鉄火の銘   作:属物

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第一話【クリーピング・アイズ・フロム・フット】#3

【クリーピング・アイズ・フロム・フット】#3

 

 

「…………断る、って聞こえたんだけど?」「ええ、断るって言ったの」驚いたを通り越して信じがたいと書かれた顔に、ダメ押しの確認を加える。みるみる強ばる表情から、カンニンブクロの加熱ぶりがうかがえる。

 

「多少は知恵の回る人と思ってたわ」「私も同意見」簡単に感情に振り回される自分。他人を見下し感情を想像もしない相手。どっちも頭が悪い。

 

「後悔することになるわよ?」「もうしてるから」カルトの集会に連れて来られた時点で心底後悔してたのだ。今更である。「そう、わかったわ」「それはよかった」交渉の決裂はこれで明確になった。

 

「……」「……」テーブル越しに睨み合う二人。OK牧場の決闘めいて緊張が走る。ユウがテーブルを越えて投げ飛ばすのが早いか。ナツヨが信者を呼びつけるのが早いか。だが、早撃ち勝負が始まるより早く扉が開いた。

 

「ドーモ、オジャマシマス」「「!?」」現れたのは蛇皮スーツのひょろ長い男だ。高級そうなバイオシルクのネクタイには眼球紋様が印されている。「ド、ドーモ、ニシキ=サン。何時いらっしゃったんですか?」「つい先ほどですよ」

 

「コブチャも出さずに申し訳ありません。信徒の不作法は、私の不徳の致すところです」

「仕方ありませんよ、全員気絶してますから」確かに扉の隙間から透かし見える集会所には、泡を噴いて横たわる信者が見える。超自然的恐怖に曝されたのか、誰もが怯えきった顔のまま意識をなくしている。

 

「これは、どういう……」「これから行う懲罰は彼女らには少々刺激的に過ぎますからね」懲罰という単語に顔を引きつらせるナツヨ。偽装に不備はなかった筈だ。だが、メガミズムは見抜いていた。

 

「貴女はメガミズムに対して随分と不敬なお考えを持たれてるようで」「それは誤解です! 私はメガミ様へ常に目を……「ダマラッシェーッ!」アィッ!?」恐るべきヤクザスラングを叩きつけられ、ナツヨはたじろぐ。

 

「小賢しいぞ、背教徒のクズが! 薄汚い賢しら顔でメガミズムを、偉大な方を騙せると思ったか!?」「アィェーッ!」スッカーン! 投げつけたクリップボードが壁に突き立つ! 挟まれた書類にはベッコアメ横流しに寄付金横領の明白な証拠が! 

 

「おおっといけない。御『目』汚しスミマセン、偉大なる方よ」扉向こうの『目』に向け90度の最敬礼をする背中に、ユウは絶望的な既視感を覚えていた。つい先ほど聞かされたカルト経文の真実を鑑みればその可能性は低くない。

 

「さて、ナツヨ=サン。改めてアイサツしてあげましょう。ドーモ、私はメガミズムの“パイソンウィップ”です」ゆっくりと振り向くその顔は……おおブッダ! 最悪の想定通り、蛇めいたメンポに覆われている! 腰にはブラックベルト、手には大蛇めいたムチ! 

 

「ナンデ!? ニンジャナンデ!?」そう、ニシキ=サンはニンジャだったのだ! 自分が食う側と信じて疑わなかったナツヨは、絶対的捕食者を目の当たりにしてNRS(ニンジャリアリティショック)を発症! 「アィェェェーッ!」しめやかに失禁した! 

