宮守の神域   作:銀一色

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北海道編です。
安定と信頼のラスボスシロ。


第108話 北海道編 ⑦ 絶望の威圧

 

 

 

 

 

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視点:獅子原 爽

東二局一本場 親:小瀬川白望 ドラ{西}

 

小瀬川 41,800

おじさん 17,200

獅子原 22,000

岩館 19,000

 

 

 

 

「カン!!」

 

 

 

 

槓子となっている{西}を倒して晒し、高々と暗槓を宣言する。本来ならばやってはいけない愚行、国士無双{西}待ちの可能性が高い小瀬川に対して危険極まりないこの槓。その危険性は私がよく知っている。だがそれを知っていて尚、私は槓したのだ。この局は死んでも和了らなくてはいけない。この悪夢のような親番を蹴るために、私は一世一代の大博打にでた。まだ人生を十二年……もう少しで十三年目と、そんなに生きていたわけではないが、これだけは確実に言える。

 

もし小瀬川白望と出会ってなければ、今の状況のような無茶な賭けを分かっていてもやるというこの絶大な緊迫と興奮、これらは生涯感じられなかっただろう。

強い緊張感が波となって私を飲み込む。額には汗が流れており、胸に手を当てなくとも心臓の脈動する音が全身に伝わってくるのを感じた。本当はこの緊張から逃げ出したいはずなのに、本当はこんな無謀な賭けなどしたくないはずなのに、私は何故かこの状況を楽しんでいた。それも、心から、だ。思わず笑みがこぼれる。楽しい。楽しくて仕方ない。全身が滾るように熱くなり、夏の暑さも垣間ってか額だけでなく、私の全身が汗でぐっしょりとなっていた。

・・・もしかしたら目の前にいるこの雀士は、いつもこんな心情の中で打っているのかもしれない。私にとっての非日常は、彼女にとっては日常なのだろう。そりゃああれだけ強いわけだ。

そこまで頭の中で考えていると、小瀬川が急に手牌に手をかけ、そのまま手牌をパタン、と伏せた。私は一瞬状況の整理がつかず、驚いていたが、直ぐに今の現状を理解する。

 

(国士無双じゃ……なかった……)

 

その事実を知った私は、先ほどまで緊張によって強張っていた体を元の自然な形に戻し、それから深く息を吐いて新ドラを開き、嶺上牌を掴むべくゆっくりと手を伸ばした。たった数十センチほどの間隔しかないが、私にはその数十センチがとてもとても長く感じた。伸ばしても伸ばしても届かない手に少しもどかしさを感じたが、手が嶺上牌に触れてからは一瞬のことだった。盲牌を済ませた私は手牌の前にその嶺上牌を叩きつけると、手牌を倒しながら宣言する。

 

「ツモ!」

 

 

 

獅子原:和了形

{1333赤567東東東} {裏西西裏}

ツモ{2}

 

 

「ツモ嶺上開花、メンホン東西ドラ5……6,000-12,000の一本場……!」

 

 

高目三暗刻となる{1}ではなかったため数え役満には至らなかったが、それでも十二飜でバンバンを入れて十四飜、三倍満ツモとなり、親の小瀬川から12,100を捥ぎ取る事に成功した。これで点差は私が46,300、小瀬川が29,700となり、逆転して尚且つ点差を16,600つけることとなった。まだ東二局が終わったばかりではあるが、ここで小瀬川の親を蹴ってしかも逆転したのは大きい。あの小瀬川の親を、だ。多分あのチャンスに賭けなければ私は自分の親どころか東三局すら拝めずにそのまま鬼のように連荘されてトンでいただろう。そう考えるとあそこでの判断は本当に今後の命運をわける超重要な賭けだったのだと思い知らされる。

 

(だけど、この局私が和了ったのは紛れもない事実……これは流れが変わるかもしれないな……)

 

そう、何はともあれ私はこの局小瀬川を出し抜いたのは事実。雲が消えたとはいえ、カムイも使いどころが難しいチセコロカムイしか使っていないし、何より今トップなのは私なのだ。となれば、必然的に私がこの場で一番優位に立っているも同然。

 

少なくともこの時私はそう思っていた。が、

 

 

 

ゴォッ!!

