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視点:新子憧
(変わった人だな……)
私は体がビショビショに濡れていた小瀬川さんを隣の教室に入れ、皆がいる教室へ戻ろうとする最中、そんなことを考えていた。いや、何が変わった人なのかは明確には分からないのだが、とにかくあの人には何かがある。そういう気がしてならなかった。
とりあえず教室に入った私はまずハルエに「小瀬川さん、隣の教室で着替えさせたよ」と報告してからちょうど対局が終わった卓に既にいる子と入れ替わりで入る。しかしその報告を受けたハルエは「お、おう……そうか……」と言ってどこか落ち着かない様子を醸し出していた。
対局が始まった今もチラリとハルエの方を見るが、やはり未だに呆然としている。さっきもそうだ。小瀬川さんがドアを開けて入ってきた時も、ハルエの表情は険しかった。ハルエに何があったのかは分からないが、ともかく小瀬川さんが何かしらの原因だというのは間違いないだろう。
(何か繋がりが……?)
配牌を開きながら、私は想像を始める。はっきり言って、今のハルエの状態は異常だ。明らかにどこかおかしい。もっといえば何かに恐怖しているようにも見える。
ハルエの恐怖、と言って真っ先に思いつくのは過去ハルエを完膚なきまでに叩きのめし、当時のハルエにトラウマを植え付けた小鍛冶プロだが、あの人と小鍛冶プロと何らかの繋がりがあるとも思えないし、例え繋がりがあったとしてもいくら小鍛冶プロの事が恐ろしいとはいえ、それが即ちあの人が恐ろしいということにはならない。あるとすればあの人は小鍛冶プロの娘という線だが、そもそも小鍛冶プロは独身だ。子供がいるわけもない。
考えれば考えるほど訳の分からないことになってくる。結局、何も結論が出ぬまま小瀬川さんが着替え終わったのか、ドアを開けて戻ってきた。
「ありがとうございます。タオル、どうしますか……?」
そう言って小瀬川さんはハルエに向かって言う。ハルエはやはり少し動揺しながらも、「あ、ああ、こっちで後始末しておくよ」と言って小瀬川さんからタオルを受け取り、外に干すこともできないので、部屋に干した。
そうして小瀬川さんは近くにある椅子に凭れ掛かった。何を考えているのかは相変わらず分からないが、どことなく私は小瀬川さんのことが気になってしょうがなかった。
そんなことを考えていると、対局が終わって抜けたシズが小瀬川さんの近くに行き、隣の椅子へと座った。そうしてシズは小瀬川さんに話しかける。対する小瀬川さんは、面倒だと思っているのか何なのか分からない曖昧な表情をしていたが、迷惑にはなっていないようなので私は一安心して、二人の会話に耳を傾けながら対局に集中した。
「小瀬川さんは麻雀、やったことあるんですか?」
「うん……」
シズの問いに対して、小瀬川さんはとりあえずの返答はする。本当に迷惑だと思ってないのかと思ってしまうが、小瀬川さんの表情を見る限り嫌そうではなさそうだ。
「高鴨さんは麻雀、強いの?」
「一応、この中で二位を争うほどには……あっ、赤土先生を除いてですけどね」
「ふーん……じゃあ一位の子ってどの子?」
「断然、玄さんですね!」
シズの返答に若干小瀬川さんは驚きつつも、「へえ……」と言って玄の事を見つめていた。まああの玄がこの中で一番強いと言われれば意外かもしれないが、実際問題本当に玄は強いのだ。どうあがいてもそれは揺るぎないだろう。今ちょうど私は玄と卓を囲んでいるが、はっきり言って勝てるビジョンが見えない。いや、上手くやれば勝てないことはないはずなのだが、今の自分の技量じゃあ無理である。
そう思いながら、私は再び二人の会話に耳を傾ける。
「小瀬川さんも、玄さんと打ってみますか?」
「松実さんが迷惑でなければ……」
そう小瀬川さんが言うと、対面に座っている玄が小瀬川さんの方に向かって右手を挙げ、「大丈夫です!」と言った。玄は相変わらずな胸……彼女曰く「おもち」の子が好きだ。小瀬川さんも結構大きい部類であるので、玄のセンサーに引っかかったのだろう。対局したいと言ったのも小瀬川さんの「おもち」を見るためなのか、あわよくば触りたいと思っているのかは分からないが、玄の下心は丸見えであった。
「ツモ。ドラ6……跳満です」
そんな玄を見て半ば呆れていると、その直後に玄が和了宣言。玄が自分の手牌を晒すと、やはりドラで溢れていた。当然ながら、私はこの対局が始まって以来自分の手牌はおろか、捨て牌ですら玄の手牌以外には一度も見えた試しがない。どれもこれも何を言おうその玄のせいなのだが。