 

「そしてサヨナラ。自分の不信心を恥じて死になさい」スパァンッ! スパァンッ! 鞭はモータルですら人をショック死させる痛みをもたらすという。それがニンジャともなれば、カイシャクを乞い願う未来は想像に難くない。

 

ユウの頬を冷たい汗が伝う。目の前には嗤う半神が一柱、横には失禁するモータルが一人。敵は圧倒的で、味方は皆無。助けは……どうだろう。ユウの脳裏に黒錆のニンジャが浮かぶ。(((来てくれたら嬉しいけど)))連絡もしていない身だ。颯爽と駆けつける黒衣の王子様は難しいだろう。

 

だが、助けは意外な所から現れた。「ウワーッ!」中年の危機なビヤ樽体型が、突如グル専用通路から飛び出したのだ! 「センセイ!?」ナツヨになぶられ、奴隷と化していた男性教諭のキョンイチである! 「ウワーッ!」キョンイチはそのまま投擲タルめいてパイソンウィップに突貫! 

 

「おっと」「グワーッ!?」だが悲しいかな所詮はモータル。投擲タルめいて軽くかわされて、ついでに蹴りを入れられる。「おやおや、ナツヨ=サンに隷属されてるキョンイチ・センセイではないですか。ご主人の危機に馳せ参じるとは、よく躾けられてますなぁ」死体蹴りめいた口撃でキョンイチを玩ぶ。

 

「ウゥゥゥ……」「ほぅ」だがキョンイチは立った。鼻血と吐瀉物と尿を漏らしながら、尚もニンジャ相手に立ちはだかったのだ! ゴウランガ! 「なんたる忠義! お見事! この一割でもナツヨ=サンにお有りでしたらよかったのですがねぇ」これにはパイソンウィップも嘲笑的に褒め称える。

 

「ウトー=サン、ナツヨ=サンを逃がしてくれ」キョンイチは背後のユウに乞い願う。「私はダメ教師だ。彼女を止められず、良いように使われた」その背中には後悔の影が色濃い。だが死に者狂いの覚悟もまた匂い立つよう。「でもまだセンセイだ。センセイは生徒を導き守るものだ」「センセイ……」

 

「私は導けなかった。だからせめて守る。守らねば!」「なんたる気概! お見事! ではその程を偉大なる方にご高覧いただきましょう!」スパァンッ! スパァンッ! パイソンウィップは嗜虐的な獄卒めいてムチを鳴らす。或いはそれは加虐なるブッダデーモンの舌が鳴る音か。

 

「貴方が耐えている間は追わずにいてあげますよ! では、ガンバレ!」「行け! 行ってくれ! ウワーッ! 「イヤーッ」グワーッ!」「アィェェェ……」ユウは未だNRSから正気が戻らぬナツヨに肩を貸す。その背後ではドラゴンがネズミをいたぶるが如き、余りにも惨い光景が繰り広げられている。

 

「ウワーッ! 「イヤーッ!」グワーッ!」「ウ、ウワーッ! 「イヤーッ!」グワーッ!!」「ウゥ……ウワーッ! 「イヤーッ!」アバー……」背中に響く絶望的な声を後にユウは秘密通路を進む。亀の歩みめいて遅く、しかし可能な限り速く、ひたすらに脚を進めていた。

 

ーーー

 

「ニンジャ、ナンデ、ナンデ……ナンデ、わたし、ここに?」ユウが肩を支えていたナツヨが不意に正気に帰った。焦点の合わない目であたりを見渡す。陰鬱な長い通路、見覚えのある情景だ。

 

「ナンデって……ああ、NRSね。意識が戻ったなら歩いてもらえる?」ユウは体力に自信があるが流石に重い。背後に気をやりながら女生徒一人を引きずるのはなかなかに骨が折れた。

 

「それでナンデ? 何がナンデ?」「いいから足を動かして」「でも……」「いいから急いで!」「でも」ユウは返答を避けた。NRSフラッシュバックで余計な時間を取られるわけにいかない。いつ色付きの風が迫ってきてもおかしくないのだ。

 

