宮守の神域   作:銀一色

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北海道編です。
今回雑さが目立つような気もしますが、それはまあ恒例行事なんで、ハイ。


第113話 北海道編 ⑫ 爽やかな白

 

 

 

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視点:獅子原爽

温泉

 

 

 

「こ……小瀬川っ!?」

 

 

 

なんということだ。私より先に温泉に、しかも私が入ろうとしていた露天風呂に入っていた先客がまさかの小瀬川であった。彼女は温泉に入っているせいで上半身しか見えなかったが、それでも私にとっては強烈な刺激だった。シャワーで体を流しただけで、まだ温泉には浸かっておらず屋外にいる体は夏とはいえ少し冷めていたはずなのに、私の首からかけて上は異常なほど熱かった。頭に血がのぼるとはまさにこのことか、と『頭に血がのぼる」2という比喩を体現した気分になった。

 

「入らないの?」

 

と、そういうことを考えながらぼーっとしていた私に向かって小瀬川が言ってくる。私はその言葉でハッと我に帰り、私は覚束無い足取りで露天風呂の小瀬川の隣、そのスペースに体を入れた。

ちゃぽん、という水音がするが、私の頭の中には入ってこない。当然だ。昨日ただでさえあんな事をしたというのに、その昨日の今日でこんな裸の付き合いをするなど、私の心臓は既に耐えられそうになかった。

 

(・・・)

 

私はそっと横を向いて小瀬川の顔を見る。昨日あんな事があったというのに、彼女は全然気にしてないような表情でただただ温泉を堪能していた。いくら彼女自身が許可したとはいえ、あんな辱めを受けたとなればそんな平然とはしていられないだろう。それがその事件があった直ぐ数時間後となれば尚更である。いったいどういう事なのか、それとも本当にあんな辱めを受けたのに平然といられるほどの心の持ち主なのか、と思った矢先に小瀬川が口を開く。

 

「・・・獅子原さん?」

 

「えっ、え?」

 

急に話しかけられたので、随分と間抜けな返事をしたが、構わず小瀬川は話を続ける。

 

「昨日の事なんだけどさ……」

 

うっ……何事かと思った矢先にまさかのその事か……。確かに私は許可されたとはいえ、詳しくパウチカムイの事を教えずに使ってしまった。もし詳しく教えていれば、小瀬川だって踏みとどまっていたはずだ。許されない事をしたのは自分でも分かっている。無論、それについて咎められても、私は何も言い返す事はできないし、甘んじて受け入れるしかない。

そう考えると、小瀬川がこんなのにも平然なのは、私を避難するためであったからなのかもしれない。さっきも言った通り、彼女がどんな言葉で罵倒しようとも、どんなに私を責め立てようとも、私はそれだけの事をしでかしたのだ。一人の女の子の貞操、直接的ではないものの、それに等しいものの危機に晒してしまったのだ。何度も言うが、これは彼女の許可があってやったものだ。だが、これが他の人間ならここまで罪悪感と自責の念に襲われてはいないだろう。無論全く罪悪感無し、というわけでもないが、いくらかは相手の責任もあると思っていただろう。しかし小瀬川に対しては何故こんなにも自責の念に駆られていて、全ての非は私にあると感じているのかと言われれば、それは私が愛して止まない人であったからなのだと思う。彼女とは昨日初めて会ったので、まだ日は浅いものの、それでも私は小瀬川を愛していた。それも超真剣に、だ。だからこそ、私は黙って彼女の事を聞く事にした。

小瀬川が口を開く。ゆっくりと、私の方を向いた状態で。

 

 

 

「・・・昨日の夜、寝る時の記憶が無いんだけど、獅子原さんは何かあったか覚えてる?」

 

 

 

「・・・は?」

 

 

 

思わず、思考が停止する。記憶が……無い?いや、確かに昨日パウチカムイを使った直後は倒れるようにしてそのまま寝てしまったが、そんな事でまさかその時の記憶だけ都合よく消えるなんて、そんな馬鹿な……

そう思ったと同時に、私は安堵のため息をつく。あれだけ罪を背負うだの言ったものの、やはり心の中ではどこかで小瀬川に嫌われたく無いという恐怖心があったようだ。

だが、実際まだ罪悪感はある。いくら記憶が無かったとはいえ、私がやった事の重さは消える事は無い。当然だ。・・・しかし、彼女が覚えていないというのなら、わざわざ言ってあげる必要も無いだろう。この罪は私が一人で背負う。そう腹に決めた瞬間でもあった。

だからこそ、私は小瀬川の頭を優しく撫でた。そして小瀬川に向かってこう言った。

 

「ごめんな……」

 

すると彼女は不思議そうな目で私の事を見て、私に頭を撫でられながら私に言った。

 

「・・・?どういう事?」

 

「・・・いや、なんでもない」

 

「変な獅子原さん……」

 