 

 

突如体に駆け巡る冷たい突風。いや、実際にはそれは突風ではなく幻にすぎないただの錯覚である。だが、確かにさっきただならぬプレッシャーを感じた。あれだけ汗でべっとり濡れていた衣服が一瞬のうちに冷たくなっていくのを感じた。神経が凝結したような気味悪さが全身を襲い、さっきまで火照っていた体、滾っていた血の熱がすーっと抜けていくかのようだった。まるでナイフを首元に突きつけられているかのように、体が恐怖を訴えている。必死に私は体を落ち着こうとするが、体の震えは留まることはなかった。

 

(・・・なんだこれは)

 

知らない。こんな恐怖、私は知らない。知らないし、本来ならば生涯知ることもなかったはずだ。こんなの、人間じゃない。私もカムイや雲を従えているなど大概ではあるが、ここまで人間離れした人間は初めて見た。

 

 

「・・・どうぞ」

 

小瀬川がそう呟いて点棒を私の近くに置く。たったその一言であったが、私の精神を狂わせるのは十分すぎた。この後に及んで尚、まだ無感情なその言葉は容赦なく私の心を貫く弓矢となった。

 

 

(・・・怖い)

 

気がつけば私は小瀬川に対して抱いていた驚きが恐怖という感情になっていた。さっき感じたのはたった一瞬の威圧だったが、それだけでも私の心を折ってきた。

他分も、私が小瀬川に必要以上に恐怖しているのは、人間を越えた人外たちのステージ……そういった領域にカムイを通して片足を突っ込んでいたからこそなのであろう。その領域を僅かながらでも知っていたからこそ、その領域にいる者の放つ威圧を実際に感じた以上に恐ろしく思ってしまった。

だが、私は心を蝕む恐怖を強引に抑えつける。正気を保とうとして、切らしていた息を整えようとする。

 

 

(落ち着け……落ち着け……)

 

必死に心に言い聞かせ、右手の震えを抑えつけるながら、小瀬川が私の近くに置いた点棒を取る。

そしてまた深呼吸をして、小瀬川を睨みつける。だが、私に睨みつけられた当の小瀬川は不敵に笑っていた。

 

 

 

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視点:小瀬川白望

 

 

(・・・少しやりすぎちゃったかな?獅子原さん)

 

点棒を獅子原さんに渡す前にちょっとばかし本気で威圧したが、どうやら獅子原さんは思った以上に効果があったようだ。本人は必死に自分の表情を隠そうとしているが、表情を見ずとも獅子原さんが怯えているのが分かった。岩館さんは獅子原さんよりは怯えていないけど、こちらも目を見開いて私の方を見ている。まあ、同年代や一つ上のどこにでもいそうな中学生があんな威圧したら私が赤木さんと出会う前なら確実に恐怖していただろう。だから怯える気持ちは分からないでもない。少し大人気なかったような気もするが……まあ決勝戦ではあそこまでの威圧が常時皆から放たれていたけど、あの三人は威圧だけでは恐怖する事は無かったのだが。・・・いや、あの三人と一緒にするのは少し酷かもしれないな。まあいいだろう。

因みに私の手牌が全くのノーテン。完全に獅子原さんを迷わせるためだけに打ったリーチ。当然様子見ということはなく、獅子原さんに{西}を止めさせようと打ったリーチだったが、獅子原さんは見事私の予想を裏切ってきた。つまり、私との駆け引きに勝利したということになる。一瞬ではあるが、私や赤木さんのステージに少しでも足を踏み入れた獅子原さんに対してのささやかな洗礼の気持ちでやったのだが、こちらも私の予想以上に獅子原さんに効いたようだ。

だが、私はこれから自分の攻めの手を緩めるつもりは一切ない。正真正銘の本気で私は獅子原さん、岩館さんを潰す。手加減などハナからする気などない。全力を持って闘ってやろう。

 

(受け止められるかな……?私の麻雀……!)

 

私を睨みつける獅子原さんを見て、少しばかり微笑んだ。どうやら獅子原さんは冷静を取り戻したらしい。

これでこそ倒し甲斐というものがあるというものだ。やはり麻雀は独壇場でやるよりも、こういう競い合う人がいた方が数倍面白い。そうに決まっている。

さあ……獅子原さん楽しもうか、麻雀を……

 

 

 




次回で麻雀は終わる予定です。
やっぱりシロがラスボスしてますね……
折角和了って気分が上がった爽をどん底に突き落とすシロさんマジ鬼畜ラスボス。

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