「いいから! 走れ!」「でも!」だがナツヨは譲らない。譲れない。譲る余裕がない。NRSで記憶ごと吹き飛んだとは言え、自身が信じる捕食者としての在り方を完全に覆されたのだ。縋るものを失ったナツヨは迷子の子供めいて必死に記憶を探そうとする。

 

「キョンイチ・センセイの覚悟を無駄にしたいの!?」「ッ!」カッとなったユウの言葉にナツヨの記憶の扉が微かに開く。目を逸らしたくなる超自然の恐怖を前に、目を逸らしたくなるブザマな姿で、尚も立ちはだかるセンセイの背中。

 

「ナンデ……? ナンデよ……ナンデあんなこと……」理解できなかった。散々におもちゃにして嬲りものにした。心を折って弄んだ。なのに来た。助けに来た。「バカじゃないの。勝手に飛び込んで、勝手に盾になって、勝手に……ナンデ……」あの背中も、頬を伝うものも、ナツヨには何一つ判らなかった。

 

「……いいから行って。死んだらなんにもならないよ」ナツヨの求める答えをユウは知っている。だが今告げれば足が止まる。全てを伝えるのは全てが終わったあとでいい。(((それに、判らないのは自分も同じか)))頼まれたとは言え、敵の筈のナツヨを助けてしまった理由は自分でも判らなかった。

 

もう言葉はなかった。二人は無言のまま駆け出した。響くのはお互いの足音と呼吸音。ときおり背後を振り返るが、幸いムチを鳴らす追っ手は見えない。ニンジャの追跡は始まってないのだ。それは身代わりとなったキョンイチが拷問に耐えているということだ。

 

故に急ぐ。ひたすらに急ぐ。そしてついにコンクリート打ちっ放しの階段に辿り着いた。ここを登れば生徒会長室と人目がある。安全だ。荒い息のまま重い脚を無理矢理に動かして階段を登り、無愛想な鉄のドアを開く。キョンイチの犠牲はここに報われた……筈だった。

 

ーーー

 

生徒会長室は安全圏の筈だった。たが、そこには……ALAS! 赤髪のニンジャだ! 「逃げおおせるとはな。パイソンウィップ=サンの悪い癖が出たか」「アィェェェ……」ボディースーツめいた白装束の赤髪ニンジャが拳と掌を打ち合わせる。「ドーモ、皆さん。私はメガミズムの……」

 

だが、その時! 「ナニィーッ!?」胴に黒錆のロクシャクベルトが巻きつく! 「イヤーッ!」シャウトと共に赤髪ニンジャは宙を舞った! 「誰だ!」だが流石はニンジャ、引きずり下ろさられながらも即座に下手忍を探り出す! ロクシャクベルトの先、綱引きめいて大地へと引きずり込むのは……黒錆のニンジャだ! 

 

「ドーモ、オジャマします。ブラックスミスです」「ドーモ、ブラックスミス=サン。メガミズムの“サイアム”です。ここであったが百年目!」地上と空中で神聖なるアイサツが交わされる! 

 

「キェーッ!」「イヤーッ!」CLAAASH!! そのまま急降下ネリチャギと対空ポムポムパンチが正面衝突! イクサ開始の鐘が鳴る! 

 

「キェッ! キェッ! キェッ! キェーッ!」チョップ、掌底、キック、裏拳、膝! 激しいカンフーカラテが暴風雨めいて横殴りに降り注ぐ! 「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」赤銅の傘めいて必殺の豪雨を打ち払うのは、重厚なるデントカラテの守りである! 

 

「裏切り者めが! 逃げ延びるだけのカラテはあるか!?」サイアムが踵を踏み締める! シュカンッ! 重金属製の蹴爪が生えたではないか! 危険! 「キェッ! キェッ! キェッ! キェッ! キェッ! キェーッ!」カンフーカラテの激しさが増す! 

