-------------------------------
車内
視点:小瀬川白望
「オトンはもう席取ってるんやっけ?」
絹恵のサッカーの試合の会場に行くべく、洋榎のお母さんが運転する車の中洋榎は自分のお母さんに聞く。オトンってことはお父さんのことか。
「そうやで。っと……赤信号かいな」
洋榎のお母さんは前を見ながら洋榎の質問に答える。どうでもいいことだが、片手でハンドルを握るその姿はどこか威厳というか風格がある。まあ、絹恵は別にいいとして、あのヤンチャものの洋榎をしっかり育ててきただけの親の凄さというものであろう。私はその格好良さに少しばかり感心しながら、私は車の窓越しにある風景を眺めていた。
「ところで、白望さん」
すると、洋榎のお母さんが私に声をかけてきた。私は「何ですか?」と相槌を打った。すると洋榎のお母さんは「単刀直入に聞くけどな……」と銘打って私に投げかけてくる。
「アンタ、絹恵の事どう思うんや?」
「ちょっ、オカン!?」
洋榎のお母さんが私に質問した瞬間、助手席にいる洋榎が制止に入ろうする。何故洋榎が止めようとしたのかは定かではないが、どう思う……か。これってどう答えたらいいんだろうか、と頭の中で疑問に思ったが、私はすぐに返答する。
「・・・いい妹さんだと思いますよ」
すると洋榎のお母さんは少し何かを考える素振りをしていたが、すぐに口を開いた。
「まあ、そうやったら別にええんやけどな……」
洋榎のお母さんが少し微笑んでそう言った。が、しかし、さっきまで前を向いていた体を私が座っている後部座席へ向けて、私にだけ聞こえるような小さな声でこう言った。
「ただ、絹恵を泣かせるようなことをしたらただじゃすまないと思った方がいいで」
その時の洋榎のお母さんの威圧は、私が対局中に放つ威圧とは全く別の部類の威圧であった。体験したこともない威圧に少し私は身震いする。何だろう……私や赤木さんの威圧は相手を壊すために放つものだが、洋榎のお母さんが放つ威圧は愛しているものを守るための威圧。そして威圧の起因となっているのは私や赤木さんのは狂気、だけど洋榎のお母さんのは愛情……とでも表現したらいいのだろうか。私は少し驚くと同時に、洋榎や絹恵はお母さんにこんなにも愛されているのだな、ということを知れて微笑ましくも思った。
だが、ここで私は自分が言われた言葉に疑問を持つ。それは私が絹恵を泣かせるということだ。私はそんなことはしないし、する気もない。むしろ、絹恵を泣かせる人など私が許せないくらいだ。何故なら私にとって絹恵は大切な友達なのだから。
故に、私は洋榎のお母さんにこう言い返す。
「そんなことはしないんで……安心して下さい」
そう言われた洋榎のお母さんは「そうか。心配する必要もなかったな」と言って体の向きを再び前に戻す。そして丁度信号が青に変わったので、洋榎のお母さんはアクセルを踏む。
-------------------------------
視点:愛宕雅枝
(そんなことはしないんで……か)
アクセルを踏み、車を絹恵の試合会場まで走らせながら、ウチに白望さんが言ってきた言葉を思い出す。いくら鈍感だったとしても、絹恵が白望さんに好意を寄せているのは分かっているはずだ。それで白望さんがああいう返答をしたということは、つまりはそういうことなのだろう。後は絹恵の心構え次第だ。これ以上は彼女たちの問題。大人が踏み入ることはできない。
私は心の中で安堵し、それと同時に自分も重度の心配性であると感じた。
-------------------------------
視点:小瀬川白望
「こっちやで、シロちゃん!」
車から降りるなり私は洋榎に連れられながら、応援席のところに走っていく。いや、走らされているといった方がいいだろう。
「オトン!席とっててくれたか?」