結局、この勝負は玄のダントツトップで終了する。私は一応は二位につけたが、トップの玄との差は歴然。流石は玄だ、と思いながら私は立ち上がり小瀬川さんに向かってこう言った。
「小瀬川さん、次どうぞ」
すると小瀬川さんは椅子から立ち上がり、私と入れ替わりで卓につく。私はシズの隣に座り、シズに向かってこう耳打ちした。
「小瀬川さんと玄、どっち勝つと思う?」
するとシズは少し考えながら、こう返してきた。
「……流石に玄さんには勝てないんじゃないかな……?」
「ふーん……」
「憧はどう思うの?」
シズが私にそう聞き返してくる。玄、と言うのが普通だろう。小瀬川さんがどれだけ強いのかは分からないが、玄の強さは筋金入りだ。ちょっとやそっとの実力者相手でも玄に勝つのは相当難しい。それは自分がよく分かっている。身をもって散々体験してきたことだ。
しかし、私は何故か小瀬川さんのことが心に引っかかって仕方なかった。何故だろう。理由は不明だが、小瀬川さんなら玄に勝ってしまうかもしない。そんな気がした。
「小瀬川さん……かなあ。根拠はないけど……」
その答えにシズは「いやいくらなんでもそれは……」と言いかける。その瞬間「ロン」と小瀬川さんと玄がいる卓から聞こえてきた。それを聞いたシズは「ね?」と言う。
(いや……違う。今の声は玄の声じゃない……)
そう、違う。今さっき聞こえてきた「ロン」の声は玄の声ではなかった。シズも直ぐにさっきのは玄が和了ると思い込んでいたが故の聞き間違いであると察し、驚愕しながら卓を見つめていた。
「ロン……断么九一盃口」
卓を見れば、そこには玄が放った牌を打ち取った小瀬川さんが手牌を晒していた。
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視点:赤土晴絵
「ロン」
その声が聞こえた直後、私は指導中であるのも忘れて隣の卓で玄と打っている小瀬川の方を見る。さっきまで必死に自分の恐怖を押さえつけるために指導のことしか考えていなかったので、小瀬川が玄と打っている事さえ今知ったが、そんな事はどうでもよかった。
(……見抜いている?)
私は驚愕して小瀬川の和了形と、玄の手牌を見る。今の小瀬川の和了形が
小瀬川:和了形
{二二三三四四③⑥⑥⑥234}
に対して、玄の手牌は
玄:手牌
{四赤五六②②②赤⑤赤⑤2344赤5}
この牌姿だ。玄が打ったのは{③}で、この局のドラは{②}。その挙句小瀬川が最後に河に置いた牌は{④}。
何が言いたいかというと、どう考えても普通に手を進めていれば小瀬川がこの待ちで待つのは有り得ないのだ。玄の能力を把握していない限り、だ。
玄の能力は単純に言って自分にドラが集まり、他家にはドラがこなくなるという恐ろしい能力。色々と制約はあるものの、それは彼女がドラを切らぬ限り起こる事はなく、初見で闘うとなれば攻略するのは不可能に近い。
それを見抜けない限り、小瀬川がこの手に仕上げる事は有り得ない。この手、直前に切った{④}を切らなければ最高タンピン三色一盃口ドラ1の手。しかしそれは絶対に起こらない。この局のドラである{②}は小瀬川には決してこないからだ。しかし、普通に考えてわざわざタンピン三色一盃口ドラ1を捨ててドラ側の{③}単騎に回るだろうか。どう考えても小瀬川が玄の能力を見抜いているとしか思えない。
だが、どうやって小瀬川は玄の能力に気付いたのか?そこが問題だった。玄の対局を何局か見る機会はあっただろうが、たったそれだけで確信できるものだろうか。
(……本当にたった数局見ただけで確信できたのか)
もし、本当にそうだとしたら小瀬川は少なくとも私よりも格上だ。私でさえ、玄本人に言われるまでは半信半疑であった。いくら打ったとしても、見たとしても、100パーセント確信する事はできなかった。どうしても偶然という言葉が頭をよぎる。
だが、この小瀬川はどうだろうか。小瀬川は玄の能力を断定して打ち回している。多分、自分を完璧に信じているからこそできる芸当だろう。
(小瀬川白望……お前はいったい……)
私は小瀬川の事を見ながらそう心の中で呟く。部屋に入ってきた時とはまた違った意味で彼女に恐怖する。あの時は彼女が発する未知の気迫、今は彼女の卓越した読みと、それを信じる精神。
「……一本場」
そう言って小瀬川は100点棒を置いた。この局の親は小瀬川だったらしい。
ーー多分、玄じゃ敵わない。そう密かに思ってしまうほど小瀬川の威圧感は計り知れなかった。
(因みに、この勝負の描写は殆ど)ないです。
ネタバレすると、その次のレジェンゴ戦を詳しく描写したいと思ってます。