 

「イヤーッ!」それをも耐えるがデントカラテだ! 「イヤーッ!」チョップを弾く! 「イヤーッ!」掌底を受ける! 「イヤーッ!」キックをかわす! 「イヤーッ!」裏拳を逸らす! 「イヤーッ!」膝を踏みつける! 傷なし! ワザマエ! 

 

「裏切り者めが! 耐え忍ぶだけのカラテはあるか!」サイアムが手首同士を打ち合わせる! シュカンッ! 金属繊維製の風切羽が生えたではないか! 危険! 「キェッ! キェッ! キェッ! キェッ! キェッ! キェッ! キェーッ!!」カンフーカラテの激しさが更に増す! 

 

「イヤーッ!」それにも牙剥くがデントカラテだ! 「イヤーッ!」チョップを流す! 「イヤーッ!」掌底を打ち返す! 「イヤーッ!」キックをダッキング! 「イヤーッ!」裏拳を受け止める! 「イヤーッ!」膝をブリッジ回避! 重傷なし! ワザマエ! 

 

「裏切り者めが! 牙を剥くだけのカラテはあるか!!」サイアムがメンポを弄る! シュカンッ! 超高分子素材製のクチバシが生えたではないか! 危険! 「キェッ! キェッ! キェッ! キェッ! キェッ! キェッ! キェッ! キィェェェーッ!!」カンフーカラテの激しさが最高に増す! 

 

「キェーッ!」「ヌゥッ!?」一瞬の隙を付き、カンフーチョップがデントカラテの防御を跳ね上げる。その隙をサイアムは逃さない! 「キェェェーィッ!」必殺のネリチャギが蹴爪付きで脳天に迫る! 

 

「イヤーッ!」だがブラックスミスは手のひらを差し込み直撃を回避した! 「ヌゥーッ!」当然深々と蹴爪が突き立つ! 「キェーッ!」しかもネリチャギが止まらぬ! 脚の力は腕の三倍なのだ! 

 

「イヤーッ!」故にタタラジツで固定する! スリケンチェーンで蹴爪もろとも縛り上げ、足首と片手を強制固定だ! ……それはつまりエネルギーの逃げ場がないということでもある。

 

「キェーッ!」サイアムは固定された脚を軸に跳躍! このままフライングニールキックを仕掛け、ブラックスミスの片腕をへし折り首を刎ねるのだ。「イィィィヤァァァーーーッッッ!!」「グワーッ!?」だが、その予定は足首と共に吹き飛んだ。

 

そう、エネルギーの逃げ場がないのはサイアムも同じ! ブラックスミスは固定された腕でポムポムパンチを打ったのだ! しかもそれはただのポムポムパンチではない。ポムポムパンチにデントカラテの奥義を乗せたポムポム・セイケンだ! 

 

ドッォォォンッ! カラテ衝撃波は足首を引き裂いて虚空で爆ぜた。「グワーッ!」サイアムは重篤なダメージに空中で大きくバランスを崩す。「イ、イヤーッ!」しかしサイアムもさる者、接地と同時に血旋風めいたウィンドミルで間合いを取る。取ろうとした。

 

「ナニィーッ!?」バランスを崩した瞬間、既にブラックスミスは間合いに踏み込んでいたのだ! 渦の中心は無風。そして旋風の目は無防備な股間だ! 「イヤーッ!」「アバーッ!」ボールブレイク! 視認した男性は誰であろうと前屈みとなっただろう。あまりに惨い一撃であった。

 

そして勝負もあった。「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「グワーッ!」瞬く間にクナイ・パイルを四肢に突き立てる。抜こうとすればカワラ割りパンチを杭と脳天に打ち込まれるだろう。これはオーテ・ツミだ。だがサイアムの目は未だ光を宿している。

 

「ヤキトリ予定の気分はどうだ、サイアム=サン。もうすぐ炭火もやってくるぞ」「じ、実力は確かだな、裏切り者。だが増上慢もここまでよ。もうすぐ同志がやってくる。そして二対一ならば貴様とて勝ち目はない」「そりゃコワイ」