洋榎が席に座っていた男性に声をかける。きっと、この人が洋榎と絹恵のお父さんなのだろう。洋榎のお父さんは「ちゃんと取っといたで」と言い、視線を私に合わせる。
「ああ、アンタが例の小瀬川さんやったか。よろしゅうな」
そう言って、手を差し伸べてくる。私は「よろしくお願いします」と言ってその手を握り、軽く握手した。
そしてその手が解かれると、洋榎のお父さんは私のことをまじまじと見た上で、洋榎に耳打ちする。
「小瀬川さん、中学生にしてはえっらいカラダしとんなあ」
「ウチのこと見て言うなや、バカにしとんのかエロオトン」
耳打ちしているとはいえ、その内容は完全に筒抜けであった。全く、この父あってこの娘といったところか……ベクトルは違うものの、やはり親子なのだなあと感じさせる。すると後ろにいた洋榎のお母さんは深く咳払いをして、お父さんに向かってこう言った。
「・・・またプロレスやるか?」
するとそれを聞いたお父さんは顔を真っ青にして必死に言い訳をする。なんだプロレスって……家にプロレスのリングでもあるんだろうか……
「いや、それは勘弁してくれや!雅枝さん!」
お父さんが頭を下げる。それを見ると、やはり愛宕家の主導権を握っているのは完全にお母さんの方だというのが分かる。流石といったところか。
「オトン、試合まであと何分や」
洋榎がそう言うと、お父さんは腕時計を見て答える。・・・なんか洋榎よりも立場が対等、それ以下に見えるのは気のせいだろうか。私は少しばかり心の中でお父さんに頑張れと祈った。
「あと……4分やな」
あと4分。長いようで短く感じる一番微妙な時間帯だ。だが、私は洋榎やお母さんと話をしていると4分なんてあっという間であった。グラウンドの方を見ると、白線に沿って選手たちが並び始めていた。そして並び終えた選手たちはグラウンドの方を向いたまま後ろにいる審判に足の裏を見せる。あの動作は洋榎曰くスパイクのポイントというものを審判に見せて確認させているらしい。
全員のを確認し終えたのか、審判が両チームの間に入ると笛を吹き、選手たちと一斉に礼をする。そして中央まで行くと再び礼をして、選手同士で握手する。そのあとはチームの陣地に行って自分のポジションに入るのかと思いきや、絹恵と相手のチームの一人だけが審判とともに中央に残っていた。そして審判がコインらしきものを親指で弾く。聞いたところによるとどっちのボールから試合を始めるか決めているらしい。
どうやら相手のボールから始まる事になったらしく、絹恵はゴールの前まで移動する。俗に言うゴールキーパーというやつだ。
そして、審判が笛を鳴らす。その瞬間、相手チームの一人がボールをちょんと触った。
その瞬間、ボールが中央から消えた。いや、消えたのではない。さっきまであったボールは、既に絹恵が守っているゴールの方向に向かって空を切っていた。そう、試合早々の相手からのシュートであった。意表を突かれた私はボールの行方が分からなくなるが、なんとかボールの居場所を見つける。
ボールはゴールの隅に向かっていたのが見えた。まずい、と思った私だったが、それを何なりと絹恵がキャッチした。
「おお……」
思わず声をあげてしまう。自分だったら、多分反応すらできなかったであろう。すると洋榎は自慢げに私に向かってこういう。
「あんなシュート、絹なら余裕や。リアル若林の絹ならそう簡単に点は取られへんで、シロちゃん」
リアル若林というものが少しわからなかったが、とにかく絹恵は凄いというものなのだろう。そして視線を絹恵の方に戻す。絹恵はボールを軽く投げてそのまま足でボールを蹴り飛ばした。そのボールは高く飛んだ。蹴り飛ばしたあと、後方からディフェンスに指示を出す絹恵が、少しながらカッコよく見えた。
この頃知人からサッカーの事を詳しく教えてもらっています。とはいえまだまだ知ったかの部分が多そうですが、突っ込まないで欲しいです。