そういったやりとりをした後、私は撫でている手を引っ込めて、二人で夜の外を見ながら語り合った。まずは小瀬川の出身地についてだ。私の思っていた通り、彼女は北海道民ではないらしく、一人でこの北海道にやってきたらしい。何故一人で北海道に来たのかという疑問が浮かんだが、あえて私は聞かないでおいた。色々と訳ありかな?とも思ったが、そうだとしても雀荘に立ち寄る事なんて普通しないよなあと色々思案したが、この件はまあ彼女自身の問題であるので、私が立ち寄るべきところではないだろう。

その後は他愛のない会話を続け、彼女が『のぼせそうになってきたのでそろそろ温泉から出ようかな』と言い、私に一声かけてから立ち上がる。

 

「じゃあ、先に出るね。獅子原さん」

 

そういって彼女は大浴場と露天風呂を繋ぐドアの方に向かおうとした。が、その腕を掴んで遮る者が現れる。

そう、それは言わずもがな私である。

 

「・・・?どうしたの、獅子原さん」

 

「・・・爽」

 

「え……?」

 

「爽って呼んでよ」

 

 

この時、私は何故彼女に名前呼びをするように頼んだのかは分からなかった。いや、うっすらとは分かってはいる。多分、私は彼女の話を聞いたからであろう。さっき彼女と話している時、彼女の友達について話していると、彼女が嬉しそうに他の女の子の名を出すのだ。それも、苗字ではない。名前で、だ。いや、仲の良い友達であれば名前呼びはそれほど変わった事ではないのだが、それでも嬉しそうに他の子の名前を呼ぶ彼女を見ると、どこからともなくモヤモヤした気持ちが私の体を満たす。俗に言う嫉妬というやつなのだろうか。私がその子達に負けている、という劣等感が私を突き動かしたのだ。当然、その子達は一体どう思っているのかは分からない。ただの友達として、彼女と関わっているのかもしれない。だが、私はそれだけは有り得ない、とすぐに悟った。いや、何人かはただ純粋な友達として関わっている人はいるのかもしれないが、大多数が彼女に好意を寄せている人だという事が分かる。私は何故かその子達に負けている感じがしてならなかったのだ。

そんな私からの突然すぎる申し出だったが、彼女は快く承諾してくれた。いつも無表情な彼女の顔が緩み、ほんの僅かだけ微笑みながら。

 

 

「・・・分かったよ。爽」

 

 

「ーー!///あ、あああ、ありがとう……シロ……」

 

その言葉に私の顔は真っ赤になる。まさか名前呼びに変わっただけでここまでの破壊力を伴うとは思ってもみなかった。私の恋心、とでも言うのであろうか。それがどんどん高まっていくのが分かった。しかも、今の彼女……いや、()()は今一糸纏わぬ姿である。それが今の心の高揚と合わさってただでさえ熱い顔がどんどん熱くなる。

そして終いには鼻から血を吹き出してしまった。鼻を手で押さえようとするが、一向に止まる気配はない。結局、シロにおぶられながら脱衣所へと連れられた。

完全にのぼせてしまって、体調が振るわない私だったが、私をおぶるシロの背中を直接肌で感じ、悪い気分ではなかった。むしろ、役得である。

 

(綺麗な背中……)

 

そんなシロの綺麗な背中に惚れ惚れとしながら、私はシロの背中を脱衣所までという僅かな時間であったが、心行くまで堪能した。

 

 

 

 

 

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視点:小瀬川白望

 

 

「じゃあ、ここでお別れ……だね」

 

ホテルの入り口を背にして私は獅子原……爽に向かって言う。爽が鼻血を出してしまったそのあとは、迅速に応急処置をして無事に血が止まった。そして温泉から出たあとは朝食を食べて、チェックアウトを済ませた。因みにその時に私と爽はメールアドレスと携帯番号を交換した。これでまた私の携帯に新たな人のメールアドレスが増えた。まあ、皆大切な人だからメールのやり取りが億劫とは思わないけど。

そして今に至る。爽はどうやら家に帰るそうで、またカムイを見れないのは些か残念だが、余裕がある時にまた来ればいいし、彼女には彼女なりの予定があるのだ。話を聞くだけでよかったのに、わざわざ泊めてしまったから仕方ないであろう。

 

「じゃあな。シロ」

 

そう言って彼女は手を振り、私に背を向けて歩き出す。私もしばらくは爽の事を見ていたが、次第に人混みに紛れて見えなくなったので、私も新たな雀荘を探しに爽が行った方向とは反対側に歩き出す。

 

(さあ……今日も頑張るかあ……)

 

このあとは流石に昨日のように爽のような面白い人とは出会わなかったが、まあ有意義な時間を過ごせたのではないか、と思う。

試される大地、北海道。私にとってはまた来たい、そう思える土地となった。

 




次回は後日談をやってから、大阪編突入です。

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