 

サイアムの願いが通じたのか、生徒会長室から人影が飛び降りる。その色は……紅蓮!? パイソンウィップではない! 「ドーモ、インディペンデントです。お待ちの炭火と、お友達だ」そしてパイソンウィップが投げ渡された。彼の首が。

 

ーーー

 

「パイソンウィップ=サン……!?」「手酷くやられたなぁ、スミス=サン。おお痛そ」「略すなよ。お前もムチウチが酷そうだな、インディペンデント=サン。ていうか出待ちしてただろ」焼け焦げた生首と生首予定の磔を前に、紅蓮と黒錆は愉しげに嗤う。その笑顔が慄くサイアムへと向けられた。

 

「お前には色々と聞きたいことがあるんでね」「臓物や死体からのインタビューは手間なんだ。チャキチャキ喋ってくれると助かるよ」「インタビューの御礼にはカイシャクを用意してるから気楽にお喋りしてくれ」二忍からの残酷なる宣告にサイアムの目が絶望で濁る。

 

「さて、俺のことを裏切り者呼ばわりしてたが、トライハームが友達にいるのかい?」「こ、答えぬ! 答えんぞ!」「そうかい。つまり知らない訳じゃないと。関係者か」「ヌゥーッ!?」問いを拒絶した筈なのに情報が抜き取られている! タクミ! 

 

横合いからインディペンデントが口を挟む。「そいつらはメガミズムってカルトに属してるそうだね」「へぇ、アイサツで言ってたやつか。ならメガミズムの御本尊がトライハームかい?」「フッザッケルナ! 奴ら如きの増上慢が偉大なる方を騙るなど!」

 

サイアムの目が怒りに燃える。だがその憤怒すらモンキーめいて手のひらの上に過ぎなかった。「ほぉ、仲は悪いが力関係は向こうが上か」「〜〜〜ッッッ!」何を口にしようと何を思おうと秘密を吸い上げられる。絶望がサイアムを満たしていった。

 

「さてさて、質問ばっかりじゃ悪いな。何か聞きたいことはあるかい?」「……に」「ん?」「御前ニ/オ目見エシマス/オ詫ビシニ」「ッ!?」これは末期のハイクだ! ならば次に来るのは!? 

 

「モハヤコレマデーッ!」「下がれ!」神聖なるハラキリチャント! 覚悟のハラキリ自爆だ! 「サヨナラ!」KABOOM! 内蔵爆弾で爆発四散! 更にニンジャソウルが爆発四散! チリ一つ残さずにサイアムは消滅した。

 

「覚悟を見誤ったか。上手くないな」元サイアムであった虚空にブラックスミス……シンヤが溜息をこぼした。「下手だねぇ。追い詰めすぎだよ」「ウッセーゾ」茶化すインディペンデント……セイジを手を振って黙らせると、生徒会長室へと首を向ける。

 

「今更だが上の方は?」「一名鞭打たれてたけど名誉の負傷ってことで」見上げると手を振るユウと、怖々と下を覗くナツヨが見目に入った。キョンイチの姿はないが、セイジの台詞によれば死んではいないようだ。「一応皆無事か。ま、メデタシってことでいいかね」

 

「探し物も見つかったみたいだしね」ユウの手にインフラ古地図が握られているのが見える。トラブル多発だったがミッションコンプリートである。慣れない潜入調査のせいか酷く疲れた。

 

「そういや俺の協力者が見つけたんだが、お前は役に立ってたのかい?」「少なくとも協力者の尻を追っかけてたヤツよりは役立った筈だよ」「チッ」「フン」誤魔化しを兼ねて生徒会長室へとシンヤは手をふり返す。ユウの手は犬の尾めいた勢いで振られていた。

 

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

 

『マリエ・トモエ学園潜入調査結果報告』

 

