので、どうしてもそっちに気が向いてしまう。
両手に花。そんな慣用句を文字通り再現して見せた小瀬川白望だが、その顔は晴れる事はなかった。
(あ……でもこれ丁度良いかも)
だが、ここで小瀬川白望の思考が変わる。この状況、松実姉妹が小瀬川白望に身体を寄せているため暖かい二人の体温が小瀬川白望に伝わってくるのであった。
思考を放棄した小瀬川白望は、その丁度良い心地よさに気付くと決断は早かった。そのまま小瀬川白望は瞳を閉じて、すやすやと眠り始ようとした。温度も良好、背凭れに背中を預けているため身体の体制も良好。手には違和感があり、まだまだ朝の時間帯ではあったが、怠惰の象徴とも言える小瀬川白望が寝るには条件が十分に揃いすぎた。そのまま小瀬川白望は夢の世界へと旅立ってしまった。
「……あれ?」
そうして十数秒後、小瀬川白望の異変に松実玄が気付く。さっきから小瀬川白望はずっと黙りっぱなしであったため何方を選ぶか考えていたのだろうかと思っていたが、どうにも様子がおかしい。
そう思い松実玄は小瀬川白望の顔を窺うと、小瀬川白望は瞳を完全に閉じていた。それとほぼ同時に松実宥も小瀬川白望が寝ている事に気付いた。
「ちょっと、シロさん!?」
「この状況で寝るなんて……」
二人は小瀬川白望を起こそうとするが、小瀬川白望は一向に起きようとはしなかった。仕方なく二人は胸に押し当てている小瀬川白望の手を放した。
「……ど、どうする?お姉ちゃん……」
松実玄は少し顔を赤らめながら松実宥に向かって言う。さっき宣戦布告したばかりなのに、こういった事態になって少し恥ずかしくなってしまった。
松実宥も恥ずかしがりながら、「とりあえず……シロちゃんを布団に入れようか。風邪引いたらあれだし……」と言う。
そういった後の姉妹の行動は迅速であった。小瀬川白望が朝食を食べている間に片付けた布団を敷き、小瀬川白望を姉妹二人で持ち上げると、小瀬川白望を布団の中に入れた。これも小さい頃から旅館の手伝いをしている二人だからこそできる一連の動きだろう。
「……お姉ちゃん」
そうして一連の作業を終えた松実玄は、先ほど宣戦布告した松実宥に向かってこう言う。松実宥は「玄ちゃん……」と言って松実玄の事を見る。そして松実玄は頭を下げて、
「さっきはごめんね……?」
と言った。松実宥も頭を下げ、「いいの……玄ちゃんは悪くないから……」と言う。それを聞いた松実玄は「……お姉ちゃん!」と言って松実宥に抱きついた。
「……思ったんだ。お姉ちゃん」
「何……?」
「別に私とお姉ちゃん、何方か一人じゃなくても良いんじゃないかな?って」
「玄ちゃん……」
「だから私とお姉ちゃんの二人で、シロさんの……その、こ、恋人になれるように頑張ろう?」
「……うん」
そういって二人は互いの身体を強く抱きしめ合う。姉妹の友情が再び強く結ばれた瞬間であった。そして松実玄は笑って松実宥に向かってこう言った。
「じゃあ……私達も寝る?」
「……そうだね、玄ちゃん」
そうして二人は寝ている小瀬川白望の隣に入り、互いに小瀬川白望の腕を抱きしめ、瞳を閉じる。さっきまで火花を散らしていた修羅場のような状況とは打って変わって、幸せそうに眠る三人であった。
【……やっぱり、女の考える事ってのは分からねえな】
そしてそんな三人を呆れるようにして見る赤木しげる。彼は呆れながらも、どこか微笑ましそうに三人を見ていた。
次回で奈良編は終わりです。