『日時:20YY/MM/DD』

 

『概要:インフラストラクチャー古地図の取得の為、マリエ・トモエ学園潜入調査を行った。その結果、古地図の取得と適切なポートの制定に成功した』

 

『詳細:20YY/MM/CX ナンシー・リー氏より指示を……

 

 

 ……備考1

* 導師:学園より自主退学。その後、如何なる心理的変化があったのか糖類依存症患者への自立支援団体を自費で設立している。

* 男性教諭:学園より自主退職し、現在は上記支援団体の職員として勤務している。また女装サークル活動に参加している模様。

 

* 学園メガミズム支部:解散後、元信者は上記支援団体の治療を受けている。意外なことに導師に対する悪感情はメガミズムより離れた現在でも見られない。

* 協力者:調査費の他に「約半日の買い物同伴」を要求された。判断を仰ぎたい』

 

『備考2

メガミズム:学園に浸透していたカルト宗教。上記導師から内実についての聞き取りを行なった。下記に特徴的な点を示す。

 

1. 聖句

- 聖句の内容は一般的カルトの域を出ないが、所々に黄金立方体への言及が見られる。

- これはハッカーカルトめいたコトダマ空間信仰ではなく、下記の所属ニンジャより得たニンジャ真実由来と思われる。

 

2. 規模

- 根拠地としているネオサイタマ近郊のエイトオージシティは、事実上メガミズム宗教都市となっている。

- メガミズム勃興・拡大は近年のことであり、新興カルトとしても異常な成長を見せている。これも下記の所属ニンジャの存在によるものと推察される。

 

3. ニンジャ

- メガミズムには最低でも五忍、ほぼ間違いなくそれ以上のニンジャ信者が所属している。

- 多くのニンジャ所属宗教団体はニンジャが創始者であり、メガミズムもそれに類するものと考えられる。

- すなわち多数のニンジャを臣従させる、極めて強大なニンジャが背後に存在している可能性が高い。

 

……以上のことから、メガミズムについて更なる調査が必要である、と」伸びをするシンヤの前に湯気の立つソバチャかそっと出された。芳しく香ばしい。「お疲れ様」「アリガト、キヨ姉」"キヨミ"に礼を返してソバチャを口に含む。

 

含んだ一口を舌で転がしてると、子供たちが笑いざわめく声が聞こえてくる。「向こうはずいぶん楽しくやってるみたいだな」「“ヨシノ”ちゃんがゲーム作って皆で遊んでるみたいね」「そりゃあいいな」皮肉抜きに心から思う。彼女がトモダチ園に馴染めるか心配していたが、杞憂で終わったようだ。

 

そしてメガミズムとトライハームについての危惧も杞憂に終わって欲しい処だ。だが、無理だろう。トライハームの背後にいるだろう全貌の見えぬ敵。それが身を潜める影がメガミズムであると推察できるだけだ。敵の姿も形も名も何も判らない。

 

判っているのは一つ。『転生者(トライハーム)を使って主人公(ニンジャスレイヤー)を殺す』という目的だけ。加えてトライハームにならなかった裏切り者(シンヤ)も殺すつもりだ。トライハームが敗れた以上、次の刺客はメガミズムで間違いあるまい。或いは復活したトライハームか。

 

「ソウカイヤだけで頭が痛いってのに……」思わずボヤくシンヤ。その肩にキヨミがそっと手を乗せた。「ダイジョブよ。きっと上手くいくわ……根拠はないけど」「ないんだ」「ないのよ」二人はクスクスと笑みをこぼす。無くたっていい。明日はきっといい日だ。そう信じる。

 

「お、そろそろカラテ王子のヤツが来る時間だな」「ケンカしちゃダメよ?」「善処するよ」笑って答えたシンヤは席を立った。そして子供たちの笑い声の方へと歩き始めた。

 

 

【クリーピング・アイズ・フロム・フット】おわり。


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